「あの……よく分からないのですが、その
隣に座るお婆ちゃん、斜め向かいのオールマイト、壁際で直立している刑事を順に視線を向けて、疑問を呈する。この会談の意図が不明なため、何故この面子が集められたのか見当がつかない。
ここに私がいなければ、まだ分かる。皆、プロヒーローや警察関係者なのだから、
(雄英の保安目的の会談ではないなら、いったい……)
「そうだね。まずはこの場の
私の疑問に応えるべく、根津校長は真剣な表情を保ったまま静かに語り出す。
「皆に集まってもらったのは雄英の警備強化とは別にもう一つ。空戸くん、キミの安全を守るためなのさ」
「私の……?」
どういうことだろうか。USJ襲撃事件における
彼らが未だに〝オールマイトの殺害〟を目的に掲げているのかは不明であるが、一度狙われた以上、模倣犯を含め〝USJ襲撃事件〟の再来がないとは言えないのだ。
根津校長が言った、会談の2つの目的。雄英の警備強化と私の保安。そして、主題に上がった〝とある
胸騒ぎが強まり、得も言われぬ不安が体を覆う。
根津校長が話を続ける。
「4月に雄英を襲撃し、先日は保須市の無差別傷害事件を引き起こした〝
(ああ……、これは…。…
自身の内側の機微を捉えて、これまでの経験から悪い兆候だと認識する。雄英体育祭で心操の〝個性〟を知った時のような。職場体験で首に外傷を負った傷病者を見た時のような。
これは、トラウマが刺激される前兆だ。
先生方が、とりわけオールマイトが私に向ける視線。この場にお婆ちゃんがいる理由。なんとなく察した。これはきっと、
「──移ちゃん」
隣から、私の手を握るお婆ちゃんに呼びかけられる。彼女の手の温もりが、じんわりと、浸透する。
…ああ、そうだ。私は大丈夫。大丈夫だ。
ここは安全な場所。そして、
肺の中の空気を空にするつもりで、静かにゆっくりと息を吐く。心の騒めきはこびりついて離れてくれないが、幾分かマシになった。武芸者特有の硬く頼もしい手を握り返して、視線で返事をする。『お婆ちゃん、私は大丈夫』と。
次いで、根津校長に向き直る。予想、いや確信を持って。意を決して私は確認する。
「その
「…その通りなのさ」
過去が、私の足下にズルズルと這い寄ってくる。そんな不気味な感覚が全身を覆った。
▽ ▽ ▽
10年前の8月。京都にある父方の祖父の自宅へ、両親と私が招かれた日の夜。突如、私の日常を食い破って奪い去った
巫山戯た名前とは裏腹に、彼の〝個性〟は凶悪そのもの。彼の情報について、その殆どが公表されていない。報道された極僅かな情報と、実際に相対した私の所感を合わせた予測になるが、増井の〝個性〟は〝相手の自我を思うがままに制御できる【精神干渉】系〟だ。
事件について捜査した警察とお婆ちゃんからの話によると、増井は父方の祖父、至お爺ちゃんを操作して両親に睡眠薬を盛り、その上で
「空戸。これはお前の守りをより強固にするための話ではある。だが、辛い話に変わりはない。仮にここで止めたとしても、俺たちが必ずお前を守る。呼んでおいてなんだが、無理に聞く必要はない」
「相澤先生……」
私の様子を気遣うように、いつもより優しげな色を含んだ調子で相澤先生が言う。先生の言葉に同意するようにお婆ちゃんも頷いている。2人の言動にほんの少し潜心し、震えそうになる声を抑えつけて想いを口にする。
「……確かに、以前までの私なら受け止められなかったと思います。あの日を思い起こすことは、なるだけ避けて生きていましたから。──けど、今は違います。辛いけど、怖いけど……、向き合いたいんです」
「空戸少女……キミは…」
何かを耐えるように口元を歪ませるオールマイト。彼だけじゃあない。この場にいる私以外の全員が、似たような表情をしている。
私の過去、それに病状について先生たちは知っている。私が部屋に来る前にお婆ちゃんが話した、という訳ではなく、入学が決まった時点でお婆ちゃんと一緒に学校側には伝えてあった。当然だ。生徒が急にパニック発作を起こす可能性があるんだ。危険な訓練も行うヒーロー科に通うというのに、そんな大事な情報を伝えないわけにはいかなかった。
だから先生たちは、私の身に何が起きたのかも、今も尚抱えているトラウマも知っている。それ故に、私の身を案じて訊いているんだ。
(そして、その事情を知っていても伝えるべきと判断する情報…ということですね)
…そう。PTSDを抱えている子どもにトラウマを想起させることを大人が、それもプロヒーローが無闇に伝える訳がない。ただ守るだけなら、教師陣と警察、保護者であるお婆ちゃんにのみ周知すれば良い話だ。
しかし先生たちは、私の精神面に配慮しつつも、
恐怖はある。でもそれ以上に、逃げたくない。私が目指す
「話してください。
「……わかった」
深く頷いた根津校長は、しばらくの沈黙の後、静かに語り始めた。
「まずは、増井について話そう。10年前、キミの家族を襲った増井はキミの誘拐を計画していた。それについては未遂で終わったわけだが…。彼は収監された『
「だが、語られていないといって予測ができない訳ではない。増井と裏で繋がっている人物を知っていれば、自ずと答えが見えてくる」
「答え……?」
根津校長から引き継ぐ形で壁の側にいた刑事が話し出す。…ああ、思い出した。確か彼の名は塚内、だった筈。
塚内刑事の言う
胸の騒めきが強まる。決意を固めても、拒否感は拭い去れない。努めて平静を保とうとするが、抑えきれない緊張から掌と背中がじんわり汗ばむ。
「増井が信奉していた、或いは協力関係にあったとされる
「……………オールフォー…、ワン……?」
一瞬、頭が真っ白になる。間の抜けた声でその名を呟く。聞き間違いではないかと、自分の耳を疑う。だって…、まさか。そんな筈はない。
「何故彼がキミを狙っているかと言うと、彼の〝個性〟が関係している。
続く説明が、正しく聞き取れていることを後押しする。【〝個性〟を奪い、与える】〝個性〟……。ああ、なんて強大な〝個性〟だろう。そんな力を持った人物が
──だけど、そんなこと、あり得ないだろう。あってはならない。
「【奪い、与える】〝個性〟だ。彼がこれまで犯してきた所業は数知れない。にも関わらず、世間には彼のことは伏せられている。そんな凶悪な〝個性〟を持った者がいるなんて知ったら、民衆の不安を煽るだけだからね」
…伏せられている、か。だから私は気付かなかったのか。教科書に載っていないから、ニュースで見ないから、
いや。きっと私は、その可能性を心の底で信じたくなかっただけなのだろう。今の世の中は平和だと、現実逃避したかっただけなんだ。
「
「
「…そう、なんですね……」
おざなりになりながらも、なんとか返事をする。現実感のない、フワフワとした心地だ。
──増井が私の〝個性〟を狙って犯行に及んだことは、なんとなく見当がついていた。奴は私の自我を奪って誘拐しようとしていた。ワープ系の〝個性〟は貴重だ。売り払うにしろ、移動手段として利用するにしろ、
だけど、
だって奴は。奴のせいで…。
(奴の統治で【前世】の私は……、〝僕〟たちは殺されたんだ…ッ)
恐怖と怒りが駆け巡る。百年以上前の超常黎明期…、そんな大昔の【前世】の自分の
…いや、そんなことは大して重要じゃあない。問題は、奴がまだどこかで活動していて、誰かにとっての〝地獄〟を作り出しているということだ。
記憶の中で、常に薄ら笑いを浮かべているあの男。対面した時間はごく僅かだったが、人の尊厳を踏み躙ることに愉悦を覚える悪魔のような性質をしていることは十二分に理解している。…理解させられた。
(あの男を野放しにしておくわけにはいかないッ!)
噛み締めた奥歯から音が鳴った。恐れはある。しかしそれをかき消すほどの義憤が私を支配した。
「──力を抜きなさい、移ちゃん」
柔らかい優しい声が耳朶を打つ。お婆ちゃんは、握り締めた私の拳をゆっくりとほぐしていく。
「お婆ちゃん……」
「大丈夫よ。大丈夫だから、ね?」
いつもの微笑みをこちらに向けて、彼女はあやすように『大丈夫』と繰り返す。いつの間にか早まっていた鼓動が次第に落ち着きを取り戻していく。
「…ありがとうお婆ちゃん…、もう落ち着きました」
微笑み返して礼を添える。いつものことながら、彼女の声と温もりは、私の心に安寧を齎す一番の薬だ。
何度目か分からない深呼吸をして、正面を見る。
「脅威については理解しました。それで、具体的に私はどのような行動を取れば良いのでしょうか?」
「基本的には、今までの生活と何ら変わりないさ。学校では我々教師が、自宅ではキミの父兄がキミを守る。空戸くんの場合、登下校は元々車の送迎だしね」
「問題はそれ以外の時間だ。お前には悪いが、1人での外出は控えてほしい。少なくとも
根津校長と相澤先生が答える。
外出の制限…、まあ妥当だろう。しかし、そうなると朝の
「──怖がらせるわけではないが、
オールマイトが脇腹をさすりながら語る。4月に根津校長が言っていたオールマイトが負った傷。恐らくそれが
(………ん? …あれ、ちょっと待ってください…不味くないです…ッ?)
「や、八木先生…? い、いやですねぇ〜。その言い方では、まるで先生も闘ったみたいじゃあないですかぁ」
(おお、オールマイトぉ! ここには根津校長以外もいるんですよっ! いつものお茶目を今発揮しないでくださいッ!!)
サーっと血の気が引く。オールマイトは時々抜けているというか、天然を発揮することで有名だが、今、その特徴が表に出てしまっている。塚内刑事やお婆ちゃんが同席している中で、痩せ細った今の姿のまま、(事実その通りなのだが)あたかも自分が
オールマイト=八木先生であることは、世間に公表されていない事実。私が知ってしまったのは事故だったが、こんな形で秘密を広げる訳にはいかない。
〝個性〟【ハイスペック】を備える根津校長の卓越した頭脳で何とか誤魔化してくれないだろうかと、彼をチラチラ覗き見る。すると彼は、『問題ないのさ』と諭すように言う。
「八木くんがオールマイトだということは、ここにいる全員が知っていることさ。だからこそ、彼にも同席してもらったのだからね」
「へっ……? そうなんですか……?」
「むしろ移ちゃんが知っていることに私は驚いたわ。校長先生から経緯を聞いて納得したけれど、一応、国家レベルの機密事項なのよ?」
呆れ顔のお婆ちゃんは、多少の非難を込めた目でオールマイトと根津校長を見つめた。面目なさそうにするオールマイトと、『ハハハ』と笑う根津校長の様子に、諦めたように溜息をついていた。
なんだか旧知の仲のようなやり取りだと思っていると、私の思考を読み取ったのか、お婆ちゃんが先んじて話す。
「オールマイトとは、現役時代に何度か仕事しているのよ。それこそ、
「そういうことさ。心配してくれてありがとね」
「い、いえ! 私の方こそ、早とちりしてしまい申し訳ありません…」
天然を発揮したとか思ってごめんなさい…。
「──話を戻しましょう。オールマイトが言うように、
「相澤先生…」
真剣に、心から私のことを想ってくれているのだと。この人たちは、絶対に私を守ってくれるだろうと言う安心感が先生の言葉からもたらされる。
正直に言って、もどかしく思う。
現代社会に、あの〝この世の悪意を煮詰めたような男〟が野放しになっていると言うのに、それに立ち向かう力も立場も持ち合わせていない自分に。
(……早く、一人前のヒーローになりたい。強く、ならないと)
私も、必ず守る側になるんだ。
胸に滾る決意を押し込め、相澤先生に『はい』と返事をした。
▽ ▽ ▽
その後、より具体的な対応策が話し合われ、嫌な予感から始まった放課後の会談は1時間ほどで御開きとなった。
胸中に芽生えた義侠心を育みつつ、訓練と治療を重ねて私は待つ。もう少しで、飛躍的に成長する機会が来る。
──林間合宿の日が近付いている。
30話以上書いておいて今更なんですが、最近〝文章上達〟系の本を読んで勉強しております。スキルアップできたら加筆修正するかもしれません。しないかもしれません。
予定では、この後にプール回(アニメオリジナル)を挟んで林間合宿編に入ります。
林間合宿編は定期更新をするために時間をいただくつもりです。活動報告にて進捗をお伝えしますので、気になる方は時々そちらをご覧ください。
ちなみに、今のストックはゼロです!\(^q^)/