短めです。
追記:期末試験と順序を入れ替えました。
〝ヒーロー〟という生業は、体が資本である。いくら〝個性〟があろうとも骨格的な優劣が存在する以上、男女比は推して知るべしだ。それでも〝強個性〟と呼ばれるような優れた〝個性〟を秘めている場合は、肉体的不利を覆せる。事実、〝ミルコ〟〝ミッドナイト〟〝リューキュウ〟など有名な女性ヒーローは多数存在するし、現アメリカNo.1ヒーローの〝スターアンドストライプ〟も女性である。
だとしても。実力主義のヒーロー界隈で女性が少数なことに変わりない。それは〝雄英高校ヒーロー科〟においても例外でなく、女子は全体の3割強しかいない。
畢竟、女子更衣室は隣の男子と比べてガラガラである。
──それにも関わらず、やたらと距離の近い芦戸と葉隠に対して、移は大変参っていた。
「あの、お二人さん…? どうしてそんなに近いんです…?」
困惑の声を上げる移は、目の前の2人とは明後日の方向に視線を向けていた。レオタード型の
「ふっふっふっ! 誤魔化そうたって、そうはいきませんぜ?」
「そうそう! 朝のアレ! ばっちし見ちゃったんだから!」
「だ、だから何のことですかぁ? …あとほんと近いです、もろ見えですってぇ…っ」
両手で壁を作ろうとするも、そんな障害あってないようなもの。更にずずいと近付く2人に、移は僅かに紅潮する。
「常闇と話してた時の顔だよっ! すっっごく、良い感じだったじゃん!」
「職場体験で何かあったんでしょっ? もしかして恋とか芽生えちゃったり!」
盛り上がった芦戸たちから『きゃーっ!』と甲高い声が上がる。女3人寄れば姦しいとは、このことである。ヒーローの卵といっても女子は女子。花の女子高生は恋バナに飢えているのだ。
芦戸たちが目撃した〝移の表情〟とは、常闇に向けた蕩けた笑顔のことだ。普段の穏やかで優美な雰囲気のある彼女との違いは明らか。数秒後にはいつも通りだったが、その僅かの瞬間を彼女たちに目撃された訳だ。
「お二人とも、あまり無理に詮索なさるのは良くありませんわ」
あたふたとする移の様子に八百万から助け船が出される。2人からの猛攻が若干和らぎ、移はほっとひと息をつく。ドギマギする心を落ち着かせて彼女たちに弁論する。相変わらず、視線の置き場所に迷っているが。
「──確かに常闇とは仲良くなりましたが、恋愛感情とかそういうのは全くないんですよ? 同じ釜の飯を食べた仲間とか、そういう系統のやつです」
「ええ〜? そうなの? 私のセンサーが『ぴーん』と来たんだけどなぁー」
口を尖らせた芦戸がすごすごと引き下がる。所謂〝乙女の勘〟が何かあると知らせていたのだが、説明する当の本人からその兆しを感じ取れなかった。ただ、移が上手に心の内を隠しているか、或いは彼女自身に恋の自覚がない可能性もある。追求すれば本音が出てくるかもしれない、と芦戸たちの脳裏にかすめるが、そこはヒーロー科。詮索を続けて相手を不快にさせないようにする程度は弁えている。…それでも一度は訊いたことは、ご愛嬌である。
一応は納得して距離を取った女子2人に、移がほっと息をつく。男性が、満員電車で若い女性に囲まれてしまったような居心地の悪さと気恥ずかしさを感じていた彼女は、部屋の広さに適した距離が開いたことで人心地がつく思いである。
すると、その様子をベンチに掛けて眺めていた梅雨の頭に、とある疑問がよぎる。そして、〝思ったことはすぐに言っちゃう〟と普段から公言している彼女は、例に漏れずその疑問を移にぶつけた。
「ケロ……、移ちゃんは人の着替えを見ることが苦手なのかしら」
「うぇッ? どど、どうしてですか…?」
「前々から更衣室では視線が泳いでいると感じていたのよ。さっき透ちゃんたちが接近した時なんて、顔が天井を向いていたわ。常闇ちゃんとのことを訊かれて動揺しているのかとも思ったのだけど……」
「確かに。でも、着替えるのを見られるんが苦手って子はいるけど、そっちは平気そうやんね」
梅雨の指摘に麗日も同意を示す。
「うー、あのぉ……、ええーと…」
図星を突かれた移は、さっきまで以上に動揺して言い淀む。完璧ではないにしてもある程度は隠していた
(なんと説明すれば……、馬鹿正直に『実は前世が成人男性でして』なんて言うわけにもいきませんし…っ。そも、そんなカミングアウトしても受け入れてもらえませんよ…)
移は黙考する。如何にしてこの難局を切り抜けるかを。
移にとって【前世】は、〝己たらしめる記憶〟であると共に、容易に打ち明けられないブラックボックスでもあった。それを伝えたのは亡き両親と祖父母だけ。そして、祖母から『身の安全のためにもみだりに口にしないこと』と約束させられていた。その理由も必要性も移は納得しており、3歳の頃に家族に打ち明けて以来、誰にも言わず秘めている。だから、たとえ詰問されたとしても誰かに【前世】を教える気はなかった。
では、この状況をどうするか。はぐらかす、或いは沈黙することも一つの手だ。もともと入学してからの3ヶ月は黙っていた。優しいクラスメイトのことだ。そういった態度を取れば、何かを察して触れないでいてくれるだろう。この瞬間は気不味い空気が流れるだろうが、今後の友人関係に亀裂が生じるようなことでもない。
しかし彼女にとってその選択は難しい。
移の性自認は酷く曖昧だ。【前世】は紛れもなく成人男性であり、彼、〝前田 世助〟は性的マイノリティではない。──つまり性自認は男性で、パートナーは女性だった。
そんな【前世】を抱える彼女は、自身の本質を〝男〟と捉えている──と言うことでもない。16年という短くない時間を〝空戸 移〟という女性の身体として生きてきた経験、祖母からの教え、何より、移が〝空戸 移〟として生きようと〝覚悟〟を抱いて過ごしてきたことにより、彼女は己を〝女性〟として認識しつつある。
かと言って、20年以上男性として生きていた記憶があるのも事実。記憶と経験と想い、そして身体から分泌されるホルモン。それらが複雑に混ざり合い〝彼女〟を形成している。
結論、移は彼女たちに
『──これは、彼女たちへの不義理ではないのか』
そんな負い目を感じているからこそ、梅雨に指摘された今、なおも沈黙するという選択は、移の信念に反する行為だ。
10秒弱という、回答を待つには短くない時間が経ち、とにかく皆に真摯に向き合う返答をしようと移が口を開きかけた時。それを制するように耳郎が声を上げた。
「──みんな静かに。……峰田が騒いでるんだけど、なんかイヤな予感がする…」
そう言うと耳郎は【イヤホンジャック】を壁──隣の男子更衣室との境に刺した。〝個性〟柄、彼女は耳が良い。何もしていなくとも常人よりも聴力が優れている彼女が、壁の向こうから聞こえてきた不穏な会話に、より集中する。ややあって、眉間に皺を寄せた耳郎が皆に聴いた内容を伝える。険のある声だ。
「この壁の横……あった。峰田のヤツ、ここにある穴からウチらのこと覗こうとしてるみたい」
「え! なにそれっ!」
「あり得ない! 峰田サイテーッ!」
「峰田ちゃん…そこまで酷いことするなんて思わなかったわ」
耳郎からもたらされた峰田の非道な行いに、A組女子は怒髪が天を衝く思いに駆られる。当然だ。仮にもヒーロー科に属している筈である彼が、〝覗き〟というセクハラどころか歴とした犯罪行為に及ぼうとしているのだ。被害者側として、怒らない筈がなかった。
『タイミング見て懲らしめてやる』と片方の【イヤホンジャック】を壁から離した耳郎は、見つけた穴に狙いを定めると、穴の先──不届き者の瞳に目掛けて情け容赦なくブッ刺した。瞬間、壁を挟んでも聞こえてくる声量で絶叫が上がった。どうやら、無事に制裁が下されたようだ。
「ありがと響香ちゃんっ」
「なんて卑劣…! すぐに塞いでしまいましょう!」
耳郎のおかげで未遂に終わったが、だからといって赦されるわけがない。普段は温厚な八百万さえ怒りを露わにして糾弾していた。
そして峰田の凶行を防いだ耳郎はと言うと──。
『八百万のヤオヨロッパイ!!』
『芦戸の腰つき!!』
『空戸のマーベラスな脚線!!』
『葉隠の浮かぶ下着!!』
『麗日のうららかボディに!!』
『蛙吹の意外おっぱァアアア──』
(ウチだけ何も言われてなかったな…)
密かなコンプレックスを抱く彼女は、他の女子とは違うベクトルで峰田に怒りを覚えていたのだった。
▽ ▽ ▽
(峰田の絶許行動で話題は逸れましたけど……)
放課後。帰路に着く車に揺られながら、移は更衣室でのやり取りを思い浮かべる。梅雨から言及されたことは、返事をしないまま結局有耶無耶のままになってしまった。
車の窓に頭をもたれながら、ぼうっと流れる景色を眺める。結んだ唇からは、彼女の葛藤が読み取れる。
(……私がやってることって、峰田とそんな変わりないのかもしれない……)
深いため息をつく。欲望のまま異性の裸を盗み見ようとした峰田と移では似て非なるものだ。ただ、梅雨の指摘に峰田の行動。2つのことが同時に降りかかったことで、彼女の心にチクリと抜けないトゲが突き刺さる。
(──近い内に、必ず打ち明けよう)
どう話して、どこまで伝えるかは追々考えるとして。考えないようにしていた自身の不誠実な行いに向き合おうと、少女は決意を固めた。
峰田は物語の良いスパイスになりますが、実際にいたら許されないヤツですよね。キャラクターとしては大好きです。
更新頻度について。
徐々に更新頻度が落ちていますが、今後更に落ちるかもしれません…。そろそろ〝林間合宿編〟が始まります。〝林間合宿編〟とその後の話は定期更新をしたいと思っています。……そのためのストックが、ありません…っ!!
週一更新を続けたかったのですが、難しそうです…。
やる気がなくなったわけではありません。むしろ本誌のおかげで鰻登りです。
気長にお待ちいただけると助かります。