明日も投稿します。
一変した世界
彼女の髪の毛は酷く傷んでいた。
合宿の夜、シャンプーをさせてもらった時は確かにあったツヤは失われ、パサつきゴワついている。
彼女の肌はカサついていた。
丁寧に手入れされていたきめ細かな肌は、落屑すらあり、ささくれている。
彼女の手足は痩せこけていた。
毎朝の鍛錬を欠かさないと言っていた彼女。引き締まっていた四肢は病的に衰えている。
世界が一変した日から2日。変わり果てた姿で再会した移は、いまだに目を覚ます兆しがなく。それでも葉隠は、目覚めた時に独りぼっちだと怖いだろうからと付き添い続けていた。
蛙井や芦戸たちA組女子の間で交代しながら務めていたが、その中で葉隠が1番長く居続けていた。
『救助で1番役立てないのは自分だから』と説明したが、本音は移から離れたくなかったからだ。
この手を離したら、再び遠くに行ってしまうのではないか。
葉隠は怖くて仕方がなかった。
感触を確かめるよう握り続ける。移は、確かにここにいる。
濡らしたガーゼで彼女の目やにを拭き取りつつ、じっと見つめる。綺麗なヘーゼルの瞳を、葉隠はまだ見れていない。
少しでも整えてあげようと櫛を通す。鎖骨に届きそうなほど伸びた前髪が何本も抜け落ちた。
カサついた唇にクリームを伸ばす。
筋肉が付くように肘を曲げ伸ばしする。
移の反応はない。
葉隠は少しだけ移に顔を寄せて声をかける。
「起きて、移ちゃん」
移はまだ、目を覚さない。
三月下旬のある晴れた日。
京都府の蛇腔市と和歌山県の群訝山にてヒーローたちによる同時大規模作戦が決行された。
作戦の主目的は
それは〝
群訝山の戦いでは、ヒーロー側は奇襲を仕掛け初手で大打撃を与えたが、解放戦線側もそれに応戦。可能な限り対策を講じたヒーロー側と数の利で対抗する解放戦線側の戦いは、やがてヒーロー側が優勢となり事態は終息するかに見えた。
しかし、とある
20mの巨体を持つそれの名はギガントマキア。彼は
〝マキア〟の参戦によりヒーロー側の連携は瓦解した。
ほとんどの
群訝山に集まっていた超常解放戦線の大多数を逮捕したヒーローたちであったが、一部をとり逃がし、更には死者も出る結果で終わった。実質、ヒーローの大敗であった。
戦いはそれだけに留まらなかった。
ギガントマキアが〝歩く災害〟と呼ばれる所以。その呼び名の通り、彼の移動は災害を意味した。
マキアは和歌山県から北上し京都府の蛇腔市へと駆け抜けた。彼の歩みを止められる障害は何もなく。山を抉り、ビルを壊し、直線上に存在したありとあらゆる生命を死に至らしめた。昨年夏にあった〝神野の悪夢〟が軽く見えるほどの未曾有の大災害となった。
マキアはただただ目指した。蛇腔にて待つ彼の主、死柄木弔の元へ。
群訝山での戦いと同時刻に蛇腔市でも戦いが始まっていた。
蛇腔での主目的は2つ。蛇腔総合病院。そこに潜伏する
ホークスからもたらされた情報によると、移は五体満足でしかし眠らされた状態にあるという。殻木によってなんらかの研究の対象となっているようだが、少なくとも〝怪人脳無〟の
それはヒーローたちにとって吉報であり、特に後方支援として作戦に従事することになった雄英高校ヒーロー科一年生の面々にとっては七ヶ月の間、待ちに待った報せであった。
群訝山と同じく、初めはヒーロー側が圧倒した。
ヒーローが一名重傷を負ったが、殻木を無力化し、死柄木は施術から目を覚ます前に確保。そして、液体が満たされたガラスの牢獄に〝保管〟されていた移も無事保護された。無関係だった蛇腔総合病院の利用者や従業員もほぼ避難が済んでおり、ヒーローの〝圧倒的勝利〟と呼べる成果だった。
ただ一手。
剥き出しの配電コードからの漏電が、奇跡的に死柄木へ伝うまでは。
施術の途中にあった死柄木は仮死状態にあった。そこに通電されたことで擬似的な除細動となり。彼は目覚めた。
強化施術を施された死柄木の目覚めのひと撫では、全てを塵にした。
地下にあった殻木の研究所は勿論、その上にあった病院、更には蛇腔市街。死柄木がもたらした【崩壊】は伝播し、連なる全てを破壊したのだ。
破格の破壊力を持つ〝個性〟と、オールマイトにも匹敵する強化された身体能力を持つ死柄木は、ただ1人でヒーローたちを圧倒した。
なんとか応戦したエンデヴァーを中心としたヒーローたち。エンデヴァーと緑谷の奮闘もありあと少しで打倒し得る状況まで繋げたところでしかし、彼が、ギガントマキアが群訝から蛇腔へと到着した。
絶望的だった。しかしヒーローたちも負けなかった。
ギリギリのところで増援に駆けつけたベストジーニストたちが状況をイーブンに戻すことに成功。
ヒーローも
幾人もの人間が倒れ、更地となった蛇腔での死闘はやがて決着する。
死柄木含む主犯格たちの撤退という形で。
〝超常解放戦線〟の大多数を逮捕した。拉致されていた〝空戸移〟を保護できた。それらは確かにヒーローたちの成果だった。
だが、決して〝ヒーローの勝利〟とは呼べなかった。
ヒーローにとっての勝利とは何か。
否、ヒーローの勝利とは、〝誰か或いは何かを守れた時〟だ。
ギガントマキアの行進、死柄木弔の【崩壊】によってもたらされた被害は甚大。失われた命は数十万人、街への被害は復興に今後数年は要するほどだ。
加えて死柄木弔、荼毘、トガヒミコたち主犯格の逃走。
確かに作戦による成果はあったが、決して成功と呼べやしなかった。
そして、
同日夜、タルタロスを含む8つの拘置所が襲撃を受ける。
その結果、幾千の
日本は、無秩序と化した。
世界は一変してしまった。
超常黎明期を知る者が見たら言うだろう。『いつか見た光景だ』と。
「《超常黎明期から引き継がれてきた力の結晶、ですか。壮大なスケールっすね》」
戦いにより喉を焼かれたホークスがスマホから出力された機械音声で言う。軽薄な話し方をするホークスの特徴をよく捉えた優秀な機械音声だった。
「ですが合点がいきました。オールマイトの〝個性〟ともなれば、死柄木が狙うのも自然なこと。絶対に奴に渡すわけにはいかない」
「ああ。それに、緑谷少年が引き継いでからは〝個性〟が変化し、先ほど話した歴代継承者が元々持っていた〝個性〟も発現している。私の頃よりも更に蓄えられた力が彼らの手に渡ればどうなるか…」
「ダメージジーンズのほつれどころではなくなる、ということですね」
「ダメー…、うん…?」
ベストジーニストの独特な言い回しにオールマイトと当惑した。
ホークスとジーニストはオールマイトからとある情報を共有してもらっていた。
先の戦いに参加し引退会見を行ったヒーローから漏れた【
作戦中、その言葉を呟いたというエンデヴァーから話を聞きに来たホークスたちは、『デクが関係している』という情報を手に入れ、そのデク──緑谷出久に付き添っていたオールマイトの元を訪ねていた。
オールマイトから
これから先、
エンデヴァーとホークス、それにジーニスト。トップ3ヒーローでチームアップを組むことを先刻決めたが、そこに緑谷をどう組み込むか。活動方針を決めるために迅速に話し合わなければ。
ホークスに話しかけようとしたジーニストは、しかし彼が何か他ごとに思案しているように見えた。
「どうしたホークス」
「《──いえ、〝黎明期〟と聞いて一つ気になることを思い出していました。分倍河原…トゥワイスが空戸さんについてこう言っていました》」
ホークスは超常解放戦線に潜入捜査中、トゥワイスが漏らしたという移の情報を思い出していた。
曰く、『あの嬢ちゃんは特別なんだとよ。100年前の亡霊が取り憑いてる』と。
「《これは空戸さんを
「100年前と言うとちょうど超常黎明期真っ只中だね」
「《死柄木と
「2人の共通項か。それならもう一つある」
「『〝個性〟を奪われなかった』か」
「はい。殻木の供述によると死柄木は
昨年の8月に移は誘拐された。神野区でオールマイトとの戦いに敗れタルタロスに収監された
そうしなければならない理由が
「誘拐した日に奪わなかったのか、奪えなかったのか…」
「空戸少女の〝個性〟に【
「【
「《全く同じ仕組みというわけではないのでしょう》」
「…いや待ってくれ。彼女が誘拐される前、林間合宿でラグドールの【サーチ】によって得た情報について相澤くんからある報告を受けていた」
オールマイトは林間合宿襲撃事件の翌日のことを思い出す。
〝個性〟訓練中にラグドールが【サーチ】したことにより判明した移の秘密。根津と共に受けたその報告によると移には『〝個性〟が2つあった』。
「《2つ? 空戸さんには【スフィア】の他に〝個性〟がある…?》」
「2つ目の〝個性〟は通常の見え方と異なり鮮明には見えなかったらしいのだが〝個性届け〟にはなかった物が確かにあったと」
「…彼女は幼少期に
「その可能性については相澤くんも報告に上げていたよ」
教え子が
「しかしそうだとして、幼少期と誘拐後。二度も対面したというのにあの男が空戸少女のような強力な〝個性〟を奪わなかったのはどうもおかしい。何らかの実験だったとしても、【スフィア】を【奪う】メリットを上回るだろうか」
「確かに〝神野区の戦い〟で奴が【スフィア】を手にしていたとしたら…、天秤は
「確実にね。あの時は奴が【スフィア】を【奪った】ことを前提として動いていたが、本当に持っていたら対処しきれていなかっただろう」
神野区の戦いは熾烈だった。一歩間違えば、自分はこの世にいなかっただろうとオールマイトは思う。ギリギリの綱渡りをした自覚があり、そこに
「《では、2つ目の〝個性〟を
「…分からない。【
「本人に訊かないことには判然としませんね」
3人の間にしばしの沈黙が降りた。
「《…すんません。答えの出ないことで話の腰を折ってしまいました。今は【
「いや、謝ることはない。奴は確実に空戸少女も狙ってくる。
「…彼女が目覚める兆しはあるのですか?」
「医者の話では栄養失調が見られるが他に大きな異常はないらしい。一つ懸念点を挙げるとすれば…」
オールマイトは一拍置いて続ける。
「〝個性〟因子が過活動状態にあるらしい。だが【スフィア】が暴発している事実はない。だから医者は首を傾げていたのだが…」
「それはつまり、もう一つの〝個性〟が動いている、ということですか」
「ああ」
殻木が『100年前の亡霊』と呼ぶ何か。それが意識のない少女の中で動いている事実に3人は気味の悪さを感じた。
「《とりあえずは待つしかないですね。緑谷くんの方はもう少しで目覚めそうなんですよね? 彼から話を訊くのはオールマイトさんに任せて、俺たちは会見の準備を進めましょうか》」
「それしかなさそうだな。──オールマイト。我々を信頼して秘密を明かしてくださったこと、感謝します。この綻び、必ず我々の手で結び直していきましょう」
ジーニストは深く腰を折った。
その所作に、オールマイトは自分の判断が正しかったことを再認する。七代目継承者──自分の師匠から『本当に信頼する相手以外に秘密を告げるな』と言い含められてきた。それに従い、これまで秘密を共有した相手は本当に僅かだった。成り行きとは言え新たに【
「──ありがとう。キミたちのことをとても頼もしく思うよ」
世界は一変した。ヒーローは敗れ、
しかしそれでも。
世界には諦めない者たちがいた。
誘拐されていて衰弱した(TS)美少女…これは人気出るな。