林間合宿編開始です。
しかしながら、ストックが2話しかありません…。
3月に一話も更新出来ないのはなぁ、と思い、導入だけ投稿することにしました。
活動報告に進捗を載せていきます。
またお待たせすることになると思います…。
1日目:出立
まず感じたのは、鉛を付けたような全身の倦怠感。次に、覚醒しきっていない頭から更に思考力を奪うような頭痛。そして、僅かに身じろいだだけで襲ってきた側胸部と大腿の突っ張った疼痛。寒気と熱感が同時に体を包んでおり、寝起きの働かない頭でも全身がアラートを鳴らしていることを理解した。
いったい、何が……?
落ちそうになる意識を必死に繋ぎ止め、現状把握に努める。辺りは薄暗く、視界がかすむせいもあって良く分からないが、少なくとも自室のベッドではないことは、背中に伝わる硬い感触から推察できた。
情報が少な過ぎて何も分からない。とにかく起き上がって、ここが何処なのか、私に何が起きているのか調べることにした。
ガチャン…。
手を付き体を起こそうとした私は、しかし腕を動かすことすら叶わなかった。鈍い金属音が響き渡る。そこで初めて、全身が拘束されていることに気が付く。見えないが、四肢と体幹ごと寝かされている寝台に固定されていた。
(自宅じゃあない……、かと言ってこんな拘束…病院でもする訳ない…。…ここは、何処……?)
自身の置かれている状況がいよいよ普通じゃあないことに気付く。体調は最悪、光源の何もない部屋の中で全身を拘束されている。
(拉致、された…? どうやって…? ……ダメですね、ハッキリ思い出せない…)
靄がかかったように記憶が曖昧だ。
目が覚める前に何があったのか。それを思い出すため、確実なところから辿っていくことにした。
(合宿……、そうだ、林間合宿に行ってたんでした)
夏休み中、ヒーロー科一年A組B組合同で実施される強化合宿。それに参加していたことは覚えている。バスで山奥へ行って、みんなと一緒に訓練をして…、それからどうしたんだっけ。
思考がまとまらない。記憶を辿るが、すぐに四散してしまう。心なしか、頭痛が酷くなっている気がする。
(落ち着け…、ひとつずつ思い出すんです…)
焦りか恐怖か。騒つく心を鎮めるように自分に言い聞かす。
まずは、始まりから。林間合宿の初日から振り返ろう。
▽ ▽ ▽
「98……99……100っ、んぁ〜ッ! 終わりっ!」
ベタンっと音を立てて床に崩れ落ちる。修練場の板張りの床は、火照る体を程よく冷やしてくれる。このまま目を閉じてこの感触を楽しんでいたいが、片付けを考慮するとあまり時間が残されていないため、気合いを入れて立ち上がる。
「…うわぁ、びっしょびしょ…」
自分が横たわった床が濡れているのを見て、思いの外汗をかいてしまったことを知る。もともとシャワーを浴びるつもりだったから汚れたことは構わないのだが、朝から少々飛ばし過ぎたかと反省した。日課のランニングが出来ない代わりとして筋トレをしているが、まだペース配分がよく分かっていないのだ。
時計を確認する。出発時刻まで残り50分ほど。急いだ方が良さそうだ。
簡単にモップ掛けをしようと動きだしたところで、修練場の扉が静かに開けられた。お婆ちゃんだ。
「まだここに居たの。今日はいつもより早く出るのでしょう?」
「そうなんですけど、ノルマは熟したくて…」
「朝から無理せずとも、合宿で充分しごかれるでしょうに…」
苦笑混じりに『仕方ない子ねぇ』と呆れた様子を見せるお婆ちゃんに、なんだかむず痒く感じて視線を逸らす。
「片付けは私がしておくわ。貴女は支度を済ませてしまいなさい」
「えっ、でも」
「いいから。しばらく居なくなるのだから、このくらいの世話は焼かせてちょうだい」
そう言って、お婆ちゃんはさっさとモップを取り出してしまった。申し訳なく感じたが、時間がないことも確かだ。僅かに逡巡した後、有り難く厚意を受け取ることにした。
「ありがとうございます。じゃあ、お任せしますね」
「ええ。──……、移ちゃん」
「はい?」
礼を述べて部屋から出ようとしたところで呼び止められた。暫くモップの柄を見つめていたお婆ちゃんは、ややあって顔を上げる。
「ごめんなさい。窮屈な想いをさせているわね…」
突然の謝罪に一瞬、何のことかと思ったが、すぐに〝外出の制限〟の件だと気付いた。そんな気に病むことないのに、と私は微笑む。
「気にしないでください。…彼の危険性は充分理解しています。狙いが私である可能性がある以上、当然の措置だと納得していますよ。……それに、窮屈なんて思ってませんよ?」
「そう、かしら…」
「はい。外出は出来なくとも、家と学校で訓練は間に合っていますし。〝ヒーロー〟を目指すのに何の問題もありませんよ」
「……、…そうね」
「…? じゃあ私、行きますね」
最後に『片付け、ありがとうございます』と伝えて浴室へと向かう。今日から始まる林間合宿では、日中の殆どが訓練だと聞いている。化粧はベースだけで留めておこう。ただ、紫外線対策は念入りにしておくべきだろう。休憩のたびに塗り直す時間を取れたら助かるが、どうだろうか。
(それにしても…)
移動しながら先程のやり取りを思い出す。部屋を出る時、お婆ちゃんが最後にしていた表情がなんだか引っかかった。
お婆ちゃんは何であんなに、──哀しそうな顔を、していたんだろう。
▽ ▽ ▽
「えッ! なになに!? A組補習いるのぉ!? つまり赤点取った人がいるってことぉ!? ええッ! おかしくない? おかしくない? A組はB組よりずっと優秀な筈なのに? あれれれれれッッ?」
──バシィンッ!!
ドシャッ……。
恐ろしく鋭く、そして正確な手刀が叩き込まれる音が響き、何やら愉しそうに騒いでいたB組の男子──物間が地面に崩れ落ちた。
物間を黙らせた下手人──これまたB組の拳藤は、慣れた様子で彼の首根っこを掴むと、そのままズルズルと引き摺っていった。
「え、ええぇ…。物間も拳藤も…、B組では慣れた光景なんですか…?」
「ん? ああ、あれね。物間の暴走も、それを止める拳藤の鉄拳も、私らの日常? みたいなもんだね」
「そ、そうですか…」
〝いともたやすく行われるえげつない行為〟を平然と眺めていた他のB組の面々に思わず問いかけると、そんな答えが返ってきた。A組の
「それはそうと、体育祭じゃ何やかんやあったけど。ま、よろしくね」
慄く私たちに対して飄々と話しかけてきたのは、豊かな暗緑色の髪が特徴の〝取蔭 切奈〟だ。確か、体をバラバラに分割して宙を舞える〝個性〟の子の筈。
初対面、という訳ではないが、これまで深い交流もなかった私たちだ。近くに居た葉隠や梅雨ちゃんと一緒に簡単な挨拶を交わす。
「おーい。バス乗るよー」
「はーい! じゃ、またな」
物間を引き摺ったままの拳藤に呼びかけられて、彼女らはB組のバスへと乗り込んでいく。そんなB組のみんなを眺めていると、我らが委員長、飯田が『A組のバスはこっちだ!』とロボットのようなカクカクした身振りを加えつつ乗車を促し始めた。
「ケロ、飯田ちゃん、張り切ってるわね」
「生き生きしてますよねー」
微笑ましいなあ、と梅雨ちゃんと2人で笑い合った。
全員、和気藹々と思い思いに会話を楽しみながら飯田の案内に従って列を作る。乗り込む直前、私はバスの向こうに広がる青空を仰ぎ見た。目を細めてしまうほど眩しく、深い青だ。絶好の行楽日和に、笑みが溢れる。
いよいよ、楽しみにしていた林間合宿の始まりである。
▽ ▽ ▽
「着いたぞ。お前ら、荷物は置いて降りろ」
1時間半ほどバスに揺られて到着した場所は、深い森と雄大な山々を見渡せる見晴らしの良い広場。要するに、目的地にも休憩所にも到底見えない、ただの丘だった。尿意と闘いバスから飛び出して行った峰田は、ある筈のないトイレを探して走り回っている。
「あれ? B組は?」
「ほんとですね。私たちのすぐ後ろを走ってたと思ったんですが…」
「──何の目的もなくでは、意味が薄いからな」
B組が居ないことに気付いた耳郎と話していると、相澤先生が意味深なことを呟いた。クラス全員が頭に疑問符を浮かべる。
「それって、どういう──」
「──よお、イレイザー」
「意味…、っ、わぁ〜っ!」
心意を訊ねようとした瞬間、後方から生徒ではない、大人の女性の声がした。
振り返ると、広場にぽつんと停まっていた一台の乗用車から、猫を模した
仰々しく『ご無沙汰してます』と頭を下げる先生を尻目に、彼女たちは〝いつもの〟お決まりの口上を披露し始める。私は
「煌めく
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルドぉぉ・プッシーキャッツ!!」」
「わっはぁあ〜〜っ!! ほ、本物だぁ〜っ! ………はっ…!」
キラリンッ! と擬音が聞こえて来るほどに見事なポージングを決めた2人の〝ヒーロー〟、マンダレイとピクシーボブ。彼女たちのあまりの可愛さに思わず歓声を上げてしまい、慌てて口を塞ぐ。横を見ると、目を丸くした常闇がこちらを見つめていた。……ミーハーな反応をしっかりと見られてしまったようだ。恥ずかしさで顔に熱が集まる。
「相変わらずだな」
「い、いやぁ…、まあ、はい…。憧れの人を目の前にするとどうしても…。すみません…」
「別に悪くないさ。先達を前に胸が疼くのは皆同じだ」
目を細くした常闇の顔を見て、余計居た堪れなくなる。好きな物を素直に表現することは良いことだろうけど、はしゃぎ過ぎてしまう自分は出来れば律したいものだ。
「今回お世話になるプロヒーロー〝プッシーキャッツ〟の皆さんだ」
「連名事務所を構える4名1チームのヒーロー集団んんんッ! 山岳救助などを得意とする、ベテランチームだよッ!! キャリアは今年で12年にもなる──」
「──心は18ぃッ!!」
相澤先生の紹介に被さるように緑谷は解説を始めた。私以上に興奮した様子で捲し立てるようにプッシーキャッツの特徴を述べていたが、解説が彼女たちの活動年数に差し掛かった瞬間、ズバンッ! と目にも止まらぬ速さで距離を詰めたピクシーボブによって黙らされる。流石、一流プロヒーロー。見事な身のこなしに感心する。そして緑谷は相変わらずだ。私はあそこまで突き抜けていないと思いたい。
緑谷の顔面を鷲掴みにしたピクシーボブは、無理矢理『心は18』と復唱させていた。…年齢、気にしているんだね。可愛いのに…。
「お前ら、挨拶しろ」
「「「よろしくお願いします!!」」」
先生に促されて挨拶する私たち。それを受けてマンダレイが説明を始めた。なんでも、眼前に広がるこの自然は全てプッシーキャッツの私有地らしく、私たちが宿泊する予定の施設は遠くに見える山の麓にあるとのこと。ここから10km以上は離れていそうだけど…、それならどうしてこの場所で降車したんだろうか。
全員、似たような疑問を抱き、やがて
「今は午前9時30分。早ければ、12時前後かしらん? 12時半までかかったキティはお昼抜きね〜」
「だ、駄目だ、おい!」
「戻ろう!」
予感が確信に変わり、ほとんど皆、全速でバスへと疾走する。だけど、きっとこれは戻っても仕方ないやつだろう。〝ここから森を突っ切って宿泊施設まで目指す〟ことは、学校側が計画した訓練の一つ。逃げたとしても徒労に終わりそうだ。
それならばせめて、
「悪いね、諸君」
宙へ逃げるとしよう。
「合宿はもう、始まってる」
(【
視界が切り替わり浮遊感が体を襲う。上空50mへ移動した私の下では、重力に逆らってブワァっと盛り上がった土砂がクラスメイトを取り込む光景が広がっていた。成す術もなく広場の下へ落ちていった皆は、しかし怪我を負うことなく無事に着地する。
なんて事はない。不自然に発生した土砂も、巻き込まれた皆に怪我がないのも、今そこに居たプロヒーロー〝ピクシーボブ〟の〝個性〟に寄るもの。
山岳救助の為にあると言っても過言ではない、素晴らしい〝個性〟。土に触れ念じることで、土を自由に操作できる。それがピクシーボブの【土流】だ。
彼女の土砂が落ち着いたのを見計らってから相澤先生の隣へ【
「おーい! 私有地につき〝個性〟の使用は自由だよ。今から3時間、自分の足で施設までおいでませ! この、魔獣の森を抜けて!」
「魔獣の森……、かっこいい名称ですね! ピクシーボブ!」
「そうでしょー! …って、あれ? なんでキミ、ここに居るの?」
崖の下にいる皆へ呼びかけたマンダレイのセリフの一部が胸に響いたため、相澤先生の反対隣に居たピクシーボブへ感想を伝えてみた。不思議そうに首を傾げる仕草がこれまたキュートだ。
「こいつの〝個性〟は【ワープ】系です。ピクシーボブが【土流】を使う前に、上へ逃げていたんでしょう。…たく、空気を読んで巻き込まれておけよ」
「り、理不尽な…。それより先生。こういうことを予定しているなら、せめてジャージを着せてからにしてくださいよ。男子はともかく、私たちはスカートですよ? 峰田がいるのに…」
苦言を呈されたため、逆に先生へ恨み言を返しておく。今から森の中を走ることになるのに、私たち女子は制服のスカートなのだ。普通に運動するだけでも中が見えてしまう。私や麗日なんて、〝個性〟を使用して空に行くことがあるから尚更だ。確実に性欲魔人峰田の餌食になる。私の下着姿は安くないのだ。
「今からでも女子のジャージ、持っていかせてくれませんか?」
「…急げよ。ついでだ。空戸は長距離移動目的の〝個性〟の使用を禁じる。【
「うげ……。わ、分かりました…」
藪をつついて蛇が出た気分だが、背に腹は変えられない。まあ、恐らく土砂を避けなくても言われてたんだろうけど…。
言われた通り、手早く7人分のジャージを集めた私は、先に進む皆に追い付くべく、草木生い茂る自然の中へと
▽ ▽ ▽
マンダレイが呼称した通り、そこは正しく〝魔獣の森〟だった。ダークファンタジーな世界から飛び出してきたような巨大な異形がみんなの前に佇んでいた。1番先頭にいる峰田と緑谷に今にも襲いかかりそうな様子だ。ただ。
(土に覆われている? いや、体全てが土で出来ていますね。あれもピクシーボブの〝個性〟で作られているということですか)
灰色みのあるくすんだ茶色をした魔獣は、表面がザラザラとしていて生物の皮膚のようには見えない。ピクシーボブによって作り出された、魔獣に見せかけた土塊と見て間違いないだろう。
ならば、とりあえずは静観で問題ない。あれが土塊なら、既に動き始めている4人に任せれば良い。
「レシプロバーストぉ!!」
「死ねやッ!!」
「SMASH!!」
轟の氷で動きを封じられた魔獣は、飯田と爆豪により両腕を砕かれ、最後に緑谷の一撃によって完全に沈黙した。
(まあ、でも。あの一体だけで終わりってことはないでしょう)
ひとまず脅威が去った今のうちにと思い、女子のみんなの側に移動する。
「あれ? 移ちゃん、どこにいたの?」
「ジャージを取って来ました。不恰好ですが動き回りますし、スカートの下に履いてもらおうと思いまして」
「わー! 助かる〜!」
【
「ねね、空戸の〝個性〟でパパッと向かうことできない?」
「私もそれを考えたんですけど、相澤先生にNG出されちゃいました…。地道に進むしかなさそうです」
着替えながら芦戸の問いに答える。禁止されなきゃ、10人ずつ2往復して数分後には到着していた。それでは訓練を課す意味がないから、当然と言えば当然だけど。
「さてと。どうします? 同じようなのが複数体、近付いてるようですが」
制服の下にジャージという〝クソダサコーデ〟になった私は、【
「──突破しましょう。
八百万の言葉にそれぞれが同意を示す。そして、全員を見渡した飯田が一歩前へ出て、号令をかける。
「よし。行くぞA組ッ!!」
「「「おうッ!!」」」
一同の肚は決まった。〝魔獣の森〟攻略開始だ。
魔獣の森RTAは阻止されてしまいました。訓練の趣旨を考えると仕方ないですね。
スカート云々については、原作ではヤオモモが造ったスパッツとかを履いているのだと予想してます。先生もそれを見越してジャージを着せてなかったんだろうなと思います。