ノベライズ第2巻、『片羽の蝶』のネタバレを含みます。ご注意ください。
可能な限り、閑話は読まなくても本編を楽しめるよう執筆しております。
既読の方は、原作との変化を楽しんでいただければ幸いです。
「南無阿弥陀仏!!」
鉄球型の日輪刀が、鬼の頭を
岩柱──悲鳴嶼行冥だ。
(生存者は……!?)
彼が己の担当区域に出現した鬼の情報を得て、現場に急行した時には既に……室内に血の臭いが漂っていた。そこに先程斬った鬼が流す血が加わり、
「う、うぅ……」
「「父さん!!」」
「あなた!」
(……良かった。今回は間に合った)
部屋に入る前、行冥が聞いた声は鬼1体と4人分。どうやら父親は重傷らしいが、すぐに手当てをすれば助かるだろう。
行冥は鴉を飛ばして
*
「悲鳴嶼行冥様のお宅ですね」
「ん……? 君達は……」
記憶を探り、以前助けた家族の姉妹だと分かった辺りで、姉であろう少女がペコリと頭を下げた。
「突然押しかけた無礼をお許しください。
私は
妹の方からも、ペコリと頭を下げる気配がした。
「カナエに、しのぶだな。覚えたぞ。
それで、私に何用だ……?」
「悲鳴嶼様には、鬼から助けて頂いたお礼もロクにできていませんでしたから。
私たちを助けていただき、誠にありがとうございました。胡蝶家を代表し、お礼申し上げます」
カナエの声色はどこまでも可憐かつ、凛と澄んでいた。雪の中に咲く一輪の花のような声。
一方で──
「私からも、ありがとう……ございます。
あの、これ……干し肉と、傷薬……です。よかったら、どうぞ」
しのぶの方は、カナエと同じく綺麗な声なのだが……私への態度を決めかねている雰囲気だった。
とは言え悪意があるワケではなさそうなので、素直に受け取っておくことにする。
「そんなことを伝える為に、わざわざ来てくれたのか……干し肉と傷薬、ありがたく頂戴する。
さて2人共、疲れているだろう。家で少し休んでいくといい。茶と菓子くらいは出そう」
──そうして2人を家に上げようとしたところで、カナエが待ったをかけた。
「いいえ。申し訳ございませんが、私はお礼を言う為だけに此処へ来たのではありません。一つ、お願いがあるのです」
「ふむ……?」
大概のことなら、叶えてやろうと思った。子供のために何かしてやることは、私にとって苦ではなかったから。しかし──
「私に、鬼を倒す方法を教えて欲しいのです」
「──断る」
この頼みは、聞けない。
「君達には、家族と共に幸せになれる未来がある。自ら
──
専属の鴉を呼び、指示を出す。
「2人を近くにある藤の家紋の家に案内してくれ。そして、2人の身に何かあったらすぐに知らせよ」
「御意。
オ嬢サン方、コチラデス」
──この姉妹とは、もう会うこともないだろう。
*
……と、思っていたのだが。
「まだいたのか」
「そりゃいるわよ。まだ鬼狩りの方法を教えてもらってないし──ねっ!」
続いて『パン』という、木が割れる高い音がした。
「私達、おじさんの役に立つわ。私は聞いての通り薪割りをやってるし、姉さんはお家の掃除と洗濯をしてくれてる。出来ればその着物も洗いたいから、後で着替えてね」
「そんなことを頼んだ覚えはない。それと、私はまだ
「……じゃあ、悲鳴嶼さんならいいわよ──ねっ!?」
再び、薪が割れる音。今度はあまりいい音ではなかった。私が普段使っている斧は、幼い少女には大きすぎる。
「……貸してみなさい」
しのぶは少し迷った後、斧を手渡した。
一瞬だけ触れ合ったその手は、ひどく小さい。声の響き方や聞こえる位置、足音などから、しのぶは同年代の少女と比べてもかなり小柄だろうと予想していたが、どうやら正解らしい。
「斧は木に対して、こう垂直に振り下ろす」
「……悲鳴嶼さん、目が見えないんでしょう? どうして薪の位置とかが分かるの?」
「目が見えずとも、音で周囲の状況は大体把握できる。赤子の時から目は見えなかったが、特に不自由と感じたことはない」
「……凄い」
しのぶの声は、子供らしく率直に感情を伝える声だった。普通に接する分には、好ましい子の部類に入るのだが……
「暗くなる前に、姉と家に帰りなさい」
「そうしたいのは山々なんだけど、姉さんは言っても聞かないのよね。姉さんが帰らない限り、私も帰る気はないし」
「……君達姉妹に鬼殺は無理だ」
「嘘ついたってムダよ。女性隊士だっているの、知ってるんだから。今4人しかいない最高階級『柱』の内、半分は女性なんでしょう? 岩柱の悲鳴嶼さんは、よく知ってるハズよね」
……中々に、痛いところを突く。内情をよく知らない人間からすれば、確かに鬼殺隊の男女比は均等であるかのように感じるだろう。だが……
「あの2人……特に虹柱、かぐや様は特例中の特例だ。アレは参考にならない」
「どういうこと?」
「……口で説明するより、体験してもらった方が早い。今から、私の呼吸を真似してみなさい」
「……? 分かったわ」
よく分かっていない気配をよそに、全集中の呼吸を分かりやすく行う。
──ゴウゴウゴウン
「……やってみろ」
「…………」
しのぶは無言で、深呼吸をし始めた。当然、全集中の呼吸には程遠い。
「──できる訳ないじゃない!! どうやったら呼吸で『ゴウンゴウン』って音がするの!? イミが分からないんだけど!!」
「かぐや様は、
「────」
完全に絶句している気配が伝わってくる。
疑いはあれど、それ以上に私が嘘をついていないと分かるからこその絶句。
「鬼と戦うためには、まず圧倒的な身体能力の差を潰す必要がある。故に鬼殺隊士となるためには、全集中の呼吸と呼ばれる技法の習得が必須なのだ。
これにはいくつか流派があるため、自分の適性に合った呼吸を探すこともできるが……適性があろうとなかろうと、習得には血を吐くような努力が必要となる。
だがかぐや様は……この呼吸法を7種類も使うことができる。その全てを、見ただけで習得したそうだ。参考にならないと言った理由が、よく分かっただろう?」
「……えぇ、本当にね。でも、もう1人居るんでしょう? 女性の柱が」
まだ諦めないか。ならばもう1人の特異性についても語ってやろう。
「そうだな。水柱──鱗滝殿は、一般的と言っていい戦い方をする女性だ。しかし……」
「しかし?」
「私にはもう1人、女性隊士によく知る人物がいるのだが……彼女が言うには『アレを模範的な水の剣士だと言ったら、雷の剣士が泣く』とのことだ」
「どういうこと?」
「雷の剣士は、全集中の呼吸による身体強化を脚に特化させる。鱗滝殿は水の剣士──防御を得意とする流派の剣士なのだが、雷の剣士より速く走れる」
これで折れてくれるか、と思ったのだが……しのぶはむしろ、元気を取り戻した。
「私、足の速さには自信があるわ!」
「……だとしても、君は鬼を殺せない」
「なんでよ!?」
……あまりこういうことは言いたくないのだが、仕方ない。
「頸を斬らねば、鬼は死なない。鬼の首は誇張でもなんでもなく、岩より硬い。切断するためには、ある程度の体格が必要となる。生まれ持った筋肉量の最大値は、変えることができない。だから、君には無理だ」
「……なら、隠でもいいわ」
「どうしてそこまでする……」
「姉さんを1人にできないもの」
「…………」
「薪割りは私には向いてないみたいだし、山菜を摘んでくるわ」
……ここまで言って聞かないのであれば、別の方法で止めるしかない。
さてどうやって止めようか──と思考を巡らせていると、背後から誰かが近付いてくる気配がした。
「悲鳴嶼様、私達は諦めませんよ」
「……あの子はあくまで、君に付いてきただけだ。巻き添えにしたくないなら、2人で家に帰りなさい」
「帰りません。鬼の正体を知ってしまったからには、絶対に」
努めて冷たい声を出してみるが、やはり彼女も、この程度では怯みもしなかった。
「……私は救いたいんです。人だけではなく、
「鬼を、救う……?」
「隠の方に聞きました。鬼は元々、私たちと同じく人だったのだと」
「……そうだな」
それを聞いて思い出すのは、私が最初に出会った鬼。『嘘が嫌い』だと叫んでいた彼のこと。そしてもう1人──
「鬼は悲しい生き物だと……そう思ったんです。人でありながら人を喰らい、美しい朝日を恐れる。その哀れな因果を、私は断ち切りたい」
「──この世にただ1人、
カナエが、息を呑む気配がした。
「そのようなお方がいらっしゃるのですか!?」
「あぁ。彼女に会って、その研究を手伝いたいのなら……柱になるしかない」
「それを教えて頂けたということは、つまり」
「そうだな。君達に、試練を与えよう。それを突破できたら、鬼狩りになるための〝育手〟を紹介すると約束する」
「〜〜っ、ありがとうございます!!」
──それからしのぶが帰ってくるまで待って、私は試験に使うと決めた『あるもの』の場所まで、2人を案内した。
「ここだ」
「……ところで、そもそも育手ってなんなの?」
「文字通り、剣士を育てる者たちのことだ」
「悲鳴嶼さん、たしか剣使ってなかったわよね?」
「……文字通り、鬼狩りを育てる者たちのことだ」
((言い直したわね……))
目は見えずとも、姉妹がなんとも言えない微妙な表情をしているだろうことは分かった。
「コホン。育手は複数いて、各々の場所で、各々の手法で鬼狩りを育てている。合格したとしても、育手の元には、別々に行ってもらう」
「え……」
姉妹の、とりわけしのぶの戸惑いと怯えが空気を介して伝わってくる。
……だが、すぐに気丈さを取り戻した。
「──姉さん」
「えぇ、構いません」
「育手の下で修練を積み、藤襲山で行われる『最終選別』を突破すれば、晴れて鬼殺隊の隊士として認められる。だが、最終選別の死亡率は非常に高い。女性は特にそれが顕著だ……それでも、やるのか?」
「当然です」
「勿論」
決意は揺るがないか。
「……試練は単純。この岩を動かしなさい。それができれば、私は君達を認めよう」
「──ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「どうした?」
絶句するカナエの隣から、しのぶが噛みついてきた。
「それって、全集中の呼吸が使えるのが前提でしょ!? でも全集中の呼吸は、育手の人に教えてもらわなきゃできない! 順序が逆になってるわ!」
岩は、大の男の背丈と同じくらいある。幼い姉妹からしたら小山のように映っているだろう。だが……
「戦場では、力が及ばなければ誰かが死ぬ。出来る出来ないではない。出来なくとも、やらねばならない時がある。己の全てを賭して、やり遂げろ」
辛辣な言葉に気圧されるように、しのぶは口をつぐんだ。
「鬼狩りになるということは、人の命を背負うというのは、そういうことだ。出来なければ、今度こそ帰れ」
これ以上は何も言わず、私は立ち去った。
*
──夜になった。
この辺りは陽が落ちると途端に気温が下がるので、
「悲鳴嶼さん。晩ご飯、作ったわよ」
頭上から、しのぶの声がする。
「すみません、お米やお味噌など、家にあるものを勝手に使わせていただきました」
カナエが申し訳なさそうに付け加えるが、今更だ。
姉妹と囲炉裏を囲んで、ご飯を食べる。
「……美味い」
「これ、しのぶが作ったんですよ」
私の呟きに、カナエが嬉しそうに答えた。
「しのぶは手先が器用なんです。庭の草木を集めて、薬師の真似事を始めたと思ったら、本当に薬を作ってしまうくらいに。今日持ってきた傷薬も、実はしのぶの手作りなんですよ?」
「ちょっと姉さん! それは言わない約束だったでしょ!?」
「……何故だ?」
「え? だって……子供が作った薬なんて知ったら、使ってくれなくなっちゃうじゃない」
「いいや、ありがたく使わせてもらう」
「そ、そう? ならいいけど……」
しかし、薬学に精通しているとは……ますます、彼女と引き合わせた時が楽しみだ。
──無論、試練を突破できればの話だが。
「……料理とか、薬の調合とか、私の取り柄ってこれくらいだから。他は全部、姉さんの方が上手なのよね」
「……そうか。2人共、凄いのだな」
声の調子から、卑屈になっているのではなく、照れ隠しだと分かった。
「ううん、姉さんの方が凄いの。姉さんは町一番の器量良しなんだから。琴も、お花も、お茶も、なんでも上手で、町の男の人はみんな、姉さんに夢中だったわ」
「しのぶ……恥ずかしいからやめなさい」
「悲鳴嶼さんも目が見えたら、きっとビックリするわよ」
「コラ」
「だって、本当のことじゃない」
「もう……
ところで悲鳴嶼様は、一番好きな食べ物は何ですか?」
「明日、私と姉さんが作ってあげる」
「そうだな……炊き込みご飯が、一番好きだ」
昼間あれだけ冷たくして、無理難題を突き付けたというのに。姉妹はどこまでも暖かかった。室内に漂う空気すらも優しく、澄んでいるかのようだった。
──翌日。
「頑丈な丸太と、
「そんなもの、何に使う……?」
「自力で動かすのは、昨日2人で嫌というほど試してみたけど……アレは無理。だから梃子の原理で動かすことにしたわ。まさか駄目とは言わないわよね?」
「はぁ……合格だ」
「やった!
姉さーん! 私達、合格だって!!」
「ホント!? やったわねしのぶ!」
……夜中に2人で考えたのだろう。これはもう、認めざるを得ない。
「カナエ、しのぶ。よくぞやり遂げた」
かつて私を引き入れた彼女のように、私もまたこう言おう。
「私は君達を歓迎する。鬼殺隊へようこそ」
*
明治コソコソ噂話
Q:あなたにとって、一番『真似できない』と思う戦い方をする隊士は?
行冥 「かぐや様だな……」
かぐや「悲鳴嶼さんですね。目を使わず戦うとか理解できません」
槇寿朗「少し前ならかぐや様と迷わず答えていただろうが……行冥も大概おかしいからな……いや、やはりかぐや様が一番か」
真菰 「行冥くんかな。あの
葦実 「かぐや様のはまぁ努力で再現できなくもないけど、悲鳴嶼くんのは絶対無理だね……」
錆兎 「男として岩柱様の戦い方には憧れるが、アレは無理だ!」
ゲスト:五感組
炭治郎「うーん、かぐやさんかな。あの綺麗な呼吸の切り替えどうやってるんだろ……」
善逸 「どう考えてもかぐや様だろ。俺なんて型一つしか使えねぇのに……」
伊之助「悔しいが、かごやの奴の戦い方は真似できねぇ!」
カナヲ「悲鳴嶼さん……目が見えないのに、どうして戦えるのか分からない……」
玄弥 「呼吸が使えない俺に聞いてどうする。だが強いて言うならかぐや様だな」
ゲスト2:未来の柱達
天元 「胡蝶妹の戦法は派手に地味過ぎて真似できねぇな」
カナエ「花の呼吸の切り札的に、悲鳴嶼様の戦い方はちょっと……」
義勇 「……胡蝶(しのぶの毒という唯一無二の戦法は、俺に限らず他の誰にも真似できないと思う)」
実弥 「……悲鳴嶼さんだなァ。稀血に頼ってる俺じゃあ、アレは真似できねェ……」
しのぶ「悲鳴嶼さん。あの人だけ生まれ持った筋力が違い過ぎるのよ」
杏寿郎「うむ! かぐや様も大概おかしいが、一番は胡蝶妹だろうな!」
小芭内「悲鳴嶼さん……筋力の無い俺では到底真似できない……」
蜜璃 「しのぶちゃん! 相手に合わせて、剣の型だけじゃなくて毒の調合まで変えてるの! 尊敬しちゃうわ!」
無一郎「悲鳴嶼さんかな……戦い方、真逆だし……」
ゲスト3:一般人代表
村田「まぁあの2人の内どっちかだよなぁ……どちらかと言えば岩柱様かなぁ」
投票数:かぐや6票。行冥11票。しのぶ4票。
──結論。鬼殺隊で最も理解不能な戦い方をするのは岩柱、悲鳴嶼行冥。
かぐや「順当ですね」
行冥 「解せぬ……」
しのぶ「なんで私まで巻き込まれてるの!?」
今作では柱の人員が原作より多く、隊士の数も多いので、悲鳴嶼さんにかかる負担が減り、結果として胡蝶姉妹の両親が助かっています。
また、その影響で胡蝶姉妹に精神的余裕ができ、お土産を用意することもできました。