虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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新年あけましておめでとうございます。


24:オラリオ・トライアル:リバーサイド。

 夕日が照らす迷宮都市。ダンジョン帰りの冒険者達で賑わう冒険者通り。

 ベル・クラネル少年とリリルカ・アーデ少女が仲良く手を繋ぎ、人混みの中を歩いていく。

「がーんっ!!」

 仲睦まじい二人を目の当たりにし、処女神が心の効果音を囀っていた頃。

 

「あらあら。懐かしい名前が載ってるわね」

 ジェラルディーナが寄越した資料に目を通し、アスラーグは垂れ気味の目を細める。

「この街でデッドアールの名前を見るとは思わなかったな」

 エミールは資料を捲りながら小さく言った。

 

 ジェラルディーナが壊滅を要求した標的組織『フィッシャーズ』は、迷宮都市オラリオの新興組織だ。

 彼らは諸島帝国の犯罪組織デッドアール・ギャングの元構成員で、内部抗争に敗れて流れてきた者達らしい。

 主なビジネスはオラリオとメレンの間で行う密貿易で、そのため運河港利権を奪取/拡大しようとしている。ただし……

 

「構成員は20名。幹部はウェイクフィールドを頭にダグラスとローガン。恩恵持ちは無し。弱小組織だな」とエミール。

 

『フィッシャーズ』は弱小組織だった。

 なんせオラリオは神々と眷属の情理や力関係が道理を蹴飛ばす無法都市だ。恩恵も持たぬチンピラ共が群れてイキがったところで、プチッと踏み潰されてしまう。

 

 しかも、こうしたチンピラ共を眷属に迎え入れる神々は、まずいない。

 真っ当な神々が求める眷属とは敬虔な信徒であり、試練に立ち向かう挑戦者であり、ある種ネジが外れたイカレポンチだ(好き好んで穴倉に潜り、化物と戦う人生を歩む奴らがまともなわけがない)。

 闇派閥の神々にしても、求めるのは針の振り切れた異常者である(好き好んで他人を害したり、社会をぶち壊そうとしたりする者など異常者に他ならない)。

 良くも悪くも俗人の極みであるチンピラなど、神々は眷属に迎えない。

 

 というわけで『フィッシャーズ』は自身が恩恵持ちになることを諦め、神々のファミリア、その傘下組織にならざるを得なかったようだ。

 

「ケツ持ちはイシュタル・ファミリアか」

「用心棒にソーマ・ファミリアの冒険者も雇ってるわね。レベル1だから気にする必要もないだろうけど」

 

 女神イシュタルはオラリオの歓楽街を牛耳っており、特に性風俗関連から莫大な収益を上げている。運河港利権へ手を伸ばす必要などない。ましてや木っ端犯罪組織のケツ持ちなど無用だろう。

 

 ただ、木っ端と言えど『フィッシャーズ』は密貿易を扱っているから、こいつらを介せば独自に都市外とやり取り可能となる。その利点は大きい。

 

 ソーマ・ファミリアの用心棒は簡単に察しが付く。ダンジョンに潜ってあくせく小銭を稼ぐより、用心棒として雇われる方が楽に稼げる。そんなところか。

 しかし、元より怪しいところの多いソーマ・ファミリアの団員が、犯罪組織の用心棒をしている。ほとんどファミリアと関わりを断っているリリルカより、ファミリアの暗部にも詳しいとみるべきだろう。

 

「この用心棒は“拉致”しよう」

 エミールは外食先で『一品テイクアウトしよう』みたいな口調で言った。

「そうね。絞り上げた後は適当に始末すれば良い」

 アスラーグもさらりと同意する。

 

「拠点は……運河港に停泊している河川輸送船『アンダイン号』。それと運河港傍の安宿か。御丁寧にどちらも見取り図付きか。どうやって手に入れたのやら」

 エミールが関心とも呆れとも取れる顔つきで呟き、

「俺達の目的と直接つながらない殺しだが……構わないな?」

「今更よ」

 アスラーグはあっさり了承する。

 

 この3年間、冒険者や傭兵として立ち回ってきたため、『魔女の心臓』とは関わりの無い戦いが幾度もあった。自分達の身を護るため。食い扶持や路銀稼ぎのため。たしかに今更だった。

 2人は正義の味方ではなく、闇派閥を捜索し、追跡し、狩る者なのだから。

 魔女の心臓を奪還し、敵へ報復する。そのためなら手段の善悪など問わない。個人的道徳の苦みや良心の痛みは飲み込んで終わりだ。

 

「ただし、フェルズに一報入れておく必要はあるわね。協力関係にある以上、無通告で大量殺人は良くない。同意させておかないと」

「分かった」

 エミールは淡白に応じ、資料を見ながらうなじの辺りを揉む。

「それにしても……諸島帝国の準工作機関の要請で、諸島帝国人のギャングをオラリオで始末するのか。なんだか妙な気分だな」

 

         ★

 

 宵。

 炉の女神は初子が他所の女と親しくしていることに憤慨し、友達の医神をひっ捕まえて飲んだくれていた。

 

 そんな喧騒とは程遠い、静謐な夜闇に満ちた市壁の一角。

 ケープマントを着込んだ黒妖精から事の次第を聞き、

「暗殺……だと……?」

 不死者フェルズは酷い頭痛を覚えた。

 

 頭痛を発する器官も神経も失って久しいが、感情と心理的反応が幻肢痛的感覚をもたらしている。まあ、そんな不死者の生理メカニズムはともかくとして。

 自らが計画した“宝玉”の移送計画が失敗に終わり、手配したガネーシャ・ファミリアの第二級冒険者が死亡し、ローグタウンが壊乱して死傷者発生という大惨事。これだけでも充分に頭が痛いところに、厄介な協力者達が『暗殺仕事を請け負ったから』と連絡してきた。

 

 いずれこういう事態が生じる気はしていたが、協力体制を築いて一月も経たずにこの事態。

 ――勘弁してくれ。

 

 相手が神々の眷属ではなく、常人の犯罪組織ということがわずかな救いか。

 もっとも、その犯罪組織のバックにはイシュタル・ファミリアが付いており、ソーマ・ファミリアの眷属が用心棒として雇われているという。

 ――勘弁してくれ。

 

 フェルズは苦り切った声で言った。

「もっとこう、なんというか、穏便にやれないか?」

 

「言い分は分かるけれど、裏社会の抗争だからね……死人を出すことも“仕事”なのよ」

 アスラーグはややバツが悪そうに前髪を弄り、どこか投げやりな調子で言い放つ。

「一つ貸し、ということでどうかしら?」

 

 目的――魔女の心臓に繋がることなら殺しの請負仕事も厭わない、という異邦人の姿勢に、フェルズは深く深く溜息をこぼす。

「……分かった。この件は貸しということで了承する」

 むろん、賢者は釘を刺すことも忘れない。

「間違っても一般市民に被害は出さないでくれ。それだけは断固として看過も許容も出来ない」

 

「御心配なく」

 アスラーグは貴婦人然と優雅に微笑む。

「この手のことは慣れているから」

 

        ★

 

 迷宮都市も寝息を立てている丑三つ時。

 運河港周辺はひんやりとした静寂に満ちていた。運河は街路照明の淡い光を優しく反射している。運河港周辺の飲食店は軒並み看板を下ろしており、酔客の姿は見られない。

 

 エミールは運河に接する数階建て施設の屋上に潜み、街が寝静まるまで待機していた。

 この手の“作戦”に長い待機時間は付き物。労働者が食べるような卵のサンドウィッチを高カロリーの甘い酒で胃袋に流し込み、運動量分のエネルギーを補充。

 

 運河港の船舶停留場に船首を並べる幾隻もの河川船。その中に中型河川輸送船『アンダイン号』が身を休めていた。

 宵の口から延々と観察した限り、『フィッシャーズ』の夜番は6人。巡回は2名。残りは船室に控えて仮眠なりサイコロ遊びなりして過ごしている。

 

『フィッシャーズ』の残りは運河港傍のホテル『キャプテンズ・チェア』に休んでいる。

 河川輸送船の水夫や貧乏旅客向けの安宿で、木賃宿より多少マシという代物。頭目ウェイクフィールドと幹部の他、船番以外の面子とソーマ・ファミリアの用心棒。

 

 簡単な仕事だ。

 連中が深い眠りに落ちるまで待ち、ホテルに侵入してイビキを掻いている連中の喉笛を切り裂き、ソーマ・ファミリアの用心棒を拉致する。

 

 数分で終わる仕事だ。

 と、思っていたのだが……

 

 運河港停泊場の一角、『アンダイン号』からそう離れていないところに諸島帝国が契約した輸送船が泊まっている。昼間同様に武装した兵士達に加え、長脚重装兵も警備に当たっていた。よくよく窺えば、ガネーシャ・ファミリアの冒険者も幾人か居る。

 

 明るいうちに積み込みを終え、湖岸都市メレンに出航しているはずだったのが、どういう訳か貨物船は運河港で寝息を立てており、昼間と変わらぬ重警備体制が敷かれていた。

 戦略資源たる高品質魔石やダンジョン産資源、高価な文物その他をたらふく積んだ宝船だ。重警備も道理だろう。

 

 しかし、これから殺人事件を起こす身としては、殺人現場(予定)傍に重武装の武装集団と恩恵持ちの都市衛兵達が居る状況は芳しくない。

 

 諸島帝国人の警備兵達は積極的に介入してこないだろうが、貨物船に被害が及びそうになれば躊躇なく武力行使に出る。ガネーシャ・ファミリアの恩恵持ち達は元々都市衛兵を担っている関係から、船の警備から離れて介入してくる公算が高い。

 エミールは魔女の心臓を奪還し、クズ共を皆殺しにするためなら手段を選ばない。といっても、現地の当局を敵に回すことは愚行の極みだ。それに、縁もゆかりもない他国人と違い、真面目に職務を果たす同胞を害することは避けたい。

 

 今夜は中断するのも一つの選択肢だが、エミールにとって“この程度”の任務条件なら中止に値しない。何より“こんな些事”に幾日も時間を費やしたくなかった。

 エミールは月の位置を確認し、屋上の暗がりからぬるりと進み出る。

 

 仕事を始めよう。

 

        ★

 

 神と同じ名を持つ酒ソーマは、凄まじい常習性を持つ。

 諸島帝国はその強烈な中毒性に伴う精神的異常――真っ当な判断力や自制心の喪失や道徳観念の破綻を判断材料に規制嗜好品へ指定。その使用、保有、売買を厳格に取り締まっていた。また生産者である神ソーマを人類に有害な“悪神”、ソーマ・ファミリアを悪神の眷属として認定している。

 同国自然哲学アカデミーの研究者が提出した調査報告書によれば、神酒が人体にもたらす強烈な多幸感と陶酔感、快楽は阿片と比較にならないほど強く、その効力は一種の呪物に等しいという。

 

 研究者の指摘は正しい。

 ソーマ・ファミリアの眷属達は程度の差はあれど、ほぼ全員が神酒中毒者だ。一見健常者に見えるリリルカ・アーデ少女も幼き日に少量の神酒を与えられ、その中毒性の強さをよく知っている(彼女の“酒が抜けた”理由は、酒を得られるほど上納金を稼げなかったからだ。我に返った後はファミリアから脱退するために稼いでおり、神酒は一滴も飲んでいない)。

 なお、アンダー・リゾートの夜にこの告解を聞いたエミールとアスラーグは、それぞれの事情から強い不快感を抱き、ソーマ・ファミリアを潰す際は容赦しないことを決めた。

 

 団員達の大半は神酒欲しさに金を稼いでいる。納めた金額に応じて等級と量が決まるから、団員達は文字通り目の色を変えてダンジョンに潜ったり、下位団員をカツアゲしたり、犯罪行為に手を染めたり。極少数の例外だけが“普通”の冒険者として活動している有様だ。

 

 また、ソーマ・ファミリアは神酒を適時市場に流したり、密売したりしている。

 なんせ神酒は麻薬並みに換金効率が良い商品であり、神酒を規制している国や都市への密売なら、それこそ市場価格より高額で取引される(麻薬のように規制が商品価値を実体以上に高めているケースだ)。しかも一度味わえば、よほど強固な意志力がない限り必ず中毒になる――二度と離れないヘビィ・リピーターになる。

 ソーマ・ファミリアの在り方は犯罪組織と変わらない。

 

 さて、長々とした前置きを基に、犯罪組織『フィッシャーズ』の用心棒として雇われているソーマ・ファミリアのスタニスロウについてまとめよう。

 

 スタニスロウは冒険者というより犯罪組織のチンピラでホラ吹きでペテン師でコソ泥で、神酒中毒者だ。

 しみったれた面のヒューマン壮年男性。中肉中背。ただし腹だけは出ていた。まだ中年に片足を突っ込んだ歳頃だというのに、不摂生のせいで実年齢より老けて見える。

 ぶっちゃけ『フィッシャーズ』の面々の方が強そうだ。ネアンデルタール人染みた容貌のウェイクフィールドの方がよほど冒険者らしく見える。

 

 そして、ホラ吹きでペテン師でコソ泥なチンピラのスタニスロウはレベル1に過ぎない。常人に毛が生えた程度の恩恵持ち。一応はハイステータスに分類されるステータス値だが、レベルアップに必要な偉業は皆無だ。もちろんスキルもアビリティも魔法も持っていない。

 オラリオに数千に居る冒険者達の中でも『辛うじて最底辺ではない』冒険者だ。なお、オラリオではこんな負け犬冒険者が珍しくない。若くして成功する方が極めて少ない。

 

 ちなみに、スタニスロウ自身はそんな自分の人生を悲観していなかった。

 というよりは気にしていない。神酒中毒の彼は将来のことより神酒を手に入れることを大事にしている。

 まさしく正しくノーフューチャー。

 

 

 

 真夜中の丑三つ時。

 スタニスロウは安宿のベッドから起き上がる。いそいそと身支度を整えて安宿を出て行く。

 足の向く先は『アンダイン号』。目的は船長室の金庫。

『フィッシャーズ』の頭目ウェイクフィールドは原人染みた面構えの男であるが、安宿の陳腐な金庫に大事な金を預けておくほどノータリンではなかった。金以外にも船の権利書その他諸々が船長室の金庫に収めてあり、鍵はウェイクフィールドが肌身離さず持ち歩いている。

 

 ただし、神酒中毒で元々乏しい知性と知能が大幅に後退しているスタニスロウは、ヤク中やアル中と同様に神酒を手に入れるためにのみ、日頃は犬のクソと大差ない脳ミソが人間並みに働く。

 スタニスロウは船長室の金庫を調べ、金庫の錠がバンピングで開けられることを知った。

 

 というわけで。

 

 今宵、スタニスロウは船長室の金庫を開け、金やらなんやらをごっそり盗もうとしていた。

 もちろん神酒中毒で腐りかけ脳ミソであるから、その行為によって生じる無数のトラブルなど気にも留めていない。既に一週間も神酒を飲んでおらず禁断症状が出ている脳ミソで、正常な判断など出来ようはずもない。普通の酒では禁断症状を誤魔化すことすら出来ない。金が無いから欲求不満を薬物や女で散らすことも出来ない。

 

Q:船番の見張りに見つかったら?

A:腰に下げている剣で黙らせればいい。

 

Q:船に近くにガネーシャ・ファミリアや諸島帝国の警備兵がいるよ?

A:見つからなきゃあいいだけだ。

 

 ここまで短絡的なバカが居る訳ねえだろ御都合主義も大概にしろ、と思った貴方。貴方は周囲の人々に恵まれている。世の中には途方もないバカなどいくらでもいて、このアル中ダメ男がマシに思える奴らだっているのだ。

 

 スタニスロウが宿を抜け出した直後。

 夜闇に溶けた紅色髑髏が安宿『キャプテンズ・チェア』の屋上から建物内に侵入し、無音暗殺を始めていた。

 

         ★

 

『キャプテンズ・チェア』へ侵入したエミールは仕事を手早く片付けていく。

 

 眠りこけている幹部二人と頭目の部屋へ侵入し、眠りこけている彼らの枕元に立ち、折り畳み式小剣を素早く延髄へ貫き抉る。痛みを知覚して悲鳴を上げる機会すら与えない。三人は夢を見たまま冥府に旅立った。幹部のダグラスの場合は隣に娼婦が寝ていたが、娼婦はエミールの侵入にもダグラスの死にも気づかず熟睡(うまい)を貪っている。

 

 一方的で完璧な殺し。

 

 エミールは三人を始末しつつ、それぞれの部屋を静かに家探しした。

 小規模な犯罪組織は親玉や幹部が帳簿係や事務員を兼ねることが多い。つまり組織内情報を深く握っている。

 ところが、帳簿や日記、メモ帳その他を探すも、ウェイクフィールドの部屋にそれらしいものはなかった。

 

 ――船の方か。諸島帝国の警備兵とガネーシャ・ファミリアが疎ましいが……ま、何とかなるだろう。

 エミールは小さく鼻息をつき、用心棒の部屋へ向かい、もぬけの殻の寝室を目にした。

 

「?」

 トイレにはいない。ベッドはまだ温かい。それから、装備の類が無い。

 

 眉をひそめながら窓辺の傍らに立ち、エミールはアンダイン号の辺りを窺い、見た。

 物陰伝いにアンダイン号へ近づき、船内に忍び込もうとしているマヌケの姿を。

「? ? ? 何してるんだ、あいつは?」

 

         ★

 

 某海外ドラマの科学捜査官曰く――

『バカに犯罪は難しい』

 

 

 スタニスロウは誰にも見つからず『アンダイン号』に忍び込み、船長室へ潜り込んだ。ここまでは上出来。花マルを上げても良い。

 しかしそこはバカのやること。肝心要の金庫を開ける際、バンプキーの“特性”を失念していた。

 バンプキーとは非正規開錠方法だ。大雑把に言うと、錠に非正規の鍵を突っ込み、衝撃を加えることで錠内のロックを外す方法だった。

 つまり、ガチャガチャバンバンと騒々しい。

 

 静謐な夜の船長室でそんなことをすれば……

 

「……スタニスロウ。こんな夜中に船長室でなーに遊んでんだ?」

 すわ賊かと駆け付けた夜番の者達は、金庫の前に屈みこんでガチャガチャやっているスタニスロウへ冷たい、とっても冷たい目を向けていた。

 

「ななな何でもねえよ何でもねえってえとそのそう! 探し物! 探し物してるだけだって何でもねえんだってマジでほんとに嘘じゃねえから」

 目を左右に泳がせながら冷や汗だらだらに早口で言い訳するスタニスロウ。と、汗ばんだ手からバンプキー用の鍵が滑り落ちる。

 

「…………」

 夜番の者達とスタニスロウの間に気まずい沈黙が生じ、同時に不穏な雰囲気が急激に広がっていく。

 

 恩恵持ちと常人の身体能力(協議では戦闘力)の差は、巨塔バベルより大きい。常人は決して冒険者に勝てない。雑魚いレベル1でもハイステータスのスタニスロウなら、夜番達を鎧袖一触に出来るのだ。

 が、狭い室内で袋にされれば、その限りではない。蛮刀やハンマーで滅多打ちにされれば、スタニスロウはあっさり死ぬ。所詮はレベル1だ。

 

 むろん、夜番の者達もスタニスロウと戦って無事に済むと思っていなかった。しかし、ここでスタニスロウを見逃したことが頭目にバレたら、恐ろしい事態が待っている。戦わないという選択肢はないのだ(当然ながら彼らはウェイクフィールドが死んでいることを知らない)。

 

 というわけで。

 

「スタニスロウ。腰の得物捨ててこっち来ぉ」

 夜番の班長が蛮刀を握り直しながら一歩前に出た。他の面々も得物を構え、じりじりと距離を詰めていく。

 素直に従えば拘束。従わないなら、この場で袋にしてぶっ殺す。相手は恩恵持ちでこっちは常人。数と部屋の狭さを活かして袋叩きにするのみ。

 

 武器を携えたゴツい男達に半包囲され、

「ほ……ほああああああああああああああああああああっ!!」

 スタニスロウはパニックを起こし、ヤケクソに腰の得物を抜いた。

 

      ★

 

「ええ……」

 エミールは酷く困惑していた。

 ホテル『キャプテンズ・チェア』を出て河川貨物船『アンダイン号』の甲板へ幽霊のように侵入。船楼へ近づいて船長室を覗き込めば、

 

「ほっほあっほあああああああああああっ!」

 奇声を上げる中肉中背の男と、

「このアル中野郎がぁッ!!」「スタ公っ! チョーシこいてンじゃねえっ!!」「おおおっ!? 俺の手ェええっ!?」「あぶっ! あぶねっ! どけよっ!」「うるせええっ! テメェこそ邪魔だあっ!!」

 6人のチンピラ共が大騒ぎしていた。

 

 狭い船長室に七人も詰め掛けてのチャンバラは、さながら乱交のような有様。間合いだの技だの言う余裕はない。どいつもこいつも得物や拳を振り回し、時に仲間を傷つけながら調度品を破壊し、壁を割り、床や天井に血飛沫を散らす。

 

 まさしく正しくしっちゃかめっちゃか。

 

 静謐な丑三つ時にこのバカ騒ぎ。当然ながらバカ共の怒号と叫喚は船外まで届き、貨物船を警備していた諸島帝国の兵士や長脚重装兵達も反応する。ガネーシャ・ファミリアの団員達などは様子を見るべくアンダイン号へ足を向け始めた。

 

 エミールは顔を隠す紅色髑髏の覆面の中で、ぼやいた。

「まいったな」




Tips

『フィッシャーズ』
 諸島帝国人のオリ組織。表の顔は河川運輸業者。裏の顔は密輸業者。
 所有する河川船『アンダイン号』は原作に登場するウンディーネ号の英語読み。

ウェイクフィールド。
 DishonoredのDLCに登場する暗殺ターゲット。
 デッドアールズ・ギャングの副長でボスの座を狙ってクーデターを起こす。
 本作では帝国を離れ、オラリオで弱小ギャングを立ち上げた。

ローガンとダグラス。
 DishonoredのDLCに登場するマイナーキャラ。
 ウェイクフィールドのクーデターに参加。プレイヤーによっては生き延びるが……
 本作ではウェイクフィールドと共にオラリオで弱小ギャングを始めた。

スタニスロウ。
 Dishonored2に登場するマイナーキャラ。
 原作では絡繰り屋敷に忍び込み、脱出できない場所に入り込んで衰弱死したコソ泥。
 本作ではソーマ・ファミリアのアル中冒険者。

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