虚無を歩く者がオラリオに現れたようです 作:リバークラスト
「まずは手本を見せるわね」
アスラーグはそう告げて短剣を右手に持ち、左手を伸ばして半身で構えた。すらりと伸びた肢体と美貌と相なって、その構え姿は酷く麗しい。
対峙する3匹のゴブリンは手にした得物を握りしめ、じりじりと半包囲するようにアスラーグへ近づいていく。
アスラーグから離れた位置に控える白兎は、瞬きも惜しんでアスラーグを見つめ、灰被りはクロスボウを手にエミールへ問う。
「エミール様。この場合、リリはどう立ち回るべきでしょうか」
「基本は後方警戒。次いで、周辺警戒。敵の増援や伏兵を警戒しつつ、味方の挙動に合わせて援護射撃か声掛け。前衛の視界外や死角に回り込む敵を優先しろ」
エミールは普段リリルカが持つデカいバックパックを担ぎながら淡白に言った。
「近接戦闘中の援護射撃は常に誤射の恐れがある。前衛と話し合いを怠るな。意思の疎通。集団戦闘における絶対の前提条件だ。意思の疎通に欠けた集団は個の寄せ集めに過ぎない。犬の群れにも劣る」
エミールとリリルカがそんなやり取りを交わした、直後。
アスラーグはネコ科の猛獣みたく躍動し、一瞬で正面のゴブリンへ肉薄。そのまま胸を深々と貫く。洞窟に響くゴブリンのくぐもった断末魔。刀身を捻りながら引き抜き、素早くバックステップ。編みこんだ銀色の長髪とケープコートを大きく揺らしながら、残るゴブリン達の反撃と包囲を避けた。
教科書通りの一撃離脱はさながら電光石火の如し。基本動作も練度を高めれば、これほどの猛威を発揮する実例。
一旦距離を取り、アスラーグは左右のゴブリンを窺い、右へ二歩ほど回ってから一気に踏み込む。
右のゴブリンが咄嗟に退避を試みるも、時既に遅し。短剣が喉を貫き、悲鳴を上げる間も無く命を刈り取られた。
左のゴブリンが怒声を上げながらアスラーグへ襲い掛かるも、アスラーグは冷静に迫るゴブリンへ向け、短剣を抜きながら亡骸を蹴り飛ばす。
仲間の骸に巻き込まれ、左のゴブリンが転倒。急いで骸を押しのけて立ち上がろうとするが、振り下ろされるアスラーグの短剣の方が速い。
ぐさり。
ゴブリン達を瞬く間に殲滅し、アスラーグは形の好い唇を蠱惑的に歪め、フッと艶やかに息を吐く。短剣を振るって血を払い、左手の指先で乱れた前髪を弄りながら、紅い瞳を輝かせる少年へ言った。
「どうだった?」
「凄いです、アスラーグさんっ!!」
ベルが興奮気味にアスラーグを讃えた。
「ありがと」アスラーグはくすりと笑い「でも、次はベル君がこれをやるのよ? できる?」
「が、頑張りますっ!!」
ベルは緊張で顔を強張らせつつ、拳を握る。
ゴブリンの骸から手早く魔石を回収し終え、エミールが言った。
「クラネル少年。まずアーデ嬢と話し合え。今みたいな対集団戦になったら、自分がどう動くか。どういう援護が欲しいか。アーデ嬢もとっさにどう動いて欲しいか。一戦ごとに確認し合え。互いが互いの命に責任を負っていることを忘れるな」
「「はいっ!」」
少年少女は素直に、不安と興奮を混ぜた緊張顔で応じた。
★
運が良いのか、ベル・クラネルの”初体験”は、単体のゴブリンだった。
そして、アスラーグが予言した通り、ベルは初めての実戦に頭が髪の色同じく真っ白になっていた。
全身の汗腺が汗を放出し、心胆は竦みあがり、心臓は破裂しそうなほど鼓動を強く早くし、肺も空気を求めて矢継ぎ早に収縮して呼吸を浅く早くしている。戦いの昂奮。命を奪うという背徳的行為のスリル。ここで死んでしまうかもしれないという怯懦。目を血走らせて自分を睥睨するモンスターへの恐怖。様々な感情で思考がまとまらない。どうすればいいのか、まったく分からない。
動けないベルに先んじ、ゴブリンが動く。甲高い叫び声をあげながら、その手に握る歪な鈍器を振り上げる。
「わぁっ!?」
情けない悲鳴が勝手に漏れ、ベルは腰を引かせながら飛び退く。風切り音を上げて通り過ぎる鈍器を前に、脳が恐れより怒りに煮えた。
コイツは……僕を殺そうとしたっ!
生命の危機に対する本能的防衛反応がベルに脅威の排除を要求。その原初的欲求は戦意と闘志と勇気に転換され、ベルの身体に喝を入れた。短剣を握る手に力が入り、足を前に進ませる。
ただし、過剰なほど分泌された脳内昂奮物質がベルの頭から『一撃離脱』という教えをすっ飛ばしていた。
そのため――
「このぉおおおおっ!!」
ベルは大きく踏み込みながら、短剣を突くのではなく勢いよく“振った”。
これもまた人間的本能。怒った幼子が泣きながら腕を振るうように、ベルは本能的に腕を振って短剣で斬りかかる。
ゴブリンは退かず咄嗟に鈍器で受けに回る。これも誤り。
ベルの不用意な斬撃は防げても、踏み込み過ぎから派生した稚拙な体当たりは質量差から防ぎきれない。
結果、ベルとゴブリンはもつれ合うように転倒した。
「うわぁっ!?」「ベル様っ!?」「ガアアアアッ!!」
ベルとリリルカが悲鳴を上げ、ゴブリンが喚く。
「よくある、よくある」とドンパチチャンバラの経験が豊富なエミールが笑う。
「教えたことを全部忘れてるわね」とアスラーグは腕を組んで唸る。
大人二人が暢気にしている間に、ベルとゴブリンが地面に転がったまま取っ組み合いを始めた。幸いなことに、ゴブリンは転倒時に得物を落としていた。仮にゴブリンが取っ組み合いに勝利してベルを押さえつけても、即座に致命の一撃を放てない。
一方、リリルカも泡食っていた。ベルと打ち合わせはしていたが、こんな状況はまったく想定しなかったし、これでは誤射の危険性が高すぎて援護射撃など出来ない。かといって、トラッカーナイフを抜いて助けに入った時にモンスターの増援が来たら、それこそ何も対処できない。
「ど、どうしたらっ!?」
顔を蒼くしたリリルカがエミールとアスラーグへ助けを求める。も、エミールは子犬を蹴り飛ばすように冷たい声で言った。
「今日の主役はクラネル少年と君だ。自分で考え、自分で決断し、その責任を負え」
アスラーグも厳しい目つきで首肯する。
「―――ッ!」
リリルカはごくりと生唾を飲み込み、叫ぶ。
「ベル様っ! 落ち着いてッ!」
が、ベルの耳にリリルカの声など届かない。
耳元でつんざくゴブリンの叫び声が、目と鼻の先にあるゴブリンの血走った眼が。口から飛び散る唾が、ベルを殺そうと振るわれる拳が、浴びせられる本物の殺意が、ベルに冷静さを取り戻す余裕を許さない。
「わああああああああああっ!」
もはやベルは恐慌状態だった。短剣を手放してしまったことにも気づかないし、傍にいるエミール達へ助けを求めるという考えも湧かない。涙をこぼすことすら、今のベルには手が届かない贅沢だった。獣が暴れるようにゴブリンの顔や体をひたすら殴り、押しのけようとする以外、何もできない。
互いにヤケクソ同然の有様で、地面を転がるように取っ組み合う白兎と小鬼。右往左往する灰被り。ただ傍観する魔女とその仲間。
不意に、ごちん、と硬い音が響く。
ベルの額がゴブリンの顔をしたたかに打った音色だった。
ゴブリンが鼻を押さえながら悲鳴を上げ、ベルから逃れるように離れた。
「!! 撃ちますっ!」
その一瞬の好機を、リリルカは逃さず捉えた。諸島帝国製クロスボウ『ディーラー』カスタムの引き金を引く。
弦と弓が駆動し、矢弾が空気を割く音色が洞窟に響き、強力な矢弾がゴブリンの胸元を貫通して向かいの洞壁に突き刺さった。
鼻と口から血を垂れ流しながら、ゴブリンがベルへ覆い被さるように倒れ込む。
「ひぃっ!?」
ベルはゴブリンの死体を押しのけ、ぶるぶると大きく震えながら、今しがた殺し合ったゴブリンの亡骸を凝視する。
「たす、かった……」
勝った、ではなく、助かった、と口にしてしまう辺りも実に初陣の新兵らしく、エミールはかつての自分を思い出して笑う。
「よくやった、クラネル少年」
「エミール、さん。でも、僕……」
思い描いていた冒険者像とあまりにかけ離れた、自分のみっともない戦い振りに、ベルは大きく肩を落とした。恐怖と興奮が抜けず、体が震え続けていることも惨めさに拍車がかかり、思わず半ベソ顔になる。
「ズボンは?」
「え?」
エミールに問われ、ベルは何のことか分からず戸惑う。
「ズボンは濡れてないか? 小便を漏らしてないか?」
問いを重ねられ、ベルは自分のズボンを見た。股間は濡れてない。小便は漏らしてない。
「大丈夫、です」
「なら、俺の初陣より上出来だ、クラネル少年。俺が初めて戦った時は顔を涙と鼻血でぐしゃぐしゃしたぞ。小便を漏らしたし、足がもつれて泥の中にひっくり返った。とどめにゲロまで吐いた。しばらくバカにされっぱなしだったよ」
エミールはベルに手を差し伸べて立たせてやり、安堵の息をこぼしていたリリルカにも声を掛ける。
「アーデ嬢も良く機会を逃さずに命中させた。良い仕事をしたな」
「そう、でしょうか」
リリルカはクロスボウを握る手が震えていることに気付く。これまでモンスター相手に何度も撃ってきた。でも、今さっきほど緊張した射撃は、今さっきほど怖かった射撃は無い。
「助けてくれてありがとう、リリ」
ベルは半ベソの目元を擦りながら、無邪気に笑った。
とっさに応えられないリリルカへ、アスラーグがその小さな肩に手を置き、柔らかく告げる。
「こういう時の返事は、わかるでしょ? リリちゃん」
リリルカはアスラーグへ首肯し、ベルへ向けてぎこちなく微笑む。
「どういたしまして、ベル様」
★
初陣の初戦に泥臭い戦いを繰り広げたためか、ベルは続く戦いにおいて冷静さを取り戻した。
第1階層を巡り歩き、モンスターを狩っていく。
リリルカと声を掛け合い、危なっかしくも連携を取りながら、教わった通りに一撃離脱を繰り返し、ゴブリンやコボルトを着実に仕留めていった。幾度か攻撃を食らってしまい、回復剤を用いる羽目になったけれども。
そんなこんなで地上で夕刻を迎える頃には、ベルもリリルカも膝が笑いだすほど疲れ切っていた。
エミールはコボルトの魔石と素材をバックパックに収め、提案する。
「今日は上がろう。初日から無理をする意味はない」
「「はい」」
ベルもリリルカも疲労困憊であることを自覚しており、異論はない。
ただ……リリルカがベルにどこか慰めるように言う。
「がっくりしないでくださいね」
「?」
ベルがリリルカの言葉の意味を理解するのは、ダンジョンを出て、魔石と素材を換金してからだった。
夕暮れ時のオラリオ。ギルド本部傍に立っていた軽食売りの屋台傍。
ベンチに腰掛けたベルは、顔を覆って呻く。
「1700ヴァリス……」
ベルが半日かけて命をチップに稼いだ魔石と素材は、晩飯代で消えてしまう程度の額だった。
隣に腰かけ、リリルカは屋台で買ったレモネードを呑み、追い討ちを掛けた。
「リリと山分けすると、ベル様の取り分は850ヴァリス。ただし、消費した矢弾やポーション代を考えると完全な赤字ですね」
「赤字……」
ベルはがっくりと頭を垂れた。
その様子に微苦笑しつつ、エミールはリリルカへ顔を向ける。
「アーデ嬢も分かったな?」
「はい」リリルカは首肯し「このクロスボウで収益を出すためには相応のモンスターを倒して数をこなさないと、矢弾代で赤字になります」
「その問題は射手に限らないわね。この商売は出て行くお金の多いこと多いこと」
アスラーグはレモネードのカップを傾けてから、ベルとリリルカへ言った。
「ま、私達が引率している間は赤字分を補ってあげるから、収入を気にせず経験を積むことに専念しなさいな」
「良いんですか?」
流石にこの稼ぎで付き合わせては申し訳ない、とベルが御伺いを立てる。
「私達のことは気にしないで良いわ。ヘスティア様には御恩があるからね」と事もなげに応じるアスラーグ。
「リリも大丈夫です。ベル様もお二人に引率していただいている間に、しっかり経験を積んだ方が良いと思います」
ベルは迷宮都市に来たばかりで、冒険者業界が如何に世知辛くブラックな環境か知らない。
自身が如何に恵まれた状況にあるかも理解していない。
荒事の経験豊富な高位恩恵持ちがしっかり面倒を見てくれて、稼ぎの額も気にせずダンジョンへ潜れる――こんな待遇を受けられる新人冒険者は、教育システムがしっかりした一部の大手ファミリアぐらいということを、ベルは知らない。
★
そうして訓練の最終日。
アスラーグがさらっと言った。
「今日は2人だけで行ってらっしゃい」
「「ええっ!?」」
ベルとリリルカが揃って吃驚を上げた。
「別に難しい事をしろと言ってるわけじゃない。2人でダンジョンに潜ってこい、と言ってるだけだ。不安なら一階層を巡るだけで良いし、相談して下の階層に挑んでも良い。自分達で考え、自分達の責任で行動しろ。特にクラネル少年。明日から君はソロだ。俺達は一緒に居られない。そのことを念頭において挑め」
エミールの淡々とした説明を聞き、ベルは強く頷いた。
「はい、エミールさんっ!」
「それに、俺はアーデ嬢が一緒なら問題ないと考えている。どうだ?」
「――御信頼にお応えできるよう頑張ります」
水を向けられたリリルカも、強く頷く。
「断っておくわね。私達がこっそりと陰から見守っていると思うかもしれないけれど、それはないわ。今日は別口の用向きがあるからダンジョンに行けないの。正真正銘、2人だけよ」
アスラーグは意地悪な笑みを浮かべ、エミールが悪戯っぽく口端を歪めた。
「冒険を楽しんで来い」
★
冒険を楽しんで来い。
エミールの言葉通り、ベルとリリルカは冒険を楽しんでいた。
通勤時間の如く冒険者達がダンジョンを潜り始める朝方を少し過ぎた辺り、上層の浅い階層はモンスターの数が一時的に大きく減っている。
深いところへ潜る連中が行きがけの駄賃稼ぎや準備運動代わりにモンスターを狩っていくからだ。
このため、朝方の上層はモンスターが少なく、適度に休憩を挟みながら“狩り”が出来る。
ベルとリリルカも危なげなく第2階層を抜け、第3階層へ足を運んでいた。
駆け出しのド新人であることに加え、元々素直な性分なのだろう。
ベルはリリルカの指示出しをきちんと聞き入れた。下がれと言われれば下がり、標的を指定されれば指定されたモンスターを狙う。
そうして、戦闘が終われば「ありがとう。リリのおかげで勝てたよ」と無邪気な笑みを向けてくる。
――これは、よくありません。
リリルカは内心で渋面を浮かべていた。
アスラーグとエミールは優秀な冒険者で、正しく大人として振る舞い、リリルカを厚遇してくれる。そのことに不満など欠片もなく、深く感謝し、篤い恩義も抱いている。
ただし、2人の厚遇はペットを甘やかすようなもので(これはリリルカの穿った見方だが)、思春期真っただ中の身悶えしそうな自尊心や自己承認欲求や過剰な自意識といったものが、いまいち満たされていない。
そこへ登場したのがベル・クラネルである。
白髪と紅眼の兎みたいな同年代の美少年が、無邪気で無垢で可愛い笑顔と共に、恥ずかしげもなく御礼や称賛を伝えてくる。
過酷な人生を送ってきたリリルカ・アーデはこうした、同年代の異性から裏表のない好意を受けた経験が恐ろしいほど乏しい。
平たく言えば、ベルの無垢な感謝と称賛によって、リリルカの自己承認欲求やら自尊心やらがバンバン刺激され、心がホワホワして、胸がキュンキュンしていた。
――これは、よくありません。
リリルカのスレた部分が、冷徹な理性が、強く警告している。もっと冷徹になれ、と。こいつが信用できるか分かっていないんだぞ、と。エミールの信頼が掛かっていることを忘れるな、と。
「リリ。次に行こうっ!」
ベルに屈託のない笑顔を向けられ、リリルカは釣られて微笑む。
「はい、ベル様」
―――これは、よくありません。
★
都市最強の男。筋骨たくましい長身の猪人。
フレイヤ・ファミリアの団長“猛者”オッタル。
オッタルは常に主神フレイヤの傍に控えている。が、武人であり、冒険者であるため、実戦の勘を保つべく時折、独りでダンジョンへ潜る。
フレイヤ・ファミリアは殺し合いと大差ない過酷な訓練で知られているものの、やはりダンジョンでモンスター達と戦う必要があった。人間の放つ殺気とモンスターの発する殺意は、別物であるゆえに。
そんなオッタルは武骨で硬骨な男だ。美神へ忠誠を誓い、多くを語らず行動を以って尽くす古風な男だ。
とはいえ、粋の分からぬ男でもないし、情の欠けた男でもない。あくまで仕える美神を万事において最優先とするだけだ。
よって、明らかに駆け出しの新人らしきヒューマン少年と、場慣れしている小人族少女がモンスターと戦っているところへ、水を差すようなことはしない。
邪魔をせぬよう、オッタルは足を止めて戦いが終わるまで待ちがてら、2人を観察した。
小人族の少女は立派なクロスボウを抱えながらも撃たず、少年に適時指示を出している。さしずめ、どこかのファミリアがあの少女に新人の少年を教育させているのだろう。
白兎を思わせる少年の方はなんとも危なっかしい。速成の基礎教育を受けました、といったところか。どうせなら短剣ではなく普通の剣を扱わせた方が良かろうに、とオッタルは思う。
少年がゴブリン達とチャンバラを繰り広げているところへ、単眼化け蛙が現れた。
体当たりと長い舌での遠距離攻撃を行うフロッグ・シューターだ。
「蛙はこちらで処理しますっ! ベル様はそのままゴブリンと戦ってくださいっ!」
「分かったっ!」
やり取りが交わされた直後、少女がクロスボウをしっかり構え、発射。見事にフロッグ・シューターの目を打ち抜き、撃破。クロスボウ自体の性能が優れていることもあるが、少女の腕も悪くない。
その間に、白兎のような少年が一撃離脱を繰り返してゴブリンを一匹仕留め、最後の一匹へ挑む。
「わぁっ!?」
踏み込みが甘く、ゴブリンの鈍器に右肩口を殴られて姿勢を崩すも、
「このぉっ!!」
少年は左手でゴブリンの腕を掴み、巻き込むように無理やり投げ落とし、逆手に持ち替えた短剣を胸に突き立てた。
なんとも稚拙で未熟な戦いぶりだった。
が、超一流の武人であるオッタルは、必死に戦った少年を嘲笑ったりしない。誰しも未熟な駆け出しの時分があり、自分とて例外ではなかったことを、オッタルは忘れていなかった。
ともあれ戦闘が終わっため、オッタルは歩み出す。
少年の手当てに向かおうとした少女がオッタルに気付き、ギョッと凍りつく。
ここ迷宮都市ではオッタルの顔と名を知らぬ者の方が少ない。妥当な反応だろう。
「あ、通りの邪魔をしちゃいましたか? そうだったら、すいません」
一方、少年の方はオッタルの存在感に圧倒されつつも丁寧に詫びる。珍しいことだった。
「……気にするな」
オッタルはうっそりと告げ、その場を立ち去ろうとし、ふと足を止めて肩越しに少年へ告げた。
「踏み込みに怯えと迷いがある。一撃離脱を旨とするなら、まず勇気を持て」
「え……」
少年はきょとんとした後、理解したのか大きく頭を下げた。
「はいっ! 教えて下さってありがとうございますっ!」
あわあわと少女が慌てていたが、オッタルは気にすることなくその場を去っていく。
素直な小僧だ。
癖も灰汁も強いフレイヤ・ファミリアの団員達を脳裏に浮かべつつ、オッタルはダンジョンの奥へ向かっていった。
オッタルは知らない。
この白兎のような少年が自身の仕える女神の粘着質な関心を買うことを。
オッタルは知らない。
自身の仕える女神がその執拗な情念を満たすため、オッタルをあれこれと振り回すことを。
この時、猛者はまだ知らなかった。