〝個性〟が発現した瞬間、爆豪は幼いながらも理解した。『おれがすげーんだ。みんなおれよりすごくない』と。
それまで、駆けっこでも知識でも、同世代に負けたことはなく、周囲の人間はみんな自分を持て囃した。それは大人も同様で、口を揃えて『かつきくんはすごいね』と自分を褒める。
一度、川に落ちた時に幼馴染が自分に向けた目が〝おれより遥か先にいる〟と感じたことがあった。腹が立ったが直接何かの勝負で負けたわけではなかったため、認めなかった。見ないふりをして、『やっぱりおれがイチバンだ』と思い直した。
──あの女に出会うまでは。
それは、いつもと違う公園に出かけに行った時のことだ。ちょっとした冒険のつもりで、幼馴染たちを引き連れて隣町の大きな公園まで行こうと爆豪が提案した。
6歳児が30分かかる距離を歩くのは、中々骨が折れることだったが、初めての土地に高揚感が高まっていたことにより、疲労よりも楽しさがまさっていた。
たどり着いた隣町の公園は、普段自分たちが遊んでいる場所よりも整備されていて、見たことのない遊具は、努力した自分に用意された褒美のように感じられた。
あれで遊ぼうぜ! ──そう言いかけた時、爆豪の前を人影が横切った。
綺麗な姿だった。顔がとか、格好がとかではない。その人の走る姿が爆豪にはとても美しく感じられた。
呆然とした爆豪は、一緒にいた幼馴染が声をかけるまでその人物のことを無言で眺めていた。
「かっちゃん? どーしたの?」
彼の声にハッと我に返った爆豪は、自分が見惚れていた人物、自分と同い年くらいのその少女のことを睨み付けた。そして、彼女に対して自分が持った感想に理不尽にも怒りを感じた。
走り姿が綺麗…? そんな感想、まるでおれが劣ってるみたいじゃないか。
駆けっこで同世代に負けたことのない爆豪は、自分の中に抱いた感情をかき消すようにその少女に近付いて唐突に提案を持ちかけた。
「しょーぶだ!!」
「…はい?」
額から垂れる汗を手の甲で拭った少女は、突然、なんの脈絡もなく話しかけてきた爆豪に困惑した。しかし、爆豪はそんな彼女の反応に意を介さず、捲し立てるように続けた。
「おれとかけっこでしょーぶしろ! どっちがはやいか、わからせてやる!」
「…いや、いきなり何ですか? 嫌ですよ、今訓練中なんです。邪魔しないでください」
すげなく断られる。自分のことなんか微塵も興味を示さないその態度に、爆豪は更なる怒りを抱いた。
「…こわいのか!? おれにまけるのがこわいんだろ!?」
爆豪は精一杯の挑発をする。こうして馬鹿にしてやれば、きっと勝負に乗ってくる筈だと確信して。
「…はぁ。わかりましたよ、どっちみち今はダッシュの訓練中ですし。50m走…って言ってもわかりませんか。とにかく、ここからあそこのブランコまでの競走、それなら良いですよ」
「バカにすんな! 50mくらいわかるわ!」
自分のことは棚に上げて、馬鹿にするなと憤る爆豪に少女は「面倒な子に絡まれてしまった」と心底鬱陶しそうにため息をついた。
開始の合図を幼馴染に任せて位置に着く爆豪と少女。絶対に負けるもんか。己のプライドの為に全力で挑む爆豪だったが、──結果は分かりきっていた。
片や同年代の中で飛び抜けて身体能力が高いだけの男児。片や筋肉量から理想的なフォームを追求し、自主的に日々訓練に励む異常な女児。
爆豪は大差をつけられて敗北した。
「ッ、もっかいだ!!」
認められない、認めてたまるか。
自分が同年代の女に負けるなんて、そんなことあっていい筈がない。
心情を露骨に表情に出す少女に気付かず、爆豪は再び走る準備をする。
断ることも出来たが、それで揉める方が面倒だと思い直し、少女も彼の横に立つ。
爆豪は考えた。どうやったらこいつに勝てるか。普通に走っていては、さっきの繰り返しだ。
そこで、気付いた。自分が特別だと理解したキッカケ。大人たちすら認めた自分の才能。
(そうだ、〝個性〟をつかえばいいんだ)
母親から『あたしがいないとこで絶対に使うな』と言い含められていたが、彼は普段から隠れて〝個性〟を使用していた。〝個性〟を使えば、みんなが羨望の眼差しで見てくれる。〝個性カウンセリング〟を受ける前の幼児には、母親の言いつけを守ることより、友人から讃えられることの方が重要なのだ。
スタートの合図が出される。さっきと違い、爆豪は両腕を後方に向けた。当時は名付けてなかったが、いずれ【爆速ターボ】と呼ぶことになる彼の技の原形だ。
(どうだっ! これならおいつけねーだろ!!)
勝ちを確信した。身体能力のみならず、〝個性〟まで使用したのだ。これで負ける道理はない。
誤算があるとしたら、少女もまた負けず嫌いだったという部分だろうか。
「…え、は?」
「…そっちが先にズルをしたんですからね。文句は言わせませんよ」
気付いた時には、ゴールされていた。訳がわからない。なにが起こったんだ。
〝個性〟を使ったんだ。大人が『絶対ヒーローになれるよ』と言ってくれるほど優れた〝個性〟を。それなのに、それなのに。
「ま、まだだ! もっかい!!」
勝負は何回も続いた。腕の角度を変えてみたり、噴射する回数を増やしてみたり、爆豪なりの工夫を重ねるも、ただの一度も少女より先にゴールすることは出来なかった。
「も…もういいでしょ…。…いい、加減。諦めてください…」
「ハァ…ハァ…、も、もっかい…!」
「かっちゃん…もうやめようよぉ」
尚も食い下がる爆豪に、幼馴染が止めようと近付いてくる。
「うっせぇ! デクはじゃますんな!!」
バッ! と幼馴染を払い除ける。しかし、疲労が蓄積していた爆豪は、勢いよく腕を動かしたことでバランスを崩し、そのまま少女を巻き込んで倒れ込んでしまう。
「だ、だいじょうぶ!?」
倒れた2人に心配して幼馴染が手を差し伸べようとする。前にもあったその構図に爆豪の頭に更に血が昇る。
意識が少女から幼馴染へと移る。そのせいで、後ろで呻く彼女の様子に気が付かなかった。
元々、〝個性〟の連続使用で限界がきていた少女。負けず嫌いな性格故に、普段より負担のかかる使い方をして爆豪に勝とうとしていた。かろうじて我慢していたところに衝撃が加わり、堰き止めていた濁流がとき放たれる。
「ゔッ、ぅぶえぇぇ…! 」
「うわぁッ!! な、なにしやがんだゲロ女ぁ!!」
背中から豪快に吐物をぶちまけられた爆豪は、少女を蔑称で呼び非難の声を上げたのだった。
▽ ▽ ▽
6歳の夏。あの一回以来、爆豪は少女に会うことはなかった。
母親に確認し、あの公園があった地域は同じ校区内と聞いていたので、小学校に上がれば再び彼女に会えると思っていた。そこで、あの日の敗北は〝偶々〟だったと証明してみせる。『おれがイチバンすげーんだ』と再確認するために。
しかし、小学校に少女はいなかった。中学に上がっても、そこに彼女の姿はなかった。
爆豪に明確な敗北を突きつけたあの〝ゲロ女〟は、それを払拭させる機会を与えることなく彼に苦い記憶だけを植え付けて行方をくらました。
雄英の入学試験で再び敗北するその日まで──。
▽ ▽ ▽
自分の控え室に入ったと思ったら、上半身下着姿の異性が居た。ほんの僅かな間だけフリーズした爆豪は、即座に再起動してその類稀なる頭脳を総動員し最適解を導き出す。が、頭で分かっていても態度に表せないのが爆豪という少年だ。結局、彼女に背中を向けてこれ以上その豊かな果実と見事な肢体を目に入れないようにするしか彼には出来なかった。
「な! っんで、てめえがここに…控え室……あ、ここ2の方かくそが!」
完全に逆ギレである。速やかに謝罪の言葉を述べることが出来る人間であれば、彼はクラスメイトから〝クソを下水で煮込んだような性格〟と評されることはない。
しかし、彼にとって救いだったのは、相手が彼女であったことだ。多少は羞恥を抱いた移だが、明らかに事故であったと爆豪の態度で理解したため、怒りや被害意識は生まれなかった。峰田であったら鉄拳制裁だったが。
「…あー、まあ私もカギしてませんでしたし。別に気にしなくていいですよ。ワザとじゃないんでしょ?」
「当たり前じゃ! 誰が覗きなんかやるかッ!」
「ええ…、そこで切れます? やばいですね…」
爆豪の背後で衣擦れが聞こえてくる。移は淡々と服を直していった。
「──爆豪」
何と言おうか迷っていた爆豪に移が呼びかける。しっかり服を着たのか分かりようがない爆豪は、廊下を見つめたまま言葉の続きを待つ。
「轟との戦いでは、不完全燃焼でしたよね」
眉間に皺がよる。試合前、『俺にも左の炎を使ってこい』と伝えたにも関わらず、轟は使わなかった。【炎熱】を出せば反撃できた場面で構えを解いて爆風に飛ばされた。彼の全力を上からねじ伏せる。それが目的だったのに。
中途半端に試合が決着してしまい、なんの価値も見出せない勝利を与えられてしまった爆豪は、はらわたが煮えくり返る想いを抱えていた。
そのことを指摘されて、不機嫌を隠さず舌打ちをする。
「…だったら何だってんだ」
「私が解消してあげますよ」
あっけらかんと移は言い放つ。「もう振り返っていいですよ」と彼女から許可が降りて振り向いた爆豪は、先程のセリフの意図が読めず移を睨みつけた。
化粧ポーチから鏡とリップグロスを取り出しながら、彼女は続ける。
「轟は〝全力〟を出しませんでした。あれは彼なりの事情があるのでしょう。それでも、真剣勝負に私情を持ち込んで有耶無耶にしてしまった轟は不義理だと思います。──ですから、私がその鬱憤を解消してあげます」
手際良く薄く化粧を直していく移。荒事とは正反対な作業をこなしながら、会話の内容も声も好戦的な色が乗っている。
「キミの中で燻っている炎を、私が完全燃焼させてあげますよ。──全力でやり合いましょう」
爆豪は奮い立つ。舐められているわけではない。移は、自分の実力を認めた上で、全身全霊で相手をすると言っている。そして、言葉にはしていないが、言外に〝負けるつもりはない〟という気持ちも読み取れた。
あの夏。爆豪は不本意ながら忘れられない敗北を味わった。10年間も再戦することが叶わず、ずっと抱えてきた憤り。
移はあの夏のことなんて全く覚えていない。自分は一目見て気付いたというのに。腹が立つ一方で、仕方がないとも理解していた。幼い頃にたった数十分一緒に居ただけの幼児のことなんて、覚えている筈がない。しかし爆豪の中には、消えることのない屈辱が長年蓄積されていたのだ。
いま、彼女が言ったことは〝轟戦で抱えた鬱憤〟のことだと分かっている。
だけど爆豪は。爆豪の中では。10年間燻っていたドロドロの重油のような火種が燃え盛り始めていた。
「──上等だ、空戸」
移は鏡に向けていた視線を爆豪に移す。彼はいま、出会って初めて彼女の名前を呼んだ。
「
10年ぶりの直接対決。互いに認識の齟齬はあるものの、2人の闘志は研ぎ澄まされていた。
──まもなく、雄英体育祭1年ステージ最後の闘いが始まる。
ショタっちゃんかわいい