亡国のガリバー   作:ふーじん

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 □ある少女にとっての<Infinite Dendrogram>

 

 その日の学業を終えた勢いのまま<Infinite Dendrogram>にログインしたエクスは、脇目も振らず東へ向けて直進した。

 道中にある部族の縄張りや禁足地を避けつつ、軽い足取りで駆け足に進むエクスの表情は明るい。

 遭遇するモンスターを文字通り()()()()ながら、一足で川を跨ぎ、谷を飛び越し、小山を越える。

 最寄りのセーブポイントから目的地までは、エクスの()で走り続けて四半日。地理的に言えば妖精郷の東端に位置していた。

 領域ごとに環境を激変させる妖精郷を走り抜けるうちに、やがて荒野が顔を覗かせる。

 その荒野を数十キロメテルも駆け抜けた先に一際天高く聳える山脈は、辺境ゆえに自然魔力が薄く、峻厳極まる地形のために他種族が寄り付かない廃地だった。

 

 ――或いは流刑地と呼ぶべきだろうか。

 

 ()()を除いて棲まうものはいない、追われ者達の吹き溜まり。

 街も、道も、セーブポイントすら存在しない妖精郷の最果て。

 しかしエクスは、その景色を認めた途端ぱぁと顔を綻ばせ、手を振りかざし叫ぶ。

 

「こんにちはー!!!」

「おおう!!!!! よくきたぁ!!!!!!」

 

 届けた声は耳を劈く大音声。

 返ってきた声もまた、鼓膜を貫くような大音声。

 

 のそりと起き上がった影は――巨大。

 山の上にあって尚山の如く見紛う()()だった。

 

 ◇

 

「はいっ、これお土産! 途中で大物見つけたんだ!」

「ほ、【ギガスワーム】たぁ上物だぁ! よぅっし、こいつぁ燻製にしてやろう! ありがとよぉ、エクスぅ!!」

 

 エクスが【アイテムボックス】から取り出した【ギガスワーム】の肉は、出迎えた巨人が背負って尚引き摺る程の巨体だった。

 その名の通り巨大なミミズといった風体で見た目はグロテスクだが、処理すればなかなかに味わい深い滋味である。

 なにより数少ない巨人の胃袋を満たせる肉ということもあって、彼らにとっては何よりのご馳走だった。

 

「燻製ってはじめてだよね? ねぇローグルさん、見学していい?」

「おうおう、こんなもんでよければいくらでも見てけぇ! こっちだぁ!!」

 

 巨人は、その名の通り身体が大きい。

 小柄な者でも一〇メテルを上回り、長年を生きた巨人にもなると五〇メテルに届くこともあるという。

 そんな彼らだから放つ声ひとつとってもとにかく大きい……というよりはまるで騒音だ。

 まるで瓦礫の崩れるような大音声をエクスはニコニコと間近に浴びながら、引き摺られる【ギガスワーム】の尾を肩に背負って巨人――ローグルの後に続いた。

 

「あっ、そういえばこいつの()もドロップしてたんだった! えっと確か……」

「おおう、そりゃあ朗報だぁ! そいつは格別の肥料になるからなぁ! "御神木"に撒いてやりゃあ、きぃっと大きな実が生るぞぉ!」

 

 言って、ローグルが見据えた先には、巨人をして尚"大きい"と言わしめるほどの巨樹が一つ。

 一〇〇メテルを超える樹高に、疎らに延びた枝。茂る緑は寂しいものの、栄養(リソース)を蓄えればやがて彼ら(巨人)の腹を満たす大きな大きな実を結ぶことだろう。

 

 これら辺り一面見渡す限りの荒野と、ただ一つだけの緑。

 そしてそれを中心に集った、数えるばかりの巨人たち。

 

 その光景を織り成す全てがエクスは好きだった。

 それは最初は単なる憧れとして芽生え、今は生きる実感として彼女の中に根付いている。

 

 エクスにとって巨人たちは、偉大なる先達で何よりも憧れた理想で。

 巨人たちにとってエクスは、想起だにしなかった新たなる同胞だった。

 

 故にだからか、エクスは彼らによく懐いていた。

 そして巨人たちもまた、迫害するでもなく正面から懐いてくるエクスを好んでいる。

 ローグルの()()()()()はある背中を、()()()()()()()()()エクスが子供のように追いかけていく。

 その左手には"山を跨ぐ巨人"の紋章が輝いていた。

 

 彼女の名は、エクス――エクスガリバー。

 

 "大きくなりたい"という夢を求めて<Infinite Dendrogram>にやってきた……少し奇特な<マスター>だった。

 

 ◇◇◇

 

 □巨人種について

 

 巨人とは、その名が示す通り「巨大な人」のことだ。

 数ある亜人種の中でも特に有名で、多くの<マスター>にとってはエルフや妖精に並ぶ代表格と言えるだろう。

 しかしその知名度に反して彼らの実態は、妖精郷における()()()()の代名詞でもあった。

 

 彼らは大きく、故に当然のように力強いと思われがちだが、そうではない。

 身体能力がステータス値に紐付けられている<Infinite Dendrogram>では、たとえ体格で勝るともSTRで劣れば押し負ける。

 そしてステータスは就いたジョブによって左右され、その巨体故にジョブへの適正が限られる彼ら巨人種族は、他の多くの亜人種と比べて大きく遅れを取っていた。

 

 実のところ妖精郷――レジェンダリアは、決して楽園ではない。

 寄り集まった無数の部族は、それぞれが文化も生態も違いすぎるために小競り合いが絶えず、国を取り纏める中央議会は日夜権益を巡って暗闘が繰り広げられている。

 力無くば武力を以て追われ、発言権すら得られず、顧みられることさえない。

 そして巨人は()()なくせして図体ばかり大きく、食糧も大量に消費する木偶の坊だった。

 ともすれば己が部族の繁栄を第一とする彼らにとって、巨人は邪魔者でしかない。

 

 だから排斥した。

 妖精種族を筆頭とした他種族に苛烈なまでに迫害された。

 いつしか()()()()とまで記録に残されるほど、徹底的に狩られていった。

 実際には幾つかの個体が命からがら逃げ延びていたが、最早誰もその所在を知らぬまでに忘れ去られた。

 

 種族の要となるジョブクリスタルと【宝樹】のみを抱えて這々の体で逃げ延び、誰も寄り付かない廃地に落ち延びた彼ら巨人種族は、そこでいつか本当に滅び去るだけの暮らしを余儀なくされる。

 数を増やすにはあまりに個体数が減りすぎ……なにより種を賄うだけの食糧が得られなかった。

 元より弱さから故地を追われた彼らでは野生のモンスターを狩って糧を得ることすら難しく、狩ったところでドロップで得られる食糧アイテムではあまりに量が足りない。

 その問題を解決し得る一族の至宝たる【宝樹】もまた、土地の自然魔力(リソース)が乏しいせいで結ぶ実の数を年々減らしていった。

 

 子を産む余地などなく、弱った者から死に、残った者もやがて逝くだろう。

 なまじ長命種であるために軽々には寿命を迎えられず、皆無念に苛まれながら果てていった。

 

 他種族への恨みはもちろんある。

 悲しみもまだ癒えてはいないだろう。

 怒りは思い返せばいくらでも燃え上がる。

 

 しかし……だからといって反旗を翻すには、彼らは弱すぎた。

 立ち上がったところで何も成せないから、反抗すら許されず彼らは現状に甘んじている。

 恨みも悲しみも怒りも矛先を失って、屈辱すら過去の記録と成り果てて、いつか風化するに身を任せるだけ。

 

 最早惰性で生きているだけのような暮らし。

 誰からも見放された彼ら巨人種族だったが、ある日そこに一つの新しい風が舞い込んできた。

 

 彼ら長命の巨人種族をして()()と謳われる<マスター>の出現。

 その内のひとりが、歴史の果てに消えた巨人の足跡を追って妖精郷を駆け回り、いつしか本当に辿り着いた。

 ましてやその<マスター>が、彼ら巨人と並び立つ程の巨躯だったときの衝撃は、果たしてどれほどのものだっただろう。

 最早現れることはないと思っていた新たなる同胞、その来訪に、静寂に沈むばかりだった巨人たちは俄に色めきだって彼女を取り囲んだ。

 

 異邦の巨人――エクスは、そんな彼らに対して目一杯の親愛と敬愛を浮かべると一言、「遊びに来た」と笑顔で答えた。

 訝しむ巨人たちだったが、エクスには何の裏も思惑も無い。本当に心底から、彼ら巨人と遊びたくて訪れたのだ。

 

 元よりそれこそがエクスがこの<Infinite Dendrogram>にいる理由だから。

 エクスにとって巨人という生き物は、憧れで、理想で、何よりも焦がれた夢の種族。

 他の誰よりも「大きいこと」に憧れ続けたエクスだったから、彼らの絶滅を信じず、<Infinite Dendrogram>を始めてから実に一年以上もの間彼らのことを探し続けて、ようやくその念願を叶えたのだ。

 

 そのあまりに純粋な好意は巨人たちの心を射止め、エクスは迎え入れられた。

 何もない妖精郷の最果てだったが、彼らの存在こそが何よりの報酬だったエクスにとっても、それはこれ以上無い喜びだっただろう。

 

 こうしてエクスと巨人たちは交流を始め、ゲーム内時間で一年の時が経とうとしていた。

 

 ◇◇◇

 

 ローグルの指南の下【ギガスワーム】の燻製調理の一部始終を見届けたエクスは、手に入れた【ギガスワームの糞】を仕舞った【アイテムボックス】を携え【宝樹】の下に赴いていた。

 この糞は【ギガスワーム】が稀にドロップするアイテムで、豊富な栄養分(リソース)を蓄えた一級品の肥料だ。

 早い話が()()()()()()である【ギガスワーム】の【糞】は、その名に反して腐葉土のようで異臭も無く汚物感は少ない。

 リアルのミミズがその排泄物で土を肥やすのと同様に、この糞も醗酵の必要なくにそのまま肥料として用いることができる。

 その性質上【ギガスワーム】を生かしたまま土に放ったほうが断然滋養効果も高いのだが……腐っても純竜級モンスターである。テイム難易度は高く、野生のまま飼育しようとしても先に【ギガスワーム】の(くそ)と成り果てるのがオチだ。

 ――そうローグルは笑い飛ばした。調理中なのに。デリカシーが無いのは巨人の性質か、あるいは彼だからか。

 

 ともかく。

 懸命に実を結ぼうとしている"御神木"の一助となるべく、エクスは【宝樹】の下に推参した。

 【アイテムボックス】に収納された糞は、大樽を一〇並べてなおも足りぬ程に多い。生産者である【ギガスワーム】の大きさが伺えるというものだ。

 これだけあれば間違いなく【宝樹】にとっても栄養になるだろう。【アイテムボックス】がまるまる一つ犠牲になったが安いものだ。(当然ながらまがりなりにも排泄物を収めた【アイテムボックス】を使い回すほどエクスは不潔ではない)

 

 巨人をして見上げるほどの【宝樹】の下には先客がいた。

 縮れた灰色の髭を長く伸ばした、この隠れ里でも一番の巨人。

 五〇メテル超を誇る巨躯の彼の名はベルーゲル。その体格が示すように里の巨人の最年長にして長老格だった。

 

「懲りずにまた来やがったか、小娘。まぁいい、来たんなら手伝ってけ」

「そのつもり! これってどこに撒けばいいかな?」

「根の先をちょいと掘り起こしてから混ぜてやりゃあいい。見てろ……」

 

 巨人サイズの園芸鋏を手に枝を剪定していたベルーゲルが仏頂面で答える。

 やや人嫌いな風の態度だが、これが彼の地であり、別に不機嫌なわけではないことをエクスはとっくに知っていた。

 スコップを手に説明通り浮き出た樹根の先を掘り起こし糞を撒いた彼に続いてエクスがスコップを受け取る。

 彼が握ればまるで片手サイズのスコップも、エクスからすれば身の丈の半分ほどもある大物だ。

 残る樹根の先に切っ先を突き立て、足で踏み込んで掘り起こしてから糞を撒けば、「まぁいいだろう」とベルーゲルが及第点を示した。

 

「見えるか、この樹の天辺が」

「んーん? ちょっと今のままじゃ見えないなぁ……ちょっと失礼するね」

 

 一頻り管理作業をこなした後、そう徐にベルーゲルが問うた。

 ベルーゲルが指し示した【宝樹】の頂きをエクスが()()()()()、そこには大きな……直径にして一〇メテルはある果実が鎮座するように生っていた。

 樹からして規格外の大きさなせいで縮尺が狂って見えるが、通常の人間からすれば途方も無い大きさである。

 思わず指で突こうとしたエクスをベルーゲルの一喝が遮り、彼女は縮こまりながら彼の言葉に耳を傾けた。

 

「この樹は土地の自然魔力を蓄えて、ゆっくり、ゆっくりと実を結ぶ。大体一〇年に一度くらいか。今でこそこんな周期だが、かつては年に一度は生っていた」

「今はそうじゃないのは、自然魔力が薄いから?」

「そうだ。数ももっと沢山生った。年に一度、一人一つずつこの実を食すことで、儂らは随分と腹を満たすことができた。……それでも飲まず食わずってぇわけにはいかん。どうしても他の糧を食う必要があって、それはやはり膨大だった」

 

 そうして始まるベルーゲルの昔話は、エクスが彼の元を訪れたときの常だった。

 巨人と他種族との確執に始まる因縁も、エクスは既に幾度となく聞いている。

 それでもなお語らずにはいられぬ昔語りは、巨人種族に共通する苦悩と悲哀の歴史に違いない。

 

 しかしやや不謹慎だが……歴史の当事者たる巨人たちの語る昔話が、エクスは好きだった。

 最早語り継がれることも、語り継ぐ相手もいない歴史の彼方に消えようとしている巨人種族。

 その唯一の後継としての優越、伝承を肉付けしていく生々しい語り口……そこに込められた彼ら巨人種族の魂そのものを伝授されているようで。

 

「……ふん、今日はここまでにしておくか。それより小娘、近く【宝樹】も実を結ぶ。おまえも食っていくがいい」

「いいの!?」

 

 いつも通りの言葉で締め括ったベルーゲルがそう伝え、エクスは目を輝かせて食いついた。

 ベルーゲルは相変わらずの仏頂面で腕を組み、「構わん」とエクスの視線から目を逸らして答える。

 

「どうせ儂らだけで食うには多すぎる。それに二つ以上は()になる。日持ちもせん。残った実は腐って落ちて、樹の糧になるだけだ」

「やった! じゃあ楽しみにしてるね! あとどれくらいかなぁ」

「一月もかからんだろう」

「じゃあしばらくはこっちに住んでていい? その間外で狩りもしてくるから! ねっ、いいでしょ?」

「ふん、好きにしろ。精々モンスター共を引っ掛けてこねぇことだな」

 

 その忠告に首肯しながら、エクスはとびきり大きい獲物を沢山狩ろうと決めた。

 皆が腹いっぱいになれるほどの糧を用意して、大盛りあがりの中で【宝樹】の実を頂くために。

 

 そこまで考えて、ふとエクスは問うた。

 

「そういやさ、お爺ちゃん」

「なんだ」

 

 エクスは葉陰に隠れてもう見えない実を見上げながら、小首を傾げて。

 

「やっぱりこの実って、美味しいのかな?」

「うむ? ……考えたこともなかったな」

 

 ベルーゲルは長い顎髭をしごきながらそう言って、しばし黙考した。

 彼らにとって【宝樹】の実は存続に必要不可欠な最低限の糧であって、味の優劣を競うものではなかったからだ。

 しかし改めて問われると考える余地が生まれ、もう長らく食していない実の味を思い浮かべて。

 

「――だが、そうだな。魂の味ってぇのは、これのことを言うんだろうさ。これが儂ら巨人の魂よ」

 

 紛れもなく巨人種族の命の支えである【宝樹】の幹を撫でながら、僅かに口の端を歪めて言った。

 

 

 To be continued




(・3・)<主人公の名前の由来や<エンブリオ>、ジョブなどの詳細は後程
(・3・)<名前のほうはまんまだし、<エンブリオ>も大体察し付くだろうけど
(・3・)<あと例によって捏造設定てんこ盛りです
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