マジック・ザ・ギャザリング ライトノベルVER   作:やまもとやま

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9、ファースト・なめくじ

 バーラゲドは豊かな乱動のマナに溢れた肥沃な地であり、探し回る必要もなく、あたりは動植物で溢れている。

 ゆえ、この地に過ごせば食べ物に困ることはない。言い換えれば、この地に住むすべての者が食べ物になるということでもある。

 乱動とうまく付き合うことができなければ、強者に捕食されてしまう。

 

 エルフたちはその叡智と自然魔術を駆使して、この地の食物連鎖の頂点に君臨していた。

 ニッサもこの地で長く生きてきたから、バーラゲドを制する方法を心得ていた。

 

 バーラゲドで生き残るための鉄則

 

1、信頼できる同族のみで結束すること

2、外界との接触を断つこと

3、大地の神々に祈ること

 

 ニッサは禁を犯して外界に接触したから、一族から追い出された。集団を失ってしまったら、この地で生き残ることは難しい。

 しかし、外界との接触という禁の先には、未知の領域があった。その領域は、従来のエルフたちの教えを覆すこともある。

 

 ニッサはある木の実を握りつぶして、そのマナを解放した。

 すると、独特のにおいと緑色の光沢が散らばった。そのにおいは甘くて苦い不思議な香りを放っていた。

 

 これはニッサの一族の中では「寄せ餌」として利用されていた。この匂いに釣られて、高栄養の生き物が集まってくる。

 それらは、いずれもエルフを一飲みで食べてしまう獰猛な生き物である。本来は、エルフの自然魔道士が集団で討伐を行うが、いまは未知の領域からやってきた力がある。

 

 ニッサはやってきた獲物の討伐をチャンドラに任せることにした。

 バーラゲドに住む生き物はいずれも乱動を力に変えて強大な力を得る。ニッサはチャンドラ一人で討伐できるものではないと考えていた。

 その場合、チャンドラを犠牲にして、トドメを刺すという魂胆だった。

 

 ニッサはずっと外界と接触してこなかったから、何人も信じない。オムナスの情けで一度はチャンドラの世話を焼いたが、それ以上に義理はない。

 ニッサはとある生物をおびき寄せると、チャンドラの後ろの木陰に隠れた。

 

「バーラゲドの腐食ナメクジ。何者か知らないけど、1人で立ち向かうなんて無謀」

 

 ニッサはナメクジがチャンドラの捕食に気を取られている間に、トドメを刺して獲物を手に入れる予定だった。

 

 木の実の匂いにおびき寄せられたナメクジはのそのそと近づいてきた。

 現れたのは巨大なナメクジだった。

 あらゆる金属を溶かす酸を吐き出すことができる。その酸は人間の皮膚を数秒で消滅させると言われている。

 動きは遅いが、獲物に襲い掛かるときの動きは早い。過去にこのナメクジに捕食されたエルフは数数えきれない。ニッサも同族が犠牲になるところを何度も目撃してきた。

 

 射手の心得がある者であれば、用意した毒矢で攻撃することもできる。ニッサは射手の心得もあるが、この暗闇では急所を射抜くのは難しい。だから、チャンドラを囮にするのが最善だった。

 ニッサはチャンドラが捕食される前提で手に新しい木の実を握り締めて待機した。

 

 一方、チャンドラは隠れることもせず、堂々とナメクジが近づいて来るのを待った。

 

「なにあれ?」

「気をつけろ。強大な乱動の魔力を感じる」

 

 オムナスはチャンドラの肩の上に乗っかっていた。エレメンタルは紅蓮術師の力になってくれるものだが、今のオムナスには何の力もなかった。

 

「何者か知らないけど、師匠直伝のボールライトニングで丸焦げにしてやるわ」

 

 チャンドラは近づいてきたナメクジに向けて両手を構えて、全身に力を入れた。

 紅蓮術師の心に火がつくと、チャンドラの体に炎がみなぎってきた。

 

 ニッサは初めて見る紅蓮術師の様子に視線を釘付けにした。

 人が自然に炎を生み出すなんて信じられなかった。自然魔術の心得しかないニッサにはからくりがまったくわからなかった。

 

 チャンドラが右手を振ると、その残像に火がこぼれて、やがて炎のエレメンタルが発生した。

 そのエレメンタルは小さいが、赤マナの密度の濃いエネルギーに満たされていた。

 それはやがて、火猫の姿に変化し、地面に降り立った。

 

 ボールライトニングはドミナリアの紅蓮術師が操る高等紅蓮術であり、ドミナリアでも、100人に1人の紅蓮術師しか操ることができない。

 特に若い紅蓮術師がこれほどまでの高温で知性的なエレメンタルを生み出すとなると、チャンドラを除いて他にはいないかもしれない。

 

 エレメンタルは力と知性で評価される。力だけでは、コントロールが効かない。紅蓮術師の命令に正確に従う知性が何より重要だった。

 チャンドラはもともと力任せの紅蓮術師で、ひと昔はたびたび自分の炎でやけどを負ってきた。

 歴戦の紅蓮術師であるヤヤ・バラードに弟子入りして、トレイリアで紅蓮術を学んだことで、少しは利口な炎を身に着けることができた。

 利口になったが、力は以前よりさらに増していて、オムナスも発生した火猫に驚きを隠せなかった。

 

「なんという強大な魔力か。まるでアクームのヘルカイトのような力」

 

 チャンドラの火炎はゼンディカーの大地でもトップクラスだった。

 

 チャンドラの命令を受けて焦熱の火猫はナメクジに向けて駆け出した。

 圧倒的なスピードで加速し、目にも留まらぬスピードでナメクジに噛みついた。

 

 火猫がナメクジに触れるや否や、一瞬でナメクジが大炎上した。

 火猫はナメクジを貫通すると、そのまま空気中に拡散して消えてなくなった。

 

 二度目の攻撃の必要性はなかった。ナメクジは一撃で崩れ去って、体は丸焦げになっていた。

 

「やった」

 

 チャンドラはナメクジを倒したのを確認すると、振り返ってニッサの笑顔を向けた。

 

「倒したよ。あれ、食べられんの?」

「……し、信じられない、あいつ何者なの……?」

 

 ニッサはしばらくあっけに取られていた。腐食ナメクジをたった一人で一撃で倒す人間がいるなんて信じられなかった。エルドラージにせよ、チャンドラにせよ、ニッサの知らない外界には信じられないものが溢れていた。

 

 ◇◇◇

 

 ナメクジはチャンドラの一撃で炎上し、表面は真っ黒になり、カリカリになっていた。

 

「焼けすぎ」

 

 ニッサはナメクジの周囲を見ながら、チャンドラの異常な火力の強さに驚いた。

 

「食べられないの?」

 

 ニッサは首を横に振りながら、握り締めた木の実から鋭利なナイフを生成した。

 チャンドラにはニッサの自然魔術のほうが不思議に見えたようだった。

 

「便利だね。ナッツがナイフになるなんて」

「自然魔術の基本でしょ。あんたこそ何者だって言いたいわ」

 

 ニッサ

 

「私は紅蓮術師だよ。紅蓮術師が火を使うのは基本だよ、基本」

 

 チャンドラは手から火を発生させた。

 

「火を近づけないで」

「明かりだよ」

「いいから消しなさい」

 

 ニッサは火を嫌った。エルフは火を嫌う習性がある。エルフにとって、山火事は最大の災害であり、バーラゲドでもそれは変わらなかった。

 特にゼンディカーでは、山林が焼けると、乱動の性質が変わる。場合によっては二度と生命の住めない荒れ地になることもあるし、突然変異した狂暴なエレメンタルが生まれることもある。

 ニッサの一族も、過去には山火事から生まれたエレメンタルの襲撃を受けたこともあった。

 

 ニッサがナメクジの表面を刻むとカリカリと香ばしい音がした。表面10センチを切ると、ちょうど良く焼けた身が出て来た。

 

「でも、ナメクジを食べるなんてなんだか抵抗あるけど」

「嫌なら食べなくていいわよ」

 

 ニッサはナメクジの身を取り出して葉っぱに巻くと、そのまま何のためらいもなく齧った。

 

「ください」

 

 チャンドラは両手を差し出した。

 ニッサはナメクジの肉のかけらを雑にチャンドラのほうに投げた。

 

 チャンドラは初めてナメクジを口に入れた。

 

「どうだ? 口に合うか?」

 

 オムナスが尋ねた。

 

「あんまり味がしないや」

 

 変な味がするよりはマシだった。

 この腐食ナメクジは栄養価が高く、エルフの間では、最高のご馳走として定義されている。

 神に捧げる召し物として利用されることもある。ただし、酸の袋に溜まっている酸は猛毒であり、食べることはできない。

 この酸は金属を加工などに使われるため、腐食ナメクジの討伐はエルフの間では一大産業と言えるほどだった。

 

 ◇◇◇

 

 ナメクジの食事が終わると、もう夜遅いので休む必要があった。

 バーラゲドの夜は危険であり、安心して一夜を明かすには工夫が必要だった。

 

 ニッサはちょうどいいスペースを見つけると、いくつかの木の実をあたりにちりばめた。

 これには獣避けの効果がある。

 自然魔道士の豊富な知識はいずれも、この大自然を生き残るためにかけがえのないものだった。

 

 なお、紅蓮術師は自然魔道士とは異なる獣避けをしている。

 チャンドラは適当に集めて来た木を組み立てると、火をつけて焚火を作っていた。

 

「ちょっと、火を使うなと言ったでしょ」

 

 ニッサは険しい声で言った。

 

「火をつけたら獣が寄ってこないんだよ。それにオムナスのご飯になるし」

「……」

 

 オムナスは焚火の中に埋まって魔力を回復していた。オムナスのためとなると、我慢するしかなかった。

 

「ニッサも当たったら? あったかいよ」

「そんな危ないものに近寄れるわけないでしょ」

 

 ニッサは焚火に背中を向けた。

 ニッサは火からもチャンドラからも遠ざかって、身軽な身のこなしで木に登った。ニッサにとっては地面の上より木の上のほうが安眠できた。

 

 しばらくすると、オムナスがニッサのもとにやってきた。

 先ほどまで焚火の中に入っていたので、体に赤い光沢が混じっていた。

 

「オムナス様、あまりよそ者の炎に触れない方がよろしいかと。何か危険な副作用があるかもしれませぬ」

「なんてことはない。チャンドラの炎はアクーム火山の炎より実に心地よい」

 

 オムナスはそう言うと、ニッサの肩の上に留まった。

 

「バーラゲドの地にて、はぐれたエルフ。よほどの問題があったと見る。ニッサよ、一体何があった。この乱動の座、オムナスに話してみるがいい」

 

 オムナスがそう尋ねると、ニッサはうつむいてしばらく黙り込んだ。

 

「私はただの罪人。オムナス様と関わることを許されるような身ではありませんので」

「我が見るに、おぬしの力は特別な力であった。それは世界を変える力であろう。ゆえ、おぬしにはその力を正しく使う責任がある」

「……」

「話してみるがよい」

 

 ニッサはいくつかのことをオムナスに話した。

 

 禁を犯してエルドラージを目覚めさせてしまったこと。

 自らの一族を犠牲にしてしまったこと。

 一族から追放され、あてなくさまようようになったこと。

 

 ニッサの禁忌の始まりは、すべて外の世界を知りたいという好奇心からだった。

 バーラゲドの地を離れ、場合によってはゼンディカーの地も離れ、この世界のすべてを確認したいというあまりに大きすぎる好奇心。

 しかし、それがニッサを孤独にした。

 もしかしたら、それは運命だったのかもしれない。ニッサがいまこの瞬間、ここにいることはあらかじめ決まっていた定めだったのかもしれない。

 

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