亡国のガリバー   作:ふーじん

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 □<番兵山脈>・東部領域

 

 大陸南西部に広がるレジェンダリアの国土、その東南端から南端にかけて聳える山脈がある。

 標高四〇〇〇メテル以上を誇る雄峰が両端まで絶え間無く連なり、ここを境界に妖精郷の国土と外界を区切り、その急峻と高地に適応した強力なモンスターによって人々の往来を塞ぐために<番兵山脈>の名で呼ばれていた。

 ここを初めて訪れたときのエクスは「まるで地球のアルプス山脈みたいだな」と、習ったばかりの授業内容と比較して感嘆したものだが、立地からしても概ねそのようなもので間違いはない。

 

 大陸北方に跨る<厳冬山脈>ほどではないが未踏の領域であり、訪れる者は少ない。

 それというのも妖精郷の中心部とは比較にならないほどに自然魔力が薄く、さりとて外界の民からすればレジェンダリアの大地から漏れ出る自然魔力の名残が山脈に天候不順を齎し、更に付け加えれば鉱物資源の類にも乏しく、誰にとっても()()が無いのがその理由だった。

 

 その<番兵山脈>のとある盆地に、巨人種族の隠れ里はある。

 妖精郷の何処からも追われ追われて、数を減らしながらの逃避行の果てに流れ着いたのが、この自然魔力の乏しい山岳だった。

 価値がないとして国土を追われた彼らが安息を得られたのが、同じく価値がないために見向きされなかった僻地であったのは皮肉であろう。

 しかし妖精郷の外で生きる術を持たず、さりとて中央でも暮らせなくなった彼らにとっては、此処こそが最後の安住の地だった。

 故に長い年月をかけて山脈の一部を開拓し、一族の宝たる【宝樹】を苦心の末根付かせ、人目に触れぬよう息を潜めて暮らしている。

 

 とはいえ今や一〇年に一度しか採れぬようになった【宝樹】の実だけでは食っていけないから、時折危険を押して狩りに出る必要があった。

 そこで狩場となるのが<番兵山脈>でも外界側に面した東部領域であり、ここに一定時期だけ営巣する怪鳥種を狩るのが狩人たちの倣いであった。

 

「よしきた、【ハイランダー・アルバトロス】だぁ……よぅし、動くなよぉ……」

 

 岩陰に隠れながら山肌に羽を休めた怪鳥を認めたのは、隠れ里でも一番の狩人であるローグルだった。

 里でも数少ない上級職に就けた巨人の一人であり、【大狩人】でもある彼の愛用の弓が、キリリと音を鳴らして引き絞られる。

 彼の体格に合わせて作られた弓はさながらバリスタの如き威容を誇り、それに見合う長大な矢を番えながら機会を今か今かと待ち望み……

 

「っ!」

 

 獲物が番と抱卵を交代しようと間際の一瞬を見逃さず、一息に矢を放った。

 【ハイランダー・アルバトロス】は図体こそ二〇メテルは下らない大型の怪鳥ではあるが、その性質は温和……というよりも愚鈍で、強さで言えば亜竜級の下位に準じる。

 飛び立つために助走を必要とし、飛翔速度も決して高くはなく、しかし得られる糧だけは多いために、これらが営巣する時期は<番兵山脈>に隠れ住む巨人にとって格好の猟期だった。

 

 果たして風を切って翔ぶ矢は狙い過たず【ハイランダー・アルバトロス】の首に突き刺さり、急所を抉られた獲物は間もなく光の塵と化してドロップアイテムを遺した。

 驚いた番が慌てて斜面を駆け下りるのをローグルは見送り、置き去りにされた卵とドロップアイテムを認めてにんまりと笑む。

 

「よぉしよし、今回は運がいいなぁ! デケェ胴が丸々残ってやがるぞぉ、卵も無傷だぁ」

 

 巨人は少しでも多くの糧を得るため、狩りに出る者は皆必ず《解体》スキルを覚えていた。

 里一番の狩人であるローグルも当然覚えており、スキルレベルも己の才覚が許す最大まで上げている。

 その甲斐あってか遺ったドロップアイテムも肉がたっぷりと付いた胴の部分で、【ハイランダー・アルバトロス】のサイズであればこれ一つで五人分の食糧にはなるはずだ。

 

「相変わらずいい腕だね、ローグルさん!」

「なんの、おめぇには負けるさぁエクス!」

 

 ほくほく顔で肉と卵を拾ったローグルに、(ましら)の如く降り立ったエクスが称賛を送った。

 

「おれはこれで二〇と五羽だぁ。そっちはどうだい?」

「五七! 一番怖いのはやっぱ地形かな。モンスターのほうは油断してなければへーき!」

 

 エクスもまたローグルと同様に狩りへ赴いていたのだが、弓を背負った彼とは異なり全くの無手である。

 その上でローグルの手に負えない上級モンスターを狩り、彼以上の成果をあげていた。

 エクスの狩猟用【アイテムボックス】には食用の肉のみならず有用な素材アイテムも詰まっている。

 

 何を隠そうエクスは合計レベル五〇〇(カンスト)に至った稀有な手練だった。

 里一番の狩人であるローグルすら上級職は【大狩人】一つがやっとのところを、エクスは軽々と超越している。

 これが伝説の<マスター>というものか、とローグルは改めて感心しながら、空模様を見て呟いた。

 

「そろそろ荒れそうだぁな、西から流れてきた魔力がちぃと濃くなってきてらぁ。こりゃあ一雨来るぞぅ」

「なら今日はここまでだね!」

「んむ、まぁこんだけあればしばらくは充分さぁ。半分は食っちまって、もう半分は燻しちまおう」

 

 余談ではあるが、隠れ里の巨人の主食は概ね肉だ。

 標高が高く、土地の自然魔力(リソース)も乏しい都合上元々植物が根付きにくいのもそうだが、その限られた自然魔力すら【宝樹】に費やしているのだから尚の事だった。

 そうした事情の中で安定して獲物を狩れるということは、そのまま里での発言力の高さに通じる。

 エクスと特に親しいローグルは、その朴訥とした人柄とは裏腹に長老のベルーゲルに次ぐ立場の男だった。

 

 尤も、今や数えるほどまでに数を減らし、誰も彼もが見知った間柄の今となってはそうした地位の差もあってないようなものだったが。

 良くも悪くも外界から隔絶された原始社会、それが巨人の隠れ里である。

 

「っといけねぇ、もう荒れてきやがった。けぇるぞ、エクス」

「はーい」

 

 一仕事を終えて少し雑談している間に、空模様は見る見る悪化しつつあった。

 途端に勢いを増す山間の風を浴びながら、二人は成果物を【アイテムボックス】にしまって山を登る。

 「いつにも増して今日は流れてくる自然魔力が濃いな」などと、他愛もない世間話を交わしつつ、妖精郷の風が運んでくる悪天候を避けながら。

 

 ◇◇◇

 

 □巨人の隠れ里

 

 そうして【宝樹】の収穫祭に備えた日々が幾日か過ぎ、実はいよいよ収穫の日を迎えんとしていた。

 狩りの合間にベルーゲルに習いながら【宝樹】の様子を見ていたエクスは、梢の頂点に生る実が紅玉(ルビー)のように真っ赤に染まっているのを見た。

 折々で乱れる山の天候にも負けず、こうして立派に熟した実を見れば、まるで林檎のようだとエクスは思った。

 生命力に優れる巨人の命を支える実は、文字通りの意味で()()()()というべきか。

 リアルではそう見れない偉容を誇る【宝樹】の姿も相俟って、とても神秘的な印象だった。

 

 こうなると普段は静けさが勝る隠れ里も俄に活気立つ。

 これまでも幾度となく迎えた【宝樹】の収穫祭だが、そのときは一時の活気に彩られるも閉ざされた未来への不安からどこか翳りが拭えないでいた。

 

 しかし今回は違う。

 エクスという()()()()()()()にして()()()()()()()>が仲間に加わったことが、降り積もった灰のような閉塞を一時的にでも晴らしていた。

 

 そういうわけで参加者は僅かながら祭りは徐々に賑わいを増し、エクスはその主役となっていた。

 あの年中仏頂面のベルーゲルでさえも傍目に見て分かる程に口の端を歪ませ、意気揚々と段取りを進めている。

 

 他種族と比べてジョブの適正に恵まれない巨人種族だが、例外として【鍛冶師】を始めとする生産職に関しては優れた適正を見せることが多い。

 里の巨人の非戦闘員などは彫金師系統や裁縫師系統に就いている者が多く、腕によりをかけて作った細工で祭りを綺羅びやかに飾り立てていたし、鍛冶師系統に就いた者からは祭りで用いる儀仗がエクスに贈られていた。

 

 エクスに手渡された儀仗も《鑑定》してみると立派な打撃武器であったし、「HPを消費してダメージを増す」レアな装備スキルが高いレベルで付与されていた。

 このスキル効果は、巨人種族が得意とし、一族秘伝の【レシピ】の一つだ。

 超大型の人間範疇生物の()()として、また【巨人(ジャイアント)】としてHPだけは優れる彼らにとって、この装備スキルは数少ない優れた武器だった。

 ……欠点としてそもそもが巨人用の装備であるから、他の種族には到底扱えないサイズという問題があったが。

 この儀仗にしたって全長が一〇メテルもある。最早武器というよりは建造物だ。

 

 一方で贈られたのは儀仗だけではない。

 それに合わせるようにして、エクスの身長をすっぽりと覆う巨大な織物もある。

 所謂ポンチョに似た毛織物で、暖色を基調として色彩豊かに染め上げられていた。

 またエクスの都合に合わせてわざわざ特殊装備品として製作されており、用途に合わせた《防水》や《防寒》スキルの他に、巨人に合わせて低レベルの《HP増大》も付与されている。

 言うまでもなく一級品であり、これほどのサイズのものを作ろうとすれば一体どれだけのコストが掛かるかわかったものではない。

 

「ふおおぉぉ……すごい!」

「まぁ可愛い! やっぱりあなたなら似合うと思ったのよぉ。こうしてまた娘の服を織れるなんて夢みたいよ」

 

 巨人のサイズに合わせた巨大な姿見の前で自分を見回すエクスに、年重の女巨人が少女のようにはしゃいだ。

 里で唯一の女性であり、このポンチョの製作者であり、里の生産を取り仕切る【裁縫職人】のフェーニャだ。

 若い女の巨人であるエクスを何くれとなく可愛がり、孫娘のようにすら甘やかす御仁である。

 エクスにとっての()()()()()がベルーゲルなら、()()()()()は彼女だった。

 

「これは巨人族にとっては成人衣装なの。大昔は里の女が総出で拵えて、門出を迎える子らに送ったものだわ。……もう織ることはないと思ってたのだけど、人生ってわからないものよねぇ」

「でもこれ、すっごく素材使ったんじゃあ……」

「いーのよぉ気にしなくて! 大半があなたが狩ってきた素材なんだし、無骨な毛皮ばかりの男連中のものよりよっぽどやり甲斐があったわ! 遠慮なく使ってちょうだいな」

「そっかー。じゃあありがたくもらうね、お婆ちゃん!」

「んふふ、お構いなく。さぁ他にも小物があるから、そっちも見ていきましょ!」

 

 ◇◇◇

 

 エクスにとってこの日は、<Infinite Dendrogram>を始めて以来最良の日だったと言えるだろう。

 小さい頃から憧れを抱いていた伝説の生き物の輪に加わり、同じ喜びを分かち合う誉れ。

 最初の一年をかけてレベルを上げ、次の一年で滅んだとされる巨人の里を発見し、その次の一年で交流を深めてきた三年間。

 その集大成とも言うべき一大行事の主賓に据えられ饗される幸福の中で、エクスはすっかり舞い上がっていた。それは里の巨人たちも同様だった。

 閉ざされた未来を一時でも忘れられる熱狂に酔っていた。

 

 ――だから気付かなかった。彼らが望んだ通りに、今ばかりは忘れていた。

 

 巨人は所詮、少数なのだと。

 楽園を追われた弱き種族なのだということを。

 流れ着いた終焉の地が如何に僻地とはいえ、紛れもない()()()()()()であることを失念してしまっていた。

 

 このレジェンダリアが何故()()と呼ばれ外界から恐れられるのか。

 自然魔力に満ちた妖精郷が如何なる場所なのか。

 一時でもそれを忘れた罪を咎めるように、運命は破滅を差し向ける。

 

 ――たとえそれが()()()()()のように、まったくの偶然によるものだとしても。

 

 ◇◇◇

 

 太陽が天頂に差し掛かるのに合わせて開催された祭りは、まず歌と踊りで以て歓迎された。

 笛と太鼓、詩を伴わない合唱の原始的なリズムが山間に谺し、踏み出された足が大地を揺るがす。

 ただでさえ大きい巨人の声が今ばかりは天まで届けと張り上げられ、加速するリズムに合わせてステップも加熱する。

 

 エクスが見様見真似でステップを踏めば、それを導くように巨人たちのステップが返礼した。

 小さい者は二〇メテルから大きい者は五〇メテルまで、他種族からすれば精一杯見仰ぐほどの大きな生き物たちが、列を成し肩を組んで朗らかに歌う。

 この日のために用意された肉や酒は惜しみなく振る舞われた。

 

 やがて夜が更け始め、当初の熱狂が幾分か鳴りを潜めたあと、巨人たちはやがて各々の来歴を言の葉に紡ぎ始めた。

 祭りに集った里の巨人たちの総数はエクスを除いて一〇と五名。

 いずれも齢一〇〇年以上を数える者たちばかりであり、かつての排斥の当事者たちであり、今や遺された唯一の同胞たちである。

 それぞれがかつて如何にして妖精郷を生きていたか、如何なる経緯でこの地に追われたか、次第に凄惨さを増す内容をそれでも最後まで物語っていく。

 それをエクスは一言一句違えることなく心に刻んでいった。

 

 このように彼らが昔語りをするとき、エクスは最後まで静聴して、後でその内容を本に記録していた。

 エクスが巨人探索行を始めた折に付けるようになった冒険手帳だ。

 あることをきっかけに巨人の実在を信じ、レジェンダリアの各地を渡り歩いた冒険の全てがここには記載されている。

 彼女の初ログイン当時には既に過去の被差別種族として歴史の中に埋もれていた巨人を足跡を追って得た発見の数々は、デンドロ最大の情報網を誇る<DIN>にすら提供していない。

 ゆえに貴重な資料とも言えるが、世間的な価値は大したものではないだろう。

 誰にとっても巨人は過去の存在である。しかし、エクスはこれをなにより特別な宝物として大事に大事にしていた。

 

 その冒険手帳に追記される情報も、今回は特に最大級だ。

 一〇年に一度の収穫祭……この機を逃せば次はゲーム内時間で一〇年後。現実でも三年近い時間だ。

 世間での人気振りから万に一つもない可能性ではあると思うが、<Infinite Dendrogram>がそれまでサービスを継続しているとも限らない。

 それだけにエクスはこの祭りを心底から楽しんでいて、誰よりも真剣に耳を傾けていた。

 

「ふん。揃いも揃って昔話たぁ耄碌したもんだ」

「よく言うぜ長、あんたが一番長話だった!」

「しかしエクスも若ぇのに辛抱強いもんだ。ウチの倅なんて五分も保たずに飛び出していったもんだよ」

「誰だって若いうちはそうだったよ。アンタだって同じようなもんだったろう」

「歳食ってわかる、当時の爺様たちの気持ちってやつだな」

「だがまぁ……悪くねぇな。()()()()<マスター>に覚えていてもらえるんなら、あぁ悪くはねぇさ」

「……そうだな、最後の最期に恵まれた」

 

 その言葉が意味するところをエクスははっきりと理解していた。

 かつて迫害から落ち延びた巨人たちは今や皆老いている。

 それはつまり、子を残せず、これ以上強くもなれず、過去の怒りも悲しみも呑み込んで、緩やかに朽ちていくだけの末路だ。

 

 いつか訪れる不可避の別れ。

 しかしせめて自分だけはその最期を見届けようと、今や現実以上に彼らへ入れ込んでいたエクスは改めて覚悟を決め――

 

「――エクスよ。この日を限りに、おまえは里を出ろ」

 

 ――その心中を察したベルーゲルの言葉が、胸を刺した。

 

「なんでっ!?」

「ふん。老いぼれどもの余生に若いモンをいつまでも付き合わせてられるかっ」

 

 思わず声を荒げたエクスにベルーゲルがぶっきらぼうに、……しかし穏やかな目で答えた。

 五〇メテルもある身体を精一杯縮こまらせて、エクスの目線に合わせる。

 そして大きな――というにも巨大すぎる手のひらを乗せて、頭を撫でた。

 

「儂らから伝えられることは全て伝えた。これ以上は未練になる……儂らのな。だから、ここまでだ」

「っ……ぐぅっ、やだぁ……!」

 

 ベルーゲルら巨人たちにはわかっていた。

 こうでも言わなければエクスは皆がいなくなるまで一緒にいる(縛られる)だろうと。

 そしてそれは、彼らの本意ではなかった。

 弱い自分たちとは違い、エクスは強く、永劫を生きる不死身の<マスター>だ。

 なのにいつまでも引き止めていては、自分たちの未練になるし、彼女の足枷になる。

 それだけは我慢ならなかった。楽園を追われた彼らが抱いた、最期の我儘だった。

 

「聞け、エクス。最期にもう二つだけ、餞別がある。これからのおまえにとって、きっと必要になるはずのものだ」

 

 そう言ってベルーゲルは立ち上がって手を伸ばし、【宝樹】から実をもぎ取って差し出した。

 ベルーゲルの大きな掌の上で転がる、大きな大きな赤い果実を。

 

「一つはこれを。我ら巨人の魂を。これを分かち合い、おまえを最後の同胞として迎え入れ、そして別れよう。去り逝く我らと、生き往くおまえを結ぶ最期の絆を」

 

 実をエクスの手に握らせ、次いでベルーゲルは自分を指し示した。

 かつて彼が長たる父から受け継ぎ、逃避行の中で敵う限りの味方を救い、ここまで導いてきた力を。

 

「二つは()()を。最早何処に散ったとも知れぬ同胞。最早何処にいるとも知れぬ民。しかし確かにあった、我らの栄光の証。我ら巨人が()()たる意味、その頂きの座を」

 

 ジョブクリスタルの鎮座する祭壇を示し、ベルーゲルは続け――

 

「【巨、……!?」

「――お爺ちゃん!!」

 

 ――それを()()が遮った。

 

 

 To be continued

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