そしてこちらの方が重要なのですが、浄土宗の方にとっては不快になるかもしれない表現が含まれておりますが、作者に浄土宗の方を批判する意思は一切ありません。
「クひっ、アヒゃははッ!」
──あぁ、俺のせいだ。
狂ったように笑う彼女を見て、『救えなかった』のだと。それどころか、『
彼女が俺を『助ける』と言った時の目は、勢いだけで言い放ったものじゃなかった。彼女には、明確な『手段』があったのだ。
……過去の事例、状況から推察される答えは一つ。
『逃れ者の珠世』だ。
これが、彼女が青い彼岸花の情報を漏らした理由の説明にもなる。でなければ
そして彼女を既に引き込んでいるならば──当然、鬼の呪いを外す方法も知っていることになる。
……彼女は、それが可能な状態だったのだ。だからそれを、『実行する意思表示』をしたことで……こんな、こんな……!!
「その顔で、その声で──それ以上下品に嗤わないでくれ……!」
──血鬼術 横
思わず、使わないと決めていた血鬼術を使っていた。
しかし感情任せに撃った乱暴な攻撃が彼女に当たる筈もなく、放たれた氷柱は彼女の心臓を貫いた。
────は?
「ゴふぁはッ! アハハハハ!!」
「……完全に狂っているらしいな。童磨、どうする? ソレの処遇は任せるが」
巨大な氷柱に胸を貫かれ、仰向けに倒れながらも嗤い続ける彼女は……無惨様の言う通り、完全に狂っていた。
……それでも、
「当初の予定通り、鬼にしましょう。許可を頂けますか?」
「許可する」
意地でも助けると、誓ったのだ。既に彼女が『かぐやちゃん』ではないのだとしても、生きてさえいてくれれば……いつか助けられる機会が訪れるかもしれない。
だから俺は血を『鬼化の血』へと変化させ、大きく開いている彼女の口に血を注ぐべく、歩み寄る。
「……今はまた引き分けだね、かぐやちゃん」
「ひひひ」
でも、いつか俺が勝つ。必ず救う。そのために、彼女を──
「──いいや、勝つのは
「なっ」
突然、彼女の身体が跳ね上がった。
そして氷柱はドロリと溶け、
そうして驚いた隙に日輪刀を赫く染めた彼女は、その刃を俺に突き立てた。
激痛が全身を支配する。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
鬼になって久しく忘れていた不快感──痛み。いつもなら一瞬で消えるこの感覚が、いつまで経っても消えずに身体を縛り続ける。
「クヒヒッ、それが常日頃鬼と戦う人間が見ている景色だ。よく味わうがよいぞ」
「貴様──!」
「ハハっ、
無惨様が触手を使って彼女の身体を斬り刻もうとするも、彼女はすぐに俺を蹴り飛ばしながら後退することで回避した。
しかし距離が取れたことで、無惨様は俺に近付けた。無惨様の手で俺の胸に刺さった日輪刀が抜かれ、折り砕かれる。
「クククッ健気よなぁ。安心せい、トドメは刺さんよ。一秒でも長く苦しんで欲しい故な」
「……童磨、まだ動けるか?」
「……すみません」
かぐやちゃんの口で残酷なことを宣う目の前の阿婆擦れは今すぐにでも殺してやりたいが、その前に少なくとも傷口を塞がなければ。
「是非もない。ならば一瞬でも早く回復するよう専念し、復帰次第私を助けろ」
「……はい」
「哀れ哀れ。無駄じゃよ。半年は治らぬ」
無惨様にしては特大の寛容さで許されたので、目を閉じ大人しく回復に専念する。
『────ぁぁああああ』
──すると、頭の中に声が響いた。
『やめろやめろやめろぉ! やめてくれぇ!!』
これは、百年以上前の……俺がまだ、上弦の陸だった頃の記憶か。
あれはそう、雪の日だった。たしか俺は、食事をしながら歩いていて。悲痛な叫び声が聞こえたから、いつものように『助けてあげよう』と思ったのだ。
『──どうしたどうした』
そうして向かった先には、瀕死の女と重傷の男。どちらも助かる見込みは無かった。だからいつものように──苦しみが早く終わるよう、
『何も……与えなかった、くせに……神も、仏も……殺して……や、る……』
『────』
気付けば、兄妹に血を与えていた。そうする前、何か長々と口上を並べ立てていたような気がするけれど、忘れてしまった。
食わない理由は無かった筈だ。あの時は、比較的腹が減っていたことを覚えている。少なくとも食べ歩きをする程度には。
上弦たる俺にとって、食事が二人増える程度は誤差。だから、いつもなら食っていた筈だ。なのに俺は、あの兄妹だけを鬼にした。
──その理由が、今なら分かる。
「妓夫太郎……キミはあの時、こんな気持ちだったんだね」
これはそう──
「許すまじ、
怨恨。憎悪。厭忌。ありとあらゆる
『元に戻せ俺の妹を!!』
「かぐやちゃんを、元に戻せ」
塞がらない傷口に業を煮やし、血鬼術で凍結させる。
傷口を塞いで、立つ。立って『敵』を、視界に収める。
『でなけりゃ──』
「神も仏も、氷漬けにしてやる」
血鬼術 『霧氷睡蓮菩薩』
「ハッ! そんな作り物の菩薩像で妾を凍らせると!?」
「いいや、まだだ……!」
鬼は執着によって強くなるという。
だけど俺は何の執着も無しに、ここまで来た。ならばまだ、上がある筈だ。
「いいぞ童磨! もっとだ!!」
「馬鹿どもめ、出力の問題では──いや、これは!?」
凍れ。凍れ。
もっと広く、もっと冷たく。
俺の怒りは、こんなもんじゃあ鎮火しない。
「浄土の仏に奉る」
阿弥陀如来はあらゆる時と場所の制約を受けず、『生あるもの全てを救う者』だという。
おかしな話だ。ならば何故、この世に救われない者が溢れている。
「御照覧あれ」
そんな奴が実在したのなら──ソイツはどれほど血も涙も無い、冷酷な奴なのか。
──それはきっと、時間すらも凍てつかせるほどだろう。
*
新たな血鬼術により時間を止めた童磨は、両手でかぐやの肺を貫いた。
そして時は動き出す。
「さっきの氷柱、溶けるまでに時間があったよね。一度に消せる容量は決まってるんだろう? ならこうして致命傷を与えながら血を送れば、鬼化を防ぐ方に力を回せないんじゃあないかい?」
「クッ、眷属風情に遅れを取るとは……!」
「図星みたいだね。呼吸法は潰した。身体を持ち上げてるから、足も使えない。これで詰みだぜ。かぐやちゃんを返してくれ」
「フヒッ、断る」
「……鬼になると、大体のヒトは性格が変わるらしいぜ? お前が誰だったのかなんて心底どうでもいいから、早くその身体から出ていけよ」
「言われずとも出ていこう。精神汚染は御免被る」
随分と素直な『誰か』の反応に、童磨は嫌な予感を覚えた。
「……かぐやちゃんは、元に戻るんだろうな」
「無論」
そして童磨が安堵した瞬間を狙って、ソレは嗤った。
「あぁ、スマンスマン。誤解させた。
──無論元に戻るワケがないだろうバカめ!! アレの魂は妾が念入りに呪い殺した!」
── 一瞬、何を言ってるのか分からなかったのだろう。童磨は数秒呆けた顔になった後、自分に言い聞かせるように『嘘だ』と言った。
「そんなこと、する理由がない……!」
……だが、彼自身分かっている。
「プッ、フハハハハ!! 何を言うかと思えば……! 貴様のせいだろう愚か者め! 鬼なんぞに情けをかけるからだ」
「……黙れ」
分かっていても、それは認め難いことだ。それに、呪い殺した実行犯に責任転嫁される謂れはない。
「ああっ、いいぞいいぞその顔だ! 陵辱しても反応が無ければつまらぬからなあ!」
「黙れ……!」
怒りに任せ、童磨は更に多くの血を送りながら、同時に肺以外の臓器も凍らせる。
「無駄だ。貴様と戦った後、この身から痛覚は消え失せた」
「……ぇ」
他人の感情を『理解』はできても『実感』できない童磨にとって、痛覚は『共感』できる数少ない感覚だった。
しかし鬼となり、それすらも『共感』できなくなった彼は……日に日に狂気を増していった。
感情を手に入れそのことを自覚した童磨にとって、『痛覚を奪った』という事実は重く心にのしかかる。
「フヒハハハハ!!! 最高の表情が見れて妾は満足だ! では望み通り、出て行ってやるとしよう!」
「──あっ、待てッ!!」
しかし彼の言葉は届かず、かぐやの身体は沈黙した。
「……ちくしょう」
童磨は貫いていた手を引き抜き、彼女を優しく地面に寝かせた。
……無惨の血縁である以上、かぐやはほぼ確実に鬼としての才能がある。だがそれでも、魂が無いのなら意味がない。
「チクショウ……!!」
童磨は空を仰ぎ、溢れんばかりの涙を堪えた。
──彼は人生で初めて、『喪失』と『絶望』を知ったのだった。
*
天国コソコソ噂話
「ふぅ、脱出成功。
しかし実際問題、アレはどうしたものか……上弦が半壊しているとは言え、下手をすればアレ単体で無惨すらも上回るやも──」
「──やっとかぐや様から離れたな、外道」
「なっ、貴様は縁壱!? 何故ここに!?」
「問答無用。そこに直れ」
「クッ、こんなところで死ねるか……!」
次回『邪神死す』 赫刀スタンバイッ!