黒いアルトリアが召喚されたあの場では、奴に遭遇する事を避けたが
同じカルデアに居る以上、こうなるのは必然だったと言える。
あれからしばらくして、私は通路で奴に遭遇してしまった。
あちらも私に気付いたようで足を止めてこちらを見ながら何事か考えている。
私は奴を無視してそのまま通りすぎようとしたのだが……
「話には聞いていたが、本当に貴様が居るとはな。」
アルトリアがそう言いながら私の目の前に移動してきた。
仕方なく私も足を止めて奴を睨む。
「……そこをどけ、アルトリア。」
「ちょうどいい。貴様にも協力してもらおうか。」
「……どけと言ったのが聞こえなかったのか。私は貴様に用などない。」
「マスターを鍛える為だ。
貴様もサーヴァントならマスターの為に働くがいい。」
「……」
確かに今のマスターは私の知る頃よりもかなり軟弱だ。
それが少しでも強くなるのなら私としても好都合ではあるのだが
よりにもよって奴の話に乗らなければならないというのが腹立たしい。
「……沈黙は肯定と捉えるぞ。
貴様には冬木の大聖杯の中心にレイシフトしてもらおう。」
「……何?」
アルトリアによれば大聖杯の中は時間と空間が安定していないらしく
その時空を利用してフランスの特異点を再現するつもりだという話だった。
「私はフランスの特異点にも竜の魔女にも縁はない。
だが貴様はその特異点で竜の魔女と戦い、傷も負ったらしいな?
貴様なら十分にその触媒として機能するだろう。」
要するにあのフランスの特異点での戦いを
もう一度マスターに体験させる事で戦闘の経験を積ませようという事か。
……少々乱暴ではあるが確かに効果的ではあるだろう。
「私はこれから立香とマシュを迎えにいく。
貴様にはそれまでに準備を済ませておいてもらおうか。」
アルトリアはそれだけ言い残すと私の返事も聞かずに立ち去った。
私の知るアルトリアに比べるとずいぶんと傍若無人な事だ。
奴の言う事など無視してもいいのだが、マスターに経験を積ませるという話自体は悪くない。
アルトリアが提案せずとも、私もいずれマスター達を強化しようと思ってはいた。
奴に先を越されたのは癪だが、ここは奴の思惑を利用するとしよう。
私は管制室に向かい、アーキマンにマスター達への言伝を残すと大聖杯へとレイシフトした。
私がレイシフトした時には既にそこはフランスの特異点を再現した空間と化していた。
ここはフランスの特異点にあったオルレアンの城の通路だろう。
これもある意味、願望によって生み出された有り得ざる空間と言えるかもしれない。
そうして様々な事を考えながら時間を潰していると
しばらくしてアルトリアと共にマスターとマシュがレイシフトしてきた。
「ここは……フランス?大聖杯に跳んだはずなのに……」
「あ、ドクターと連絡がつかない。何かあったらすぐ連絡してくれって言ってたのに。」
どうやらアルトリアは何も説明せずに二人をここに連れてきたようだ。
私に対してだけかと思ったが、このアルトリアの会話には言葉が足りないらしい。
マスターの為だと言うのなら、その二人くらいはちゃんと説明してやればいいだろうに。
「ここは大聖杯の中であり、どこでもない断篇。
一時的に特異点を再現する場と思えばいいでしょう。」
仕方なく私が代わりにこの場の説明をしてやると、二人は私が居る事に気付いた。
「モルガンさん、先にいらしていたんですね。」
「その様子ではここに呼ばれた理由すら聞いていないようですね。
冬木の大聖杯の中にレイシフトしろ、などという言葉を鵜呑みにするとは。
もし私やアルトリアが何か企んでいたらどうするつもりだったのですか?」
「まあ、モルガンとアルトリアの頼みだったし。大丈夫かなって。」
「…………そうか。そういう事なら私も手は抜けないな。」
マスターもそうだが、その一言だけでやる気を出すアルトリアもアルトリアだ。
黒く染まっても尚、根底はあのアルトリアのままか。
「マスター、通路の先から足音です!敵性反応と思われます……!」
通路の先から何体かのシャドウサーヴァントがこちらに向かってくる。
あれも以前のフランスで戦ったサーヴァントだろう。
「さて、まずは小手調べです。蹴散らしますよ、マスター。」
「ちょっと待って、私まだ何にも説明受けてないんだけど!」
「いいからさっさと指示を出せ、立香。敵がそんなものを待つはずがあるまい。」
アルトリアの言う通り、敵はこちらの事情などお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。
咄嗟にマスターを守ったマシュは、同時に敵の正体にも気づいたようだ。
「このシャドウサーヴァントは……!ここはまさか――」
「察しがいいな、ここは貴様達が通り過ぎた一つの結末だ。
今一時の再現にすぎないが、ただ戦うだけなら幻と言う訳でもない。
何、一度は倒した相手であり、今回は世界の命運を賭けた戦いでもないだろう?
純粋に生き死にを楽しめ。負けても死ぬだけだ。」
アルトリアはそれは楽しそうに戦闘を開始した。マスターの為とは言っていたが
特異点の記録を見た貴様が暴れたいだけなのではないか、私はそれに利用されただけなのでは?
「そ、そこまで達観はできません……!というか、死は怖いです!」
「それは当然だ、その恐怖を楽しめと言っている。貴様に器を託した英霊はそういう男だった。」
「え……?」
マシュに器を託した英霊の名ならば私も知っている。
しかしそれは私の口から言うべき事ではないだろう。
「本命はこの先だ。あまり全力は出さず、六分の力で切り抜けよ。」
アルトリアに言われるがまま、戦闘を始めたマスター達だったが
以前戦った経験が生きているのか、それともアルトリアがやる気を出しているのか
あまり苦戦する事もなく敵を倒し、通路の先に進む事ができた。
この様子なら玉座では間違いなくあの竜の魔女が再現されているだろう。
マスター達もこの先に誰が居るのか気付いたようだ。
「マスター、玉座に到着しました。……ああ、やっぱり……」
「……不快ね、不快だわ。これは何?悪夢の続き?
一度倒された偽物をもう一度引きずり出すなんて誰の考えなのかしら。」
竜の魔女が辺りを見回して腹立たし気に吐き捨てる。
消えたはずの自分の意識が再び蘇ったとなれば混乱もするだろう。私にも覚えがある。
「そちらのマスター?それとも盾のお嬢さん?
いいえ、違うわよね。こんな悪趣味な事を考えるなんてまともじゃない。
そうでしょう?そこの、ブリテンを滅ぼした魔女様?」
自分の置かれた状況を理解したのか竜の魔女がこちらを睨みつけてくる。
「偽物の私に本物の憎悪を刻んだだけじゃ満足できないと言う訳?
死人に鞭打つなんてさすがと言うべきかしら。
私と違ってちゃあんと祖国を滅ぼした本物の魔女様はやる事が違いますね。」
「……」
……いざこうして他人から言葉にされると何とも言えない感情が湧いてくる。
“私”はきっと滅ぼしたくて滅ぼした訳ではないだろう。もしそうなら今の私はここに居ない。
「――お前は多弁だな。ジャンヌ・ダルク本人も話し好きなのか?」
私が黙っているとアルトリアが横から口を挟んできた。
何か奴の琴線に触れたのか、言葉に棘を感じる。
「あらあら、淀みきったブリテンの騎士王様もご一緒だなんて。
同窓会でも開いてたのかしら?ずいぶんと平和な国ね。」
「やはり話し好きのようだな。貴様の大本もオルレアンの乙女などと呼ばれ喜んだ女だ。
さぞお喋りなのだろう。なにしろ、町娘と変わらない精神構造だ。」
言葉こそ先程までの調子と変わらないが明らかに相手を挑発している。
私もアルトリアのついでに軽く言い返しておくとしよう。
「確かにあの聖女はお喋りだったな。ここまで低俗で凶悪ではなかったが。」
「はあ?何アンタ達。ブリテン出身ってみんな阿呆なの?」
あっさりと挑発に乗ってきた。あの聖女よりはよほど扱いやすい女だ。
「先輩、とても険悪な空気です……!話し合いの余地がありません……!」
「当然だ、我らはこの女を倒しに来たのだから。立香、貴様はまだマスターとして未熟だ。
より強い敵、よりおぞましい敵と戦い、腕を磨け。」
「ああ、そういう事。お優しい騎士王様はマスターちゃんの為に試練を用意したって訳。
いいわよ、受けてたってあげる。でも気を付けてね?この私は低俗で凶悪だからぁ――
以前の恨みもこめて、マスターちゃんの首根っこ、串刺しにしてあげちゃうから!」
「いい叫びだな旗持ち。お前を相手に選んでよかった。」
「何それ、友情とかキモいんですけど。悪に落ちた者同士、感じ入るものがあったってオチ?」
「いや?単に潰し甲斐のある相手を選んだだけだ。お前個人に何の思い入れもない。
それに悪に落ちた者同士とは言うが、汚れ具合では貴様の方が格段に上ではないか?」
「ふふ……それはこちらの台詞でしてよ、卑しい先王、ヴォーティガーンのそっくりさん!」
その名に反応したのはアルトリアではなく私の方だった。
かつて私の戦友の命を奪った存在の名を聞いて思わず手に力が籠る。
その言葉を最後に竜の魔女はこちらに襲いかかってくる。
あの時同様、強敵ではあったが一度は倒した相手だ。
マスターやマシュもあの時よりは的確な動きができている。
そして竜の魔女が決定的な隙を見せたその瞬間。
「
…………アルトリアが放った宝具で決着はついた。
「……あーはいはい、私の負け私の負け!
はっ、何なのその宝具?ずいぶん面白い真名じゃないの。」
竜の魔女が明らかにこちらの方を見て笑っている。
「いいわ、本当はそのマスターちゃんへの恨みなんてないし、
最後に面白いものも聞けたから潔く消えてあげる。」
そう言って本当にあっさりと竜の魔女は消えていった。
「敵サーヴァント、消滅を確認……ふう。とにかく強敵でした……」
マスターとマシュが安心したように一息つくと、アルトリアは独り言ちていた。
「……悪に落ちた者同士の共感、か。確かにそれは否定できないな。
生前、理想に縛られた英霊ほど私達のように乖離した人格を持つのだろう。」
「そうかな、今のジャンヌとアルトリアは違うと思うけど……」
「それは貴様がそう信じているだけの話だ。
……だが貴様がそう信じている限りは、私も自分も決めつける愚は犯すまい。」
このアルトリアは言動こそ傍若無人だが、絆されやすいのは変わらないようだ。
「それで、少しは技量は上がりましたか?マスター。」
「もちろん!ほんの少しだけ、だけど。」
「それはよかった。ではカルデアに戻るがいい。
私やモルガンはこんな形でしか役に立たない女だ。
次の機会があればまた強敵を用意してやる。」
聞き捨てならない事を言われたが、今のところその通りなので言い返す事ができない。
そのままマスターとマシュはカルデアへと帰還し、残されたのは私達二人だけだ。
そういえば以前からこのアルトリアには問い質さなければならない事があった。
今がその絶好の機会だろう。
「……ところで、貴様は嫌がらせの天才か?
その見るからに壊す事しかできない宝具に、何故私の名を付け足した?」
奴は一瞬、虚をつかれたような顔をしたが、すぐに私を嘲るような笑みに変わった。
「ふっ、何を言い出すかと思えば……
この壊す事しかできない宝具に名を加えられたのだ。むしろ光栄に思うがいい。」
奴が何を考えていたのか完全には分からなかったが、その目は明らかに私を弄んでいた。
「貴様……」
「だが貴様への認識は多少改めてやろう。
まさか貴様がこのようなマスターの修行に真っ当に付き合うとはな。」
「……」
「話はそれだけか?ならば私もこれで帰還する。」
それだけ言ってアルトリアも消えた。
私の知るアルトリアとはずいぶん違うが、私にとっては奴以上に面倒な存在だった。
やはり、
弄り甲斐のある玩具を見つけたオルタさん。