紗夜の肩を掴まりながら、音楽室へと続く階段を昇る音葉。それを心配そうに見つめる紗夜。傍から見れば異様な光景だが、幸いにも部活動等で校舎内には人はいなく、誰とも会うことなく音楽室までたどり着いた。
「着きましたよ、音葉さん。ここが、音楽室です」
「…ありがとうございます。もう一ついいですか?」
「はい。なんでしょうか?」
「…ここに、ピアノはありますか」
「ええ、ありますよ。こちらです」
そう言うと、紗夜は音楽室にあったグラウンドピアノの前まで歩いて行った。そして、鍵盤を見せた。
「ここに鍵盤があります」
「ありがとうございます」
そう言うと、椅子に座り鍵盤を一気に弾きならした。
~♪
「うん。良い音だ」
そして、おもむろに指を置き弾き始めた。
―♪
「この曲は…『悲愴』ですか」
紗夜の問いに答えることなく音葉は弾き続けた。
~ベートーヴェン-ピアノソナタ8番『悲愴』第二楽章~
[ベートーヴェンの書いた最も有名な楽章のひとつで、これを聞いたヴィリバルト・ナーゲルはベートーヴェン全作品中でも指折りの音楽と評価しており、マイケル・スタインバーグはこの楽章のために「ハープシコードの所有者は最寄りのピアノ屋に駆け込んだに違いない」と述べた。美しく、物憂い主題が静かに奏で始められる。]
そんな『悲愴』を音葉は時に悲しく、時に切なく奏でていた。気づけばもう少しで終わりそうな雰囲気になっていた。
「ふぅ…」
パチパチパチパチ
「素晴らしい演奏ありがとうございました」
「…姉さんに比べたらまだまだですよ」
「けど、音葉さんの音も綺麗で感情がこもっていましたよ」
「…ありがとうございます///」
姉以外からの賛辞で少しだけ照れてしまった。
「何時からピアノを?」
「…小学校入る前から姉と母の影響でピアノを始めました。母が奏でる音が好きで、一生懸命に練習してここまで、やってこれました」
「…幸いにも、一度聞いた音は忘れない「絶対音感」があったのでここまで来ましたけど、姉に比べたらまだまだです」
「そんな…」
湿っぽい話しをしてしまった音葉は、気分転換にもう一曲披露することにした。
「…すみませんでした。気分転換にもう一曲だけ弾いてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「…わかりました」
そう言いって、再び鍵盤と向き合う所で音楽室のドアが開くと、6人の女子生徒達が流れ込んできた。
「ハァ、ハァ、音葉の…音が…」
「り、燐子先輩。早いですよ…」
「ねぇねぇさーや!音楽室からピアノの音が聞こえて来たんだけど!」
「ちょっと落ち着きなよ。香澄。あ、紗夜さんこんにちは」
「ハァハァ、早いよ香澄ちゃん…」
「大丈夫りみ?あれ?男の子?」
一斉に聞こえた燐子以外の声で、音葉は軽いパニック状態に陥って倒れしまった。
「え!え!…だ、誰!」
「音葉大丈夫!?」
「あ…」ドサ
「音葉!しっかり!」
「音葉さん!?」
慌てて燐子と紗夜が落ち着かせようとしたが、間に合わず音葉は倒れ込んでしまった。その様子を5人組の女子生徒達は見て呆然としてしまった。
「え!!大丈夫ですか!」
「香澄落ち着け!」
「でも、有咲…」
「ここは、燐子先輩達に任せて静かにしていようぜ」
「う、うん…」
数分後ある程度落ち着いた音葉は燐子の肩に掴まりながら、ピアノの椅子に座っていた。
『ごめんなさ~い』
「…大丈夫ですよ。こっちも驚いただけですから」
「じゃあ、改めて!アタシ
「
「えっと…
「あはは…えっと私は
「私は「有咲猫かぶってる」被ってねぇよ!あ、…コホン。アタシは
「…白金音葉です。1年生です。姉の燐子がいつもお世話になっております」
「ちょっと…音葉///」
「凄い…焦っている燐子先輩初めて見たかもしれない」
「あたしも!いつも凛としていてかっこいいのにね!」
「ふふふ、慕われているんですね白金さん」
「ひ、氷川さんまで…」
「ねぇ、ねぇ、音葉君はどうしてここに居るの?」
香澄からの質問に少しだけまごつくが、どうせバレるならここで話してもいいと思って、音葉はこれまでの事を話した。そして、この花咲川女学園にいるのも話した。
「…だから、いつもは特別教室に居るんですよ」
「もしかして、香澄ちゃん達が見たお化けって白金君のことだったのかな?」
「あーあの時は気が動転していたからな。その事については…すまなかった」
「…いいですよ。もう終わった話ですから」
「…そう言えば、音葉はどうしてここに居たの?」
「…姉さんを待っている間暇だったからね。氷川さんに頼んで音楽室に案内してもらったんだ」
「そうだったんだ。…氷川さんありがとうございました」
「いえ、こちらもいい曲を聞かせていただきました」
「そうだ。皆さんに1曲披露致しましょうか?」
「いいの!やったー!」
「落ち着けよ香澄。じゃあお願いするわ」
「へ~聞いてみたいね」
「私、ギターがあるからセッションしようか?」
「おたえちゃん。流石に今回は遠慮しようよ」
そう言って、音葉と燐子は軽い打合せをして準備をするのであった。幸いもう1台のピアノを見つけたので、2人はアレをしようとした。
「それじゃあ行くよ音葉」
「うん」
♪!♪!♪!♪!♪!♪!♪!
突然鳴り響いたピアノの音にびっくりする5人。紗夜はさっきまで聞いていた、「悲愴」とは異なる、軽快なリズムでピアノを弾いて行く2人を見ていた。複数の旋律を織り交ぜながら華やかに演奏していた。
カミーユ・サン=サーンス組曲『動物の謝肉祭~フィナーレ』
[これは作曲家サン=サーンスの作った曲の中で最も有名な作品であり、いろいろな動物の名前の付けられた14曲の小品からなる組曲で、動物園の中を巡るような楽しさがあります。今回は難易度が高いとされる[フィナーレ]を2台のピアノを使って連弾する形となった。]
5人が聞き惚れている中そろそろフィナーレの部分となった。音葉は見えないが感覚で燐子とのタイミングを計っていた。そして、フィニッシュとなった。
パチパチパチパチ!
「凄い!すごいー!」
「ええ、いい音色を聞かせて貰いました」
「か、かっこよかった~」
それぞれの反応はあったものの、久しぶりの連弾で緊張したが、やり切った感じになっていた。燐子も同じ様に感じていた。
「ありがとうね。音葉」
「…うん。楽しかったよ」
そんな2人を見ている紗夜は少しだけ羨ましいと思ってしまった。姉妹でのわだかまりも無くなったとは言え、未だギクシャクしている所がある。
燐子は音葉の手を取って、5人に説明した。
「…音葉は目が…見えないの。だから…皆さん…音葉をよろしくね」
『はい!』
そして、燐子と音葉は手を取って、校舎前にいた。周りは真っ暗になっており、既に夜になりつつあった。
「それじゃあ、また明日ね~!」
「…はいまた明日です」
香澄達は音葉と燐子、紗夜と反対側の商店街へと歩いて行った。3人は途中まで一緒なので途中まで一緒に帰ることにした。
「今日は驚かされる事ばかり出したね」
「…音葉が…ピアノを…弾きたいって…言うのは、久しぶり…だったもんね」
「…うん。久しぶりに弾きたくなったから」
そんな2人の間に挟まれながら、氷川宅に着くのであった。
「それじゃあ、私はここですので、失礼しますね」
「…うん。また明日お願いしますね。氷川さん」
「音葉さんも、また「あーー!お姉ちゃん!」…はぁ、日菜ちょっと静かにしなさい」
「珍しいよね。お姉ちゃんがこんなにも、遅くなるなんて」
「別にいいでしょ。今日は生徒会の仕事で遅くなっただけだから」
音葉は第三者の出会いに戸惑っていた。そんな事をよそに、第三者は音葉の存在に気づいた。
「あれ?この子だれ?」
「今度花咲川女学園に入学してきた、白金 音葉くんです。音葉くん。妹の日菜です。日菜、挨拶しなさい」
「はーい!
そう言って、日菜は握手をしようと手を出したが音葉は上手く取れなかった。業を煮やした日菜は強引に音葉の手を取った。その時持っていた白杖を落としてしまった。
「えっと…」
「んも!こっちだよ!」
「あっ!」カラン
「うん?なにこれ?白い棒?」
「あ、あれ?ど、どこにいった!どこだ、どこだ…」
「もしかして、これのこと?」
「か、返してください!」
「うん。けど、そんなに大事なの?これが?」
「ええ、そうよ日菜。彼はね…音葉
「え…そうなの…?」
「…はい。僕は生まれつき目が見えないんです」
「…ごめんなさい」
「…大丈夫ですよ。もう慣れましたから。それに、氷川さんと姉が付いて居たので大丈夫です」
「…紗夜」
「え?」
「私の事は紗夜と呼んで下さい。2人も氷川が居たら混乱するでしょう」
「あー!お姉ちゃんだけずるい!じゃあ私の事は日菜って呼んでね!これ絶対条件!」
「ええええ!いきなりはちょっと…」
「なら、慣れるまで呼び続ける事ですね」
「ふふふ、これからよろしくね!音葉くん!」
こうして、氷川姉妹に気に入られる事になった音葉。はてさて、これからどうなって行くのか…
因みに、その間燐子は音葉の服を握り終始頬を膨らませていたそうな…