この小説は以下の要素を含みます。
・スマートファルコン育成ストーリーおよびキャラストーリーのネタバレ
・ハルウララ育成ストーリーのネタバレ
・女性トレーナー目線の文章
・独自のif展開
・曇らせ展開
ご注意ください。
〈週末ダート寸評〉 20■■/02/■
スマートファルコンがまたやってくれた。
7月のジャパンダートダービーでの華麗な一着に続き、先日のJBCクラシックでも見事な逃げでセンターに輝いた。
シニア級の強豪たちをものともしない、力強い走り。ゴール板を駆け抜けた後の、客席への眩しい笑顔。私たちが思わずガッツポーズしてしまうほどの熱いレース。
そして、大盛り上がりのライブ。
今回のライブも素晴らしいものだった。ブロガーとして恥じるべきことだが、まだ自分の中の興奮を消化しきれず、文章に起こすことができないでいる。落ち着き次第、週末と言わず平日にでも記事にする予定だ。
昨年のデビューから、当ブログでもファル子についての記事を度々投稿している。思えば、当ブログでダートのレースのみならずライブの感想なども扱うようになったのはファル子の活躍によるものである。私は彼女のライブに魅せられたのだ。
私がライブの魅力に気付かされたように、ファル子のおかげでダートの世界に興味を持つ人も多いらしい。今回のJBCが例年以上の注目度だったのも、ファル子の功績が大きいだろう。
レースでの強さ。
ライブでの強さ。
ファンへのサービス。
ダート界への貢献。
ファル子は間違いなく素晴らしいウマドルだ。皐月賞の走りで彼女を追わなくなってしまったファンもいるだろう。もし、この記事を見ているのであれば、今からでも彼女に注目してみてはいかがだろうか。
ところで。
今週、私を沸かせたレースはJBC競走だけではなかった。
武蔵野ステークス。
目をつけていたサニーウェザーが見事一着を獲ったというのはもちろんだが、彼女とデッドヒートを繰り広げたウマ娘がいたのだ。
ハルウララ。
スマートファルコンと同時期にデビューした、ダートレースを走るウマ娘だ。度々オープンやプレオープンのレースの出走表でその名前は見かけていたのだが、あそこまでの差し脚をもったウマ娘だとは知らなかった。
どうやら、一部界隈でド根性ウマ娘として話題になっているらしい。後援会も立ち上がっており、ファンが一定数いる様子も見受けられる。
彼女もまた、ウマドルの一人ということだろうか。
スマートファルコンに続き、ハルウララ。その他にも、過去最高とも言えよう盛り上がりを見せるダート界。
今後も目が離せないという思いと共に、今週の〈週末ダート寸評〉を締めくくろう。
目撃者は、私たちだ。
スマートファルコンがハルウララというウマ娘を知ったのは、私がこの記事を見せた時だったと思う。
JBCクラシックでの帰り道に「ダートって……今、盛り上がってるんだよね?」と不安げに眉をひそめたファルコンの様子が気になって、インターネットでダートについてファンたちの声を漁ったのだ。その中でこの記事に出会い、私は舞い上がった。〈週末ダート寸評〉は以前もファルコンのことを記事にしてくれており、それを二人で喜んだことがある。しかし、今回ほどトレーナー冥利に尽きる記事ははじめてだった。
嬉しくなった私はすぐさまファルコンとこの気持ちを共有した。私の携帯端末の画面をまじまじと見て、彼女はその飴色の瞳を輝かせた。ウマドル『ファル子』の活躍を讃える文面と、ダート界の盛り上がりについて述べた記事。これがトレーニングのモチベーションになってくれれば、
「へええ、ウララちゃんかぁ……!」
この世界は、砂の上に立てば誰もがライバルになる。とはいえ、普段から互いを意識して切磋琢磨する、いわゆる漫画に出てくるようなライバルはファルコンにはいなかった。単純に、学内で交流のあるウマ娘の多くが芝のレースを主としていたというだけかもしれないが。
そんなファルコンが、一人のウマ娘に目を輝かせている。高め合える相手を見つけられるのはトレーナーとしても喜ばしいことだった。もしかしたら、スマートファルコンとハルウララという二人のウマ娘が手を取り合い、ダートレースの地位を更に高めることになるかもしれない。それもまた、スマートファルコンのトレーナーとして、ファル子のファンとして、心嬉しいことであった。
しかし、私たちの中でハルウララの話題が出たのはそれっきりだった。
約一ヶ月半後。ファルコンは、有馬記念の盛り上がりを肌で感じた直後に東京大賞典を迎えた。有馬記念には遠く及ばずとも、今年は例年より遥かに多い動員数を誇った。ダートを走るウマ娘やレースの関係者もそれを大いに喜んだ。しかし、ファルコン本人は現状に満足できなかったようで、ひとつのプランを打ち立てた。
フェブラリーステークス。
帝王賞。
JBCクラシック。
チャンピオンズカップ。
東京大賞典。
この五つのダートGIレースの全てで一着を獲るというのだ。それはもちろん、ダートレースをより盛り上げるため。ミニライブまで開きマスコミや一般のファンに対して、強気な勝利宣言を高らかに発表した。紙媒体は特報と銘打ちこれを拡散し、ウマッターでは一瞬でトレンド一位に登った。思惑通り、彼女とダート界は今まで以上の注目を集めることになる。
ハルウララという存在を改めて意識したのは、全勝宣言の第一歩目を踏み出した時だった。
大地が揺れる。否、大地を揺らす。その音は嵐の如し。その渦は観客席の熱狂を巻き込み、さらに巨大化する。高鳴る心臓と、彼女らが大地を蹴る音。轟音に耳が悲鳴を上げる中、我々は悲鳴にも似た歓声を上げる。
『大ケヤキを越えて、四コーナーへ!』
フェブラリーステークス。
降り注ぐ陽の光も頼りない、まだまだ寒さの厳しい砂の上をウマ娘たちが駆けていく。
スマートファルコンは順調な逃げを見せていた。後ろから一バ身以上の差を保ち続けている。
誰もが彼女を見ていた。この場で観戦するファンも、電波を介して声援を送るファンも、風下に立つウマ娘も。昨年の東京大賞典を制したニュースターの全勝宣言は、ここにいる全ての者の目を惹き付けていた。
『最後の直線に──おおっと!? ここでスマートファルコン伸びる! ハイペースにも見える逃避行を披露してきた彼女が、ここで大きく加速しました!』
最終直線に入り、スマートファルコンが後ろをぐんぐん突き放していく。差しや追込のウマ娘をものともしない独走に、場内は盛大に沸く。熱気の嵐が風速を増す。
『ニバ身、三バ身、まだ伸びるか!?』
私も気持ちが昂らないと言えば嘘になる。しかし、彼女にトレーニングをつけた身としては、その加速に静的な喜びを感じた。今までの成果がしっかりと本番に出ていることに思わず両手のひらを合わせた。
そして、その冷静さ故に気付く。このことに気付いているのは会場の何割だろうか。
後ろのバ群から、桜色のポニーテールが飛び出した事に。
『おっと!? ここでハヤブサを捕らえんとばかりに後ろを追います!』
絆創膏だらけの脚が、砂を踏みしめ、舞い上げ、風を切る。
『ハルウララ! 食らいついていく! 爆発的な末脚です!』
全ての者が、二月に吹く春一番を見た。
『二〇〇を通過! ハルウララ! 先頭との差は二バ身!』
スマートファルコンが巻き起こした会場の嵐の中に、雷鳴が轟く。背筋が凍るような差し脚。同時に胸の中で膨れ上がる熱狂。これだからレース観戦はやめられない、と会場の皆が目を見開く。
『詰めていくハルウララ! これほどの脚を持っているとは誰が予想したでしょうか!』
スマートファルコンまで、あと一バ身と半分。
『スマートファルコン、これは苦しいか!?』
果たしてそれはどうだろうか。私はほくそ笑む……余裕もなく、必死で声を張る。逃げ切って、スマートファルコン。頑張れ、ファル子。喉が潰れようとも、この声を絶やすわけにはいかない。
『粘るスマートファルコン! 冬はハヤブサの狩り場だと言わんばかりに、ゴール板目掛けて一直線!』
『しかしハルウララ! 詰める! 一バ身差!』
観客席の人々が一斉に立ち上がる。冬の寒さも忘れさせる、ピンクとピンクのデッドヒート。誰もが張り裂けんばかりの声援を飛ばし、誰もが己の中で血が煮えるのを感じていた。
『スマートファルコンか!』
『ハルウララか!』
『スマートファルコンか!?』
『ハルウララか!?』
恐ろしい。
ハルウララの走りは、その一言に尽きた。スマートファルコンとの距離を瞬く間に詰めていくその様に、冷や汗とアドレナリンが吹き出す。
しかし、そのスピードは僅か及ばず。
先にゴール板に食らいついたのは、スマートファルコンだった。
宣言通りの一勝。順調な滑り出し。最初にハナに躍り出てから一度もその位置を譲らずにゴール板を駆け抜けたスマートファルコンに、場内の誰もが歓声を上げた。掲示板に表示された『1/2』という数字に、誰もがハルウララへと拍手を送った。
私はファルコンが逃げ切った時の拍手が止まらず、ぱちぱちと音を鳴らしながらウイナーズ・サークルに向かった。「最高のスタートを切ってくる」と約束してくれたファルコンは、それを果たしたことを体現する歓声を浴びていた。しかし、彼女はそれに応えることなく、明後日の方向を見つめていた。
「……ファルコン?」
その目が映していたのは沸き上がるファンたちでもなければ、拝むように手を合わせた格好悪いトレーナーでもなかった。
桜色のポニーテール。スマートファルコンのアイドル的なそれとは違った、あどけない笑顔。観客席に大きく手を振っている。何かを見つけたのか、顔を一層輝かせて手の動きを大袈裟にする。
「ハルウララ、かな?」
私の声で、ファルコンは弾かれるようにこちらを向く。その一瞬に見えた彼女の顔は無垢な人形のようだった。
「やーん☆ ファル子ってば、ぼーっとしてた☆」
心ここに在らずな表情から一転、ウマ娘のスマートファルコンはウマドルのファル子へと姿を変えた。ファンたちへのサービスをこなし、ライブの準備のために足早に裏へ戻る。
その一連の流れは、まさに「一連の流れ」だった。流れ作業のような、何かが抜け落ちたスムーズな動き。勝利の喜びを爆発させるでもなく、前走の東京大賞典のように何かを悔しがるわけでもない。かといって、何も考えていないというわけではなさそうだった。むしろ、思考を巡らせ続けているようにさえ見えた。
ライブ中もそれは変わらなかった。しかし、流石のウマドルと言うべきか、パフォーマンス自体は完璧としか形容できないものだった。凛々しい顔を崩さず、時にはスペシャルなポーズを決め、会場の熱をぐんぐんと高めていく。ただ、どうにもそれは抜け殻のようというか、本人のパッションが足りないというか。
対して、その隣……二着のポジションで弾ける笑顔には目を惹かれた。トップウマドルを目指すファル子のような、非の打ち所のない踊りとはまた違う趣。これは浮気だろうか。ファルコンの走りを初めて見る時に言われた「よそ見しちゃダメだぞっ!」という言葉が脳裏をよぎる。
ハルウララ。
やはり彼女は、スマートファルコンのいいライバルになるかもしれない。それは今後のレースでの強敵が増えるという意味でもあるのだが。今日のレースだって、あと十メートルも長ければ結果は変わっていたかもしれない。たらればの話でしかないが、その仮定の選択肢を減らしていくのが私の役目だ。
いけない。今はファル子のライブ中だ。それに集中もせず、他のウマ娘のことを考えていたりしたらファン一号の名が廃る。余計なことを考える脳にマナーモードを命じ、瞳を使ってファル子を射抜くことに専念した。それはもう、全力で。しかし、ステージの上のファル子はやはりどこか虚ろな雰囲気をまとっているのだった。
控え室に戻ってから、ファルコンと言葉を交わす。どうしてもちらつくのは今日の彼女らしくない彼女。その理由を訊きたくて、失礼覚悟の決心を固める。しかし、私が口を開くよりもファルコンから言葉が出た。
「次の目標は、六月の『帝王賞』だね!」
ライブ後らしからぬ、疲れの見えない口調。普段の水泳トレーニングでスタミナがついているのだとしたら喜ばしいことなのだが、どこか引っかかる。
「二〇〇〇メートル……ちょっと距離が長くなるし、さっそく、対策を練っていこう!」
フェブラリーステークスでの一着を喜ぶのでもなく、ライブを楽しみきった余韻に浸る様子もないファルコン。
「う、うん」
うまく呑み込めずに喉に居座る不安に気を取られ、間の抜けた返事をしてしまった。冷静に今後のことを考えられるのはいい事だが、そこまであっさりしていると手放しには喜べない。
「どうしたの? ほら、学園に戻ろ〜!」
手放しに喜べないのは、急かす彼女に持たされた鞄のせいだろうか。促されるまま、荷物を片付けて控え室を出る。結局、今日の様子について彼女の口から何かを聞くというのは叶わなかった。
ただひとつ、帰り道で尋ねたことがある。
「ハルウララについて、どう思う?」
つい重々しい質問の仕方になってしまい、ファルコンにもそれを笑われた。彼女の自然な笑顔が見られて、強ばった心臓が緩んだ。
「ウララちゃんかぁ……あの子も、素敵なウマドルだよね!」
その言葉で、前にファルコンがオグリキャップのことをウマドルと呼んでいたことを思い出した。私自身、ファルコンとはそこそこの付き合いになる。彼女と年明け早々アイドルの年明けライブに参戦し、その後はカラオケでファル子先生のアイドル講座を受けた私は、そういった認識になるファルコンのウマドル観もよく理解していた。
ド根性ウマ娘・ハルウララの魅力は、その天然な無邪気さと元気さだ。負けても諦めない姿でファンを惹き付けていく様は、ウマドルと呼ぶに相応しい。案の定、ファルコンも同意見のようだ。出会ったときと比べ、心が通うようになってきた。自然と頬が緩む。
「ファル子、今日はヒヤッとしちゃった☆ すごい脚で上がって来るんだもん!」
一心不乱に前を見て逃げ続けたファルコンにも、その気迫は伝わっていたらしい。先程のウイナーズ・サークルでの様子も腑に落ちる。
「どう?
愚問だろうか。否、愚問である。ファルコンの走りを誰よりも見てきた私は胸を張ってそう言える。しかし、再確認の意を込めてあえて問うた。
「……するんだよ、ファル子が。できそう、できなさそうじゃないの!」
まっすぐな彼女の眼差しに全身の鳥肌が湧き立つ。もし私がウマ娘で彼女と同じ砂の上に立っている時にこれを当てられたら、レースもままならないだろう。末恐ろしいウマ娘を担当に持ったものだ。
「ウララちゃんが、他の子がどんなに強くても、ファル子は逃げ切ってみせるから!」
だからこそ、トップウマドルを目指せる。
「……そうこなくっちゃね!」
その後は、帝王賞に向けたトレーニング計画を二人で練り続けた。学園に帰ってからの日々はあっという間で、私たちは無我夢中に体を鍛え上げて帝王賞に挑んだのだった。