虚無を歩く者がオラリオに現れたようです 作:リバークラスト
剣姫アイズ・ヴァレンシュタインが赤毛の美女と剣戟を重ねている間、
「――雨の如く降り注ぎ、蛮族共を焼き払え。ヒュゼレイド・ファラーリカッ!!」
女妖化した食人花が山吹色髪の妖精少女による攻撃魔法を浴びていた。
「アアアアアァァァァアアアアアァァアアアアアァァッ!!」
数千に達するだろう炎の矢雨に焼かれ、女妖食人花が悲痛な悲鳴を上げる中、
「やったっ! レフィーヤッ!!」「やるじゃないっ!」
ヒリュテ姉妹が魔法を放ったレフィーヤ・ウィリディスを称賛していた。
爆煙から這い出たその姿は全身が焼け爛れ、重度の火傷痕から蒼黒い体液が滲み溢れ、ボタボタと垂れ落ちていた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
女妖食人花が憐れな、それでいて、おぞましい叫喚を上げながら藻搔き這う。
「しぶといわね」と両手に双剣を握るティオネ・ヒリュテが毒づき、
「あたしがトドメを刺すよっ!」
大双刃剣を掲げたティオナ・ヒリュテが瀕死の女妖食人花へ向かって駆けだした。
その矢先、ティオナへ向かって飛来する短剣。
咄嗟に大双刃剣を振るって短剣を殴り砕き、ティオナは足を止める。
「ちょ、なにっ!?」
「そうがっつくなよ。蛮族の小娘」
せせら笑うような声と共に、幾何紋様がびっちり施された赤黒い全身甲冑男が、何処からか飛び降りてくる。
死にかけた女妖食人花の傍らに降り立った全身甲冑男に、ヒリュテ姉妹は躊躇なく得物を構え、敵意と戦意を向ける。
「あんた、誰っ!?」「あの女の仲間っ!?」
全身甲冑男はヒリュテ姉妹を相手にせず、腰の得物を抜かず傍らの女妖食人花を見上げ、
「あーあ……すっかりボロボロだな。こいつにゃあ手間暇掛かってんのに」
装具ベルトのパウチから数本の薬剤瓶を両手の指に挟んで取り出し、
「そうホイホイ討伐されちゃあ敵わねェっ!」
女妖食人花の口へ放り込む。
薬剤瓶を嚥下した女妖食人花は焼け爛れた両腕で体を抱きしめ、苦悶するように呻きながら屈み込み……
「ギィ、アアアッアアアアアアアッ!!!!」
絶叫と共に背中が大きく裂け、極彩色の巨大な化物が這い出てきた。
「あれは――」と“勇者”フィン・ディムナが顔つきを険しくする。
ロキ・ファミリアの者達ならつい先頃、50階層で遭遇した未知のモンスター、巨大な芋虫の頭部辺りから女妖の上半身が生えた化物に酷似していた。
が、女妖食人花の体内から這い出した女妖魔虫には、第50階層で遭遇したものと異なる点もあった。
芋虫部分は甲殻で覆われており、鼠径部まである女妖の身体は極彩色の幾何紋様が描かれていて羽が無く、たおやかな両腕が伸びている。何よりも顔がのっぺらぼうではなく、“人形染みた”ほど端正な顔立ちをしていた。ただ……眼窩から触角のような物が生えていたが。
「―――――――――――――――――――――――ッ!」
もはや声というより、強力な高周波に等しい女妖魔虫の絶叫が第18階層に轟いた。
★
女妖魔虫の絶叫を聞き、赤毛の美女が舌打ちする。
「イカレた妄信者め。余計な真似を」
自身から意識が逸れた瞬間を、剣姫は見逃したりしない。
「
魔法の風をまとい、アイズは文字通り疾風と化して赤毛の美女へ突撃し、雷光のような剣閃を放つ。
金属が激突する轟音が響き、鮮烈な火花が散り―――愛剣が易々と受け止められていた。
「そん、な」アイズは思わず目を剥く。
「速さだけの剣。ぬるいぞ、“アリア”」
赤毛の美女は驚愕するアイズの心理的動揺を突き、鍔迫り合いの接触点を支点に剣を回して柄頭でアイズの顔を打つ。
「うぁっ!?」目元を打たれ、アイズは生理反射的にたたらを踏む。
“崩し”に成功した赤毛の美女は即座に追撃。身を捻って全身のバネを投じた
回避……だめ、間に合わない……っ!
アイズは魔法の風を強めながら全身の力に籠め、不壊属性の愛剣を盾代わりに凶悪な一撃を受け止める。
再び落雷染みた金属的衝突音が轟く。
アイズはフルスマッシュの衝撃を受け止めきれず、弾き飛ばされた。
金髪の美少女が毬玉のように地面を跳ね飛び、そのすらりとした肢体が水晶岩に激突。
硬く鋭い水晶岩に叩きつけられ、剣姫の頭から血が流れた。艶やかな金髪が血に濡れ、人形染みた美貌が血に染まる。
アイズは苦悶の呻きを漏らしながら藻掻く。超人的な肉体が言うことを利かない。
鮮烈な衝撃と熾烈な激痛に神経がマヒし、体がぶるぶると震えて止まらない。肺が軋んでおり上手く呼吸できない。三半規管が狂っており平衡感覚が乱れ、視界が酷くたわんでいる。何より、背骨を痛めたのか両足の感覚が無い。
それでも、アイズの闘志は失われない。本能的に震える右手を動かし、歪む視界の中で愛剣を探す。
「頑丈な剣だ。不壊属性が付与されているのか」
アイズの歪む視界の先で、赤毛の美女がスマッシュで砕けた自身の剣を捨て、足元に転がる剣姫の愛剣デスペラートを蹴り除けた。
「終わりだ」
赤毛の美女は拳をメキメキと固く握り込みながら、アイズへ向かって歩み始める。
動いて。動いて。動いて。動いて。動いて。動いてッ!
アイズの切な願いに体は応えない。
自らの身体に哀願するアイズを余所に、赤毛の美女が眼前に立ち、その固く握りしめられた拳が振り下された。
がきん。
「ウチの姫君に粗相はいただけないな」
金髪の美少年然とした“勇者”の槍が、赤毛の美女の打撃を弾いていた。それに、山吹色の髪をした“千の妖精”がアイズの許へ駆け寄ってくる。
「フィ……ン、レフィ……ヤ」
フィンは倒れたまま自身を見上げるアイズと、アイズの傍に着いたレフィーヤを肩越しに一瞥し、言った。
「レフィーヤ、アイズの手当てを」
「はい、すぐにっ!」とレフィーヤが回復魔法を詠唱し始める。
双眸を鋭くし、フィンは赤毛の美女へ槍の穂先を向けた。
「君“達”にはいろいろ聞きたいことがあるが……まずはウチの団員を可愛がってくれた礼をさせてもらおうか。ま、あのモンスターを片付けたいし、手早く済ませてあげるよ」
「ほざけっ!」
赤毛の美女は無手であることを気にもかけず、フィンへ飛び掛かった。
★
「――――――――――――――――――――ッ!!」
高周波の絶叫をあげた後、女妖魔虫の眼窩から生えた触角がバチバチと静電気をまとった直後。
キゴッ!!
触覚から鮮烈な雷電が発せられた。大気が裂ける轟音が階層の端まで響き渡り、周辺一帯に激烈な雷電が龍のように荒れ狂う。
雷電の乱流はロキ・ファミリアの面々だけでなく、リヴィラの街にも届く。強力な雷電が直撃した安普請は一瞬で炎上し、不運な低ランク冒険者達がばたばたと感電熱傷死していく。
「い、つぅう」
雷電に触れた大双刃剣から感電し、ティオナが膝をついて呻く。感電衝撃で微細血管が破裂したため、涙腺や鼻腔、耳孔から血が垂れていた。四肢にも酷いシダ状熱傷痕が走っている。
「ティオナッ!」
ティオネが可憐な顔を血塗れにした双子の妹の許へ駆け寄り、自身の
「ありがと」と微苦笑共に礼を言う妹に安堵しつつ、ティオネは女妖魔虫を睨み、額に青筋を浮かべていた。
虫けらのクソアバズレッ! よくもあたしの妹をっ!
瞬時に飛び出そうとする姉の手をティオナが握った。
「待って」ティオナは姉をまっすぐ見つめ「あいつはあたしがやっつける……っ!」
ヒリュテ姉妹が一時的に戦闘から下がっている間。
「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け」
麗しき妖精王女を中心に大きな魔法陣が展開。強大な魔力が練り上げられていく。
高位冒険者向け優れた装備のおかげで雷電の暴威をしのぎ切り、リヴェリアは攻撃魔法の詠唱を始める。回復魔法も使えるからティオナを治療する選択肢もあったし、続く攻撃に備えて防護魔法を張る手も考えられた。
しかし、リヴェリアは攻撃を選択した。
あの雷電の威力と効力範囲は危険すぎる。一刻も早くあのモンスターを斃さねば、リヴィラの被害が加速度的に増えてしまう。
「閉ざされる光、凍てつく大――」
「おいおいおい、すげー魔力出して何やらかす気だ、エルフ女っ!」
全身甲冑男が片手剣を手に妖精王女へ迫る。その身を鎧で包んでいながら驚くべき速度。まるで数頭牽きの馬車のようだ。
リヴェリアは即応し、愛杖の石突で斬撃を受け流した。
杖から伝わる重い衝撃に手首が痛み、リヴェリアの口から呻きが漏れる。
「くっ……っ! ――地。吹雪け三度の厳冬」
リヴェリアは詠唱を止めない。全身甲冑男の斬撃を杖で受け止め、いなし、弾きながら平行詠唱を続け、魔力を練り、魔法を紡ぎ、
「我が名はアールヴ。ウィン・フィンブルヴェトルッ!!」
怪物祭の日にレフィーヤが使った氷撃魔法を放つ。
本家本元の第一階位攻撃魔法は凄まじいまでの威力を発揮した。もはや氷撃や極超低温などという次元ではない。効力圏内にある全物質を凍てつかせる絶対零度の暴力。大気が、大地が、鉱物が、生物が、氷結という名の結晶化に至る。
ただし、全身甲冑男の斬撃を受けながら放ったため、狙いが逸れた。女妖魔虫は左腕と芋虫状の下半身を氷塊へ飲み込まれたに過ぎず、ひとまとめに仕留めようとした全身甲冑男も直撃を浴びていない。それに魔防性能の高い甲冑なのか、致命にも至っていなかった。
むろん、絶対零度の暴流に至近距離で接したため、無傷では済まない。氷撃魔法の影響で急性凍傷が生じ、また、凍てついた甲冑と肉が張りついた。どちらも壮絶な痛みを発する事態だ。
「冷、冷った、い、痛ェっ!? いっいいいいぃ痛ェッ!! があああああああ痛ッてェッ! よくもやりやがったなぁ、この腐れ雌エルフがぁッ!!」
全身甲冑男は激昂し、悲鳴と怒号と罵倒を発しながらリヴェリアへ飛び掛かり、
「食らいやがれっ!!」
横入りしてきたティオネに思いっきり蹴り飛ばされ、
「ぎにゃああああああああっ!?」
水切り石のように地面を跳ね飛んでいった。
全身甲冑男が踏まれた蛙みたく大の字に倒れたところへ、フィンとの戦闘で殴り飛ばされた赤毛の美女はその余勢を利用して一旦後退し、全身甲冑男の傍らに降り立つ。
「使えん妄信者め。私の邪魔をしに来たなら、ここで死ね」
ツンデレ少女なら叱咤激励に聞こえるかもしれないが、赤毛美女の声は悪罵100パーセントだった。本心から死ねと罵っている。
「ンだとコノヤローッ! 殺して犯すぞこのアマッ!」
憤慨しながら全身甲冑男が身を起こす。がきゃりと金属が割れる音がして、アーメットのバイザーが剥がれ落ちた。
「ああっ!? おい、ふざけんなッ!」
素顔を晒した男は初老に届きそうなヒューマンだった。皺が刻まれた精悍な顔立ちに翠玉色の瞳。そして、顔の右半分がツタ状の痣に覆われている。
急性凍傷で鼻先や唇などが蒼黒く変色していたが、当人は兜が損傷したことに夢中で、気に留めていない。
「テメェ、蛮族の小娘っ! なんてことしやがんだっ!! これはオラスキル王朝時代の一点物なんだぞっ!!」
「知ったことかッ!!」
怒声を浴びたティオネがもっともな罵声を返すと、全身甲冑男は顔を真っ赤にしていきり立つ。
そんなやり取りを前に、赤毛女は付き合っていられないと言いたげに舌打ちし、得物を構えているフィンやリヴェリアを窺う。
その時、女妖魔虫が氷結した左腕と下半身を無理やり引き千切って、動きを取り戻す。眼窩から伸びる触覚が再びバチバチと静電気をまとった。
「やらせるか――――――――――――――――――――――っ!!」
大双刃剣を大上段に掲げたティオナが高々と飛び掛かり、女妖魔虫へ超豪快な脳天唐竹割を放つ。
女妖魔虫が触覚から雷電を放射する寸前、長大で大重量の超硬金属製刀身が女妖魔虫の頭に振り下ろされた。ティオナの一閃は女妖魔虫を完全に両断し、胸部の深奥に潜む妖色の魔石を破砕する。
女妖魔虫の巨躯が瞬く間に灰と化していく様を見届け、赤毛美女は舌打ち。
「潮時か」
そう吐き捨てるや否や、背後へ勢いよく飛び、断崖の下に広がる湖水へ落ちていった。
「はぁっ!? マジかよ。あのアマ、一人で逃げやがった……っ!」
甲冑男は割れ落ちた兜のバイザーをみみっちく拾い抱え、自分を睥睨するロキ・ファミリアの面々へ向き直り、
「テメェらの面はきっちり覚えたぞ。特に腐れ雌エルフッ!」
リヴェリアを睨み返す。
「テメェといい、あの色黒雌エルフといい、雌エルフはいつでもどこでも俺の邪魔をしゃーがってっ! 必ずぶっ殺して穴っつぅ穴を犯してやっから楽しみにしてやがれっ!」
今日日チンピラも吐かないような罵声を吐き、甲冑男も赤毛美女同様に湖水へ向けて飛び込んだ。
レフィーヤの治療を受けて動けるようになったアイズが愛剣を拾い、崖際へ駆け寄った時には、湖面に波紋すら残っていなかった。
「やれやれ……訳が分からないうえに理不尽極まる逆恨みを買ったね」
溜息混じりにぼやきながら、フィンは赤毛美女を殴りつけた右手をさする。どうも殴りつけた時に指が折れていた。
「リヴェリア様に向かってあんな汚い言葉を……許せません!」
レフィーヤが強く強く憤慨する。
妖精族屈指の王族たるリヴェリアは全エルフから崇敬されている。冗談抜きで『リヴェリアを敵に回すということは、全世界のエルフを敵に回す』と評されるほどに。というか、下手な神よりもはるかに崇められ、敬われている。
「……ある意味で新鮮な体験だったな」
それだけに、リヴェリアはあれほど聞くに堪えない罵倒を浴びた経験が乏しい。
「斬る時にまたちょっと電撃を食らっちゃったよ。ビリビリする」
大双刃剣を肩に担いでやってきたティオナが溜息を吐きつつ、崖際に立ったまま微動にしないアイズに訝り、姉に問う。
「ティオネ、アイズはどうかしたの?」
「さぁ?」ティオネは小首を傾げ「よく分からないけど……何か深刻そうね」
仲間達のやり取りはアイズの耳に届かない。
アイズは赤毛の美女が消えた湖面を見下ろしながら、胸中の様々な感情に苛まれていた。
赤毛美女に敗北したことで、アイズの病質的なまでの強さへの渇望が一層強まった。その魂を焼く焦燥がアイズの心を酷く追い詰めている。もっと強く。もっと。もっと。もっと。
もっと強さを。
赤毛美女が自分を『アリア』と呼んだこと。なぜ、彼女がその名前を知っているのか。なぜ、彼女は自分をその名で呼ぶのか。なぜ。なぜ。なぜ。
なぜ。
アイズは両手を強く握りしめ、金色の瞳で湖面を見つめ続けた。
★
――某所。
その部屋はさながら王侯貴顕か豪商の私室のようだ。
気品のある優雅な内装。洒脱な一流の調度品。棚に並ぶ美術品はどれも名匠の手掛けた逸品ばかり。
特に、イーゼルに据えられた絵画は目を見張るほど素晴らしい。
巧緻極まる色使いと精緻な筆致で妖艶な美女が描かれており、額縁の中から鑑賞者を魅了する微笑を向けていた。
部屋の主であるハーフエルフ女性は瀟洒なソファに腰かけ、細巻を燻らせながら愛慕を込めた眼差しで絵画を見つめている。
異種混血の女性は年恰好三十路半ば頃。明るい茶髪を結い上げ、ややキツめの顔立ちに眼鏡を掛けていた。たおやかな体はシックな衣服と装飾品に包まれており、貴族婦人を思わせた。
女性が絵画を鑑賞していると、何処からともなく金色の目を持つ鼠が現れた。
金色眼の鼠は女性の座るソファを起用に這い上り、肘置きに腰を据える。
『御休憩のところ失礼します。ヴァスコが第18階層でレヴィスと共にロキ・ファミリアと交戦。“種”を一つ喪失しましたが、ヴァスコは無事です』
薄ら恐ろしいほど流暢に人の言葉を喋る金色眼の鼠。
女性はゆっくりと細巻を吹かし、同志が寄越した“
「穴倉のバカ共が何か言ってきたか?」
『エニュオの眷属と怪人の一匹が喚いていますが、特には』
「犬が吠えているだけか。ならば放っておけ」
鼠は小さな頭を縦に振り、話を続ける。
『それと……先の怪物祭でエニュオが食人花を地上に持ち出した件ですが』
「あのバカ騒ぎは奴自身の招いたことだ。それに、ガネーシャ・ファミリアが用意したモンスターにヴァスコの実験体が混じっていたのは偶然に過ぎない。そもそもヴァスコに許可を与えたのも奴なのだから」
『いえ、そうではなく……怪物祭の騒動を解決した冒険者達の中に、黒妖精の女性冒険者が居たと』
「黒妖精の女」
鼠の続けた言葉を聞き、ハーフエルフ女性の眉間に深い皺が刻まれる。
「続けろ」
『情報源に三度確認しました。間違いありません。アスラーグ・クラーカがオラリオに居ます』
瞬間、ハーフエルフ女性が細巻を握り潰す。火種が女性の手を焦がしていたが、女性は歯牙にも欠けない。握りしめた拳を震わせるほど憤怒していた。
「アスラーグ、クラーカ……っ!!」
鼠は女性の熾烈な怒気に構うことなく報告を続けた。
『アスラーグ・クラーカの同行者はヒューマンの青年で、名はエミール・グリストル。情報源によれば、元国家憲兵隊最上級衛兵。護衛官候補の精鋭です』
「……その元憲兵が刻印持ちか?」
ハーフエルフ女性は額に青筋を浮かべながら、鼠を詰問する。
『刻印は確認できていませんが……おそらく。三年前のダンウォール襲撃時の生き残りという点で、グリムの報告とも一致します』
金色眼の鼠は淡々と答える。
握り潰した細巻を卓上の灰皿に捨て、女性は傲然とハンカチで手元を拭う。そうして冷静さを取り戻したのか、静かに呟く。
「刻印持ちの確保を図れば、あの女の首を獲らねばならんわけだ」
『動きますか?』鼠が金色眼を冷たく光らせた。
「時期尚早だ。腹立たしいが、あの女は手練れ。そのうえ、刻印持ちもいる。グリムとの戦闘でこちらの素性も掴まれているだろう。生半な襲撃では返り討ちに遭うだけだ。この件は慎重に扱わねばならない」
女性は忌々しげに吐き捨てる。
「それに……今、封印を解除しても“御方”には御身体が無い。魂のみを封じられている状態だからな」
卓上にあった銀製のシガレットケースを開け、ハーフエルフ女性は新たな細巻を取り出す。
「封印の解除に刻印持ちの魂を用いることが最善。これは疑いようもない。が、些かの危険性はあれど、代替は利く。刻印持ちの確保は“御方”の器を確保してからでも遅くない」
『グリム達は、器は仮のものでも、と考えているようです。刻印持ちの確保を最優先すべきとも』
「それも一つの解と認めるが、些か浅慮だ。私は最適解と見做していない。そして、最適解を得るためには、あの愚神で研究を重ねねばならない。今しばらく時間が必要だ」
鼠の指摘に淡々と答え、女性は細巻をくわえて燐棒を擦った。小さな炎で細巻に火を点し、ゆっくりと紫煙を吐き出す。
「あの女と刻印持ちがオラリオに到着してからの動向を調べろ。決して油断するなよ。あの女は手強い。それに刻印持ちがどのような超常を扱えるか分からん」
『御言葉、しかと肝に銘じます。お任せを』
金色眼の鼠は恭しく一礼し、虚空へ溶けるように消え去った。
ハーフエルフ女性は紫煙を燻らせながら絵画を見つめた。慈愛と哀切を込めて。
「もう少しよ、デリラ。もう少しだけ、待っていて」
Tips
グリム。
第27階層で主人公と戦った継ぎ接ぎマスク野郎。
元ネタはDishonored2の敵クラウンキラー:グリム・アレックスから。
原作とのつながりは名前だけ。
ヴァスコ。
全身甲冑男。
元ネタはDishonored2のアレクサンドラ・ヒュパタイア博士の助手:バルトロメウス・ヴァスコ博士から。
原作とのつながりは名前だけ。
改造モンスター。
Dishonoredシリーズはモンスターが居ないので、完全創作。
なお、Dishonored世界の設定によると、『伝説』や『伝承』としてクトゥルフ神話やSCPに出てきそうなモンスターが語り継がれているらしい。