ヒーロー情報学のお時間です。
胸膨らむ授業
体育祭の振替休日が明けて登校日。リカバリーガールの治癒による体力の消耗と純粋な気疲れから休みの間は泥のように眠ったが、今日はすこぶる快調だ。天気は雨だが、ここ数週間の目標だった〝体育祭優勝〟を無事達成できたこともあって、私の内心は快晴である。
「やっぱりテレビで中継されると違うねえ! 超声かけられたよ来る途中!」
「ああ、俺も!」
雄英体育祭の影響は大きく、特に最終種目出場者は画面上に1人で映る時間も多かったため、登校途中に注目を集めたらしい。あいにくと私は自動車で送迎されての登校のため、声をかけられる機会はなかったが、中学校の旧友から沢山のメッセージが届いていて返信に多大な時間を要した。嬉しい悲鳴だ。
「おはよう」
いつもの調子でのっそりと教室に入ってきた相澤先生に、先程まで賑やかだった教室は一斉に静まり返り、みんな声を揃えて挨拶を返した。
もともと真面目なヒーロー志望というだけでなく、この1ヶ月で先生に躾けられた成果だ。
「ケロ? 相澤先生、包帯取れたのね。良かったわ」
体育祭までは全身包帯だらけだった先生は、ギプスも取れて普段通りの格好に戻っている。梅雨ちゃんの言葉に、『ばあさんの処置が大袈裟なんだよ』と軽い調子で返していた。
…顔面の包帯はやり過ぎ感があったけど、両腕の固定に関しては当然の対応だと思う。というか、20日も経ってない内に完治するなんて、現代医学とリカバリーガールの力は凄いよ、ほんと。私が爆豪から受けた爆破による熱傷も、100年前だと確実に痕が残っていた傷だと言うのに、その日の内に完治したのだから恐ろしい。
「──んなもんより、今日のヒーロー情報学。ちょっと特別だぞ」
教室が緊張感に包まれる。いつも突然な雄英のことだ。相澤先生が〝特別〟と言うのだから余程のことだろう。抜き打ちテストとかならまだ良いが果たして何が言い渡されるのか…。
そこかしこから息を飲む音がした。
「コードネーム、ヒーロー名の考案だ」
「「「胸膨らむやつ来たぁぁ〜!!」」」
良い意味で余程のことだった。みんなから爆発したような歓声が上がる。芦戸なんて飛び跳ねて喜んでいた。
──ギンッ!
相澤先生の眼光が鋭くなり(というか本当に赤く光り)威圧感が放たれる。説明中だ、そう言いたいのだろう。教室は一瞬で静寂に包まれた。
「と言うのも、先日話したプロヒーローからのドラフト指名に関係してくる」
体育祭前に説明があったプロからのドラフト指名。本格的に即戦力として期待されるのは来年以降らしく、今年の私たちに来る指名は〝お試し〟に近い。卒業までに興味が削がれれば指名を取り消されることになる。
相澤先生はそう前置きをして、プロジェクターで今回の集計結果を映し出した。
| A組指名件数 |
| 空戸 :2866 爆豪 :2435 轟 :2378 飯田 :360 上鳴 :272 常闇 :243 八百万:149 切島 :68 麗日 :20 蛙吹 :17 瀬呂 :14 |
「例年はもっとバラけるんだが3人に注目が偏った」
(おお…めっちゃ指名来てますね…!)
優勝した私と準優勝の爆豪、3位の轟に票が集中する結果となっていた。轟と比べて同率3位の飯田が少ないのは、表彰式に彼が居なかったことも関係しているのだろうか。
後ろで歓喜する麗日とほんのり笑顔になっている梅雨ちゃんに微笑ましい気持ちになりつつ、チラリと左奥にいる爆豪を見やる。かなりの数の指名を受けたにしては、納得のいってない様子だ。表彰式にて準優勝を祝福するオールマイトに対して彼が言っていた言葉を思い出す。
『1位じゃねえと、全部ゴミなんだよ』
怒りを抑え込んだ声色で語っていた。怪我なんてしていないのに、まるでどこかを抉られたような雰囲気だった。轟との戦いで溜まった鬱憤は晴らせた筈だ。しかし、それはそれとして〝敗北〟という傷は、自尊心の塊のような彼にとって簡単に折り合いのつくものではないのだろう。今も垣間見える怒りの感情は、私に対してではなく〝己自身〟に対する物だと思う。
(難儀な性格ですね…彼も)
「この結果を踏まえ、指名の有無に関係なく所謂〝職場体験〟ってのに行ってもらう」
相澤先生が続きを説明する。
職場体験…、【前世】では中学生の頃に消防署に行かせてもらった記憶がある。梯子車に乗ったのは良い思い出だ。
私たちA組は入学直後に
先生曰く、『プロの活動を実際に体験してより実りある訓練をしよう』というのがその〝職場体験〟の趣旨らしい。そして、そこへ行くための〝ヒーロー名〟の考案という訳だ。
〝職場体験〟と言っても私たちはヒーローの卵。プロの下で校外活動をする以上、一般人からは〝未来のヒーロー〟として認識されるだろう。〝ヒーロー名〟は単なる飾りじゃあない。ヒーローとしての自分の在り方を決定付ける重要なファクターなのだ。
「まあ、そのヒーロー名はまだ仮ではあるが適当なもんは──」
「付けたら地獄を見ちゃうよ!」
ガララっ、と音を立てて勢い良く教室に入ってきた人物が相澤先生の言葉を引き継ぐ。入口を見るとボディラインがくっきり出た
「学生時代に付けたヒーロー名が世に認知され、そのままプロ名になってる人多いからね!」
ミッドナイトの説明に合点が行く。高校生の適当なノリで付けてしまったが最後、一生珍妙なヒーロー名で呼ばれてしまうことも少なくないのだろう。馬鹿にするつもりは一切ないし、彼女のことは尊敬しているが、私は〝リカバリーガール〟のような名前を名乗る度胸はない。人それぞれだろうが、15年後の自分はきっと後悔するだろう。
「──ま、そういうことだ。その辺のセンスをミッドナイトさんに査定してもらう」
相澤先生は『俺はそう言うのは出来ん』と言いながら、足元からいつもの寝袋を取り出した。適材適所なのだろうが、役目がなければ仮眠を取ろうとするところが彼らしい。
「将来の自分がどうなるのか、名を付けることでイメージが固まりそこに近付いていく。それが〝名は体を表す〟ってことだ。──〝オールマイト〟とかな」
(将来の自分…ですか)
〝私〟が幼い頃に憧れたヒーロー、そして体育祭で宣言した目標。そこに近付くために私が名乗るべき名前。…まあ、仰々しく考えても私のヒーロー名は既に決まっている。前席の切島から渡されたフリップボードと油性マーカーを受け取り、前々から考えていた名前をさっそく書き始めた。
▽ ▽ ▽
──数分後。
「じゃあ、そろそろ出来た人から発表してね」
(フリップボードが渡されたことから予想してましたが…やっぱりそういう形式ですか)
ミッドナイトの声に周りがギョッとしたのが伝わった。今後ヒーロー活動中に名乗るのだから恥ずかしがっている場合ではないが、子供の頃の妄想を語るようで躊躇する気持ちも分かる。それを捨て去る為の発表形式なのだろうけれど。
皆が戸惑っている間に、青山が悠然と教壇に上がっていた。流石青山、名前の通り優雅である。
「輝きヒーロー、〝I can not stop twinkling〟! 訳して、〝輝きが止められないよ☆〟!」
(いや、短文…)
バーン! とボードが頭上に掲げられた。恐らく、私以外にも多くのクラスメイトが同じ感想を抱いただろう。
しかしそれを受けたミッドナイトは淡々と修正を加え、〝Can't stop twinkling〟が呼びやすいと査定していた。あまりに自然に流れていったが…。
「じゃあ次私ね! ヒーロー名〝エイリアンクイーン〟!」
「
某映画に登場するキャラクターと同じ名前を発表した芦戸には、流石にストップが掛かった。唇を尖らせて席に戻る芦戸はとても残念そうで、冗談ではなく真面目に言っていたことが分かる。公開されたばかりの流行りのリブート映画から引用する辺りが芦戸らしい。
「ケロ! じゃあ次、私いいかしら」
梅雨ちゃんがフリップボードを隠しながら前に出る。若干大喜利っぽい空気になっても物怖じしない度胸は、梅雨ちゃんの良いところだ。
『小学生の頃から決めてたの』と可愛らしい前置きをして彼女はボードを皆に見せる。
「梅雨入りヒーロー〝フロッピー〟」
「かわいい! 親しみやすくていいわ!」
『みんなから愛されるお手本のようなネーミングね』とミッドナイトがベタ褒めする。本当にその通りだ、梅雨ちゃんかわいい。
梅雨ちゃんのおかげで発表しやすい空気になり、次々と発表されていく。切島は
続いて瀬呂、尾白、砂藤がそれぞれ〝セロファン〟〝テイルマン〟〝シュガーマン〟と〝個性〟になぞらえたヒーロー名を名付けた。分かりやすい名前は、それだけ民衆に覚えてもらいやすいため最適だ。
一度ボツを食らった芦戸と葉隠は、〝ピンキー〟〝インビジブルガール〟と言う外見の特徴を捉えた名前、上鳴は〝チャージズマ〟と小洒落た名前だ。
八百万はフォントまで気を遣った丁寧な文字で〝クリエティ〟と、反対に轟は雑に〝ショート〟と本名をヒーロー名にしていた。
常闇は〝ツクヨミ〟とイカす名前で、峰田は〝グレープジュース〟と意外にセンスのあるポップな名付け方をしていた。
そして、爆豪は──。
「爆殺王」
「うわぁ…」
小学生じみた名付け方だった。今までテンポ良く肯定していたミッドナイトも流石に『そういうのはやめた方がいいわね』と低い声でマジレスしている。仮にもヒーローが〝殺〟という字を名前にしたら不味いと少しも思わないのか彼は。
不愉快そうに席に戻る爆豪と代わって麗日が教壇に立つ。恥ずかしそうに立てたフリップボードには、ポップな書体で〝ウラビティ〟と書いてあった。
「しゃれてる!」
爆豪と打って変わってにこやかにミッドナイトがコメントする。麗日はホッとした様子だ。
1人を除いてみんな個性的で良い名前ばかりだ。突然の〝ヒーロー名考案授業〟であったが、昔から考えていた者が多いということか。ヒーローを目指しているのだから、当然と言えば当然か。
さて、勿体ぶっていた訳ではないが、私もそろそろ発表をしに行こうか。
「残っているのは再考の爆豪くんと緑谷くんと飯田くん、それから──」
「私、行きますね」
ミッドナイトの声を遮って前へ出る。命名の意味が伝わりやすいように書いたフリップボードを教卓に立てる。
「離れていてもすぐに駆けつけて救けるヒーロー、それが私の目指す未来です」
「語感が良くてキャッチーね! いいわ!」
私が〝僕〟の頃から抱いていた想い、それを実現するための願いを込めた名前だ。雄英に合格する前から考えていた。麗日の時と同じように皆から拍手を送られ、気恥ずかしさを誤魔化すように髪を耳にかける。妄想を口にするようで思ったより照れてしまう。
(私は、この名前で立派なヒーローになってみせます…!)
温めていたヒーロー名を披露しただけだけど、ヒーローになるための歩みを進められたような気がした。
▽ ▽ ▽
爆豪以外のヒーロー名が決定し、ヒーロー情報学は終了した。ちなみに、再考した爆豪が発表した名前は〝爆殺卿〟である。〝勝己〟と名付けた親のセンスは彼に遺伝しなかったようだ。
ヒーロー名考案が終了後、相澤先生から職場体験のガイダンスがあった。期間は1週間、行く職場は〝指名してきた事務所〟或いは〝学校がオファーした事務所〟から選ぶことになる。私は三千件近い事務所の名前が書かれたリストを渡された。それぞれの事務所がどの程度の規模で、何に特化した職場なのか、それを調べるだけでも苦労しそうだ。
(ざっと見た感じ、有名なヒーロー事務所も多いですね)
ビルボードチャートで毎年載ってくるようなプロヒーローがいくつか名前を連ねていた。〝エッジショット〟〝クラスト〟〝ギャングオルカ〟〝マジェスティック〟〝ミルコ〟〝シシド〟…。山岳救助を得意とする〝ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ〟からも指名が来ていた。
どの事務所も興味深く、許されるなら全部に行ってみたいがそうもいかない。本当に悩ましいが、私の〝個性〟を実戦で活用するためにとても参考になる人をリストから見つけた。
その人は、10代でトップ10に食い込んだ唯一のヒーローとして知られ、世間から『速すぎる男』と呼ばれている。個性犯罪から市民のサポートまで細やかかつ迅速に解決しており、彼の下で学ぶことが出来れば、色んな方面で実りある体験が出来るだろう。
何より、彼は〝疾い〟。テレビで観た彼の活躍は、初動から解決までが恐しく疾く、そして的確なのだ。察知、移動、制圧。全てにおいて超一流のヒーローから指名が来ている。一つの事務所にしか行けない職場体験では、彼が最優先だ。
ウイングヒーロー〝ホークス〟。
私はその日の昼休みの内に〝希望体験先〟記入用紙の第一希望に彼の事務所名を記入した。
ということで、移ちゃんのヒーロー名は〝テレスキュウ〟で、職場体験は〝ホークス〟の下へ行きます。
常闇くんの回想で少しだけ原作にも描かれていますが、ほとんど原作にないオリジナル展開になると思います。つまり書くのに時間がかかるんじゃあ…。
週一投稿を目指して頑張りますね。