おるふぉおじさんの【個性強制発動】により自身も知らない前田世助の実態を暴かれた移ちゃん。
可哀想だから助けてあげるよって言われたけど…。
さっきのヴィジョンに嘘はなかったように思う。
あれは確かに前田世助の──正しくはその〝個性〟の──辿った過去であり、私に【記憶】が宿った経緯だった。
不可抗力なのだろう。少なくとも世助が悪意を持って私に〝個性〟を使ったわけではない。寧ろ、〝個性〟事故により重傷を負い死の未来にあった私を生かしたのは、彼がいたからこそ。感謝こそすれど批難することはない。
〝彼〟…か。
どうやら私はすでに、『私』と、私の中にいる存在を違う人格と認識したようだ。依然として〝前田世助〟の人生の延長線上に〝空戸移〟があると捉えているにも関わらず。
異なる人格だと認識した理由。それは〝個性〟として私たちの中で生きてきた彼に、たとえ肉体がなくとも、その想いと意志が、生きた人間のものだと感じたからだ。
苦悩と後悔と怨恨と、そして深い愛情。
私の中で、いや、『私たち』の中で何十年も生き続けた『1人の人間』だと。
あれは、確かに私ではない
では、私は何者だ。
認識している過去は他人のもので。その過去の上に築いてきた私の人生を、私はどう捉えたら良い。
私は、どうしたらいい…?
…違う。私は、〝私は〟どうしたい。
私は、ヒーロー科の生徒だ。
私は、お父さんたちの娘。
空戸家の人間だ。
〝ヒーロー〟になる。それが私の目指した未来。
その理由はなんだったか。
空戸家の娘になるため。
奪ってしまった少女の人生に報いるため。
これらの動機は、どうやら根本からズレていたようだけど…。
…そうだね。私は始まりから間違えていた。
〝ヒーロー〟であろうとなかろうと、私は私。みんなずっと言ってくれていたじゃあないか。
報いることを、だれも強いてはいなかったんだ。
なら〝ヒーロー〟を目指すことは失敗だった?
人助けをしたいなら、目指す夢は危険のない医者でも良かった筈。なのに、私は〝ヒーロー〟になることを選んだ。
それは何故だ。
無数にあった未来から、私が選んだその道にどんな意志が宿っていたのだっけ…。
──ああ、そうだった。
〝私〟が生まれた日。
その日に目撃した平和な世界。悪が蔓延る
混沌から秩序をもたらした英雄。
そんな〝ヒーロー〟に憧れた。
だから、私は──。
そうだ。
この男に言われるまでもない。とうの昔に私は『私』だ。
何が混ざっていようと、みんなが今の私を認めてくれている。それだけで充分じゃあないか。
しっかりと。目の前の巨悪を睨みつける。
「──私が、貴方の手を取ることは、あり得ません」
迷いはもうない。
恐怖も、憎悪も、悔恨も、自虐も。今、この瞬間に必要ない。
私に求められるのは。
「私は、空戸移は。
──〝トップヒーロー〟になる女です」
巨悪に屈さぬ意志の力──!
「…トップヒーロー、ねえ。キミもオールマイトに憧れた口かい?」
そう、そうだ。これでいい。この男のペースに呑まれるな。そして時間を稼ぐんだ。この絶望的な状況をひっくり返す活路。会話を引き伸ばしてヒーローたちが辿り着く時間を稼ぐ…!
「…ええ。かつて貴方を阻んだこともある彼に並び立ち、いずれは超えるつもりです」
オールマイトに敗れた経験を持つこの男には耳の痛い言葉だろう。奴のペースを崩してイニシアチブを握るんだ。
「勇ましいじゃないか。彼を超える、結構なことだ。──無様に張り付けられていなければ格好ついたと思うぜ」
ひんやりとした拘束具が皮膚に食い込む。ガチャンと無機質な音が暗闇へ消えていく。
…そうだ。この拘束だ。考える暇もなかったが、よくよく考えると〝やはりこれはおかしい〟。
「…その無様な拘束をした意味が分かりませんね。目覚める前に私の〝個性〟を取り除けば、こんな手間も資金もかかる拘束の必要はなかった筈です」
そうなのだ。この男の〝個性〟は【奪い与える】と聞いている。
ラグドールが【奪われて】、私は【奪われて】いない理由。奴の〝個性〟の発動条件を満たしていないのかもしれない。奪えるのであれば、そうしない理由がない。
きっと答えはこれまでの問答にあるはずだ。
奴が持ち掛けてきた提案。『癌細胞を取り除く』、そのために『委ねなさい』と言っていた。もしや、奪うには同意がいるのではないだろうか。全ての状況で相手の同意を用するのかは分からない。しかし、今この状況においては必要なのではないか。
確証はない。だが、そこを揺さぶる価値はある。
「しかし、私の〝個性〟は依然ここにある。妙ですよね。どうして奪っていないのです? ──奪わない、ではなく奪えないのですね? 私の〝個性〟も世助の〝個性〟も。
だから貴方は欲した。『委ねろ』と、私の同意を…!」
揺さぶれ。そして時間を稼ぐんだ。奴の気を惹き会話を長引かせる!
公安が、ヒーローたちがここを見つけるためにできる限りのことをしろ!!
「ふむ。概ねその通りだ。この僕を前にしてそこまで冷静に分析できたことは素直に褒めておこう」
「!! やはりそうなん──」
「だがよく喋る。──時間を稼いでいるつもりかい?」
再びガシャンと拘束具が鳴った。
「〝特殊個性所持者保護プログラム〟…僕が知らないとでも思ったか? その可能性を考慮していないとでも?」
「…なにが言いたいのですか」
「本当に何の策も講じずに僕が現れると? 平穏しか知らぬ楽観的で愚鈍な思考だ。首の〝マーキング〟はすでに無効済みさ。公安はキミの居場所を辿れない。簡単に言おう。
──〝ヒーロー〟は来ない」
表情を繕えない。焦りが顔に浮かぶ。
「さっきまでの威勢はどうした? やはりただの虚勢だったか。愚かにも夢を抱いてしまったのだね。あの男に、オールマイトに魅せられて自分も英雄になれると。所詮キミは、先祖に呪われただけの只のモブに過ぎないというのに。
頰を吊り上げた
口を閉じて息を止めるが一分も保たず、大きく煙を吸い込んでしまう。
どうにかせねばと一縷の望みをもって〝個性〟を使おうとしたが、再び全身に激しい痛みが襲う。
「安心しろよ、毒じゃない。これから行う
四肢の痺れを感じつつも、頭が朦朧とする。
急激な眠気と脱力感が全身を覆う。
「せっかくだから教えておこう。僕が奪えなかった〝個性〟はキミで二つ目だ。キミと、それからオールマイトの〝個性〟さ」
「オール、マイト…?」
「正直言って、ただの医者でしかなかった彼の〝個性〟が奪えないことには驚いたよ。
ああ………。
「感謝するよ。キミから得られる情報であのウドを窮地に追い込める! 分の悪い賭けだったが、この道をより信じられるようになった!」
ごめんなさい……お婆ちゃん………。
「…疲れたろう、眠りなさい。もう二度と、キミが思考を巡らす必要はない」
私の……私、は………。
1年間お待たせしました。
あと1話だけできていますが『今から続きを書き始めます』
ので、再びお待たせすることになります…。
すみません。
幕間挟んでから原作の最終章です。