「先生ッ! お待ちしておりまし…、ってどうされたんですか!? 血がッ…!!」
「見かけほど大した傷じゃあありません! それより、受け入れ体制はどうなっていますか!?」
前田総合病院は騒然としていた。これまでも何度か、大地震や大事故による多数傷病者発生事案に対応してきたが、今回は毛色が違った。
暴動、あるいはテロ。他国と比較して圧倒的に治安が優れている日本において、その日起きたのは未曾有の事案だったからだ。
事件の発生場所は病院と同市内。当然、暴動に巻き込まれた傷病者たちは逃げ込むように前田総合病院へ訪れ、ロビーから駐車場にかけて現場は大混乱に陥っていた。
世助は暴動が激化する現場に偶然居合わせていた。始まりは個人の諍いだった筈が、あれよあれよと言う間に数十人、数百人規模の争いへ発展していった。
〝異能〟の有無。たったそれだけの違い。双方が抱く悪感情。社会全体に蓄積された恐怖と怒りが体現され爆発したのだ。
付近にいた子どもやお年寄りを先導しながら病院へ向かい、到着した頃には暴動が始まって1時間が経過していた。
「トリアージエリアにする筈のロビー前は混乱で使えません! 理事長会議の承認待ちですが、研修棟への渡り廊下前にエリアを設立する予定です!」
「分かりました…、それでは我々は赤タグ対応に専念しましょう! 救急の状況はどうですかっ?」
「現在緊急5名、準緊急8名の処置中です! まだ診れていない患者も多数……、オペ室も2名が緊急手術中ですッ!」
「っ…、すぐに向かいます!」
(まずいな…既にパンク寸前だ。僕が加わっても処置する場所が足りないッ…)
事態は逼迫していた。
傷病者の人数も問題だが、それに加えて今回の負傷原因は〝異能〟による外傷だ。通常の地震や事故による外傷とは訳が違う。
電撃傷、凍傷、火炎熱傷、化学熱傷、圧挫傷、咬傷、刺創、溺水…。負傷原因が多岐に渡り過ぎていた。中には〝どのようにして負傷したのか見当もつかない外傷〟も存在しており、いくら熟練の救急医療チームと言えど混乱は必至であった。
また、従業員の心理的負荷も多大だ。平和な日本で、初めての〝異能持ち〟の暴動。家族や友人の安否が確認出来ない現状で、押し寄せてくる不安。この先、社会がどうなっていくのか見通せない恐怖。それらを押し殺して働くことには限度があった。
(……とにかく、今は出来ることをやろう。現場は任せて。だから指揮は頼んだよ、父さん)
先に救急救命センターへと向かっていった看護師を見送り、スクラブに着替えるためロッカーを目指す世助。かぶりを振って雑念を振り切り、全体指揮を執っているであろう養父の姿を思い浮かべたところで、──身体中に浸透する爆音と衝撃が彼を襲った。
▽ ▽ ▽
轟々と鳴り響く崩壊する音。けたたましいアラーム音。悲鳴と怒声。耳鳴りが止み聴覚が戻ってきた世助の耳に届いたのは、小一時間前に聞いたばかりの、地獄の環境音であった。
辺りは暗闇に包まれている。主電源に加えて自家発電による予備電源も同時にイかれたようだ。窓もない廊下に届いたのは、非常口を知らせる淡い緑の光だけだ。
状況が分からない。何が起きた。
紛争地に行ったこともなければ、戦闘訓練もしたことのない世助には、現状を正しく理解する知識も経験も備わっていなかった。
ただ、自身の身体が床に横たわっていて、両大腿から伝わる重みと激痛により、動ける状況にないことだけは理解出来た。
「い゛ッッ…! ……誰か、誰か居ないのかッ…!?」
返答はない。変わらず遠くから誰かの叫び声がするだけだ。
(……そうだ、スマホは? 連絡が取れれば…っ)
ポケットに入れていた筈の携帯電話を取り出そうと身動ぐ。僅かな振動で下半身の疼痛が激化するも、歯を食いしばって耐えた。やっとの思いで手にした携帯電話だったが、しかし端末の上半分が大破しており使える状態になかった。
「くっそ……ッ! なんだってんだッ…!!」
思わず虚空に罵声を浴びせる。
動けない、助けも来ない、連絡も取れない。何も出来ることのなくなった世助は、ようやっと自身の状態を把握しようと下半身に視線を向けた。そこには天井や壁の瓦礫が積み重なっており、たとえ救助が来たとしても、専用の器具がない限り脱出することは叶わないことが推測出来た。
(診た感じ、両大腿骨開放骨折……出血量からショックに至るまで30分前後…、救助に時間を要するだろうからクラッシュ症候群も懸念される…。と言うか、今のこの状況で救助なんて来るのか…? 警察もレスキューも暴動現場に手が一杯だろ…、やばいやばいやばいっ…どうすんだよ…ッ!)
自身の置かれた状況を正しく理解すればする程、絶望的であると告げられるようであった。生存するためには直ちに誰かに発見してもらい、レスキュー隊の救出までの間に救命処置を続けてもらうことが条件だが…、そんな人的資源、余っていないことは十二分知っていた。
死が、迫っていた。
「ッッ〜!! 誰かぁッ! 助けて、助けてくださいッ!! 誰かッ!!」
叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。されど、人の気配はない。
──否。
コツン、コツンと。リノリウムの床に響く硬い足音。革靴やブーツを履いた何者かが、状況にそぐわないゆったりとした足取りで世助の下へ近付いて来ていた。
助けが、来てくれた!
窮地を脱せるかもしれない。希望が湧いた。世助は、その足音の主に助けを求めるべく、縋るように顔を上げた。
──そこに居たのは、薄ら笑いを浮かべたスーツ姿の美丈夫だった。
「……、あ、あのッ! すみません、助けを呼んできてくれませんか! 僕はここの医師の前田と言います! 救命センターか…、誰でもいいので、うちの従業員を呼んでくれま──」
「──きみが、前田世助くんかい?」
「せん、か……、……えっ…?」
心地良いバリトンボイスだ。聞き取りやすい、落ち着いた声。いや、問題はそこではない。初対面の筈だ。この若者は、何故自分の名前を知っている? それに彼は何故、こうまで落ち着き払っているんだ?
違和感が、疑念が世助を支配した。
呆気にとられる世助を、男は意に介せず続ける。
「悪いね。助けは来ないよ。通路は爆破された。救命も、手術室も、ロビーも、研修棟も。無事ではないだろう」
「……はっ? …え、なんで…?」
「何故識っているかって? ──僕が命じたからさ」
理解が、及ばない。彼は何を言っている。日本語の筈なのに、頭が回らない。
言葉を紡げない世助を無視して、彼は言う。
「さっきの暴動も、病院の爆破も、僕が命じた。だから識っているんだよ。僕には友達が多くてね。これからの未来の為に、みんな快く協力してくれたんだ」
友に語らうように、日常の楽しかった出来事を伝えるように、彼は笑って言う。
「…な、なんの話をしている……、巫山戯ているのか…? だったら、笑えな──」
「酷いなぁ、僕はいつだって大真面目さ。…だけどそうだね。訳も話さないと納得いかないか。時間もあるし、少し話をしようか」
「なにを…」
「実はね、僕には病弱な弟がいるんだ。満足に運動することも出来ない可哀想な弟がね。そんな彼を救ける為には、大量の医療機材が必要なんだ。だけど、分かるだろう? ノコノコと病院を受診する訳にもいかない僕らに、『薬を分けてくれ』と頼んで差し出すところなんてない。──だから奪うことにしたんだよ、この病院からね」
分からない。分からない、分からない。理解が及ばない。弟想いな兄が、弟を救ける為に。そこから何故、暴動を起こし、病院を爆破して医薬品を強奪することに繋がる…?
こいつはいったい、何を言っている。
「
男は嗤う。
「だから壊した。だから奪った。だから殺した。目的は達成できた。きみのところに寄ったのは、ちょっとした出来心さ」
これまで踏み躙ってきた時と同じように。これから征服する時と同じように。世助へ手を差し出す。
「前田世助くん。きみのことは識っているよ。優秀なんだってね? きみさえ良ければ、弟の主治医になってくれないかい? 『世の人を助ける』ことが、きみの生き様なんだろう? 立派な信念だ。それに則って、僕たちのことを助けてほしい。きみとは、良い友達になれると思うんだ」
「………きみは、何だ。きみは……、誰なんだ…!!」
気持ち悪い。この男は、自分と同じか少し年下くらいのこいつは、いったい何なんだ。
悪意が人の形をしているような。悪魔とは、彼のことを指すのではないだろうか。自身が好むコミックの、
目を背けたい。しかし世助は、その男の瞳に吸い寄せられて視線を逸らせない。怒りと畏れと恥辱に塗れながら、彼の返答を待った。
「僕の名前かい? どうだって良いと思うけどね。だが確かに、自己紹介はコミュニケーションの基本だしね。──〝オール・フォー・ワン〟。友達には、そう呼んでもらっているよ」
〝All for one〟──アレクサンドル・デュマ・ペールによる小説『三銃士』に出てくる有名な一節だ。しかし前半部分がない。そこだけを名乗るだなんて…、まるで〝世界の全ては僕のためにある〟と言っているかのようだ。
男の傲慢さを表した名前に眉を顰めた世助は、何よりも気になったことを尋ねる。
「……研修棟も無事ではない、って言っていたな。……父は、前田俊助はどうした…」
震えた声に訊いた世助の質問に、〝
「言った筈だぜ? 彼の理念は邪魔だって。──死んだに決まっているじゃないか」
「──……ぁあ、ああぁ…ッ! …ぁあああぁァァァッッ……!!!!」
慟哭が木霊する。これほどの悲しみを、怒りを、世助は今まで感じたことがなかった。
そんな彼の様子を、ケタケタと嗤う男。愉快に、心の底から滑稽だと言うかのように。
「……ろす、ころしてやる…ッ!! 絶対にきみを赦さないッ!!!」
「おいおい、命を救う医者がそんなこと言って良いのかい? それに赦さないって…、きみに何が出来る? 親の仇を目の前にして、無様に這いつくばっているだけじゃないか! 救助は来ない。僕が助けないと、あと数十分できみは死ぬだろう。その状況で、きみは何をするつもりだ? ──きみは、何も出来ないんだよ」
嗤う、嗤う、嗤う。惨めで無力な〝異能無し〟を嘲る。
「交渉は決裂のようだ。残念だよ。〝異能〟のないきみでも、その確かな知識と技術は欲しかったんだけどな。僕の〝異能〟があれば、きみに合った〝異能〟を与えて、きみにより多くのニンゲンを助けさせることが出来たのに…。本当に残念だ」
「待て、何処に行くッ…! 殺してやるッ…!! 殺してやるッッ!!」
「待たない。きみは此処で死ぬんだ。何も成せないまま、誰も救えないままね。さようなら、前田世助くん」
「クソっ、巫山戯るな…、ふざけんなァァッ!!!」
世助は叫ぶ。しかし既に興味を失ったのか、
涙と嘆きを垂れ流す世助。次第に目が霞み、意識が朦朧としてきた。ずっと響き渡っていた悲鳴も、今はもう届かない。手足の感覚が薄れ、海の底のような冷たさと静けさに包まれる。
斯くして。
前田世助は死んだ。彼が産まれた病院の瓦礫の下で。魔王への強い憎しみと、己の無力さを胸に抱きながら。
時は、巡る。
〝異能〟は〝個性〟と呼ばれ、混沌とした時代が終わりを告げる。
平和な世が築かれた現代に、──〝空戸 移〟が産声を上げた。
魔王 降☆臨!
移 爆☆誕!
オルフォさんのセリフを考えている時が1番楽しいかもしれん…。多分、他作品の筆者様も同様かと思います。愉悦、最高!!
3日目終了後に『前田世助③』を掲載予定です。
また、次の更新はお待たせするかと思います。よろしくお願いします。