心臓に激痛が走って、目の前が真っ暗になった。何も聞こえず、温度も感じない。私の意識は、ここで途絶えるのだろう。
……実のところ、
私は──
当然、肉体は残さなければならないから……殺されるのは精神の方。だから私は、化けて出ることなんて許されていなかった。
「……なんですかそれ。ふざけないでくださいよ」
今まで戦ったのは私だ。頑張ったのは私だ……!
……だけど、皆が最後にどういう顔をするのかすら、見ることが許されない。そんなの、私には耐えられなかった。認めてしまえば、壊れてしまいそうなくらい……辛かった。だから、気付いていないフリをした。
「……ごめんなさい、灯夜さん」
今頃、彼だけは泣いているだろうか。隊士達の死に耐えきれず自害を考えるような、繊細なお方だ。きっと私の孤独な消滅にも、心を痛めるだろう。
「……謝らないでおくれ」
突然、心地の良い声が聞こえて。その声の方へ、消えかけの意識を向ける。
するとそこには、先代様の姿があった。
──なるほど、炭治郎くんが激怒するワケだ。どこまで性根が腐っているのかあの邪神は。だが、
「二番煎じですね。しかも下弦の鬼と同じ手法とは。器が知れるというものです」
「……私が偽物だと思っているんだね」
「消えなさい。タネが割れている手品ほど退屈なものはありません」
「……じゃあ、私は何も喋らない。ただ、ここに居させてほしい。私は向こうを見ているから、気が向いた時に話しかけておくれ」
「どうぞご勝手に」
そうして私は、何も無い空間で膝を抱えた。
……だけど一向に、私の自意識が消える兆候はない。
彼の幻影は、いつまで経っても、本当に何も仕掛けてこなかった。
「…………ああもう、限界です。退屈で仕方ありません。何か話してくださいよ。私を信用させるような何かでもいいですし、段階をすっ飛ばして罵倒して下さっても構いませんが」
「……ごめんね。こんな何もない場所に、ずっと居させてしまって」
「ああいいですね。本物みたいですよ。その調子です」
うっかり、信じたくなってしまう。
「……ずっと、見守っていたよ」
「えぇ、彼ならそうするでしょうね」
「私が死んだ後も、自分に厳しくする癖は治らなかったみたいだね」
「余計なお世話です」
「父とはそういうものだからね」
「彼を傷付けるくらいなら、私は彼の子と認められなくてもよかった」
「いや、私は嬉しいよ。これからは神仏のお墨付きで、堂々とキミを『我が子』と言える。だからキミも、そんな他人行儀に『彼』とか『先代様』なんて言わないで、昔みたいに『お父様』と呼んでいいんだよ?」
「……やはりもういいです。黙ってください」
うっかり、騙されそうになってしまう。
「じゃあ私は少し、離れているね」
「──ぁっ」
反射的に声を出した私を見て、『仕方ないな』と言いたげに彼は笑った。そして何も言わず、結局離れることもなく、その場に座った。
「……何を勘違いしているんですか。離れるなら離れてください」
「あまり離れると、もう一度キミを見つけるのに、時間がかかりそうだからね。やはり近くに居させてくれないかい?」
──たったこれだけのやり取りで、私は限界を迎えた。
「もうやめてください!! 白状しますからっ、これ以上……! 期待させないでよ! ぼくはッ、私は……!」
「……
そうだ。誰が、好き好んで『死にたい』などと思うのか。
「本当は、幸せな人生が欲しかったんだろう?」
そうだ。でもそれができないから、ぼくは自殺した。
でも、今の私は幸せだったのに。これからだったのに……!
「…………本物なら、たすけてよ、お父さん」
あぁ、言ってしまった。
きっとここからは、この醜態を容赦なく罵倒してくるだろう。分かっていても、耐えられるか──
「その言葉を、待っていた」
ほら。私の心が折れたのを察して、攻撃に来る。
その瞬間を、私は瞠目して待ち──
……え?
「その願い、確かに聞き届けた」
気付けば、私は感覚を取り戻していた。消えかかっていた筈の魂が、回復している。
振り返れば、赤い目の男性が立っていた。
「……あな、たは」
「お前達が、『お天道様』と呼ぶ者である」
つまり、ヒノカミ様だというのか。
「いかにも。お前達を呪った阿呆とは別の神だ」
「そして、私の協力者
「協力者? その2……?」
「この男はアレの企みを察し、天国を駆けずり回って1人目──
始まりの剣士──珠世さんが言っていた、縁壱さんのことか。
「何千何万では話にならぬ数を誇る死者の中から、たった一人を見つけ出す困難な作業を……此奴はやり遂げた。他ならぬ貴様のためにだ」
「うん。キミはこれ以上なくハッキリ言わないと自覚できないようだから明言しておくけど、私はそんなの苦にならないくらい、キミが大切なんだよ」
「ぇぁ、うぅ……」
……こんなの、反則だろう。ここまでされたら──
「……本物、で、いいんですよね?」
──誰だって、信じてしまうに決まってる。
「私、頑張ったんです」
「うん」
「凄く凄く、頑張ったんです……!」
「よく知ってるよ」
「……だから、その……ご褒美が、ほしいです」
「なんだい?」
「……ぼくに貴方を、『お父様』と呼ばせてください」
あんな腐り切ったエセ神仏なんかじゃなく、私は貴方本人の許しが欲しい。
「勿論。だけど一つだけ、条件がある」
「なんでしょう?」
「キミの名前。かぐやという名も、最初の名前も、キミは名乗る気がないのだろう? 私が付けても構わないかい?」
「──勿論!!」
願ったり叶ったりだ。かぐやという名をこれ以上騙るのは申し訳ないし。かと言って、できれば以前の名前を使うのも嫌だったから。
──だけど、
「キミの名前は、『
「……ぇ」
彼が私に付けた名は、大嫌いな以前の名前だった。
「どうして……」
「……キミは未だ、否定され続けた過去に囚われている。そんなキミを自己否定から解放するには、やはり過去に向き合うしかない。だから、キミがキミを好きになれるように──まずは、その名前を好きになって欲しい」
「……どうやって好きになれって言うんですか。こんな名前」
『カラッポ』の空。『空白』の空。『空洞』の空。
ぼくは最期まで、何も得られなかった。ただあるものを消費して、周囲を不快にするだけだった。
だから──自分の命に、義務教育を終えた後にかかる費用ほどの価値があるとは思えなくて。中学校を卒業したその日に自殺した。
向き合うまでもない。これが全てだ。
「でも、私は嫌いじゃないよ。昔のキミも」
「……私が嫌いなんですよ」
「じゃあ、私を父とは呼べないね」
「……
「反抗期かぁ。私は二人の反抗期まで生きられなかったから、見るのが楽しみだよ」
「……じゃあ今すぐ見せてあげます。家出してやりますから」
「……もう行くのか?」
「はい、お願いします」
お互い『どこに』とは言わない。
「……一緒に天国で、皆を見守ることもできる」
「魅力的な提案ですが、反抗期ですので」
「……今度こそ、あの汚舞辻を吐瀉物で煮込んだような性格の邪神に殺されるかもしれないよ?」
「私は既にこうして死んだ身。最早痣の呪いも、産屋敷の呪いも、私には効きません。そうでしょう? ヒノカミ様」
「そうだな。もうアレはお前に手出しできん。だが、依然として危険であることに変わりはない」
「問題ありません。それに……過去と向き合うなら、同じ悩みを抱える人と一緒の方が、良いと思うので」
「……そっか」
「では、送るぞ」
「はい」
光が強くなって、急速に眠くなる。不思議な感覚だ。
「──空」
「……なんですか? お父様……」
眠る直前、父が口にしたのは
「朝の太陽も、夜の星々も、降り注ぐ光はいつだって『空』からだろう?」
「……そうだね」
どんな加護よりも暖かい、福音だった。
*
天国コソコソ噂話
「……心配だなぁ」
「案ずるな。アレの手出しがなければ、貴様の子が負けることは早々ない。奴は、
「あぁ、戦いであの子が負けるのは無いと思うんですが……」
「ふむ? では、何を心配しておる」
「あの子おそらく──
「…………」
「ヒノカミ様、娘の結婚相手の夢枕に立ちたいのですが」
「止めてやれ」