──刀を持ち上げ、振り下ろす。この単純な動作に、心の持ちよう一つでどうして……ここまで違いが出るのだろう。
「……はぁ」
見舞いから帰った日の晩、杏寿郎は山奥で一人、素振りをしていた。彼女と共に励んだ煉獄家や、他の隊士がいる合同訓練場では、集中できなかったのだ。 ……しかし場所を変えても結局、身が入らないことに変わりはなかったらしい。
しのぶは沈痛な顔で『彼女がかぐや様ではなくなった時、どうするのか。各々、覚悟を決めておいてください』と言っていたが。覚悟なんて、そう簡単に決められるものではない。
「……ダメだな。これではむしろ、悪い癖が付く」
『なら無心で、ひたすら走り込みでも』──と彼が思ったその時。突然、杏寿郎は上段に構えた。
(鬼の気配──そこかッ!)
炎の呼吸 参ノ型
正面約60m先から、非常に小さな気配を読み取った彼は──1秒もしない内に肉薄、草むらへ刃を振り下ろした。
すると僅かな感触と共に『ギッ』という断末魔が聞こえ、気配も消失した。
「……
彼が斬ったのは、目玉と短い触手だけの鬼。戦闘能力を全て斬り捨て隠密に特化した──分体だ。本体ではない。
そこで杏寿郎は、目を閉じ数字を数えた。
1つ、2つ、3つ──開眼。
それは、彼が『透き通る世界』に入るための
……しかし、
(遠いな。しかも、本体が見つからない)
『透き通る世界』の感知範囲ギリギリに、分体が更に2体。
嫌な予感を胸に、杏寿郎は目玉鬼を斬りに向かった──
*
「隊士を監視する『鬼の目』に、突然現れる『襖』……どうやら遂に、動き出したようだね」
杏寿郎が発見した『目玉』と、かぐやの前に上弦を送り込んだ『襖』の鬼──これらは同一の鬼であると、耀哉は予想した。実際、それは正しい。
(柱の中でも感覚が鋭いあの2人が本体を捉えきれない鬼なんて、そう何体もいるワケがないからね)
加えて、葦実を始めとした一般隊士達の前にも『襖』は出現した。『襖』を見た隊士達は口を揃えて『交戦中の鬼を討伐する直前、襖の奥に鬼が消えた』と言う。
戦力を集中し、居場所を把握した隊士を一気に『襖』で取り込んで一網打尽にする気なのだろう。杏寿郎の報告では、合同訓練場の周囲にも監視の目があったという。気付かぬ内に、他にも主要な施設がいくつか漏れている恐れがある。そしていずれ、産屋敷家の場所すらも──
「──
千年雲隠れし続けている相手が自分から会いに来てくれるのだ。彼らにとっては願ったり叶ったりの状況と言える。
「こんな舐め腐った戦法を取ったこと、後悔させてあげよう」
報告を聞く限り、『襖』の鬼はやろうと思えば
つまり──『纏めて相手をしても勝てる』と思われているのだ。
ならば、やるべきことは1つ。
「以前行冥が提案していた
*
明治コソコソ噂話
杏寿郎が見舞いに来なかった理由は、鳴女に捕捉された状態でかぐやに会うことが危険だと判断したかららしいぞ。
日中、太陽に当たる場所だけ歩いて行けば良いのでは──と思うかもしれませんが、原作における鳴女の血鬼術は、描写的に射程がほぼ無制限。日陰から日陰に襖を出して目玉を向かわせ続ければ、大体の場所は日中でも監視が可能と思われます。杏寿郎はそれを察したので、会いに行きませんでした。
「……だが、それで『会いに行かなくていい口実ができた』と思ってしまったのは事実だ。俺は……かぐや様が別人になってしまった時、自分でも、自分がどうなるか分からない。
ただ今回は、かぐや様が目覚める前に、元に戻ってくれたと聞く。ならば単純な話──鬼舞辻も、襖の鬼も、全て斬って。かぐや様がもう、戦う必要がないようにすれば良い!」
──杏寿郎はかぐやに頼らず、上弦と無惨に勝利する気なのだ。それがどれだけ、無謀であるかを知りながら。
次回、柱稽古編突入。
かぐや「本編の私は知らないことですけど、柱稽古の目的って『痣』の発現もありましたよね? できれば皆には痣を出してほしくないし、痣を使うにしても、デメリットを知らずに出ちゃったら……」
杏寿郎「かぐや様にはもう戦わせない! そのために、痣は必須だな!!」
真菰 「……いざとなったら、私だって」
行冥 「出し惜しみする理由はあるまい……」
天元 「他の奴らに実力で負けてんだ。派手な奥の手くらい、欲しいからなぁ」
カナエ「もう、あんな無茶させられないものね」
実弥 「躊躇する理由が見つからねェなァ」
かぐや「……なんで全員痣のこと知ってるんです??」
???「…………(目逸らし&冷や汗ダラダラ)」
ヒント:かぐやが痣の発現条件を伝えた上で口止めをしたのは珠世とあまね。杏寿郎と天元は言いふらさない。さて、彼ら以外に自力で痣のことを知れそうな人物は……