本日2話目の投稿です
ファイナルシーズンを楽しみにしながら続きを執筆中です
数ヶ月単位でお待たせすることになります
申し訳ありません
『ご覧ください。先日あったヒーローと
垂れ流しにしていたニュース番組から一昨日の事件現場の映像が流れる。ヘルメットを被った異形型のキャスターが神妙な顔をして現状を伝えていた。
〝個性〟。
たった1人の人間が暴れたことでビルやマンションは砕かれ、そこにいた尊き幾千の命が一瞬にして奪われてしまった。行方不明者と呼んでいるが誰しもが理解している。そう呼ばれている人々はあの瓦礫の下に埋もれているのだ。生きている者はほぼいないだろう。
この惨劇の原因が天災であれば納得もできる。仕方がなかったことだ。誰にもどうすることもできない。
しかし、そうではない。
強大な〝個性〟を持った一個人がこれを成した。それはつまり、かねてより提唱されていた〝個性終末論〟を体現しているようなものではないか。
くちさがない者たちが妄言と吐き捨てた未来がすぐ近くまで這い寄っている。
背筋にひんやりとした汗が伝った。
「──ああ、疲れたな…」
不安をかき消すようにあえて独り言をこぼす。
そうだ、私は疲れている。
この二日間、〝神野区の悪夢〟により病院は人で溢れかえっていた。私の病院にはトリアージ区分の緑と黄色に分類された人が集められていたため重傷者はあまりいなかったのだが、なにせ数が数だ。
廊下にロビー、玄関口前にまで広がった患者の列をさばくには、骨が折れたの一言では済まなかった。
精神科医の私が駆り出されるほどだ。本職の医師たちへの負担がどれほどか、推して知るべしだ。
今こうして帰って来れたのも着替えを取りに数時間の休憩を利用したからだ。ひと息ついたらまた戦場に戻らなければならないと思うと憂鬱でしかない。
「あの子…無事ではないんでしょうね……」
仕事に向き合っていたときには考える余裕なんてなかったが、こうして時間ができるとどうしても頭によぎってしまうことがあった。
〝神野区の悪夢〟の前日にあった事件。
数十名にも及ぶ被害者が出たそうだが、その中で唯一、未だに行方が分かっていないあの少女。
空戸移ちゃん。
私は彼女のことが心配でならない。
医師と患者の関係として見れば過度に想いを寄せ過ぎているのかもしれないが、彼女との付き合いの年月を考えれば無理もないことだと自分に言い聞かせる。
今でも忘れられない。私が京都から神野に引っ越してきたのも、10年前に彼女と出会ったから。
…いや。彼女のせいではない。私が逃げてきたのは、彼女を取り巻くものを知り、その現実を受け止めきれなくて離れたかったからだ。蛇腔にいては、どうしても彼女のことに囚われてしまうから。
結局、引っ越して程なくしてから精神科医とその患者として彼女と再会することになったのは、逃げ出した私への罰だったのかもしれない。
10年経った今もなお、あの時の彼女の悲痛な叫びが耳にこびりついて離れてくれないのだ。
夜になっても暑さのひかない日だった。
当時、研修医として当直をしていた私は、珍しく少ない外来患者の数に少し浮かれていたことを覚えている。
今夜は長めの休憩が取れるぞと考えていた矢先に彼女は来た。
「受け入れありがとうございます。傷病者の名前は空戸移さん、6歳。〝個性〟により全壊した家屋の中心で座り込んでいたところを救助されました。全身に血液汚染がありますが…その…、ほとんどが本人の血液ではないと思われます。全身の所々に擦過傷はありますが、いずれも軽傷かと。バイタルに問題はありませんが、発見された時からこちらの呼びかけに対する反応が乏しく…」
これまでの人生で、あれほど血液に塗れた人を目にしたことはなかった。それが自身の血液でないということは、出血した第三者の血液に曝露したということ。少女が凄惨な現場を目にしたことを予測させるには、充分過ぎる惨状であった。
「も、もう大丈夫ですよ。病院に着いたからね」
一体なにが大丈夫なのか。救急隊の引継ぎを聞き終え、考えなしにお決まりのセリフを口にしてしまった自分を殴り飛ばしたい気分に駆られる。
血糊の取れた彼女は変わらず無表情で、西洋人を想わせる顔付きもあって『まるで西欧製の人形のようだ』と思ったことを覚えている。
綺麗だからこそ感情が抜け落ちた表情が恐ろしく、心臓がギュッと掴まれた感覚に陥った。
なんとか彼女の心を融かそうとする先輩たちの姿を横目に、私はどうしようもない無力感に苛まれていた。
やがて必要な処置と検査を終えた移ちゃんは、病棟の個室へと搬送された。
翌朝に主治医となる医師への引き継ぐための諸々の仕事を終えた私は、少女のためになにか出来ることはないかと考え、せめて眠りに付くまで側にいてあげようと思い詰所から病室へと向かった。
そして病室の前に門番のように立ち塞がる背広を着た男を見つけた。
「あの…、どちら様でしょうか?」
「…警察の者です。受付には話を通している筈ですが」
高圧的な態度は、男の体格も相まって私に恐怖心を植え付けた。確かに男の首からは受付で渡される入館証明の札がかけられていた。警察関係者が来院する話は聞いていなかったが、医師でありながらも立場の弱い研修医の私にその話が伝わってないことに疑問は湧かなかった。
しかし、疑問はなくとも怒りは湧いた。
私は恐怖心を悟られぬよう可能な限り気丈に振る舞い、彼女の担当医としての意見を口にする。そこには、救急外来でなにもできなかった自分を取り繕う意図もあったのかもしれない。
「か、彼女には心身共に負荷がかかっていて、いまは静養中です。面会する場合は、せ、せめて家族の方が到着してからしていただけませんか」
初手から男に気押された私の声に威厳なんてかけらもなかった。それでも、医師として患者を守ろうとした過去の私の行動は、専門医となった今の私から見ても褒められたことだったと思う。
そんな私を、男は鼻で笑った。
「先生、医療者としての貴女のご意見は賛同致しますがね。こっちも仕事なんですよ」
チラリと私の胸元にある名札を見てから、男はさも面倒だといった様子で言った。
「死傷者が出ているんです。家族の到着を待っている間に、新たに犠牲者が出たら…、先生、どうするんです?」
「そ、れは……」
「そういうことです。ご理解いただけたら、聴取が終わるまで席を──」
「──だから貴様がやったんだろう!!!!」
突然、奥から怒号が響き渡った。それは、移ちゃんの病室からだった。
「貴様の〝個性〟が暴走して
怒りと怨みが詰め込まれたような叫び声が続いた。
普通ではない。幼児に向けていい感情と声量ではなかった。
「な、なんですか今のは」
「ちっ。ただの聴取です。なにも問題ありません」
「問題ないって…、相手は心的外傷を負ったばかりの子どもなんですよ!? あんな怒号を浴びせることに問題ないわけがっ──!」
「あのねぇ先生、これ以上捜査の邪魔をするならこちらにだって考えがあるんですよ?」
考え。考えと言ったのかこの男は。
およそ捜査とは思えない怒声を咎められて考えがある、と。
いいだろう、しょっぴくならそうすればいい。これ以上、私の患者への不条理を許せる筈がない。
頭に血が昇った私が力んだ瞬間、場違いな程に穏やかな声が耳朶を打った。
「──あら。それならそのお考えをお聞かせ願えますか?」
振り返ると、貴婦人がそこにいた。
「貴女は…」
「初めまして。移の祖母の立辺
立辺さんは私に深々とお辞儀をして、そしてドアの前に立つ男へと視線を向けた。
男は先ほどよりも引き締まった顔をして立辺さんに向き直る。
「…ご家族の方でも捜査に立ち入っていただくことは──」
「【プロヒーロー】として公安の貴方に共同捜査の依頼です。…断る道理は在りませんね?」
「ぐッ──」
痛いところを突かれたといった様子の男へと近付く彼女は、はなから障害などなかったかのように歩み進める。反対に男は、まるで重圧を感じているようだった。
突然の進展について行けない私は、立辺さんが病室のドアを開ける姿を後ろから呆然と眺めていた。
「………おばあちゃん…?」
病室に入ってきた立辺さんを視認したであろう移ちゃんは、来院してから一度も開かなかった口でか細い声を搾り出した。あまりに疲れ果てた様子の声を聞き、私はその背景を想像して思わず涙が込み上げてしまった。
しかし、やっと感情を表出できた移ちゃんを邪魔するように、病室内にいた人物たちが立辺さんに立ちはだかった。
「なんだ貴様は…。我々の邪魔をするのかッ!」
「
立辺さん越しに男たちの顔が見えた。その目は血走っていて、とても冷静に話を出来る状態にないことが一目でわかった。
「──〝個性〟の影響下にあるようね。【複数人を服従させる】〝個性〟…、それが公安内部にまで及ぶとは」
「なにをごちゃごちゃとッ!!」
「っ! あぶな──っ!」
男たちの1人が鈍く光る拳を立辺さんに振りかざすのを見て咄嗟に叫ぶ。
しかし、私が言い切る前に動き出した立辺さんが男の腕を掴み、あっという間に地面に叩きつけていた。
私が呆気に取られている内にもう1人へと肉薄し、1人目と同じように投げ飛ばした。病室にいた2人の男たちは、床に横たわったまま動きそうになかった。
そして、すっと鋭い目線をこちらに向け──恐らくドアの前にいた警察の男を睨み付けた。私には高圧的だった男は焦った様子で両手を挙げて、抵抗しない意を示していた。
「移ちゃん、待たせてしまったわね」
脅威を取り除いたことを確認した立辺さんは、優しい声色で病室の奥、移ちゃんの方へ声をかけた。
数秒の沈黙の後、病室から啜り泣く声が聞こえてきた。押し殺した泣き声はやがて大きくなり、決壊したように感情があらわになった。
「おば、あちゃん…おばあちゃぁんっ!! わたしが…! わたしがいたからぁ! わたしのせいで…、おとう…みんな……! みんな死んじゃったよぉぉ…っ!!! わたしが、全部!! ば、らばらに…ッッ!!!!」
移ちゃんが巻き込まれた事件について私が詳しく聞いたのは、神野区に引っ越して精神科医となり、偶然移ちゃんが私の担当患者になってからだ。
事件の全容を知った今でも移ちゃんが悪いなんて微塵も思わない。それについては中学生の間に移ちゃん自身も理解が及んできていた。
ただ、6歳当時の移ちゃんは全てが自分の責任で起きたのだと思い込んでいた。決してそんなことはないというのに。
だからこそ、その勘違いを強くした警察関係者たちを許せなかった。
これは後になって聞いた話だが、移ちゃんが巻き込まれた
でもそんな状態にあったとしても、彼らの言動で移ちゃんが傷付いたことに違いはないのだ。
そして私は、それを止めることができなかった。もう少し早く移ちゃんの側へ行っていれば、せめて壁代わりにでもなれていたかもしれない。あんな悲痛な叫びを上げる6歳の子どもを守ることができなかった。その後悔と無念は10年経った今も残り続けている。
翌日には移ちゃんの事件は全国ニュースになっていた──ということはなかった。事件の内容の割にそれは小さく報じられ、しかし近隣住民からの噂話はしっかりと当時の私の元へ届けられた。
曰く、プロヒーローを含む3名が惨殺された。
曰く、犯人は
曰く、生き残った少女以外の被害者と家屋は
曰く、被害者の土地全てを覆うほどの
(それじゃあ…、移ちゃんが血塗れになっていたのはご家族の……)
移ちゃんは2日後には地元である千葉の病院へ紹介となった。しかし私はあの夜以降、入院中の移ちゃんに会うことができなかった。血塗れの移ちゃんと彼女の叫び、そして想像の中のバラバラ死体が脳裏をよぎり、とても顔を見ることができなかったからだ。
情けない私は当時密かに憧れていた救急医を諦め、両親のいる神野区に戻ってきたというわけだ。
せっかく熱心に教えていただいた研修先の院長、殻木先生には申し訳ないことをしたと思う。彼の薦めで今の病院に勤めており、時折個人情報をぼかした上で移ちゃんの治療方針について相談に乗っていただいているので、先生には頭が下がる一方だった。
移ちゃんと再会した私は罪滅ぼしのように治療にあたった。せめて、少しでも彼女が健やかに過ごせるように。生きている間は幸せな時間を感じられるように。そう願って、これまで一緒に治療してきた。
それなのに、彼女は再び
何がいけなかったのだろう。
無理にでもヒーロー科に進むことを止めれば良かったのか。抗不安薬を内服していることを理由にもっと強く引き留めておけば良かったのか。
私は、また遅かったのだろうか。
「……ああ、いけない。こんな時間か…」
気付けばそろそろ職場へ戻る時間だった。垂れ流されていたニュースでは、コメンテーターたちが事件の原因は何かと大真面目に語り合っていた。
街中で戦闘を始めたこと。
オールマイト以外の〝ヒーロー〟が頼りないこと。
物事の本質からズレたことを語る愚か者たちに苛々させられる。
事件の原因が何か?
そんなもの…。
「〝個性〟があるからに決まっているのに…」
〝個性〟があるから移ちゃんは傷付いた。
〝個性〟があるから移ちゃんは夢を見た。
〝個性〟があるから移ちゃんは攫われた。
すべて、〝個性〟があるから起きたことだ。人間に〝個性〟なんて機能が備わってしまったから今の世の中がある。全て、そう、全ての原因は〝個性〟にある。
テレビを消した私は、床の間にある祭壇の前に立つ。教本を覆う布を取り除き、祭壇に飾った教本を手に取る。
心を鎮め、たっぷり十秒祈りを捧げた後、教本に手を当てたまま祈願を紡ぐ。
願わくば。
「人類の救済を」
〝個性〟に人生を狂わされた彼女にこの祈りが届きますようにと。
このお医者さんはこの後、ヒューマライズの一員として無事逮捕されました。
そんな怪しげな団体に傾倒するなんて恩師の殻木先生も浮かばれない…。