そして、あまり進展しません…。
──職場体験3日目。
肉体的疲労が蓄積してきたが、精神的充足感が凄まじい。推しが目の前で動いているだけでも尊いと感じるのが
ああ、もちろん〝接触するのはマナー違反〟という意見があることは知っている。しかし私は今、職場体験というヒーロー科の特権により合法的な接触をしている訳だ。誰に文句を言われることもない〝立場〟にある。結論、最高である。
「テレスキュウさん、次は東ビルの揉め事を解決するよ」
「──あ、はい!」
いけない、またハイになるところだった。ホークスの声に少し正気に戻る。
今までの学校の授業や訓練はまだ自制が効いていた。周りにクラスメイトの目があったし、多対一だったからだ。それでもオールマイトの授業はかなーりヤバかったが。特に雄英体育祭の表彰式で讃えられた瞬間は内心欣喜雀躍していたが、鋼の精神力で口角が綻ぶ程度に抑えられたのはもはや奇跡だった。
しかし今は推し──No.3ヒーローの活躍をじっくりねっとり観覧できる機会。多少タガが外れても許していただきたい。
別に集中していないわけではない。その辺りは出来る美少女であるため、きちんと彼の技術を盗ませてもらっている。
ホークスの〝個性〟【剛翼】はしなやかであり、鋭さも兼ね備えた羽を自在に操る能力だ。その運用法は多岐に渡る。
微細な振動を読み取って位置関係や状況把握が出来てしまう探知能力。羽一枚で人間一人を浮かせてしまうほどの力。時速200km以上で空を駆け、そこから急旋回などアクロバティック飛行もできる機動性。1m程の長い羽を使えばナイフや【硬質化】した打撃も防ぎ薙ぎ払うことも可能。そして、数十枚ある羽を一度に操作してしまうマルチタスク能力。
いったいどれだけの研鑽を積んだらこれほど精密な〝個性〟制御が可能になるのだろう。才能だけではない、血反吐を吐くほどの努力があったに違いない。
常に飄々として掴みどころのない性格をした彼だが、やはりトップヒーローの実力は飛び抜けている。いや、性格も含めてのトップか。キャラ立ちが凄いし。飄逸なところが目立つが、裏では熱いキャラなやつだ、アメコミ的に考えて。
移動を開始して数十秒、目的のビルに到着した私たちは屋上に着地する。間髪入れずにビル内に羽を飛ばしたホークスが内部状況を探知する。私も【
「探知できたかい?」
隣に立つホークスが流し目でこちらを見ながら尋ねてきた。この3日間、こうやってパトロールの途中にたまに確認され、時間があれば簡単なアドバイスをしてくれる。
「8階のジムで男性2名が暴れています。それぞれ【サイ】と【伸縮腕】の〝個性〟と思われます。避難は済んでいて、現在の損壊は軽微かと」
「うん、ばっちしだね」
ニカッと笑ったホークスは、いつの間にか飛ばしていた複数の羽を使って私が報告している内に騒ぎの2人を確保していた。羽で男たちの服を壁や床に縫い付けて身動きを封じている。眼前に予備の羽を待機させることで、抵抗の意思を削ぐというおまけ付きで。相変わらずの早業…、流石だ。
「それじゃあ中に入ってあの2人を外まで連れて行こうか」
「はい。本当に疾いですね」
「相手に何もさせないことが
『何もさせない』か。お婆ちゃんも似たようなことを言っていた。基本的に先手を取るのは
ホークスの後を追いジムの床に転がされた男たちを見る。根っからの悪人という訳ではないのだろうが、公共の場で許可なく〝個性〟を使って器物損壊している。注意だけでは済まされない。
それにしても、このホークスの捕縛術。余程の怪力でもない限り抜け出すことは難しそうだ。私も【
「俺はこっちの男を連れ出すからさ、テレスキュウさんはその男を頼める?」
100kgはありそうな【サイ】の男を羽一枚で持ち上げているホークスから指示が出された。私はコクリと頷き、もう1人の男をうつ伏せに転がして上に跨り、腕と首を拘束する。事前にホークスが『ビル裏手の職員入口に集合』とインカムで
「わ、ワープ…? アンタ、体育祭で優勝しとった子と?」
私の下敷きになっている男が言う。おお、このお兄さんも私の活躍を見てくれていたのか。パトロール中にも何度か道行く人に声をかけてもらった。雄英体育祭様様だ。
「ええ、どーも」
「ば、ばり凄かったとよ、あの決勝戦! 手に汗握ったばい!」
ふむ。喧嘩の原因は分からないけど、情状酌量の余地はありそうだ。なにせ私を褒めてくれるからね。きっと良い人だ。
「特にあの、背中ば焼けとっちとこ……グフっ! ち、ちかっぱ興奮したっちゃん!」
「えいっ」
「ぐえ…ッ」
前言撤回、やっぱりヤバい人だ。リョナへの理解は多少はあるが、それは創作物や自分の中に留めておいてくれ。表に出すな。
キツめに首を圧迫したのは適切な処置である。
「締めすぎんようにねー」
頭上からバッサバッサと音を立ててホークスが降りてくる。〝もしもの時〟のために忍ばされていた羽が私の襟元からホークスの下へ帰っていった。
彼も到着したことだしもういいだろう。『ぐぎぎっ』と呻く変態男の拘束を緩めて、ホークス事務所から借りている捕縛錠を両腕に取り付けた。
数十秒して
ホークスの話を聞きながら、チラリとツクヨミに視線を向ける。真剣にホークスたちの会話を聞いているように見えるが内心穏やかではないのだろう。昨日の彼とのやり取りを思い出す。
『常闇っ! さっきホークスが言っていたことですが…』
『──静かにしてくれ』
ホークスにUSJ襲撃事件について話した後。常闇のことが気になり声をかけた私に、彼は立ち止まったものの振り返らずに平坦な声色で話す。
『悪いな…、少し1人にしてくれないか』
『っ……、はい…』
思慮を巡らしたが、結局何も言うことが出来なかった。常闇は一度も振り返ることなく、キョドキョドする【
(あれから、腰を据えて話せていませんね…)
ツクヨミが抱えている物は、なんとなく分かる。指名されてこの職場体験に来たにも関わらず碌に相手にされず、やっているのは事後処理のみ。指名された理由も半分が〝情報収集〟で2割が〝外見〟と言われる始末。極め付けに、〝個性〟の関係上仕方ないとは言え、一緒にやってきた私だけがホークスと行動を共にしている現状。正直、面白くない筈だ。
いくらヒーロー志望と言えどまだ高校1年生。簡単に割り切れる話じゃあない。…いや、だからこそ許せないのかもしれない。真剣だからこそ、矜持が傷付けられた気分だろう。
(なにを…言えるでしょうか)
きっと彼は、不甲斐なさを感じているんだろう。ホークスと私とツクヨミはみんな違う。プロと学生という違いは勿論、〝個性〟はそれぞれ〝得意〟とする部分が違うんだ。私が移動を得意とするように、ツクヨミの【
と言っても、私が気にするなと伝えたところで火に油、逆効果になるだろう。焦燥感を抱くのは悪いことばかりじゃあないが、このままではせっかくの職場体験が勿体なくなってしまう。出来れば彼には広い視点、別の視野を持ってほしいものだけど…。こういう時に気の利いた言動を取れない自分が腹立たしい。
「──じゃあ次の現場は…」
『緊急要請──』
情報共有を終えて次の指示を出すホークスを遮ってインカムから女性の声がした。連携を取るために渡された通信機器だけど、ホークスや
『高速道路にて観光バスとトラック、乗用車による玉突き事故が発生。傷病者の人数は不明。救急と警察が出動中ですが事故による渋滞で到着が遅れることが予測されます。現場に急行し安全確保と傷病者の救助をお願いします』
「玉突き事故…」
思わず息を飲む。人数は分からないとのことだが、観光バスがある以上は数人では利かないだろう。それに発生場所は高速道路…、十中八九
〝高リスク受傷機転*1〟たり得る。更に後続車による二次災害の発生や引火して爆発事故に繋がる可能性もある。…予断の許さない状況だ。
応援要請の女性は続けて〝他に8件のヒーロー事務所に要請している〟ことを伝えて通信を終了した。それだけ事態を重く見ているということか。
「ホークス、どうします?」
【伸縮腕】の男を抑えている
ホークスはインカムを操作して喋り始める。恐らく、チャンネルを〝ホークス事務所〟全体に変更したのだろう。
「──A班B班はパトロールを継続、C班は現場に急行してください。D班は事後処理終了後に合流頼んます」
『『『了解』』』
「それから、テレスキュウさんはツクヨミくんを連れて俺に着いてきてくれる?」
「わかりました」
ホークスの指示に従うため、緊張した面持ちのツクヨミの手を握る。きっと、私も同じ表情をしていると思う。これまでの3日間のパトロールの中で、これほどの大事は初めてだ。今まで以上に気を引き締めねば。
バッ! とホークスが飛び上がる。それに伴い発生した風に思わず目を細める。視界から消え去るが、【
「私たちも行きましょう…!」
「ああ、よろしく頼む」
途中で離さぬよう力一杯握り締めて、私はツクヨミと共に宙へ跳んだ。
▽ ▽ ▽
6車線ある広い一般国道の上を走る高速道路。要請で伝えられた現場付近に到着した私たちの前にあった光景は、端的に言って悲惨だった。
「これは…」
「フミカゲぇ…コリャア酷ーゼ…」
ツクヨミの漏らした言葉に【
俯瞰できるよう付近のビル屋上に【
まず目立ったのは横転している大型トラックと観光バスだ。事故現場の先頭に40名以上乗れそうなバスが横たわっており、その数十m後方で道を塞ぐように大型トラックが横転していた。横転したトラックを前に停止しきれなかったのだろう。トラックの後方には乗用車数台と別の大型トラックが絡み合うようにひしゃげて止まっている。
(──総勢52…いや54名。トラックの積荷が有毒ガスの類じゃあないことが幸い、ですかね)
【
(〝CSCATTT *2〟に準じて動くべきですね…)
応援要請してきた通信指令室がどこまで現状を把握しているか分からないが、現場が闇雲に動いては混乱が増して収拾がつかなくなる。情報共有して現場指揮を執る人を決めてもらわないと──。
「テレスキュウさん、ツクヨミくん」
私たちの上空にいたホークスから声がかかる。彼はゆっくり降りてきて、屋上の縁に着地した。
「指令室と相談して、現場指揮は今から到着する【テレパス】の〝個性〟のヒーローが執ることに決まった。君らはC班が到着後に合流して傷病者の手当てをしてもらえる? それまではここに待機で」
私たちの焦燥感をかき消すような落ち着いた声で伝えられる。無意識に作っていた拳を解いて力を抜く。…ああ。【前世】で何度も経験してきた筈なのに情けない。
「ホークスは…?」
ツクヨミの質問にニカッと笑ったホークスは、ゆっくりと飛び立ちながら答えた。
「もちろん、──
【テレパス】のヒーローはマンダレイではありません、他の似た〝個性〟のモブヒーローです。
次回はいよいよ〝救急ヒーロー テレスキュウ〟の本領発揮!できると良いなぁ。
追記:そんでもってヒロアカ本誌の爆弾情報によっては設定を大幅修正せねばならんからボスケテ…。(コミックス派やアニメ派がいるから程々にしておきます…