虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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作者の不明で読者の皆さんに誤解させてしまったようなので、説明回を用意しました。

拙作は原作改変があります。ご了承ください。


小話2:黒匙のデリラ。

 少しばかりデリラという女について語ろう。

 

 デリラ・ブラックスプーンという女が生まれた時代、時の王朝はオラスキル家が至尊の椅子に座っていた。

 

 時の皇帝アレクセイ・オラスキルと皇妃ラリサの間には4人の子が儲けられたが、初子は7つを前に病で早逝。第二子は立太子前にモンスター討伐へ出征して戦死。と悲劇が続く。

 

 こうした事情から、皇帝アレクセイは病に倒れた晩年、自身が認知せずに捨てた私生児――お手付きした侍女に生ませた娘を思い出したのかもしれない。

 もっとも、彼は思い出しただけで娘を法的認知しなかった。侍女を孕ませた件で嫉妬深い皇妃に相当恨まれていたことを考慮したのか、所詮は死の床の気まぐれに過ぎなかったのか。

 

 いずれにせよ、この半端な措置はオラスキル王朝にとっても、デリラ・ブラックスプーンにとっても不幸でしかなかった。

 

 皇帝アレクセイの崩御後、幼い第三子が帝冠を戴き、皇妃が摂政に就いた。

 そして十数年の後、第三子がいよいよ親政を始めようかという矢先、第三子は国内巡幸中に事故死した(乗船をモンスターに沈められた。重臣や高官も多数命を落としている。陰謀ではなく純粋な不幸だ)。困ったことに第三子はこの時未婚だった。つまり後継者問題の発生である。

 

 亡き皇帝アレクセイの半端な父性発揮と第三子の悲劇が、オラスキル王朝の終焉を決定づけたと言えよう。

 

 王室最後の第四子は生来の難病持ちでとても皇帝になれなかった。そこで皇妃ラリサが帝冠を戴くに至る。

 もしもデリラが庶子として王族に迎えられていたなら、第三子亡き後にデリラが女王になれた可能性があった。そうでなくとも、王室傍流や庶流、大公家などから夫を迎えて新王朝の王妃となっただろう。

 第三子亡き後に皇妃と宮廷が亡き皇帝の庶子として迎えた場合も、後の惨事を防げたかもしれなかった。

 

 しかし、皇妃ラリサ――オラスキル王朝最後の女帝ラリサは、デリラを王室に迎えることを決して認めなかった。

 余人曰く『自身を裏切った亡夫を赦さず、間女と庶子を憎み続けた女帝は、第三子が亡くなった時点で、夫への復讐を兼ねてオラスキル王朝の幕引きを望んでいた』という。

 

 女帝ラリサは自身の“次”を宮廷と議会に合意させた。自身の亡き後は王族傍流カルドウィン家のユーホーン・カルドウィンが至尊の椅子に座り、カルドウィン王朝を起こすことを。

 

 この事態を軟着陸させられる者がいたとすれば、国教の生ける祭神ネヘレニアだけだが、彼の女神は航海を司り、見守ることを是とする神だ。また、国政に関わらぬことで民衆と貴族から支持されており、王室後継者問題に口出しなど前例を作るだけでも不味く、動けない。

 

 かくて、事態は惨劇へ向かって一直進。

 ある意味で、デリラ個人の復讐心や野心、野望などの炎に、周囲が油を注いでいたようなものだ。

 

 母を弄んで捨て、自身を最期まで法的に子と認めなかった父。

 夫の浮気を恨み、母と自分を憎み続けた正妻。

 両者の選択が一つ違っていれば王女として生まれ育ち、今まさに玉座へ座ることも出来たかもしれないという事実。

 

 亡き皇帝の実子であり、王室嫡流オラスキル家の血を引く者という事実。

 

 たとえ、父から法的に認知されず、宮廷に継承権を認められていなくとも。

 

 たとえ、女神が自身の戴冠を支持しなくとも。

 

 その身に流れる血は何者にも否定できない。

 ならば自らの力で取り返すのみ。この血で得られるはずだった全てを我が手に取り戻す。

 力で以って奪い取り、全てを掴み取るのだ。

 

 デリラ・ブラックスプーンは戦いを決断し、そして、敗れた。

 

           ★

 

 デリラ・ブラックスプーンのクーデター未遂事件とは、一人の男の無責任が起こした悲劇であり、一人の女の嫉妬が生んだ惨劇であり、果てに王室嫡流オラスキル家は断絶するという喜劇だ。

 笑うしかない。

 

 ただし、この”物語”を楽しむことが出来た者は、虚無の住人アウトサイダーだけだろう。

 

 異なる世界、異なる時空、異なる次元に遍在するアウトサイダーは、別の世界線――デリラ・“カッパースプーン”の存在も把握していた。

 ゆえに、アウトサイダーは思う。

 

 つくづくツキの無い女だ、と。

 

 別の世界線、産業時代の世界に王室カルドウィン家の落胤として生を受けたデリラ・“カッパースプーン”も、やはり不幸な生い立ちだった。その恨みつらみをバネに王位簒奪を試みて、破滅したのだ。

 

 神の時代の世界、王室オラスキル家の落胤に生まれたデリラ・ブラックスプーンも、不幸な育ちの末、王位簒奪を試みて破滅した。

 

 この差異は非常に興味深い、とアウトサイダーは思う。

 別の世界線における諸島帝国の歴史と、神の時代の世界における諸島帝国の歴史は似ているようで大きく異なる。

 

 変化の起点は女神ネヘレニアの帝国行幸だろうか。

 

 彼の女神が帝国に根を張って女神教会を興したことで、帝国の一大勢力だった大衆の修道院が衰亡した。これにより、大衆の修道院を起点とする争いや事件が起きなかった。

 大衆の修道院による虚無信奉者への熾烈な弾圧が行われなかったことで、虚無信奉者達による女帝ラリサ暗殺が行われなかった。

 

 いや、女帝ラリサの治世が別世界線より長く続いた理由は、デリラがカルドウィン家ではなく、オラスキル家に生まれたことも大きい。

 デリラの父親達、この世界線のアレクセイも別世界線のユーホーンもデリラに対して極めて不誠実で無責任であったが、その妻達の有様は異なる。

 

 ユーホーンの妻ベアトリスは第二子の出産時に第二子と共に逝去し、デリラに干渉しなかった(できなかった)。

 

 対して、アレクセイの妻女帝ラリサは嫉妬と怨讐から徹底的にデリラを排除した。クーデター未遂事件後は都市衛兵(シティウォッチ)国家憲兵隊(グランドガード)はもちろん、王室間諜まで総動員し、デリラの信奉者と協力者達を根絶しようとした。

 結果、女帝ラリサは暗殺されずその治世は別世界線より長く続き、ラリサの跡を継いで帝冠を戴いたカルドウィン家の状況も大きく変えている。

 

 これらの差異と変化は、アウトサイダーの好奇心を強く刺激していた。

 デリラという女はある種の“因子”なのかもしれない。世界や時空、次元が異なっても歴史に作用する強力な因子。まったく興味深い。

 

 本当に楽しませてくれ“た”。

 

 いや……まだ分からないか、とアウトサイダーは考えを覆す。

 

 カッパースプーンであれ、ブラックスプーンであれ、デリラという女はとにかくしぶとい。途方もなくしぶとい。それはもうアウトサイダーですら呆れるほどに。

 

 オラスキル家のデリラ・ブラックスプーンは厳密には完全に破滅していない。魔女と心臓という檻に閉じ込められているに過ぎない。

 

 もしも檻から解放されたなら……数十年振りにデリラの許を訪ねても良いかもしれない。

 

 あの恐るべき魔女が神々と超人のひしめく迷宮都市でどのような物語を紡ぐのか。

 

 初志貫徹の復讐鬼エミールがデリラと関わった時、どんな物語が生じるのか。

 

 それに、白兎と剣姫。箱庭で紡がれ始めた大きな物語とどう交差するか。

 

 アウトサイダーはぽつりと独り言ちる。

「天と地の間には思いもよらぬ出来事がある、か。どこの世界で聞いた一節だったかな」

 

 アウトサイダーは期待している。

 思いもよらぬ物語を。

 

      ★

 

 その日、アスラーグ・クラーカの目覚めは最悪だった。

 

 フェルズへ“魔女の心臓”にまつわる物語を利かせた影響だろう、と冷めた気分で自己分析し、アスラーグはタンスから替えの下着とタオルを手に浴室へ向かう。

 

 気分の悪い目覚めは熱いお湯を浴び、寝汗ごと流してしまうに限る。

 

 夜着と下着を脱ぎ、アスラーグは浴室へ入った。齢100を超えても、アスラーグは若さと美貌をまったく損ねていない。長命種としての種族的特徴に加え、恩恵の効果もあるだろう。

 瑞々しい薄褐色の肌がシャワー口から振り注ぐ湯水の雨に濡れていく。青みがかった銀髪を洗いながら、アスラーグは思う。

 

 もしも、クズ共がデリラを復活させたら、自分はデリラを倒せるだろうか。

 

 デリラは強い。桁外れに。偉大な魔法使いだった師でも、帝国随一の剣客だった王室護衛官でも、デリラを殺すことが能わず封印に留めざるを得なかった魔女だ。

 

 虚無の力を持つエミールならデリラを倒せるだろうか?

 もしくは、オラリオの高位冒険者達は?

 

 それ以前に……自分は再びデリラを討つことを受け入れられるだろうか。

 

 アスラーグにとって、デリラは単なる妹弟子ではない。実の妹のように、実の娘のように可愛がった。今のリリルカ・アーデへの可愛がり方など段違いに。

 それがある種の代替行為であることは否定できない。だが、デリラを育てることで夫を亡くした喪失感や夫との間に子を持てなかった後悔や無念が、癒され、慰められたことも事実。

 

 アスラーグは蛇口を締め、お湯を止める。優美な曲線を描く体の表面を、水滴が滑り落ちていく。

 

 魔女の心臓を取り戻す。デリラの魂を取り返す。それは良い。

 

 でも、デリラを討つ。それが出来るだろうか。それを受け入れられるだろうか。

 

 実妹のような、実子のような彼女をもう一度、討てるだろうか。

 

 アスラーグは深々と溜息を吐き、 熱いシャワーを浴び直したくなって蛇口を開けた。

 

      ★

 

「エミール・グリストル。アスラーグ・クラーカ。両名とも“不名誉”による国外追放処分となっている」

 フェルズは手にした資料を読み上げ、ウラノスに聞かせる。

 資料の出どころは『蛇の道は蛇』と言っておこう。魔石とダンジョン素材という巨大な利権を握る冒険者ギルドの手は長く大きい。

 

「不名誉とは?」

 ウラノスの問いかけに、フェルズは資料のページをめくって応じた。

「エミールは『重大な任務放棄』。アスラーグは『特定重要機密物の管理監督不行き届き』だ」

 

「どちらも国外追放されるほどの罪状とは思えないが……建前なら十分ということか」

「そういうことだろうな」

 フェルズは生身の体があった頃のようにこめかみのあたりを掻きつつ、

「エミールは虚無の力を得る以前から優秀な軍人だったようだ。いくつかの勲章を授与されているし、将来の王室護衛官候補だった」

 資料を読み上げていく。

「アスラーグも相当に優秀な人物だが、ウラノスが気に掛けるべきは前モルゲンガード男爵夫人で、生家はロズブロック伯クラーカ家という点かな。ロズブロック伯は帝国の有力な妖精族貴族だ」

 

「……貴族絡みとなると、手を間違えれば外交的に厄介な事態を招くな」

 厳めしい顔をしかめ、ウラノスは重々しく唸った。

 ダンジョンのモンスターも恐ろしいが、知恵者の政治工作も充分に恐ろしい。

 

「それで、2人が追う魔女の心臓とやらはなんなのだ?」

 老大神に問われ、愚者は資料を閉じて昨晩のやりとりを振り返りつつ、答えた。

「虚無の力を持つ危険な魔女の魂を封じた呪物らしい。帝国の最精鋭達を投入し、それでも殺し切れなかったため、魂を封じることで無力化したそうだ」

 

「オラリオ外の恩恵持ちでは、ということか?」

 ウラノスの問いを、迷宮都市の第一級冒険者なら倒せるのでは? と解釈したフェルズは腕を組んで思案し、

「分からない。確認のために魂を解放したいとは思わないな」

 自身の見解を語る。

「アスラーグは一切の誇張なく、ただただ“危険”と見做していた。レベル4の優秀な魔法剣士が、だ。加えて言えば、虚無の力を持つエミールはレベル3だが、レベル4の私は手も足も出なかった。前衛職後衛職の違いを抜きにしても、虚無を歩く者(ヴォイド・ウォーカー)にとってレベルの差など大した問題ではないのかもな」

 

 恩恵というルール/システムの関係上、レベルの差は絶対的な強弱の差である。そのルール/システムを根本から無視するとなれば……神の時代を形成する根幹が揺らぎかねない。

 

 ウラノスは苦虫を口いっぱいに詰め込まれたような顔つきで、唸った。

「理の外。つまり神々の理すらも超越するか」

 

 老大神の苦悶に同情しつつ、フェルズは更なる凶報を伝える。

「実はな、ウラノス。魔女の心臓に封じられたデリラという虚無歩きは、虚無の力を分け与えることが出来るそうだ」

 

「なん……だと……」

 ウラノスは目を見開き、静かに唖然なった。気を取り直し、眉間を押さえて強く唸る。

虚無歩き(ヴォイド・ウォーカー)と渡りをつけた成果は、頭痛のタネが増えただけか」

 

 フェルズは何となく申し訳ない気分を覚え、慰めるように言った。

「幸い、といえるかどうかは微妙ではあれど、エミールもアスラーグも異端児(ゼノス)達の友となってくれるかは分からないが、拒絶することは無いだろう。神殺しの件にしても、一応の妥協を許容してくれた。思うに“魔女の心臓”の件で協力すれば、彼らも応えてくれるだろう」

 

「こちらとしても協力せんわけにもいくまいが……」

 ウラノスは瞑目し、少しばかり考え込んでから口を開く。

「その二人のことは口外無用。少なくとも、こちらから周囲に明かすな。特に要らんことを考えそうな手合いにはな」

 

 誰のことを指しているのだろう、とフェルズは思案するも心当たりがあり過ぎて絞り込めない。“神々の遊戯場”には老大神のいう『要らんことを考えそうな手合い』が多すぎた。

 

      ★

 

“黒匙”のデリラは“魔女の心臓”の中で眠り続けている。

 鯨の歌を聞きながら。

 

 高密高純度の魔石を核とし、虚無を行き交うことが出来る唯一の存在たる鯨の皮と、魔鉱合金で作られた“魔女の心臓”。

 

 往時の王室魔導師第一席、偉大なる魔女ヴェラ・ダブゴイルはこの“魔女の心臓”にデリラを封じる際、多角多面体式魔法陣を十三層も重ねた超高等封印魔法を用いた。

 これほど緻密で繊細で難解で、堅牢強固な封印魔法は他に存在しない。神でさえこの封印を解くことは難しいだろう。

 理外の存在たるアウトサイダーですら、魔女の心臓内に眠るデリラへ近づかぬ代物だ。

 

 そういう意味では、魔女ヴェラ・ダブゴイルは不死の秘術を為したフェルズに並ぶ大賢者であり、世界最高の魔法使いと謳われる妖精族の王女に優る魔法使いだったと言えよう。

 

 そして、そのヴェラ・ダブゴイルをして、殺すことが能わず封印に留めざるを得なかったという事実が、黒匙のデリラの強さと恐ろしさを逆説的に証明している。

 

 デリラは“魔女の心臓”の中で眠り続けている。

 鯨の美しくも哀しい歌を聞きながら。

 

 

 




Tips

 アレクセイ・オラスキル。
 ラリサ・オラスキル。
 原作の年表に記載されている前王朝の皇帝と皇妃様。
 皇帝崩御後、帝位を継承した皇妃様が暗殺され、これによりオラスキル朝が断絶。カルドウィン家が王室に選出された。

 本作では完全な独自設定で、アレクセイは下半身のだらしないダメ男。ラリサは情念深い地雷婆と化した。原作とはまったく違うことを御留意。
 もちろん、4人の子供という設定は原作に無い。

 ユーホーン・カルドウィン。
 原作ではユーホーン・ジェイコブ・カルドウィン。
 原作のジュサミン女王とデリラ・カッパースプーンの父親。デリラがブチギレ魔女になった主因その1。この人が侍女に手を出した結果、孫娘のエミリーは大変な目に遭った。
 本作では時系列上の都合から一穴主義のオッサンになった。

 ベアトリス・カルドウィン。
 ジュサミンのマッマでエミリーのバッバ。原作の王立博物館にある記念プレートにその名前が確認できる。
 原作だと第二子の出産時に死亡。子供も死産だった。哀しいなぁ。
 本作だと第二子を無事に出産、産後も良好。えがったなぁ。


 ヴェラ・ダブゴイル。
 Dishonoredに登場するグラニー・ラグズの本名(正確には結婚前の名前)。
 若き日のグラニー・ラグズは帝国一の美人だったそうで、先述の皇帝アレクセイからも求婚されたそうな。
 アウトサイダーに出会って人生を狂わされた人の代表。

 本作ではアスラーグとデリラ(黒匙)の師匠。故人。
 設定上はチョー凄い魔法使いだったことに。


 デリラ・ブラックスプーン。
 本作のデリラ。
 原作と違い、ユーホーン・カルドウィンの隠し子ではなく、前王朝皇帝の隠し子。
 時系列の関係でそうさせてもらいました。


 読者の方々には勘違いさせてしまって、申し訳ない。
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