虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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18:彼と彼女が出会うまで。

 虚無を歩く者(ヴォイド・ウォーカー)と黒妖精と不死者が月下問答を交わした翌朝。

 エミールは廃教会前で女神ヘスティアと眷属のベル・クラネルと出会った。

 

「エミール君。ボクも野暮なことは言いたくないけどね、女性に不誠実な真似はいけないな。ベル君にも悪影響だし、慎んでおくれよ」

 女神ヘスティアは母親然とした態度で滔々と小言を語り、

「僕へ悪影響って?」

 小首を傾げるクラネル少年へ、しみじみと告げる。

「ベル君にはまだ早い」

 

「? なんなんだ、いったい?」

 怪訝そうに戸惑うエミールの傍らで、アスラーグが微苦笑を浮かべる。

「ん。まあ、ちょっとカバーが効きすぎただけよ」

「? ? ?」

 

 そして、ギルド本部前でリリルカ・アーデと合流すると、

「エミール様。アスラ様という素敵な女性が御傍にいるのに、よくないと思います」

 リリルカが女子的義憤を込めてエミールへ物申す。

 

 エミールは眉間に皺を刻んでアスラーグを睨み、小声で問う。

「いったいどんなカバーをこさえたんだ?」

 アスラーグはそっぽを向いて口笛を吹いていた。

 

        ★

 

 第27階層の激戦で鮪切包丁モドキを失い、クロスボウも損傷。偽装服と装具もボロボロ。幸い、手榴弾その他の消耗品は先頃調達したばかりだから備蓄分がある。

 

 クロスボウは拠点の作業室に入院。偽装服はゴミ箱へ。新しい対モンスター用武具と装具は至急再調達の要有り。

 

 というわけで巨塔バベルに到着後、ベル・クラネルは単身(ソロ)で地下のダンジョンへ、エミール達は上階の商業区画へ。

 

 ベルの所属するヘスティア・ファミリアは他に団員が居らず、ベル自身もオラリオに来て一月と経っていないので知己が少ない。かといって、エミール達と組んではレベル差などから周囲に『寄生』と見做されかねないので、これはベルのためにならない。

 こうした事情から、ベルは上層の浅いところでソロ活動を余儀なくされている。本人は冒険を楽しみつつも稼ぎの乏しさに悩み中だ。

 

 一方、バベル内の商業区画へ向かったエミール達一行の方は……

 

「装備を壊すなんて、エミール様は余所の女と何をしてたんですか? ベル様もベル様です。よく知らない女にほいほい引っかかるなんて……ダメです。ダメダメです」

 リリルカは頬を膨らませ、唇を尖らせていた。道中にベルが『豊穣の女主人』の女給に“逆ナン”されたと聞き、エミールの件と合わせてすっかり御立腹。

「まぁ、なんだ」エミールはばつが悪そうに「昼飯は美味いもんを奢るから機嫌を直してくれ」

 

「リリは食べ物で誤魔化されるような安い女じゃないです」リリルカはしれっと「でも、それはそれとして、エミール様の誠意を無下にするほど狭量な女ではないので、奢られてあげます」

「それでよろしい」アスラーグがうんうんと頷く。

 どうやらリリルカ・アーデは順調にアスラーグの悪影響を受けているらしい。

 

 そんなやりとりをしながら、ヘファイストス・ファミリア系列の武具店に入り、

「アレはどうです?」とリリルカが壁に掛かっている一振りを指し「以前のものと似たような感じですけど」

 

 刃渡り3尺。柄6寸。切っ先がスピアポイント状の片刃直剣。刀身は短いものの相応に肉厚。材はダンジョン産の鉄鋼らしい。刀身にも鍔にも柄にも飾り気は一切無し。お値段も第二級冒険者向けの数打ちとしては妥当な額だ。

 

「ふむ。目利きが良いな、アーデ嬢」とエミール。

「そ、それほどでも。あはは……」

 褒められたものの、リリルカは素直に喜べなかった。目利きが聞く理由が『カモから盗むため目が鍛えられた』とは言えない。胸中の澱を誤魔化すべく話を振る。

「そうだ。対モンスター用なら両手剣とか大剣とかはどうです?」

 

「あの手の得物はかさばり過ぎる。俺の戦い方に合わない」と首を横に振るエミール。

「いっそ魔剣とか?」とアスラーグ。

 

「あれは剣ではなく魔法を撃つ道具に過ぎないだろ。手榴弾や爆裂ボルトと同じだ。それにアスラがいるから魔剣なんて要らない」

 さらっと言い放つエミールにアスラーグがくすくすと微笑む。

「嬉しいこと言うわね」

 

「そういうこと言うのに、余所の女と三日も過ごすなんて……」とリリルカがジト目。

「お叱り耳に痛い」

 カバー絡みなので否定も出来ない。エミールは不名誉を甘受しつつ、お前が作ったカバーのせいだぞ、とアスラーグを睨むも、アスラーグはふふんと笑い飛ばすのみ。

「さっさと購入してダンジョンへ潜りましょ」

 

       ★

 

 ここで時計の針を少し戻す。

 

 ダンジョン第50階層。

 深層の安全階層とされる灰色の荒野は今、死闘の舞台と化していた。

 

 小竜並みに大きな極彩色の芋虫が幾重ものスクラムを組み、津波のように灰色の丘へ押し寄せていく。

 なぜなら、そこにはロキ・ファミリアの遠征隊が深層挑戦のために築いた簡易拠点――芋虫達にとって“餌”がいるから。

 

 精強で知られるロキ・ファミリアの冒険者達は、この未知なる芋虫達を迎え撃ち、

「――っ!? こいつらが吐く液は装備を溶かしちまうぞっ!!」

「体液もだっ! 突いた槍の穂先が溶けやがったっ!!」

 芋虫の吐液や体液に得物を溶解破損され、

 

「ぎゃああああああっ!!」「お、俺の足、俺のあししぃいいいっ!!」

 高位恩恵持ち特有の超人的肉体をも焼かれ、

 

「ダ、ダメだっ! 逃げろぉっ!」「う、うわあああああっ!?」

 恐怖と怯懦に心も折れかける。

 

「取り乱すなっ!!」

 が、小柄な金髪美少年――にしか見えない団長フィン・ディムナが恐慌状態に陥る団員達へ大喝を入れた。

「装備を失った者は負傷者を連れて後退しろっ! ラウルっ! 後退の指揮を採れっ! ガレスッ! 予備の得物を使い潰して良いっ! 投擲で奴らを押さえて後退を援護しろっ!! 魔法使いはリヴェリアの許へ集合っ! 魔法で面制圧を急げっ!」

 

「承知ッ! 手透きのモンは得物を搔き集めてもってこいっ!」と吠える“重傑”ガレス・ランドロック。

「詠唱の時間を稼いでくれっ!」と応じる“九魔姫”リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 頼もしき相棒2人の了承に頷き、

「アイズ、ティオネ、ティオナ、ベートっ! 時間を稼いで来いっ!」

“勇者”は若き精鋭達へ命じ、不敵に笑う。

「さあ、ロキ・ファミリアの力を虫けら共に見せてやろうっ!!」

 

 筋金入りの野戦指揮官振りを見せる団長に、団員達は冷静さと戦意を取り戻す。

 

 統制された後退が始まった。“超凡人”ラウルが仲間達へ叫ぶ。誰一人置いていくなと。大丈夫だ、上手くいくと。冷や汗塗れの顔を引きつらせながら。

 

“重傑”ガレスが槍だの斧だのを重砲の如く投擲し、芋虫達の前衛を文字通り吹き飛ばす。『虫けら如きにくれてやるには上等すぎるわぃ』と軽口を叩きながら“砲撃”し続ける。

 

“九魔姫”リヴェリアを中心に魔法使い達が集結し、それぞれの詠唱を始め、魔法を編んでいく。異なる詠唱が静かに連ねられていく様はどこか芸術的だった。

 

 そして、四人の精鋭達が極彩色の群れの中へ殴り込み、超人的身体能力を駆使して虫達を翻弄する。

 不懐属性付与の愛剣を振るう“剣姫”アイズと、普段より打撃格闘を旨とする“凶狼”ベート・ローガは順調に芋虫共を撃破していく。

 得物を失った戦闘民族(アマゾネス)のヒリュテ姉妹は荒々しく芋虫共を叩きのめしていく。

 

「よくも、あたしの剣を……っ!!」

 芋虫の体液にアダマンタイト製の超高額武具を溶解された“大切断”ティオナ・ヒリュテが巨岩を持ち上げ、眼前の芋虫の頭を殴り潰す。黒髪ショートヘアに小麦色肌の可憐な容姿からは想像もつかない剛力振り。

 

「うざってェんだよ虫けらがよぉおおっ!」

 ちまちまと芋虫達を殴ることに焦れた“怒蛇”ティオネ・ヒリュテが、怒号を上げながら芋虫の頭に手刀を突き刺す。溶解性体液を浴びて長い黒髪や小麦色の肌が焼けるが、本人は痛みなど感じていないかのように芋虫達を素手で引き裂き、魔石を抉り取った。美少女然とした容姿から想像もできない戦闘狂振り。

 

 剣姫と凶狼は負傷覚悟で暴れる仲間を横目にし、一層激しく芋虫共を討っていく。

 

 そして、時は満ちた。

 

 リヴェリアを中心とする魔法使い達がそれぞれの魔法を発動。芋虫達が集団単位で薙ぎ払われていき、トドメに九魔姫の広域殲滅魔法が放たれる。

「レア・ラーヴァテインッ!!」

 

 灰色の荒野に何本もの火柱が昇り、凄まじい炎熱が荒れ狂う。芋虫の津波がたちまち“蒸発”していく様に、遠征隊の面々がどこか安堵を浮かべた。

 ――ところへ、フィンは不意に右手親指に不快な疼痛を覚えた。

 

「まだ……終わってないっ!」

 フィンが団員達へ注意喚起しようとした矢先、獄炎の蹂躙劇が終わった直後。荒野を覆う灰と火の粉の中から、そいつは現れた。

 

 芋虫共と同じ身体に、女性の上半身が生えた禍々しきモンスター。

 

 またしても未知の怪物。

 その暴威的な存在感を前に、“勇者”フィン・ディムナは即座に理解する。装備を失い、多くの負傷者を抱えた今、対処し得る敵ではない、と。

 

 冷徹な指揮官フィン・ディムナは即座に決断する。

「この階層から撤退するっ! ベート、ガレスッ! 撤退の先頭につけっ!」

 

「アレを見逃すってのかよっ!?」

 狼人青年が噛みつくように叫ぶ。ベートも直感で分かっている。現状で戦える相手ではないと。しかし、あの化物共は階層を“上がってくる”のだ。特にアレが雑魚共の多い階層まで上がってきたら大変なことになる――

 

「脱出した先の49階層でモンスターと遭遇したら、ガレスと“お前”が負傷者達を護れ」

 勇者はひと睨みで凶狼を黙らせる。

 

 撤退先の第49階層は安全階層ではない。獣蛮族がひしめき、階層主も出没する危険地帯だ。現状でまともに戦える者は少なく、負傷者達を護るために主力が直掩に回らねばならない。

 

 口惜しそうに頷くベートから視線を切り、フィンは命令を続ける。

「撤退の第二陣はリヴェリア達だ。ティオネ、ティオナ。リヴェリア達を援護しろ」

 

「殿は、どうするの……?」と冷徹な威圧感を発するフィンへおずおずと問うティオナ。

 撤退戦の殿は全ての重圧を担う。その危険性は論じる必要すらないほど高い。

 

「アイズ」

 フィンは剣姫を見据え、冷徹に告げた。だが、微かに自己嫌悪を滲ませた顔で。

「殿を任せる。君がアレの足を止めろ」

 

「分かった」

 アイズは単独後衛戦闘を命じられても、いつもの通り人形染みた無感動さで即答した。その端正な横顔には悲壮感の類は一切ない。

 

「無理はするな。僕は階層通路で君を待つ」

 フィンは表情を和らげ、幼子へ言い聞かせるように言う。

「いいね? 必ず戻ってくるんだ」

 

 言外に『決して死ぬな』と告げられ、アイズは大きく首肯した。愛剣を強く握りしめて未知の女怪へ向き直る。

 

 フィンは団員達へ大喝する。

「総員、動けっ!」

 

 

 

 そして―――

 

 

 

 結論から言えば、アイズ・ヴァレンシュタインは見事に撤退戦の殿軍をやり遂げた。

 奇怪な女妖を撃破して階層通路でフィンと合流、遠征隊の皆の許へ向かう。

 

 予定していた深層挑戦はままならず、失った物資や未達成に終わった“依頼仕事”を思うと、肩を落とすべき“失敗”だ。しかし、遠征隊の雰囲気は悪くない。未知の怪物と死闘を繰り広げ、全員で生き延びた喜びを噛み締めている。

 

 負傷者の手当てを行い、辛うじて持ち出せた物資その他の確認作業が行われる。

 ティオネから報告を聞き、フィンは自虐的な苦笑いをこぼした。

「51階層の泉水を始めとする依頼の品に、道中に得た魔石や素材、全部パァか。あの芋虫と女妖のおかげで大赤字だね」

 

「初見の難敵を相手に犠牲者を一人も出さなかっただろう。それに魔石と素材は帰りの道中にいくらか補えるさ」

 リヴェリアがフィンを労う。

 

「団長。あの芋虫共って、ただの新種だったんですかね?」

 と、不意にティオネが疑問をこぼす。

「何か気付いたことがあるのかい?」フィンも興味を惹かれてティオネへ問い返す。

「奴らの魔石なんですけど……」

 ティオネは首肯しつつ、豊満な胸の谷間から魔石を取り出した。

 

「どこにしまっているんだ……」

 貞淑でお堅い妖精族王女が眉間を押さえる傍ら、勇者は怒蛇から渡された魔石を凝視していた。

 

 モンスターの魔石は純度や品質で違いはあれども、紫水晶を思わせるものだ。

 しかし、ティオネが件の芋虫から抉り取った魔石は仄かに黄色い。しかも角度によって遊色している。あからさまにおかしい。フィンの右手親指も微かながら疼いていた。

 

「こんな魔石は見たことがないな……リヴェリア。君はどうだ?」

「私も見覚えがないな。いいか?」

 リヴェリアはフィンから魔石を受け取り、微かに魔力を流して反応を窺う。魔力への反応自体は一般的な魔石と同じものの、その妖しい反応光は生理的な不安感を刺激する。

「なにか、冒涜的な不気味さとでも言うべきものを感じるな。これ以上詳しいことは地上に帰ってから調べるしかない。ロキの知見も借りた方が良いと思う」

 

「……今回の遠征は意外な成果を得たのかもしれないね」

 フィンは独りごちるように呟き、切り替えるように微笑む。

「リヴェリアの言う通り、詳しいことは帰ってからだ。そろそろ出立しよう」

 

 

 こうしてロキ・ファミリア遠征隊は地上を目指して帰路を進み始めた。

 芋虫共との戦闘と撤退戦の過程で武器の多くを失逸したため、帰路は戦闘を極力避ける方針が採られた。凶狼ベートが率いる斥候隊がモンスターのいないルートを捜索し、戦闘が避けられない場合は不懐属性武器を持つ剣姫アイズや魔法使い達が主となり、先手の火力押しで突破。

 物資不足のため飲食に難があったものの、そこは高位冒険者を揃えた精鋭集団。ダンジョン内で可食の実生や水を調達してやりくりする。

 

 そうして下層を踏破し、中層後半部を越え、第18階層で大休憩し、上層が見えてきた頃。

 遠征隊はミノタウロスの大量発生に遭遇した。

 

         ★

 

 牛頭魔人の大量発生はレベル2、3だけのパーティなら全滅もあり得る事態だ。

 しかし、ロキ・ファミリア遠征隊の主戦力組はミノタウロスなど素手で撲殺できるし、支援組の面々にしてもミノタウロス如きに後れを取ったりしない。遠征隊の面々は迷宮都市有数の武闘派ファミリア、その精鋭集団なのだから。

 よって、このミノタウロスの大量発生も問題なく対処できる。

 

 はずだった。

 

「おりゃーっ!」

 ティオナが回し蹴りでミノタウロスの頭を吹き飛ばし、

「邪魔臭ェんだよ牛野郎がっ!」

 ティオネがミノタウロスの大きな体躯を“素手で”引き千切ると、

「ヴ……モォオオオオオオオオオオオオッ!?」

 一匹のミノタウロスが逃げ出したことを皮切りに、ミノタウロスの大群が一斉に逃げていく。

 

“上階へ向かって”。

 

「! 不味いっ!」

 フィンが顔を強張らせた。

 自分達にとっては雑魚でも、上層で活動している低位冒険者達にとって、ミノタウロスは充分に死神となりえる。

「追えっ! 余所に被害を出す前に狩り尽くせっ!!」

 

 団長の号令が下るやいなや、ロキ・ファミリア内でも最速のベートとアイズが飛び出す。ヒリュテ姉妹が2人の背を追い、他の者達が続く。

 

「まったく、今回の遠征は終いまで気が抜けないな」

 小さく毒づくフィンの肩を、ガレスがポンと叩く。

「まずは始末をつけよう。何事も無く片がつけば、酒席の笑い話で済む」

「だね」

 フィンとガレスも逃げたミノタウロスの群れを追って駆けていく。

 

          ★

 

 霧に満ちた第12階層でミノタウロス達は散開し、霧に紛れて逃げ回る。

 

「ああああっ! 面倒臭ェっ!」

 艶やかな黒髪を振り乱して怒鳴るティオネ。

 

「この階はあたし達が掃除するっ! アイズとベートは上へ行った奴らを追いかけてっ! 」

 ティオナが叫び、

「わかった」「命令すんなっ!」

 アイズとベートが上階へ向けて飛ぶように駆けていく。

 

 剣姫と白兎が運命の邂逅を迎えるまであと少し。

 それはともかくとして。

 第12階層である。

 

 

 ヒリュテ姉妹は手分けし、霧の中を散った逃亡者(ミノタウロス)共を狩っていた。効率的な判断といえよう。 

 ただし、第12階層はダンジョンの“浅瀬”であるから余所の冒険者も居て、彼らは彼らの事情と都合と判断で活動している。

 

 簡潔に言えば、期せずして狙いが “被る”こともある。

 たとえば、戦場で複数人が知らず知らず同じ敵に攻撃を浴びせてしまったり。多人数参加型RPGで複数人が知らず知らず同じモンスターを攻撃し、ドロップアイテムを巡って大喧嘩に至ったり。何よりも互いの意思疎通がないため、同士討ち(フレンドリー・ファイア)を招き易い。

 ましてや視界の悪い環境では特に。

 

 ティオナ・ヒリュテが『おりゃーっ』とミノタウロスへ必殺ライダーキックを放った時。

 一拍先に濃霧からヒューマン青年が飛び出してミノタウロスを袈裟切り。魔石を砕いたのか、牛頭魔人が灰となって崩れていく。

 

「え」

 砲弾は一度放たれたら止まらない。必殺の飛び蹴りを放ったティオナも止まれない。

 ティオナの飛び蹴りは灰となったミノタウロスの代わりに青年へ一直線。

 

 ――――まずいっ!!

 ティオネの顔から血の気が引く。

 恩恵レベル5の超人的身体能力で放った飛び蹴りだ。ティオナが逃げろと叫んでも青年が反応するより早く、爪先が青年へ着弾するだろう。ミノタウロスを殺すつもりで放った蹴りに手加減などない。青年のレベル次第では即死間違い無し。

 

 顔を蒼くしたティオナの爪先が、必殺の一撃が青年の胸元へ

「Rashu Grhaya」

 

 

 

 

 

 あれ?

 ティオナは目を瞬かせる。

 

 肉を潰し、骨を砕き、命を奪う感触が伝わってこなかった。それどころか、蹴り飛ばすはずだった青年に抱きかかえられている。しかも、俗にいう御姫様抱っこスタイルで。

 

「……え? あれ? えっ?」

 青年がどうやって自分の蹴りをかわし、あまつさえ自分を抱きかかえたのか、まったく分からない。レベル5の超人的な感覚野でも、蹴りが当たる直前から御姫様抱っこにされる過程が知覚できていない。

 ティオナ・ヒリュテは混乱している!

 

「下ろしていいか?」

 涼やかな顔立ちの青年に声を掛けられ、ティオナの混乱に一旦ストップが掛かった。

 

 ティオナは姉のように誰かを恋慕していないし、恋をしたこともないし、そもそも素敵な恋より刺激的な冒険を求めているクチだ。

 

 が、ティオナは年頃の乙女である。

 見知らぬ他人とはいえ、涼しげな面立ちの優男に御姫様抱っこされて気恥ずかしさを覚えないほど、女を捨てていない。

 生理反応として羞恥心が働き、ティオナの可憐な顔に朱が差した。

 

「え、と」

 ティオナが返事をしようとしたところへ、

 

「そっちは片付い――――何やってんの?」

 双子の姉がやってきて、御姫様抱っこされている妹と、妹を抱きかかえる見知らぬ男へ怪訝そうに見つめた。

 

 

          ★

 

 

 その頃、上階では……

「ほあああああああああああああああああああああああっ!!!」

 返り血を浴びて真っ赤に染まった白兎が、絶叫しながら一目散で逃げていく。

 そんな白兎の背中を、剣姫は何とも言えない表情で見送っていた。

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