意気軒昂と私の控え室から出て行った爆豪を見送り、化粧の仕上げをする。一応ウォータープルーフだが、汗で崩れても見苦しくない薄付き程度に施した。…うん、どこから見ても美少女だ。
女性になってそろそろ16年。勧められて始めたメイクもだいぶ板に付いてきたし、自分を着飾ることが趣味になってきている。相変わらず性自認はどちらとも言えないが、見てくれはマジョリティな女性と言えよう。良い傾向だ。戸惑うことは沢山あったが、人間慣れるものである。
それにしても、さっきの爆豪はレアな反応で見ものだった。彼も異性の着替えを見てしまっては、ああも取り乱すらしい。私に吹聴されたときの影響を恐れた部分もあるだろうが、見間違いでなければ若干赤面していた気もする。爆豪も男子高校生ということか。意外と可愛いところもあるのかもしれない。まあ、それを帳消しにしてマイナスに振り切るほどの難点があるけれど。
「さて、と…」
時計を確認する。いよいよ決勝戦が始まる。選手宣誓で〝優勝宣言〟をした以上、出来ませんでしたでは終われない。
なによりも、私が勝ちたい。
〝ヒーロー〟は必ずしも強くなくてはいけない訳ではない。13号のように、
けれど、それだけでは救えない人がいる。平然と理不尽を振り撒く存在から世の中を護るには、それに対抗する力が必要なんだ。
戦う力、救う力、護る力…。全てが揃って、私は私の目標とする〝ヒーロー〟に成れる。
その為にも、勝ちたい。今日だけじゃあない、この先も勝ち続けていくんだ。
〝二兎を追う者は一兎をも得ず〟? そんなこと知ったことじゃあない。私は戦って勝利し、救って助ける、そして眉目秀麗な〝三兎〟を得た〝ヒーロー〟に成るんだ。
(やることはこれまでと変わらない。自然体で戦って、勝ち取るだけです)
よし、と頰を軽く叩き気合を入れ、10万人と1人が待つステージへと向った。
▽ ▽ ▽
篝火がゴウっと燃え盛る。離れた炎からの僅かな熱気とそれ以上に伝わるスタジアムの大観衆の熱意、そして正面にいる少年から向けられるドロドロとした闘志に、動いていない内から汗が頰を伝う。
『雄英高体育祭もいよいよラストバトル! 1年の頂点がこの一戦で決まる! いわゆる…決勝戦!』
睨み合う私たちの間に言葉はない。伝えることはお互いに先程済ませている。私は美しく見えるように微笑んで、彼は傲岸不遜とも見える獰猛な顔をしていた。
『ヒーロー科、爆豪 勝己! バーサス、ヒーロー科、空戸 移!』
互いの本気をぶつけ合う。正々堂々と、持てる力全てを出し切り相手を叩き潰す。
(さあ爆豪。燃やし尽くしてやりますよ)
完全燃焼して、私の夢の薪となってくれ。
『今、スタートぉ!!』
Booom!!
開始早々、爆豪は【爆破】を利用して急加速する。不規則な軌道で左右上下を入り混ぜながら私の方へと接近してきた。芦戸より断然速いが飯田よりは遅い。しかし、飯田のような直線的な単純な動きではなく、こちらが予測しにくい動きをしているため、狙いを定めるのが難しい。
(だけど、私を攻撃する瞬間。そこはどうしても動きが止まる筈です)
両手をフル活用して推進力を得ている以上、攻撃する瞬間は片手もしくは両手とも移動から攻撃にシフトチェンジするだろう。そこを見極めて芦戸戦のように頭上から攻めさせてもらう。
「死ねえぇぇ!!」
「断ります!!」
右前方から飛んできた爆豪は、左手をこちらに翳して突っ込んで来る。彼の左手が眩く光ったのを確認して、【
「バレバレなんだよッ!!」
「なっ!? ッ〜〜!!」
爆豪の頭を捉える筈だった右手は空を切り、代わりに私を覆うように爆炎が襲った。回避が間に合わず直撃する。空中に居た私は、爆風で宙を舞う。
(
咄嗟に顔を覆った両腕にひりつく疼痛が襲うが、追撃しようと接近する爆豪と迫る場外ラインを【
『空戸に爆破が直撃!! よく攻撃当てたなァ!!』
『これまでの試合で見せていたからな、動きを読まれたんだろ。それでも、爆豪のあの反射神経と姿勢制御は流石のセンスだよ』
先生たちの実況と解説を聞きながら、止まることなく動き回る爆豪から逃げ続ける。
さっきの攻撃、私が消えた瞬間に爆破しながら左腕を薙ぎ払うようにしたのか。自分の動きや姿勢から、私がどこに【
今も、逃げる為に【
(進行方向の前方がダメなら背後へ…、いやあの速度じゃあ触れる前に距離を取られる上に移動目的の爆破に巻き込まれますね…)
不規則な軌道に加えてあの速度。至近距離に【
「逃げてんじゃねえぞ! そんなんで燃え尽きると思ってんかッ!!」
(前も後ろも、近距離も離れてもダメ…なら!)
左斜め前から爆豪が迫る。最初の攻撃を左右反転したような位置どりだ。彼の右手からボボボンと小さな爆破音が鳴る。爆破が当たる瞬間に自分を移送する。爆豪が前も後ろも対応するならば。
「んぐぅ…ッ! これで…!!」
両腕を交差して熱を耐える。後方に大きく伸ばした右足で吹き飛ばされることを防いだ。爆豪の振り払われた右腕が視界から外れて、彼の顔が見えた。僅かに目を見開いていた。
私の【
爆豪はこれまで通り、消えた私を確認して腕を振り払った。一瞬だけ爆破の余波が私を襲ったが、充分耐えられた。
あとは、ここから前へ踏み込み、彼の体に触れたらチェックメイトだ。
重心を左足に移動し、左腕を爆豪の体幹へと伸ばす。あと数センチ、その距離まで近付いたと思ったら、再び爆炎が私を襲った。左半身から背部にかけて衝撃が走る。
「ハッ…う……ッ!」
ゴロゴロと地面を転がる。痛みに耐えれず呻き声が漏れた。【
「はぁ…はぁ…、なに、が」
完全に捉えたと思った。しかし、気付いたら私は吹き飛ばされていた。左肩から腰にかけて火傷を負った気がする。痛みがあるから、Ⅲ度熱傷ではないと思うが、動きに精彩を欠く程度には重傷だ。
(左側の火傷…まさか、振り払った右腕の勢いを利用して体を捻り強引に左手で爆破した、とかです?)
あんな一瞬でそこまでの判断と実行するだけの身体能力…。過小評価していたつもりはなかったが、彼の戦闘センスは本当に末恐ろしい。
『堪らず空中に逃げる空戸! しかし、爆豪! 間髪を容れずに猛追してくぜ! ノンストップだぁ!!』
地上から爆破音が近付いて来るのが分かる。
考えろ。どうすれば爆豪に触れる? 死角に入っても、虚をついても触れるだけの隙は生まれなかった。繰り返して、彼の集中力が切れるのを待つか? …いや、長期戦で有利になるのは爆豪だ。汗をかくほど彼の〝個性〟の威力は増す。それに、爆豪の前に私の集中力が切れる方が早いだろう。
ならば、どうする。麗日のように破片を利用して気を逸らすか。…ダメだ。それも警戒されていて、ステージの損壊は軽微だ。とても気を逸らすほどの瓦礫はない。
(…ん? 瓦礫…)
──ああ、そうか。ジャージだから、
武器がなければ、作れば良いじゃあないか。
▽ ▽ ▽
空中から落ちて来る移に近付きながら、爆豪は次の一手を警戒する。ここまでダメージを食らうことなく彼女に重傷を負わせた爆豪だが、微塵も慢心していなかった。相手はこれまで自分を2度も負かした女だ。そして、どれだけ攻撃を当てていようが、彼女に一度でも触れられたらその時点で負けが確定してしまう。ここまで順調な試合運びをしたが、それで油断する気にはなれる筈もなかった。
(それに、こいつがこれで終わる筈がねえ…絶対なんかしてくる)
これまで爆豪が移と会話した時間は合計しても10分もない。それでも、爆豪には分かっていた。自分を負かした彼女が、このままやられる筈がない、と。
(──関係ねえよッ。てめえが何をしてこよーが、全部ぶっ殺して、俺が〝イチバン〟だッ!!)
そう、関係がない。駆けっこで負けていても、入試で大差をつけられても、戦闘訓練で〝敵わないんじゃ〟と思わされても。今、この瞬間は過去とは無関係だ。希少な〝個性〟を使いこなし、武術の才能もある同い年の少女。彼女がどれだけ優れていようとも、その謀略を全て叩き潰して自分が上に立つ。〝イチバン〟に成るのは──、
「この俺だッ!!」
スタジアムの天辺まで落ちて来た移に爆炎をお見舞いする。同時に、移が【
(どこに行きやがった…また上か?)
その場に留まらぬよう細かく移動を繰り返して移の居場所を探す。そして見つける。ステージ場でタンクトップ姿で走り回る彼女を。
何故脱いでいるとか、忙しなく走って何してるとか、疑問がいくつか浮かんだが、瞬刻に理解する。
移が駆け回り地面に手を触れるたびにステージのコンクリートが隆起してひび割れていく光景を目にしたからだ。
(あの女、武器を作ってやがる…!)
麗日戦を経験した爆豪は、不用意に瓦礫を作り出すと同じ戦法で移にも利用されると考え、ステージへの被害は最小限に留めていた。彼女の移動能力に加えて飛び道具まで揃うと対処する難易度は跳ね上がってしまう。しかし、移は自前で武器を用意してしまった。恐らく、脱いだジャージを地面に移送することでコンクリートを分断し、それを繰り返してステージ全てを粉々にしたのだろう。
薄さが10cm程度の瓦礫だとしてもステージ全てで80から100tの重量となる。それらが全て降ってくるとなると麗日戦の比ではない。
「…ッさせっか!!」
移の下へ急降下する。あれを全て使われるわけにはいかない。しかし。
「もう遅いですよ!」
爆豪の攻撃を避けながら移は次々と瓦礫を上空へ移送していく。同時に地上に落ちるように計算されて【
相手の策に嵌まったことに苛立ち舌打ちする。地上を移動しながら爆豪は考える。
この攻撃は恐らく囮。爆豪にぶつけてダメージを与えることが目的ではなく、あれを破壊するために最大火力で爆破した爆豪の隙を突くことが狙いだろう。すでに周囲に移の姿はなく、瓦礫が当たる前に接近してくることはなさそうだ。そもそも、そんなことをしていては移も瓦礫に巻き込まれてしまう。
(くだらねえ、んなもん正面からぶっ壊してやるわッ!)
獰猛な笑みを更に深めて爆豪は構える。爆破で隙が生じようと関係ない。自身の隙も利用して、打ち破ってやろう。
頭上に迫る瓦礫の天井に目掛けて、爆豪の最大火力が放たれる。
「【
スタジアムが揺れるような轟音が響く。熱気が観客席まで届いて包み込む。
降り注いだ瓦礫は爆炎で粉々に吹き飛び、爆豪にダメージを与えられなかった。ただ、
呼吸を乱す爆豪の視界の端に何かが入る。──やはり来た。
【
「まだこっちが残ってんぞッ!」
来ることは分かっていた。だから爆豪は、右手が潰れるリスクを負ってでも左手を残しておいた。こちらに向けて手を伸ばしているであろう彼女に向けて、最後の一撃を決めるつもりで左手を着火する。
「…は?」
灰色の瓦礫。件の少女がそこにいると思っていた爆豪は呆気に取られる。それは、紛うことなく囮だった。
「ならホンモンはッ──」
「──ここですよ!」
そして、隙を晒した爆豪の足首に何かが触れる感触がした。慌てて真下に視線を向けた彼の目に、地面から生えた腕が自分を掴んでいる光景が飛び込んできた。
▽ ▽ ▽
最後の囮を移送すると同時に、私は彼の足元の地中へと【
いつまでも地面から腕が生えている光景は締まらないし、シュールだろう。〝個性〟の連続使用で警告を出す脳からのメッセージに耐えて、最後の【
髪と顔に付いた土を払い、場外に居る彼を見つめる。悔しそうにする彼は、しかし騒ぐことなく、感情を抑え込むように歯を噛み締めていた。
「爆豪くん場外! よって、優勝は空戸さん!!」
ミッドナイトが高らかに宣言した。
満身創痍ではあるが、目標達成である。──私の優勝だ。