虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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ちょっと長めです。


16:オラリオ・トライアル:トートファイン

 ダンジョン下層『水の迷都』は豊かな湖沼が煌めき、麗しい河川が流れる。水晶鉱床の天井に広がる緑。

幻想的で非自然的な美景――を刻む出来たばかりの戦闘痕跡。

 

「迷宮都市最強の男、か。実物が戦っている様を見たのは初めてだが……凄まじい限りだったな」

 高台に転がる倒木に腰かけた長身の男が、先ほどまで覗き見ていた戦いを振り返り、しみじみと呟く。

 灰色のフードマントで長身の頭から足元まですっぽりと包み、首から下げた”聖印”入り鯨骨製ゴルゲットだけが見えている。

「逆立ちしても勝てる気がせん。“猛者”とはよく言ったものだ」

 

「感心している場合か」

 幹に背を預けた赤髪の美女が、端麗な顔を歪めて吐き捨てる。爬虫類のような翠色の光彩が苛立たしげに細められた。

「階層主の魔石を手に入れる予定がパァだ。鬱陶しい妄信者共がまたぞろ文句を垂れる」

 

「ミズ・レヴィス。ひょっとして、己もその妄信者に入るのだろうか?」

「当然だ。貴様も充分に鬱陶しい」

 レヴィスと呼ばれた赤髪の美女は男を睨みつける。

「貴様のお仲間に“食糧庫”の状況を教えてやったら、何と言ったと思う? 第30階層まで到達できる冒険者はそう多くないから発覚することは無い、だ。反論する気も失せたぞ」

 

 地下30階の食糧庫付近は“餌”を求めるモンスターが大挙して留まっている。あからさまな異常事態だ。階層が階層だから地上の者達に発覚していないが、遅かれ早かれバレるだろう。

 

 だというのに、闇派閥の連中ときたら、対策を練る気が全くない。これまで発覚しなかったのは、よほど幸運なのか、地上の連中がボンクラなのかのどちらかだ。

 前者ならともかく、後者ならそんなボンクラに敗れ、地下暮らしを余儀なくされている闇派閥の連中は救いようがないノータリンということだが。

 

「奴らが抗争に敗れたのは、力不足ではなく頭の出来が悪かったせいだろうよ」

 レヴィスの痛烈な毒舌に、

「いや、ミズ・レヴィス。己は彼らとは別の派閥なのだが―――」

 不意に黙り込み、男は首元に下げたゴルゲットに触れる。

 

「――聖印が鳴いている」

 

「は?」と怪訝そうに眉根を寄せるレヴィス。

 男はフードを下げ、

「ミズ・レヴィスは先に戻られよ。己は確認せねばならん」

 継ぎ接ぎの革マスクを晒しながら湖沼へ向けて疾駆していく。

 

 一人残されたレヴィスは呆気に取られながら、瞬く間に遠ざかっていく継ぎ接ぎマスクの背を見つめて、心底忌々しげに毒づく。

「頭の煮えた妄信者め」

 付き合いきれん、というようにレヴィスは踵を返した。

 

        ★

 

 エミール・グリストルは虚無の力を駆使してモンスターやダンジョンギミックを回避し、やり過ごしながらここまで進んできていたが、水の迷都――第25階層に踏み込んでから別の問題が生じた。

 

「……いい加減な地図だな」

 エミールは地図を手に毒づいた。

 

 中層から先に進む冒険者が少ないせいか、ギルドが提供するダンジョン内の地図は中層から途端に空白部分が増える。冒険者による現地調査が行われていないため、未探索領域が多いためだった。

 

 未探索領域の調査こそ冒険者の役割のような気がするが……いや『冒険者は冒険するな』だったか。在り方が炭鉱夫か猟師なら未探索領域の調査より稼ぎを優先して当然か。

 いっそ冒険者ではなく魔石/素材採取業と名乗るべきだな。ギルドも魔石/素材取引業とでも名乗れば良い。

 

 しょうもないことを考えつつ、エミールは第27階層へ辿り着く。

 水の迷都最終階層は先ほどまで『たった一人で双頭竜を討ち果たす』という神話染みた戦いの舞台だったとは思えないほど、穏やかな静けさに満ちている。

 幻想的で非自然的な美観と、その美観を損ねる荒々しい戦闘痕跡。

 

 エミールが戦闘痕跡に近づいた、

 刹那。

 聴覚がこちらに迫る鋭い風切り音を捉え、瞬時にその場を大きく飛び退く。

 

 直後、エミールが居た場所に矢弾が着弾して爆発。

 

 爆裂ボルトの効力圏外で爆風を浴びつつ、エミールは爆煙に紛れて瞬間移動(ブリンク)で岩陰に滑り込む。

 

 知覚強化(ダークビジョン)で岩越しに周囲を見回すが、検知圏内に生命の反応は無い。

 慎重を期して瞬間移動に加えて時間操作(ベンドタイム)まで使い、エミールはさらに後退。岩陰から樹木の陰、樹木の陰から別の岩陰へ潜りこむ。

 

 足跡はおろか草木に触れた痕跡すら残らない離脱。これで追跡できるとしたら、相当の手練れか捜索追跡系スキル持ちだ。

 

 エミールは顔の半分を覆う面布の中で息を整える。全身を冷や汗が濡らし、呼吸と鼓動が早まっている。

 装具ベルトのパウチから魔力回復剤を取り出し、一息で干す。喉の渇きを癒して消耗した魔力を回復。面布を再び装着しつつ、周辺を警戒しながら“敵”について考察する。

 

 弓ではなくクロスボウ。知覚強化の範囲外だとすれば相当な距離だ。

 モンスターが爆裂ボルトを使わないだろう。

 敵は人間。それも手練れの。

 これはフェルズの仕込みか。それとも……

 

 と、知覚強化の視界に影を捉えた。エミールは考察を中断して敵の姿を窺い、視認する。

 

 

 その瞬間。

 エミールの心に巣食う憎悪と怨恨が爆発し、頭の中が殺意で満たされた。

 

        ★

 

 三年前。

 諸島帝国の首都ダンウォールにある自然科学アカデミーが恩恵持ちの賊共に襲撃を受け、国家憲兵隊(グランドガード)都市衛兵隊(シティウォッチ)、アカデミー職員に多くの犠牲が出た。

 

 エミール・グリストル国家憲兵隊最上級衛兵も、事件の現場にいた。

 賊徒の攻撃で率いる分隊は全滅。自身も左腕に重度の火傷を負った。

 

 死亡したアカデミー職員の中には、エミールの恋人もいた。

 エミールが心から愛した恋人は、エミールの眼前で心臓を貫かれ、雨の降り注ぐアカデミーの中庭へゴミのように投げ捨てられた。

 

 そして、恋人の亡骸を抱え、仲間の死体に囲まれる中、エミールはアウトサイダーに出会って印を刻まれた。

 

 エミールは今も克明に覚えている。

 仲間達の最期を。仲間達の悲鳴を。仲間達の断末魔を。遺族達の嘆きを。遺族達の罵倒を。

 

 エミールは今も鮮明に覚えている。

 恋人が死ぬ瞬間を。その体が打ち捨てられる様を。抱き上げた亡骸から失われていく温もりを。血が失われて青白くなっていく肌を。魂の喪われた恋人の顔を。

 

 エミールは一日とて忘れたことが無い。

 恋人の心臓を貫き抉り、ゴミのように打ち捨てた賊の姿を。

 

 エミールは一瞬たりとて忘れたことはない。

 棺に納められた恋人に誓ったことを。仲間達の墓に約束したことを。

 

 魂に刻んだ宣誓。

 奴らを必ず殺す。一匹残らず殺し尽くす。

 特にあの“継ぎ接ぎマスク野郎”は――八つ裂きにして地獄より恐ろしいところへ沈めてやる。

 

         ★

 

「――間違いない。本物の刻印持ち(マークベアラー)だ」

 爆裂ボルトの初撃を“期待通り”にかわされ、継ぎ接ぎマスクは声を弾ませた。マスクの目出し部分から覗く、茶色の目が歓喜と興奮にギラギラと輝いている。

 

 相手は“刻印持ち”。虚無の力を扱う理外の者。時と空間を操り、魔法やスキルなど比較にならない超常を駆使する強敵だ。

 それでも、継ぎ接ぎマスクに引くという選択肢はない。

 

 ついに刻印持ちと邂逅したのだ。ようやく虚無歩き(ヴォイド・ウォーカー)と遭遇したのだ。

 ここで取り逃がすという選択肢はあり得ない。

 絶対に。

 

「聖約を果たす時。なんとしても宿願を果たさねばならぬ」

 他人には理解不能なことをぶつぶつと呟きながら、継ぎ接ぎマスクは左手首に巻いたリストボウに矢弾を装填し、まくっていた袖を戻す。

「殺さずに済ませることは難しいが……生きてさえいればよかろう。むしろ手足を落としておいた方が面倒もないか」

 

 継ぎ接ぎマスクは左腰から鍔や柄頭にボーンチャームを括りつけた剣を抜く。茨とモンスターの骨が融合して黒鉄の刀身を咥えこんだ異様な剣を。

「いざ征かん」

 不気味な剣を強く握りしめ、継ぎ接ぎマスクが樹木帯から躍り出る。

 

 同時に、突如として眼前に紅色の髑髏面布を巻いた刻印持ち(マークベアラー)が出現、鮪切包丁みたいな積層鋼の片刃直剣を叩きつけるように振り下ろす。

 その壮絶な斬撃は、常人なら反応する間もなく首を斬り飛ばされただろう。生半な恩恵持ちでも為す術なく命を刈り取られただろう。

 

 しかし、継ぎ接ぎマスクは常人でも生半でも非ず。

 凄まじき反射速度で茨と骨の剣を振るい、その峰を左腕で支え、紅色髑髏の一太刀を受け止める。

 

 二振りの刃が衝突し、轟音と共に閃光が煌めき、火花が踊った。衝撃によって周りの木々の枝葉が震え、湖岸の水面に波紋が走る。

 

 初太刀を防がれた紅色髑髏が瞬時に姿を消し、継ぎ接ぎマスクが瞬きを終えるより早く背後へ回り込むやいなや、二の太刀の横薙ぎ。

 振り向いては間に合わぬ。継ぎ接ぎマスクは地面を強く蹴って前方へ逃げる。フードマントの背の部分が大きく切り裂かれたが、切っ先は身に届いていない。

 

 超人的瞬発力を発揮した継ぎ接ぎマスクが着地する前に、紅色髑髏は虚無の手(ファーリーチ)を用いてその背を掴み、強引に引き寄せる。

 抗いようのない圧倒的な力で引っ張られ、継ぎ接ぎマスクは為す術なく宙を舞う。

 

 が、継ぎ接ぎマスクはその暴力的な慣性とエネルギーに翻弄されながらも身を捻り、迫る紅色髑髏へ反撃の一太刀を放つ。これもまた異常なまでの身体能力と体裁きだった。

 

 再び交差した二刀が轟音を放ち、峻烈な閃光と鮮烈な火花が散る。

 衝撃の反動に乗じ、紅色髑髏と継ぎ接ぎマスクはそれぞれ一旦後退。

 

「紛う無き虚無の業。この邂逅を長く待ちわびたぞ、刻印持ちよ」

 継ぎ接ぎマスクは歓喜の声を漏らしながら、引き千切るようにマントを脱ぎ捨てた。

 

 鍛え抜かれた長身の体躯。カーキ色の上衣に硬皮革製胸甲を巻いており、赤茶色の革パンツに鋼板付ブーツを履いている。首から下げたルーン文字入りの鯨骨製ゴルゲットに加え、胸甲と腰の装具ベルト、手首足首にボーンチャームを山ほど括りつけていた。

 

 手にした得物以上に異様なナリは、継ぎ接ぎマスクが虚無のカルティストであることを雄弁に物語っていた。それも、リヴィラやスラムでボーンチャームを商うエルフ乙女の比ではないほど、重度の。

 

「貴様の魂を以って聖約の誓いを果たすっ! あの“御方”のため贄となれ、刻印持ちよっ!」

 狂気に満ちた雄叫びを上げ、継ぎ接ぎマスクが茨と骨の剣を構える。

 

 一方、紅色髑髏は一言も発さない。代わりに、スキルか魔導具を用いているらしい茫洋とした印象とは裏腹に、鮮烈な殺気を発している。

 濃密な憎悪と怨恨を燃料にした、肌を焦がしそうなほど熱い殺意。

 

「……ふむ」

 継ぎ接ぎマスクはマスクの奥で目を細め、怪訝そうに唸る。

「貴様とは初対面のはずだが……これほど憎まれ恨まれるとは如何。己となんぞ因縁があるのか?」

 

 その問いかけを受け、紅色髑髏は殺気の熱量が増した。握られた鮪切包丁モドキの柄がミシミシと鳴かせながら怨嗟をこぼすように、告げる。

「三年前。諸島帝国。ダンウォール」

 

「――――っ! そうか……っ!」

 継ぎ接ぎマスクは合点がいき、小さく吃驚して幾度も幾度も頷き、

「なるほどなるほど。貴様はあの時の生き残りか、死者の縁者か。なるほど。なるほどなぁ。貴様にとって己は仇か。己を討たんと欲し、望み、願い、果てに理外の者から力を受け取ったか」

 哄笑した。

「なんということだっ!! あの“御方”を奪還せしめたのみならず、刻印持ちを生み出しておったとはっ!! なんとなんとっ! はははは、これは一本取られたわっ!」

 歓喜と感動に満ち溢れた高笑いを湖岸に響かせ、継ぎ接ぎマスクは肩を揺らしながら、言った。

 

 

 

「ああ……()()()()()()()()

 

 

 

 その言葉が紅色髑髏の耳朶に届き、鼓膜を振るわせ、聴覚が捉えて、脳に意味を理解させた直後。

 紅色髑髏は今すぐ継ぎ接ぎマスクを切り刻むため、虚無を歩く者が持つ最強の業を駆使する。魔力の消費など知ったことかと言わんばかりに。

 殺す。この場で殺す。今殺す。疾く殺す。必ず殺す。絶対に殺す。生きたまま心臓を抉りだしてやる。

 

「Rashu Grhaya」

 

 時が止まった。

 水面の波紋が、枝葉や草葉の揺れが、樹々から舞い散る葉が、大気の流動が、水晶鉱床の発する光の粒子が。

 紅色髑髏以外の全てが、静止する。

 

 ―――はずだった。

 

 バキッ!

 静止した世界に生じないはずの音が響く。

 

 鯨骨製ゴブレットに大きな亀裂が走った直後、継ぎ接ぎマスクが高々と嗤い、

「“御方”と聖約を結び、聖印を持つ己にその技は通じぬっ!!」

 紅色髑髏が驚愕して身を強張らせた、一瞬の間隙を突いて斬りかかる。

「まずは腕を一本貰おうかっ!!」

 

        ★

 

 時が静止した世界の中で、継ぎ接ぎマスクの剣閃が迫る。

 エミールはとっさに咄嗟に鮪切包丁モドキで受け止めた。

 

 しかし、反応の遅れから受け方が悪い。鮪切包丁モドキは斬撃の衝撃によって折れ曲がる、もなんとか茨と骨の剣を弾く。

 撥ねた刃がエミールのフードを引き裂き、切っ先が頭皮をかすめ、血を散らす。

 

 わずかとはいえ、肉を裂かれた鋭い痛みと死の際を切り抜けた事実に、瞬間的にアドレナリンが大量分泌された。脳を満たすアドレナリンに呼応してアビリティ『飢血(ブラッドサースト)』が発動。エミールの知覚速度と反射速度、反応速度が激烈に向上する。

 

 エミールは右足で継ぎ接ぎマスクを蹴り退け、鮪切包丁モドキを投げ捨て、折り畳み式小剣を抜刀。手の中で回しながら展開させ、蹴り飛ばした継ぎ接ぎマスクへ急迫。体勢を整える前に小剣を振り抜く。

 

 継ぎ接ぎマスクが大きく飛び退いて回避を試みるも、その革マスクを切っ先が掠め、大きく裂けた。

 

 再び両者の距離が開いたところで、時が動き出す。

 エミールは右手で剣を構えながら左手で裂けたフードを下ろし、薄茶色の髪を赤く染めつつ額に垂れる血を拭う。

 

「腕一本と豪語しておきながら薄皮一枚とは。これは恥ずかしい」

 一方、継ぎ接ぎマスクは冷笑しながら、裂かれた革マスクを煩わしげに毟り取る。

 

 露わになった素顔は中年後期のヒューマン男性。ブルネットの短髪に少なくない白髪が混じっている。茶色の瞳が印象的な顔立ちは意外なほどに凡庸ながら、その右半分にツタが絡みついたような痣が走っていた。

 

 継ぎ接ぎマスクもといツタ痣男は小首を傾げる。

 

「しかし……三年前のダンウォールにこれほど剣に長けた者はおらなんだはず……己以外を相手にしておったかな? それとも遺族の口か? 刻印持ち(マークベアラー)よ、名は何という?」

 

 エミールは問いかけに応えない。応える必要もない。エミールは既に眼前の男を殺すと決めている。その行動以外に何も必要としていなかった。

 

 獰猛な沈黙。絶対殺意の無言。

 右手で折り畳み式小剣を構えながら、エミールは左手で左脇に吊るすクロスボウを握った。

 

「問答無用か。結構。ならば」

 ツタ痣男が早撃ちのように左手を伸ばし、手首に巻いたリストボウを撃った。

「チャンバラの次はドンパチと行くか、刻印持ちよっ!!」

 が、エミールはわずかに身を捩っただけで矢弾をかわし、即座に応射。

「むぅっ!?」

 

 ツタ痣男はエミールのような最小単位の動作で回避できず、大きく横っ飛びする。そこへ、エミールは第二射を放ちながら一気に距離を詰めていく。

 

「ちぃっ!! 猪口才なっ!!」

 再び横っ飛びして矢弾を避け、ツタ痣男は距離を詰めてきたエミールの斬撃を剣の鎬でいなす。

 

 その交差を皮切りに、激しい高速機動戦闘(ハイベロシティ・コンバット)が始まる。

 神の血を与えられた超人達が湖岸で、浅瀬で、木々の間で、樹々の林冠で、水辺で殺意をぶつけ合う。

 

 エミールは恩恵と虚無の力を駆使して、ツタ痣男は恩恵の力とボーンチャームの効果を用いて、疾走し、跳躍し、疾駆し、飛び跳ね、互いの放つ矢弾が飛び交い、一瞬の剣戟が重ねられる。

 

 否、振るわれるは剣のみならず。放たれるは矢弾のみならず。

 

 エミールは手榴弾を投げ、爆裂ボルトを撃ち、スプリングレーザーを用い、音響(ハウリング)ボルトやスタンマインや煙幕弾(チョークダスト)などを使って“崩し”を試み、さらには超常の衝撃波(ウィンドブラスト)を放つ。

 

 手榴弾の爆発で藪が吹き飛び、爆裂ボルトの炸裂で木々が焼かれ、スプリングレーザーが岩石を削ぐ。音響ボルトの轟音が静寂を引き裂き、スタンマインの閃電が水面を走り、爆煙と粉塵と煙幕が辺りを包み、衝撃波が湖岸を抉り、大量の水飛沫をまき散らす。

 

 常人や生半な恩恵持ちなら既に数度は命を落としているだろう猛攻。

 しかし、ツタ痣男は全ての死線を掻い潜り、あまつさえ反撃すら繰り出す。

 

 剣閃が幾度目かの交差を迎え、両者は湖沼の浅瀬に着地。ひと度足を止めた。

 互いに細かな傷をいくつも負い、体のあちこちから血が流れ、足首まで浸かる水面にぽたぽたと垂れ落ちる。それでも、両者の戦意と闘志と殺意に陰りは微塵もない。

 

「虚無の力頼りかと思っていたが、どうしてどうしてっ!」

 ツタ痣男は楽しげに嗤う。乱れた息を整え、邪魔な汗を拭い、茶色い瞳を戦闘の悦びに輝かせている。

 

 エミールも認めざるを得なかった。

 強い。

 手にある全ての武器、これまで積み重ねてきた経験と技、自身の恩恵、虚無の力を用いてもなお倒し切れない。純粋に戦士として、恩恵持ちとして、仇敵の方が上だと認めざるを得ない。

 

 それでも。

 殺す。必ず殺す。絶対に殺す。

 

 二重刻印持ちのエミールには、まだ切り札が残っている。

 虚無の力による“分身創造(ドッペルゲンガー)”と“連鎖(ドミノ)”。この二つを組み合わせることで、どれほど高位レベルの強者だろうと必ず抹殺できる。

 恩恵で肉体を強化されても、魂の次元で連鎖するダメージは防ぐことも受け止めることも出来ないのだから。

 

 ただし、問題もある。

 この強敵を前にドッペルゲンガーを作り、ドミノを通じて死をリンクさせる間隙を如何に捻り出すかということ。

 時間操作すら無効化するあの鯨骨製ゴルゲットに、ドミノを防がれるかもしれないこと。

 

 ―――それがどうした。

 奴はこの場で必ず殺す。

 

       ★

 

 紅色髑髏がクロスボウを左脇に下げ、「Hamon……Favordik」と左手を掲げた直後。水面に揺れる影から、もう一人の紅色髑髏が生え出す。

 

「分身か……面白いっ!」

 ツタ痣男は数的不利に陥っても狂笑を崩さない。

 

 本体に先駆け、フードを目深に被っている分身の紅色髑髏が飛び掛かってきた。が、本体に比べ、その動きは幾枚も落ちる。

「この程度かっ!」

 分身の斬撃を容易くいなし、ツタ痣男は本体から視線を切らずに、返す刀で分身の胸を袈裟に斬る。

 が、手応えは浅い。足を水に浸けているためと本体から意識を外さずにいたため、踏み込みが足りなかった。

 

 ――なぜ、今攻めてこなかった?

 ツタ痣男の脳裏に疑念が生じた。本体の紅色髑髏が先ほどまで見せていた動きなら、容易に後の先を取れたはず。

 いや、後の先を取って何かしたのか?

 

 ツタ痣男の考察を妨げるように、今度は本体が動く。その右手に握った折り畳み式小剣で“分身の胸を貫き、抉る”。

「な」

 

 ツタ痣男がギョッと目を剥いた直後、虚無の力によって分身の“死”がツタ痣男へ走る。

 

 ばきゃり。

 

 首から下げていた鯨骨製ゴルゲットが弾けるように砕け、それでもなお、胸に貫き抉られたような苦痛が走り、

「ぐっあぁっ!?」

 ツタ痣男が胸を掻き毟りながら苦悶の悲鳴を吐く。

 

 その間隙を紅色髑髏は逃さない。残された魔力を絞り出してツタ痣男へ瞬間移動(ブリンク)。眼前に着地と同時に飢血の一撃。

「死ね」

 絶対零度の呪詛と共に迫る剣閃。

 

 ツタ痣男の抵抗は間に合わない。胸に走る激痛によって反応が致命的に遅れている。心臓を震わせ肺を締めつける痛みに力が入らない。

 

 ―――伸るか反るかっ!!

 紅色髑髏が博奕に出たように、ツタ痣男も博奕に出る。

 

 刹那、男の顔に走るツタのような痣が蠢き、白目部分がどす黒く塗り潰され、瞳が純白に染まり――

 放たれる絶叫。

 

 それはもはや声ではなく、ツタ痣男の口から発せられる音圧衝撃波であり、周囲の水を吹き飛ばすほどに甚大な威力を発揮した。

 紅色髑髏の一閃がツタ痣男を捉えると同時に、強烈な音圧衝撃波が駆け抜け、高運動エネルギーを与えられて硬質物体化した水の壁が紅色髑髏を薙ぎ払う。

 

 紅色髑髏は数十Mも宙を舞い、水切り石のように湖面を幾度も跳ねた末、水中に没した。

 

「手応えは、あった……ぐぅうううう、がああああああああっ!!」

 引き戻ってきた湖水の中にへたり込み、ツタ痣男は耐え難い苦痛にもがく。

 

 紅色髑髏の斬撃は完全に防げなかった。

 折り畳み小剣の切っ先がツタ痣男の左目を捉え、左耳辺りまで抉り裂いていた。おかげで左目は跡形もなく破裂し、左眼窩周辺骨は砕かれ、べろりと剥けた皮と表情筋がだらりと垂れ下がり、左耳が千切れて失われている。

 

 斬撃の衝撃により鼻骨も砕け、眼底蝶形骨も亀裂が入っている。右目や三半規管の具合もおかしい。脳震盪と鞭打ちも生じており、体の自由が利かない。

 脳が損傷していないことが一種の奇跡だった。

 

 そこへ、“聖約”の力を使った反動が襲い掛かる。顔中から噴き出していた血液が真っ黒に染まり、顔に走っていたツタのような痣が広がっていく。更なる激痛を伴いながら。

 

「ぐぅ、ああああっあっあっああ、がああああああああああっ!!」

 ツタ痣男は苦悶の絶叫を上げた。それでも、痛みに震える体に鞭を打って陸へ上がり、

「あれしきでは死ぬまい……次こそ聖約の務めを完遂してくれよう」

 肩越しに湖面を一瞥してから、体を引きずるように湖岸の森へ入っていく。

 

「むぅ……痛い……痛いぞぉこれは……ミズ・レヴィスが迎えに来てくれまいか……」

 残念ながらレヴィスが迎えに来ることはなかった。

 




Tips

Dishonoredには、刻印を持たずに超常の力(原作では魔法とも呼ばれる)を使う者達がしばしば登場する。

継ぎ接ぎマスク
本名はまだ内緒。

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