早朝は好きだ。
鳥の囀り、梢の葉擦れ音、日が昇り徐々に暖められていく空気。池を取り囲むように作られた公園のランニングコースは、街中にあっても自然を多く感じられる。心地良い木々の香りを包含した風が火照った体を冷やしていく。
1世紀という、文化が変容するほどの時間が経てど、今、私を取り囲むこの環境は全く同じだ。
昔が恋しい気持ちはある。超常黎明期は、まさしく混沌だった。時間が経つに連れて犯罪率は増加し、大人たちから聞かされていた超常出現前の世界とは明らかに違っていた。
隣人同士で疑心暗鬼になり、異能に対する差別は留まることを知らず肥大し、内戦と呼称してもおかしくない程に社会は崩壊していた。
それでも、〝僕〟が生きていたのはその時代で、友が、恩人が、恋人がいた百有余年前が恋しくなるのだ。
だから、昔から変わらないこの早朝の空気に包まれることが好きだ。もう〝僕〟ではないけれど、私が〝僕〟であったことを思い出させてくれる。
(…なんて、センチメンタルが過ぎますよ)
今を生きよう。そう決意した筈だったが、ふとした瞬間に失った過去を想ってしまうのは、クセみたいなものだ。昔を懐かしむなんて、15歳のうら若き美少女がするには不釣り合いだろう。
感傷的な気持ちを吹き飛ばすように、大きく伸びをする。時刻は6時を過ぎた頃。そろそろ帰宅して、学校に行く準備をしなければならない。
(今日のオールマイトの授業、楽しみですね)
本日のカリキュラムのことで思わず笑みを浮かべる。No.1ヒーローの授業を受けられるなんて、楽しみで仕方がない。
クールダウンを兼ねて、遅めの駆け足で私は帰路についた。
▽ ▽ ▽
「わーたーしーがー! 普通にドアから来た〜!!」
現実の人間にこう言うのもおかしな話だが、オールマイトはまさしく画風が違う。2mを優に超える筋骨隆々爆発マッスル威風堂々な風貌の大男、何十年もトップヒーローの座に着き〝平和の象徴〟とすら呼ばれる、この国の大英雄。それが、今教壇の前に立っている人物だ。
事前に伝えられていたが、いざ目の前にすると強い興奮を覚える。映像の中で観た彼の活躍の数々。あの現実離れしたヒーロー活動を実践したNo.1ヒーローが数m先に立っている。そして、それだけで留まらず、今から彼に直接訓練を見てもらえるのだ。これが興奮せずにいられるだろうか。
ヒーロー基礎学。文字通り、ヒーロー活動の基礎を学ぶ授業だ。ヒーロー科では、通常の高等学校の教科に加えて、ヒーロー免許を取得するための様々なカリキュラムが組まれている。その初めての授業が今から彼によって執り行われる。
「さっそくだが今日はこれ! 戦闘訓練!!」
バーン! と擬音が付きそうな勢いでBATTLEと書かれた札が掲げられる。オールマイトの登場に盛り上がっていたクラスのボルテージが更に高まる。
「そして、そいつに伴ってぇこちら!」
オールマイトが指差すと同時に教室の壁から棚がせり出してきた。
棚にはジュラルミンケースが沢山収められており、彼によると、入学前に送った個性届と要望に沿ってあつらえた〝
「「「おおおおおッ!!」」」
興奮が最高潮となりみんなから歓声が上がった。…恥ずかしながら、私も声を抑えきれなかった。
着替えたらグラウンドβに集まるように伝えて、オールマイトはビュン! と教室から走って出ていった。さすがNo.1だ、移動速度がとてつもない。
私たちは、クリスマスプレゼントを貰った子供のような表情を浮かべて、更衣室へ急いだ。
▽ ▽ ▽
入学試験の会場でもあったこのグラウンドβには、大小様々な建造物が立ち並んでいる。そこに集合した私たちは、それぞれの〝
「芦戸の
「ありがとー! 折角の
「ケロ。そういう移ちゃんはフライトスーツを元にしているのかしら? とてもカッコ良いわ」
「ふふふ〜、ありがとです! 梅雨ちゃんは蛙がモチーフですね? 似合ってます!」
女子高生らしくキャイキャイして盛り上がる。
私の
一見すると、私が入試で着ていたものと似ているが、あれは量販店で購入した模造品。雄英高校の被服控除で作られたこのスーツは、学校専属のサポート会社の最新鋭の技術が盛り込まれており、性能はダンチなのだ。
「格好から入るってのも大事なことだぜ、少年少女! 自覚するのだ。今日から自分は、──ヒーローなんだと!」
(わかる! やっぱオシャレは大切ですよね! オールマイト!)
そう、オールマイトの言う通り、格好は大事だ。私のような美少女が敢えてゴリゴリのミリタリーを着込むというこのギャップ! 野暮ったくしないため体のラインに合わせて美しく見えるように設計されたシルエットは、要望通りで私の可愛さが引き立つのに一役も二役も買っているのだ。
ヒーローは優秀なだけでは成り立たない人気商売な部分がある。私の趣味嗜好を取り入れた、実用的且つ可愛い、完璧な〝
「ふふ、ふふふ…」
「移ちゃん、どしたのー?」
「なんか、すごいニヤけてるけど…?」
はっ! まずいまずい…自室の時のように自分に酔ってしまっていた…。私は美少女だけど、それを前面に出して反感を買うような真似はしないようにしないと。
精神年齢はアラフォーなんだ、その辺の処世術はしっかりしてる、筈だ。
「な、なんでもありませんよ! なんでも…、…葉隠、その服どーなってんです?」
誤魔化そうと葉隠たちの方を見ると、パンクな服装の耳郎と宙に浮く手袋がそこにいた。葉隠が居るんだろうけど…。
「服? 着てないよ!」
「着てないって、え? マジで言ってんです??」
「マジのマジ! 見えないでしょ〜!」
ドヤァ、と腰の辺りに手を当てる葉隠。確かに葉隠の〝個性〟を活かすなら見えている服を減らすのは合理的だけど…。
「寒くないの?」
「ちょっと寒いけど、根性だよ!」
耳郎のやや引き気味な質問に葉隠は精神論で返す。
…まあ、本人が納得しているなら何も言うまい。
「さあ、戦闘訓練のお時間だ!」
初めての本格的な
オールマイトが訓練の概要を説明する。飯田や他の面々の質問を含めて要約すると、2対2でヒーローチームと
訓練する場所は5階建のビル一棟。訓練開始前に5分間の作戦タイムが設けられ、同時にビル内の見取り図が渡される。
そして、肝心のチーム分けの方法は──。
「コンビおよび対戦相手はくじだ!」
オールマイトは何処からかLotsと書かれた箱を取り出してそう言った。
「適当なのですかっ?」
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな?」
驚いたように声を上げた飯田に、隣にいた緑谷が早口で解説した。うん、よく分かる解説だ。
早とちりした飯田は、これまた素早く謝罪をし、オールマイトは軽い感じで流してチーム分けのくじ引きを始めた。
くじの結果、私はFコンビになりペアは砂藤に決まった。
「50m走も一緒でしたね。よろしくです」
「おう! 頑張ろうな!」
続いて、最初の対戦カードが発表される。ヒーローチームが麗日・緑谷で
爆豪は昨日だけで飯田とも緑谷とも揉めていた(そして私にも突っかかっていた)。まーた、一波乱起きそうな組合せだな…。
訓練に出る4人以外は、会場地下にあるモニタールームで観戦するらしい。私たちはオールマイトの案内に従って移動を始めた。
▽ ▽ ▽
緑谷チームと爆豪チームの対戦は、案の定波乱が起きた。
私怨丸出しで訓練に臨んだ爆豪は、開幕から決着まで緑谷を叩きのめすことだけに執着しているようだった。確保テープを巻ける場面でも実行せず、執拗に緑谷を攻撃する様子はただならぬ様子だったが、結果はボロボロにされた緑谷チームの勝利に終わる。
核兵器の階下にいた緑谷がダメージを厭わずに1階から5階まで天井をぶち壊したことで守備に付いていた飯田に隙が生じた。その間に麗日が核兵器にタッチしたことで勝敗が決した。
緑谷は勝利したものの、両腕が腫れ上がり重度の熱傷を負い、反対に敗北した爆豪はほぼ無傷で試合を終えた。
ビルの損壊のことも含めて、なんともまあお粗末な試合展開であった。爆豪は緑谷を倒すことではなく、最初から勝つことを目的としていたら、もっとスムーズに決着していた筈だ。2人の間には、そこまで因縁があるということだろうか?
「よーしみんな。場所を変えて第二戦を始めよう!」
第一戦の総括を終えた後、再びオールマイトがくじを引いた。
ヒーローチームGコンビ、
相手のGコンビは確か、耳郎と〝上鳴〟だった筈。
「おお…俺たちの順番か。緑谷たちみたいなド派手な戦いの後だと、気合い入るな!」
「ですねー。でも堅実にいきましょー。被害は最小限に、です」
肩肘張ってやる気漲る様子の砂藤にやんわりとクールダウンするように伝える。第一戦は派手な試合展開だったが、総括中に八百万が指摘していたように、爆豪がした牙城を崩す行為は愚策。それは、ヒーロー・
それに──。
「対戦相手の〝個性〟は何となく分かっています。それを踏まえて次の試合、一瞬でケリをつけられる筈です」
「すげー自信だな、なにか策があるのか?」
「ふふ、詳しくは移動してから詰めましょうか」
耳郎と上鳴の〝個性〟に訓練場の構造、そして訓練のルール。対戦相手の2人には悪いが、初見殺しをさせてもらおうか。