虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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15:波及効果。

 それはベル・クラネルとリリルカ・アーデが2人だけでダンジョンへ潜った日から、三日ほど遡った夜のこと。

 ギルド本部の掲示板に貼られた『髑髏から髑髏へ』の依頼書は、紅色髑髏(エミール)が夜中に問題なく回収した。

 

 フェルズも今回は追跡を試みなかった。

 が、フェルズは要らぬ茶目っ気を発揮していた。

 

 大した内容が書かれていなかった依頼書には、一種の炙り出しが仕込んであった。熱ではなく、用紙に相応の魔力を加えることで本命の記述が浮かび上がる仕組みだ。

 ただの稚戯と笑えない。本命の記述を読める人間は炙り出しの仕込みに気付き、相応の魔力を持つことを証明するから。

 

「探りを入れてきた、と受け取るべきかしら」

 アスラーグが鬱陶しそうに美貌を歪め、依頼書をテーブルに放る。

 

「振り回されることへの意趣返しかもな」

 エミールは依頼書を手に取り、椅子の背もたれに体を預けた。

 

 ――第30階層の調査協力を願う。合意されるならば、この依頼書を受け取ってから三日後の夜、第10階層にて詳細を詰めたい。報酬はダンジョン内で得た“とある情報”について。

 

「それにしても、第30階層ね」アスラーグは髪を弄りながら「こちらの実力を図るつもりでしょうけど……単独で行ける?」

「虚無の力を使えば、問題ないだろう。モンスターを避けて進むだけだ」

 エミールはふんと鼻息をつく。

「ただ日帰りは流石に無理だな。俺が留守の間、適当なカバーが要る」

 

「周囲が納得する面白い話を用意するわ」

 アスラーグが垂れ気味の双眸を悪戯っぽく細めた。

 

 なんとなく嫌な予感がしたエミールが、釘を刺す。

「頼むから、妙な与太話はやめてくれ」

 

 ※    ※   ※

 一週間の即席訓練が終わった最終日の夜。ささやかな宴が催された。

 ダンジョンを出た後、ベルとリリルカは広場でヘスティアと合流し、冒険者通りの一角にある『黒き仔馬亭』へ向かう。

 

 初めて『黒き仔馬亭』に足を踏み入れるベルとヘスティアは、物珍しげに店内を見回す。

 テーブルや椅子などの調度品は蓄積した傷や修繕跡が目立つ。床の煉瓦タイルは擦り減って凸凹。壁や天井は経年劣化で変色していた。

 

 いろいろとボロいが、客入りは良い。

 ダンジョン帰りらしき冒険者の男女。逞しい体つきの労働者。皆、『黒き仔馬亭』自慢のガッツリしたラム肉料理を食らい、景気よく麦酒を呷っている。

 ここはガテン系向けのたらふく飲み食いさせる店だね、とヘスティアは察した。

 

 店内の一角に、アスラーグの姿を見つける。小豆色のケープコートを脱ぎ、ブラウスと革パンツ姿でこちらに手を振っていた。

 が、エミールの姿が無い。

 

「あれ? エミールさんは?」

 アスラーグの待つ角卓へ近づき、ベルが店内をきょろきょろしながらエミールの姿を探す。

 

「ん。エミールはちょっと用事、というか。まあ、うん。今頃は逢瀬の最中かも」

 アスラーグがさらっと告げた。無論カバーストーリーであるが、可能性を口にしているだけだから嘘ではない。

 

「「「え」」」

 青少年三人(一人は神だが)は目を丸くした。

 

 ベルが年頃のオトコノコらしく逢瀬という単語にピンクな想像を巡らせて顔を赤くした。リリルカとヘスティアはてっきりエミールとアスラーグが“そういう関係”と思っていたため、エミールが余所の女と会っているかも、という事実に仰天する。

 

「ま、居ない者のことは放っておいて、訓練の打ち上げをしましょう」

 アスラーグは給仕に向け、料理と飲み物を持ってくるよう軽く手を振った。

 

「いやいやいやいや、良いのかい、本当に良いのかい、それはっ!?」

「ど、どういうことですかっ!? どういうことなんですかっ!?」

 ヘスティアとリリルカがぐいぐいとアスラーグに迫るが、

 

「いいの、いいの。大したことじゃないわ」

 アスラーグは暢気に笑うのみ。いや、悪戯心満点でぼかすように言っている。嘘でも真実でもない表現だけに、ヘスティアの“神の知覚”をもってしても真偽が分からない。

 神に優り、悪魔も舌を巻く人間の狡猾さといえよう。

 

「「「ええぇ」」」

 垢抜けない青少年3人(一人は神だが)はなんとも言えぬ顔で、卓につく――のだが、リリルカがささっとベルの隣へ座ってしまい、ヘスティアがムムッと眉根を寄せた。

「……サポーター君。いや、リリルカ君だったね? なぜ君がベル君の隣に座るんだい?」

 

「たまたまです、ヘスティア様。たまたまです」

 リリルカはすまし顔で応じる。

 

 この子、しれっと嘘を……っ! ヘスティアは神の知覚によりリリルカが偶然でなく、意図的にベルの隣へ座ったことを察し、イラッとする。

「……ベル君の主神たるボクに隣を譲るべきだよ、リリルカ君」

 

「ヘスティア様。今宵は共にダンジョンへ赴いた私とベル様が主賓ですから、並んで座るべきです」

 リリルカはさらりと言ってのける。

 

「ぐぬぬ……っ!」

 筋が通っているだけにヘスティアも反論に詰まる。な、なんて小賢しい子なんだっ!

 

「まあまあ。ヘスティア様はベル君の向かい側に座ってください。隣とは違った趣がありますよ」

「く。ここはアスラ君の顔を立てようじゃないか」

 仲裁に入ったアスラーグに従い、ヘスティアはベルの向かい側に座る。その刹那、リリルカの顔に『勝ちました』と微笑が滲んだことに気付き、ツインテールがプルプルと震えた。

 こ、この子とは一度きっちり話し合う必要がありそうだねっ!!

 

「?」

 そんな女の戦いが繰り広げられているとは露知らず、ベルはニコニコしながら夕餉の到着を待っていた。

 

 アスラーグはベルの様子を前に思う。

 ……この子、鈍感系の誑しね。面白いことになりそう。

 

         ★

 

 ここ数日、じゃが丸君ばかり食っていたベルとヘスティアが、300グラムもあるラム肉の煮込みステーキを前に唖然としている頃。

 

 ダンジョン第10階層の白い霧の中で、髑髏と髑髏が顔を合わせていた。

「依頼を受けてくれたことに感謝する」

 いつも通りの黒づくめ姿で、フェルズは中性的な声で礼を告げる。

 

「まさか本当に掲示板へ貼りだすとは思わなかったがな」

 フードと髑髏の面布で顔を覆うエミールは、どこか呆れ気味に言った。

「30階層に行け、とは?」

 

「ダンジョン内に“食糧庫”と呼ばれる場所があることを知っているか?」

 フェルズの反問に、エミールは頭に詰め込んだダンジョン知識を捲って応じる。

「モンスター共が“餌”を食う場所、だったか」

 

「その通り」フェルズは首肯し「地下30階層にはその“食糧庫”があった」

「あった?」

 過去形に訝るエミールへ、フェルズは説明を続けた。

 

「何故かは不明だが、第30階層の“食糧庫”が閉ざされてしまっている。そのため、餌の調達先を失ったモンスター達が、大挙して食糧庫周辺にたむろしている状況だ。このままだと不測の事態が起きかねない。君には食糧庫が閉ざされた原因を調べて欲しい」

 

「その状況を把握している以上、お前が直接調べた方が早いのでは?」

 俺に何のメリットがある、とエミールが言いたげに問う。

 

「仮に」フェルズはエミールを注意深く窺いつつ「この事態が偶発的なものでないとしたら、闇派閥が関わっている可能性が高い」

 エミールは目深に被ったフードの奥で、深青色の瞳を冷たく輝かせる。

「続けろ」

 

「闇派閥は過去にもモンスターを利用してきた。たとえば、6年前には27階層で大量の“怪物進呈”を行い、多くの冒険者を殺害している。この街の治安維持に貢献していたアストレア・ファミリアも、モンスターを用いた罠で全滅した」

 フェルズはどこか痛ましげに語り、白い闇に覆われた階層の天井を見上げた。

「暗黒期の抗争で敗れた闇派閥の残党は、ダンジョンやスラムに潜伏している。今回の事態が人為的なものなら、間違いなく彼らが関わっているはずだ」

 

「スラムはともかく、ダンジョンにこもって組織を維持出来るのか? 必要物資や資金をどうやって調達する? ローグタウンを利用しているとしても、穴倉の中で全てが賄えるとは思えないが。その辺はどうなんだ。この街の司直組織は捜査してないのか?」

 

 人間一人で一日に水2L、食料2000カロリー(高消費運動をする人間は3000以上)必要となる。集団となれば、乗算式に増えていくし、排泄物やゴミの処理も問題になる。

 人間が社会以外で隠れ続けることは難しい。

 

「我々ではそこまで手が回らず……ガネーシャ・ファミリアも同様に……」

 エミールの指摘に、フェルズがばつの悪そうな声で応じた。

 

「なるほど、ガネーシャ・ファミリアは単なる番犬に過ぎないわけだ。それも、無駄飯食らいの類の」

 侮蔑するように吐き捨て、エミールはフードの奥で眉間に深い皺を刻む。

「闇派閥がしぶといのではなく、お前らが揃って無能だから生き長らえているのかもな」

 

「その非難は甘んじて受け入れよう」フェルズは肩を落としつつも「なればこそ、君と我々は協力し合えると思う。君は闇派閥を潰したい。我々も闇派閥に消えて貰って困ることはない。神殺しは許容できないがね」

 

「お前らの尻拭いのような気もするが、了承した。ただし、言っておくぞ」

 エミールは冷厳な眼差しをフェルズへ向けた。

「俺は闇派閥を皆殺しにする。さらなる情報を得るため奴らを拷問する。切り刻み、嬲り殺しにする。俺を利用する限り、お前らもその片棒を担いでいることを忘れるな」

 

「……ああ。理解しているよ」

 フェルズはどこか悲しげに頷く。

 

 エミールは思う。この不死者はこういう裏仕事に不向きな人間だな。元々は研究室にこもっているクチだったらしいから、当然かもしれない。

「第30階層の調査が終わったら、こちらがギルドの掲示板に依頼書を貼りつける。それで良いか?」

 

「構わない。それで頼む」

 フェルズはエミールを案じるように言った。

「繰り返すが、これは調査だ。君が大量集結するモンスターを討伐する必要は無いし、危険なことをする必要はない。君の手に負えないようなら、その事実を持ち帰ってくれれば良い」

 

 ――第30階層まで潜れと言っておいて、安危を案じるとは。

 エミールは小さく頭を振り、虚無の力を用いてこの場から離脱していく。

 

 

          ★

 

 紅色髑髏が一瞬で姿を消し、一人残されたフェルズは大きく息を吐く。肺など影すら残っていないが、生身だった頃の習性は骨だけになっても、800年余生きても消えない。

 

 此度の依頼、その目的は第30階層の“食糧庫”調査ではない。

 そもそも、地底の輩達と、その事情を知るヘルメス・ファミリアを送り込めば済む話。紅色髑髏が此度の取引を拒絶しても問題なかった。

 

 依頼の本命は紅色髑髏が単独で第30階層まで到達し得るか否か。その実力の確認。

 それと……地底の輩と接触させることだ。

 

 地底の輩達が危惧し、酷く警戒している『同胞を攫う冒険者』を、紅色髑髏に調べさせたい。

 異端児を拉致するなど、まず真っ当な冒険者ではあるまい。十中八九闇派閥だろう。

 

 人とモンスター。その関係を改め、世界のカタチをより良き方向へ導くためには、異端児達を守らねばならない。異端児達を狙う者達を排除しなくてはならない。

 冒険者を、同じ人間を、殺さねばならない。

 そのために、を使う。

 

「毒を制するには毒を、か」

 フェルズは魔導具“リバース・ヴェール”を用い、体を透明化させ、世界から姿を隠す。

 苦悩から逃げるように。

 

          ★

 

 フェルズから別れた後、エミールは隠しておいた装具一式を回収し、装備していく。

 対人戦のみなら、折り畳み式小剣とクロスボウで事足りるが、モンスター相手なら表の顔でも用いている鮪切包丁モドキや諸々物資を運ぶバックパックが必要だった。

 

 髑髏の面布を着けたま、エミールは視界を広げるためにフードを降ろす。

 装具ベルトの汎用パウチに詰めたダンジョン内地図を取り出して開き、

「スピード・ランと行くか」

 エミールは左手を翳し、

「Swahh Skatis」

 虚無の手(ファーリーチ)を用い、ダンジョン内をかっ跳んでいった。

 その先に何が待っているのかも知らずに。

 

         ★

 

 ベル・クラネル少年が迷宮都市に足を踏み入れて一週間頃。

 探索系ファミリアの雄ロキ・ファミリアは深層遠征へ出立した。

 

 恩恵レベル6の最高幹部を筆頭にレベル5や4と高位冒険者達が隊伍を組み、山ほど物資を担いでダンジョン内を進んでいく様は軍隊の小部隊を思わせる。

 もっとも、ロキ・ファミリアの遠征隊は装備に統一感が無く、女性過多でどこか華やかだったが。

 

 ロキ・ファミリア団長フィン・ディムナの遠征計画では一週間程で地下50階層まで到達する予定であり、その後は余力が続く限り深層へ潜り続けるつもりだった。

 ちなみに、団員の“剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインは単独なら第20階層まで日帰り距離だ。

 

 

 遠征初日の昼過ぎ。遠征隊は第18階層、リヴィラの街を抜けて中層『緑の迷宮』に足を踏み入れていた。

 

「今のところは順調ですね。水の迷都もこの調子で進めれば良いんですけど」

 長く艶やかな黒髪と豊満な胸元が特徴的なアマゾネス娘、ティオネ・ヒュリテがフィンに言った。

 

 下層の複階層にまたがって広がる河川/湖沼階層――『水の迷都』はその地勢上、移動に時間を食う。身軽な戦闘装備のみなら恩恵の身体能力で容易く踏破可能だが、山ほど物資を抱えた輜重隊はそうもいかない。

 

 また、『水の迷都』を縄張りにする水陸性モンスターは癖が強い種が多いのも厄介だ。特に階層主のアンフィス・バエナは『水の迷都』一帯――階層跨ぎをするため、相手取ることと面倒臭いことになる。

 

「水の迷都を抜けても、気が抜けないところばかりだけどね」

 フィンは金髪を弄りながら小さく鼻息をつく。

 

 たとえば、第37階層の『闘技場』はモンスターが無限沸きする。45階層前後は大地の焼けた火山帯。深層の安全階層たる50階層の手前、第49階層『大荒野』は階層主バロールが出るわ、獣蛮族(フォモール)の大歓迎員会が控えているわ、と困難が絶えない。

 

 そうしてやっとこさ到着した第50階層から先は竜の巣だ。少なくとも51階層から58階層まで、様々な竜が現れる。当然ながら12階層のインファント・ドラゴンとは比べ物にならない強大な竜ばかりだ。

 

 であるからこそ、上層から下層までを如何に早く――如何に物資を消費せず深層へ辿り着くか、が重要だった。未踏領域への挑戦と復路に必要な物資量を考慮すれば、往路で能う限り消費を押さえたい。

 

「水と食料は最悪、現地調達するとしても、回復剤や装備の補充が出来ないとどうにもならない。深層のモンスター相手に素手で格闘戦は御免だよ」

「大丈夫ですっ! 素手になったら、私がモンスターを殴り殺しますからっ!」

 拳を握り締めて力こぶを見せるティオネ。そのアピールは恋する乙女として如何なものか。

 

「ああ。うん。その心構えは買うよ、ティオネ」

 そういう話じゃないんだけどな、と思いつつ、フィンは眉を大きく下げながら微苦笑で応じる。

「しかし……先行隊から接敵の報告がほとんど無い。順調に越したことはないけど、これはこれで気になるな」

 

「親指、疼いてます?」

 ティオナに問われ、フィンは首を横に振った。

 

“フィン・ディムナの親指”は予言的なまでに精緻で鋭敏な“勘”だ。そのため『フィンの親指に従うべし』がファミリア団員の常識となっている。

 

 と、“凶狼”ベート・ローガ率いる先行偵察隊のメンバーがやってきて報告。フィンは片眉をあげる。

「――分かった。挨拶に出向こう」

 

「挨拶?」

 訝るティオネに、フィンは小さく笑う。

「ティオネ。しばらく本隊(ここ)は任せるよ」

 

 

 狼人青年ベート・ローガは、顔に刺青を入れたオラオラ系のガラの悪いあんちゃんである。長身痩躯で美形なのに立ち振る舞いが完全なチンピラのソレという、どうにも拗らせてしまった感のある男だ。

 都市最強の男を前にしても、臆すことなくメンチを切るあたり、“凶狼”の二つ名がよく似合っている。

 

「よさんか、鬱陶しい」

 前衛隊の指揮官を務める最高幹部の一人、ガレス・ランドロックがベートの背を小突く。

「足止めしたうえの非礼を詫びる。オッタル」

 

「……ウチの団員に比べれば可愛いものだ」

 オッタルはうっそりと応じる。ベートにガンを飛ばされ続けているが、歯牙にも掛けていない。

 そして、どういうわけか、びしょ濡れだった。

 

「ねえ、なんで濡れてるの?」

 ガレスの下、前衛隊に属する“大切断”ティオナ・ヒリュテが問う。

 

 髪を短くしていて、胸元が主神ロキ並みに平たい点以外、姉のティオネとそっくり。なお、姉ティオネは双剣を使うテクニカル派だが、妹ティオナは大重量級双刃剣をぶん回す超パワーファイターだ。

 

「馴れ合ってんじゃねェよ、バカゾネス」とベートが苛立たし気に毒づく。

「ベートこそ無暗に喧嘩売るの辞めたら? みっともない」と負けん気の強いティオナが即座に言い返す。

「ああ?」

「何よ」

 

 睨み合うベートとティオナを一瞥し、ガレスは溜息と共にオッタルへ再び詫びる。

「ウチの若いのがすまんな、オッタル」

 

「……ウチの団員に比べれば可愛いものだ」

 オッタルがうっそりと答えたところへ、小柄な金髪の美少年――にしか見えない小人族の成人男性フィンがやってきた。

「やあ、オッタル。こんなところで会うとは奇遇だね」

 

「奇遇も何も、お前の団員達に足止めされたのだがな。フィン・ディムナ」

 オッタルがぎろりとフィンを睥睨する。その静かな圧力に周囲の団員達が圧倒される中、

「フレイヤ・ファミリアの団長を前に素通りしては失礼だろう?」

 フィンは薄い冷笑を返す。

 

 2Mに達しようかという筋骨隆々の大男と小柄な美少年。その身長差はかなり大きいはずだが、オッタルとフィンの存在感はまったく差が無い。

 迷宮都市の二大武闘派ファミリア、その団長同士。体格とレベルに違いはあれど、漢気に優劣は無い、といったところか。

 ――ティオネが居たら『団長ステキッ!』とか言っちゃう場面だな、とティオナは思う。

 

“じゃれ合い”を済ませ、フィンは表情を和らげる。

「君がダンジョンに居たなら、ここまでモンスターと遭遇戦が少なかった理由も納得いったよ。ところで……どうしたんだい? びしょ濡れだけど」

 

「27階層でアンフィス・バエナを仕留めただけだ」

 オッタルは少しばかり眉間に皺を寄せた。

 

「それは……なるほどね」

 フィンはオッタルがびしょ濡れの理由を察する。水源地で巨大な双頭竜とチャンバラをすれば、さもありなん。

 

 下層の階層主を単独撃破し、その代償がびしょ濡れになっただけ、という事実に周囲の団員達が唖然とする。他方、ガレスは楽しげに苦笑いし、ティオナはどこか悔しげに唸り、ベートは忌々しげに舌打ちした。

 

 フィンは小さく頭を振る。

「君が階層主を倒して幸先が良いとみるべきか、手柄を奪われて幸先が悪いと思うべきか」

「好きな方を選べ」とオッタルは素っ気なく応じた。

 

「いろいろ教えてくれてありがとう、オッタル。足止めしてしまって悪かったね」

 フィンはにこやかにオッタルへ礼を言いつつ、階層主が居ない水の迷都をどう踏破するか、ルートを考え始めていた。

 

 思案顔のフィンを余所に、オッタルはその場を立ち去っていく。

 オッタルは言わなかった。

 

 27階層で双頭竜を狩っていた時、何か不審な気配がしていたことを。

 あの不審な気配がロキ・ファミリアの遠征隊に害をなす可能性もあったが……

 教えてやる義理はない。

 




Tips

『黒き仔馬亭』
元ネタはDishonored2に登場する『ブラックポニーパブ』。
デリラのクーデター後の治安悪化で潰れ、その後は地下にブラックマーケットショップが開かれた。
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