だらだら、だらだら、
ぼろぼろ、ぼろぼろ、崩れていく。
少しだけ残った自意識は、血の抜けていく感覚だと理解した。体温が、栄養が、人としての要素が、抜けていく。
抜けていった分、内側から『ナニカ』が湧いてくる。そしてまた押し出されて、消えていく。
……1度は自ら命を絶ったのだ。私が消えるのは構わない。
だけど、私にはまだ……やるべきことが残っている。
〝……上弦の弍を、人に戻すの?〟
そうだ。
〝どうして? 1年は365日。100年以上生きてる上弦は、3日に1人しか食べてなかったとしても、1万人以上は食べてるよ?〟
人を食べるのが、そんなに悪いこと? 人間だって、生き物を殺して食ってるのに。
〝……悪いこと、じゃないの?〟
悪いことには違いないだろうさ。命を奪う行為は等しく『悪』だ。そこに人か鬼かは関係ない。
それに彼は、苦しんでいた。苦しんで苦しんで、苦しいことにすら気付けなくて。楽しいことを何一つ知らない、悲しい鬼だった。それでも人を救おうと願い行動できる、尊い鬼じゃないか。
たとえその行動が悪そのものだったのだとしても、ぼくは彼を優しい鬼だと断言するよ。
彼を否定する人は沢山居ただろうさ。この先も、彼を邪悪とする人は後を絶たないと思う。だったら1人くらい、彼を肯定してあげる人が居たっていいじゃないか。
〝……うん。いいね〟
──瞬間、崩壊が止まった。
〝もう少しだけ待ってあげる。彼を、人に戻してあげて〟
急速に、意識が覚醒へ向かって浮上する。
〝そうだ、一つ忠告〟
目覚める直前、大事なことを聞いた気がする。
〝あなたの月の痣は、
『舞姫』と『リテーナー』の精神接触を確認。
『舞姫』に人格汚染の恐れあり。
『リテーナー』に秘匿情報が漏出した恐れあり。
両名の迅速な記憶抹消を推奨──承諾を確認。
──── 一連の記憶を削除しました。
*
「…………」
「ひぇっ!?」
目が覚めたら、私を覗き込むような姿勢で座っていたカナヲちゃんと目が合った。ウチの母と
「動かないでください。しのぶ姉さんを呼んで来ます」
「あ、はい」
それだけ言うと、彼女は部屋を出て行った。
そしてすぐに『タタタタタ』という音が聞こえ、扉が驚くほど静かに勢いよく開いた。
そしてしのぶちゃんは開口一番、指を立てながら質問した。
「──コレは!?」
「えっ、『victory』のブイサイン。もしくは単純に指2本、でしょうか……?」
「じゃあコレは?」
「湯呑みですね。中身は……微かにお米の匂いがしますね。重湯でしょうか」
「飲めそう?」
「はい」
飲んでみると──
「味は?」
「良い塩加減です。しのぶさんの作るものはなんでも美味しいですね」
「五感に問題なし。発声に問題なし。記憶に問題なし。全集中の呼吸──問題なし。ひとまずは大丈夫そうね。安心したわ」
どうやらかなり心配をかけてしまったらしい。
クッ、意識が無い間の曇り顔も見たかった……!
「……私は、どれだけ眠っていたのですか?」
「丸5日よ。みんな大騒ぎして、大変だったんだからね?」
5日間……そんなに寝てたのか。
「それは……すみません」
「いいのよ。上弦が、相手だったんでしょう? 生きててくれて良かった」
「……それについてですが、報告しなければならないことが山ほどあります。紙と筆を……ハイ大人しく休みますからそんなに睨まないでください」
「報告は、立って歩けるようになってから柱合会議でしてください」
「いや、立って歩くくらいなら今すぐにでも……」
と言って寝台から出て、歩いて見せると……しのぶさんが目を伏せた。えっ、何故ここで曇るの?
「……かぐやさん、お願いです。寝台に戻ってください」
「え、あ、はい」
個人的には『ごちそうさま』なんだけど、何が
「いいですか、かぐやさん。落ち着いて聞いてください」
「それ言われると、逆に緊張しません?」
「……茶化さないでください。真面目な話です」
「私だって真面目です。お医者様がそんな顔をしていたら、患者の不安を煽りますよ? ほら私と一緒に、『ニィィ〜』」
「……に、にぃー」
一理あると思ったのだろう。しのぶちゃんは頑張って口角を上げてくれた。うん、原作のパーフェクト仮面スマイルほど洗練されてはいないが、コレはコレで……
やはり美人はどんな顔してても美人だな。目の保養になる。
──まぁホントは、ニチャってるのを誤魔化すためなんだがね!!(最低)
さてっ、そろそろニチャるの止めて、話を進めましょう!
自分の頬を張り手で叩き、表情筋を引き締める。
「よし、心の準備ができました。どうぞ」
「……結論から言いますね」
「はい」
「──貴女はもう、
「……はい?」
アイアムショック。私はもう、死んでいた。ケン○ロウかな? ただしやられる方。あべし!!
「えっと、どういうことですか?」
いやホントどういうことなの。
「……倒れているかぐやさんを最初に発見したのは、姉さんです」
「カナエさんですか」
童磨さんに近付く運命なのかなカナエさん。今回は戦ってないけど。
「その姉さんが言うには……血が、致死量以上に吐き出されていた、と。日光があったので鬼の血ではないことは確かですし、運ぶ時、体重も異様に軽かったと聞いています」
「……なるほど」
つまりこれは……アレか。
「この身は既にヒトではない、と」
「……それが、そういうワケでもないらしく」
「ふむ?」
「
「……なる、ほど?」
「確かに貴女は1度、人として死んでいます。というか今もまだ、血が足りなくて動けない筈なんです。重湯も飲ませていいか迷いました。正直に申し上げますと、いつ死体に戻っても不思議ではありません。なので本当は、柱合会議もここでやってほしいくらいなんです」
「……分かりました。お館様に打診しておきます」
「私の方で頼んでおくわ。かぐやさんはお願いだから、そこに居て」
「……朝陽に頼むだけですから」
「ダメ。私がやる」
「連休の時に思い知ったんですけど、私働いてないと調子が──」
「いいから、私に任せてよ!!」
「し、しのぶさん……?」
ポロポロと涙を流しながら、彼女は慟哭する。
「何もできなかったの! 血鬼術の効果を薄める薬も、鬼を殺す毒も作れるくせに! 天才だって持て
「……それは、しのぶさんのせいではありません」
「だとしても! かぐやさんに死んでほしくないの! でも私は、姉さんみたいにかぐやさんの隣で戦うこともできない……! だからせめて雑用くらい、私にやらせて……!」
「……分かりました。お願いします。でも、しのぶさんはカナエさんに負けないくらい──いえ。どの柱よりも、貴女は鬼殺隊に貢献しています」
「……慰めなんていりません」
「事実です。上弦と戦った私が断言しましょう。今の鬼殺隊では無惨に勝てません」
「──えっ」
悔しいが、本当のことだ。私が童磨さんに勝てなかった時点で、上弦の壱と無惨相手に正面衝突は無謀と分かる。
「無論、諦めてなぞいません。だからこそ、貴女の出番なんですよ」
「……私の、出番?」
「しのぶさんは、珠世さんの薬を改良してくれたでしょう? あれらが鬼殺隊にとって、唯一の勝ち筋になります」
「……『私達が強くなる必要はない。敵を私達より弱くすればいい』」
「そうです。貴女だけは、絶対に自分を見限らないでください。お世辞でもなんでもなく、鬼殺隊にとって今最も重要な役割を持つ隊士は『胡蝶しのぶ』です」
「……ダメね私。患者さんに慰められるなんて」
「しのぶさんも少しは休んでください。私のこと言えないくらいworkaholic じゃないですか」
「誰が仕事中毒よ」
「私達ですよ?」
「私はかぐやさんと違って休日返上とかしな……しない、わよ?」
「言い直した上に疑問形……」
「自主的に返上はしないけど、急患は放っておけないというか……」
「なっかま☆ なっかま☆」
「おかしいわね、かぐやさんの笑顔にイラッときたのは初めてよ」
「よよよ。しのぶちゃんに嫌われてしまいました。不貞寝します」
「ふんだ」
私は眠り、彼女は部屋を出た。
……さようなら、しのぶちゃん。
*
■■■ソ■■■話
〝月の痣は肉体の寿命を削らない代わりに、あなたの魂そのものを削っているわ〟
〝『あっそう』じゃなくて! 次使ったら、二度と生まれてこれなくなっちゃうのよ!?〟
〝……分かった。任せて〟
〝──うそ。記憶が消された? 彼の何がそんなに気に入らないの……!〟
『舞姫』の汚染は深刻。記憶の初期化を推奨。
承諾を確認。
〝……ごめんね空くん。任されたのに──〟
────初期化しました。