虚無を歩く者がオラリオに現れたようです 作:リバークラスト
「女の臭いが残ってるわよ。シャワーはきちんと浴びて帰って来なさいな」
アスラーグは紅茶にミルクと砂糖を加えながら、帰ってきたエミールをからかうよう。
「それでベッド上の戦いは勝てた?」
「ベソ掻かせてやったよ」
エミールは椅子に腰を下ろし、そろそろと息を吐く。
結局、エミールはジェラルディーナと連れ込み宿へ行き、くんずほぐれつ。
亡くした恋人を忘れたことは一日として無かった。が、死者に操を立てることはしていない。愛の無い性行為は他人の身体を使った性欲処理に過ぎないし、肉の快楽を通貨とする取引でしかない。
復讐と報復が燃料であるうちは、エミールが他の女を愛することは無いし、他の女に入れ込むこともない。ジェラルディーナもベッドでその事実を過不足なく理解しただろう。
「それで、情報は?」
アスラーグに問われ、エミールはバツが悪そうに栗色の髪を掻いた。
「……ベソ掻かせたせいで後日に持ち越しとなりました」
「それはそれは」
くすくすと喉を鳴らし、アスラーグは蒼紫色の瞳をエミールへ向け、冷ややかに告げた。
「明日は一人でダンジョンに潜って、気を引き締め直しなさい」
「御言葉のままに」
がくりと項垂れ、エミールは大きく溜息をこぼした。
★
ダンジョン下層にて、剣姫アイズ・ヴァレンシュタインが団長のフィン達と別れ、九魔姫リヴェリア・リヨス・アールヴと共にさらにダンジョンの奥底へ潜っていった頃。
『女主の神娼殿』の豪華で豪奢な大広間。
広間には水着や下着と大差ない格好の戦闘娼婦達が並び、最奥の高い上段は白絹のパーティションが下がっており、御座に横臥する大女神を目視することは敵わない。
白絹のパーティション前に立った美青年――副団長タンムズ・ベリリが大広間の真ん中で平伏する狸人中年男へ告げた。容姿に相応しい美声で。
「言上を述べよ」
パーティションは開けられない。イシュタルが顔を拝ませる気はないという意思表示。使者に対して非礼この上ないが、イシュタル・ファミリアとソーマ・ファミリアの力関係を考えれば、ある意味で妥当な塩対応である。
「へ、へへえ!」
ソーマ・ファミリアの狸人冒険者カヌゥは平伏したまま、女神イシュタル(正確にはパーティション越しにうっすら見えるイシュタルの影)へ言上を申し奉る。
「主神ソーマと団長ザニス・ルストラは団員スタニスロウが起こした凶行により、女神イシュタル様とその眷属の皆さまに多大なご迷惑をお掛けしたことに遺憾の意を示し、衷心の証としてここに詫び状を提出し、また賠償金5千万ヴァリスと主神ソーマが仕込みし最上の神酒2樽を納めさせていただきます」
なんで俺がこんな目に、とカヌゥは思う。思わずにいられない。
ここまでは良い。ソーマ・ファミリアとしての選択である。
気に食わないことは、ザニスがたまさか拠点に居た自分を捕まえ、イシュタルの許へ使者として送り出したことだった。
なんで俺がこんな雌ライオン共の巣穴に来て土下座しにゃあならねェんだ。あのクソ眼鏡野郎、死ね。
言上を述べ終わってもイシュタルの反応はなく、大広間に重い静寂が満ちる。戦闘娼婦達に睥睨されながら、カヌゥは土下座を続けた。両脇と胸元と背中には冷や汗で染みが出来ており、額を伝う汗が大理石の床にポタポタと落ちていく。
イシュタルが瀟洒な扇子を小さく振り、パーティションが開かれる。
上座からカヌゥを見下ろすイシュタルの目つきは路傍の小石を見るより冷淡だった。侮蔑や嘲弄の価値すらないように。
イシュタルは再び扇子を振り、タンムズがカヌゥへ告げた。
「これよりイシュタル様が御下問される。直答を許す」
へへえ、とカヌゥは大理石の床に額を擦りつけた。本音を言えば、もう逃げ出したかった。
優雅に扇子を開き、イシュタルは口元を覆いながら静かに、だが、冷たい声で言葉を紡ぐ。
「私の庇護下にあった者達がソーマの眷属に命を奪われてから、4日だ。ギルドとガネーシャ・ファミリアの仲裁を受け入れ、私はお前達のファミリアに時を与えた」
黄金色の瞳がカヌゥを見据え、
「私の寛大な譲歩に対し、お前達は4日も無為に待たせた末、愚にもつかぬ下男を寄こした挙句、戯言を記した紙切れ一枚、それに
大女神は質す。
「お前達はこのイシュタルを愚弄しているのか?」
瞬間、大広間にイシュタルの怒気が吹き荒れた。オリエント屈指の大女神が放つ圧は天災の如し。子たる戦闘娼婦達ですら全身から冷や汗を吹き出し、愛妾のタンムズも顔から血の気を引かせていた。カヌゥなどは土下座したまま一瞬、意識が飛びかける。
これがそこらの上位冒険者相手なら、小悪党カヌゥは得意のペラを回し、百万言でも吐いて言い訳し、言い逃れを試みただろう。ソーマ・ファミリア団長ザニスもそんなカヌゥの生き汚さや往生際の悪さを期待して送り込んでいた。
しかし、大女神イシュタルの激甚にして苛烈な威圧に当てられ、カヌゥ御自慢の舌先は凍り付き、呻き声すらこぼせない。心胆はこれ以上ないほど竦みあがり、陰茎と陰嚢に至っては失禁も出来ぬほど萎縮していた。
神の怒り。その恐ろしさを初めて体験したカヌゥに、出来ることは、何もない。
イシュタルはパチンッと扇子を畳む。2人の戦闘娼婦が即座に失神寸前のカヌゥを抱え、ぞんざいに大広間から連行し、神娼殿からゴミ袋のように放り捨てた。
「我が庇護下の者が9人失われたゆえ、ソーマ・ファミリアに倍の命を以って贖わせる」
戦争と豊穣と性愛と美、明星を司り、王権と光を守護する大女神は宣告する。
「フリュネを送り込め」
★
フリュネ・ジャミールという女が居る。
イシュタル・ファミリアの団長で、身長2Mを超すおかっぱ頭のヒキガエルというべき醜女で、激烈に肥大化した自尊心と強烈な傲慢かつ驕慢な女で、協調性皆無の自己中心的利己主義者で、団の運営能力も団員の統率力と人望も皆無に等しかった。レベル5の腕っぷし以外に評価すべき点が無いと言っても良い。
ただし、3年前にフリュネが大嫌いな剣姫アイズをぶっ殺そうとして返り討ちに遭い、ガチで死にかけたことで、話は少々変わる。
本来ならば治療院に担ぎ込み、エリクサーやらなんやらをブッコんで全快させるところなのだが、女神イシュタルは“女医”を呼び寄せ、治療に当たらせた。
その治療に立ち会ったタンムズは、慄きながら周囲に語った。
『アレは治療なんかじゃない』
イシュタル・ファミリアの団員達もすぐにその意味を理解した。
治療後のフリュネが別人になっていたからだ。
大きな頭と肥えた胴、短い手足とヒキガエル染みた容姿が骨格レベルで変化した。頭部は常識的なサイズに縮まり、2Mを超す身体は引き締まり、手足は長く伸びていた。全身が高密度の筋肉に鎧われている。たとえば胸元など乳房なのか大胸筋なのか分からないほどだった。さながら
増上慢と傲岸不遜を絵に描いたカエル面は、今や超然とした覚者染みたものになっていた。おかっぱの前髪から覗く双眸は、誰もが慄くほどの異質性を漂わせていた。
何より、フリュネの人格核というべき傲岸不遜さが失せ、病質者的異様性が濃くなっている。
フリュネ・ジャミールは本当に別人と化したのだ。
芋虫が蛹の中で体を蝶に作り替えるように。肉体も人格も、あるいは魂までも。
治療を生き延びただけでレベル6に上がったのも、
イシュタル・ファミリアの団員達はこれまでフリュネを嫌悪して唾棄していた。が、このフリュネVer2に対しては恐怖と怯懦から忌避している。女神イシュタルすら、”生まれ変わった”フリュネと接する際は必ず複数人の護衛を配し、退路を確保している。
アイシャ・ベルカは語る。
『ヒキガエルだった頃のフリュネは、視界に入れたくもないクソ女だった。でも今の灰色熊みたいなフリュネは……怖いんだ。近づきたくない』
ともかく、Ver2になったフリュネは新たな二つ名“
★
静かな月夜。
ソーマ・ファミリアの拠点は居館に加えて酒造所と大倉庫を備えており、冒険者の巣穴というより酒蔵のようだ。
拠点正門は鉄柵型開き戸門で、傍らの門衛所では2人の団員が夜番の退屈しのぎに札遊びをしていた。
「イシュタル・ファミリアとの手打ちがコケたってマジか?」
「そりゃカヌゥなんて小汚いオヤジを送り込んで上手くいくわけねェ。俺みたいなデカチンのイケメンじゃなきゃあ、女神も戦闘娼婦も満足しねえさ」
「早打ち野郎がよぉ言うわ」
「代わりに連射が効くぜ」
ははは~。
そんな馬鹿話を交わしているところへ、スコンッと甲高い音が響き、門衛所出入り口のタンブラー錠が貫かれた。
「「は?」」
門衛2人が壁に当たって落ちたタンブラー錠を唖然と見た、直後。
出入り口のドアが勢いよく開き、大きな影が疾風のように突入。
え? と門衛達がドアへ顔を向けると同時に、あまりに分厚く厳めしい曲刀が2人をまとめて破壊。どぐしゃっと門衛所内に人体が壊される音が響き、2つの上半身と2つの下半身が床に転がった。無惨な断面から臓物がこぼれ、鮮血が床に広がっていく。
一瞬で2人の冒険者を肉塊に変えた影は、2Mを超す毛無灰色熊みたいな筋骨隆々の大女で、ムチムチの身体を黒革のボンデージで包み、太く長い脚をゴツいロングブーツで覆っていた。
イシュタル・ファミリア団長にして大女神の最強戦力。
“全てを平らげるもの”フリュネ・ジャミール。
目元を隠す前髪の隙間で白目部分の乏しい双眸がぎょろりと蠢いた。感情がまったく読み取れない黄色い瞳は怪物を思わせる。
門衛所に突入した時の鮮烈な動きが嘘だったように、フリュネは縄張り内を闊歩する熊のように泰然とした足取りで門衛所を抜け、ソーマ・ファミリアの敷地内に入っていく。
「ひぇえ……」
そのフリュネに続き、牛人の戦闘娼婦パトリスが凄惨な殺人現場となった門衛所に足を踏み入れる。その背中に特注の大型クロスボウ・ライフルを担ぎ、両脇にはゴツい矢弾束が詰まった袋を抱えていた。
パトリスは荷物持ち兼立会人としてフリュネに同行させられたことを内心で嘆く。
イシュタル様、ホントに酷いっす。勘弁してくださいよぉ。
もっとも、パトリスの認識は甘い。
惨劇は始まったばかりだ。
★
悲愴な断末魔がつんざき、ソーマ・ファミリア団長ザニス・ルストラが飛び起きた時、既に12人の団員がフリュネに惨殺されていた。
フリュネは灰色熊が餌を求めて散策するように、ソーマ・ファミリアの居館内を悠然と闊歩。団員と出くわすと恐るべき俊敏さで襲い掛かり、悲鳴を上げる暇もなく破壊した。
凶悪な曲刀で叩き切られた亡骸はいずれも四肢や頭部をもがれ、胴を砕かれ、廊下や部屋に臓物と鮮血をまき散らしている。ある者は文字通り四散し、腸内の糞尿に塗れた無惨極まる屍を晒していた。
もっとも、フリュネが曲刀で斬り殺したのは7人までだ。
7人目の返り血が乳房か大胸筋か分からないが、とにかく胸元に付着すると、瞬きしない双眸を細めて曲刀を鞘に収めた。代わりに、丁稚のように付き従うパトリスからクロスボウ・ライフルを受け取り、目につく者を片っ端から撃ち殺していった。
諸島帝国製の半自動機構を備えた大型クロスボウは
空気を殴りつける弦と弓の駆動音。空気を引き裂く矢弾の風切り音。そして、命を奪う破壊音に、死体と血肉が飛散する音色。
「オォロロロロロ」
パトリスは今宵、四度目の嘔吐をぶちまけた。胃酸の酸っぱさと喉の痛みにベソを掻く。
もぉやだぁっ!! お家に帰りたいぃぃいいっ!!
悲惨で凄惨で無惨な殺人を重ねていくフリュネは、超然として瞬きもせず無表情のままだ。
まるで理不尽そのものが人のカタチを為しているように。
怪物の襲来にソーマ・ファミリアの団員達が得物片手に駆け付け、フリュネを目にするが否や踵を返し、恥も外聞もなく逃げ出していく。
怪異な容貌が漂わせる恐怖感。レベル6が放つ超人的威圧感。白目部分の乏しい黄色の双眸が示す非人間的強圧感。低レベル冒険者ばかりのソーマ・ファミリアに、フリュネへ立ち向かえる者など一人として居なかった。
そうして、フリュネは廊下で17人目のソーマ・ファミリア団員――明らかに荒事慣れしてない獣人女性を容赦なく射殺し、ゴミを避けるように死体をまたいで主神ソーマの執務室に向かう。
執務室は鍵が掛かっていたが、フリュネは左手を錠前に伸ばしてデコピン。
スコンッとタンブラー錠が抜け飛び、フリュネは右手に大型クロスボウを下げ持ったまま執務室へ入った。ふらつきながらパトリスも続く。
月光の差し込む執務室には三つの人影。
憮然とした様子の男神ソーマ。顔を土気色にした団長ザニス。泣きべそを掻いている平団員。ソーマはともかくザニスと団員は恐怖と戦慄のあまり、悲鳴も発せない。
フリュネは瞬きしない双眸を蠢かし、それぞれの顔を見回した後、転がっていた椅子を起こして座る。筋肉達磨な巨躯を受け止めた椅子が小さな悲鳴をこぼした。
矢弾をザニス達へ向けたまま大型クロスボウを膝に乗せ、フリュネはゆっくりと口端を吊り上げていく。
「どう思う?」
「な、なに?」
ザニスが身を震わせながら反問すると、フリュネは薄い笑みをゆっくりと消した。前髪の間で黄色い瞳が蠢く。その瞳から感情を読み解くことはできない。
「イシュタルからは18人殺せと言われている。指定は無かった。ソーマや団長の扱いについて指示を受けてない。どう思う?」
ソーマ・ファミリアの団員が跪いて泣き喚く。
「おおおれはた、ただの下っ端だっ! ケジメを取るなら、ザニスを殺せよっ!」
「き、貴様、何を――」ザニスが血の気が引いていた顔を真っ赤にする。
「うるせェクソ眼鏡ッ! 団長らしく責任取って死ねっ!」
「ふざけるなっ! 貴様こそ団員なら団長の俺のために死ねっ!」
ザニスと団員の醜悪な罵り合いに、『ひっどいな、こいつら』とパトリスは呆れながら目線を主神ソーマへ向けた。
ぼさぼさの長髪が顔を覆っているため、表情はよく分からない。でも、この状況――大勢の
そして、フリュネはその無様なやり取りを無感動に眺めている。何を考えているのか全く分からない。怖いよぉ早く帰りたいよぉ。
パトリスが居心地の悪さに顔をしかめ、ザニスと団員が罵詈雑言を浴びせ合う中、ソーマがおもむろに執務机の引き出しを開ける。
ソーマは凡庸な酒瓶を傾け、グラスに指二本分の美酒を注ぎ、フリュネに差し出した。
「飲め。お前に私を殺して天界へ還す資格があるか、試す」
「資格?
フリュネは再び薄笑いを浮かべ、クロスボウの引き金を引いた。矢弾がソーマのグラスを打ち砕き、壁に深々と突き刺さる。半自動機構により弓が回転して弦が引かれ、次弾が装填された。「ひぃっ」とザニスと団員が屈みこむ。
「
無情動に告げ、フリュネは酒を台無しにされて静かに激昂するソーマを無視し、懐からヴァリス硬貨を一枚取り出す。
太く厚い左手で硬貨を弾き、パシンと指先で膝に押さえ隠す。
「当てろ」
その言葉の意味が分からない者はいなかった。
コイントスに命を賭けろ。
おかっぱ頭の長い前髪。その隙間から覗く黄色い瞳に、悪意的冗句や嗜虐的愉悦の色はない。その超然とした非人間的目つきは、如何なる道理も理屈も拒絶し、如何なる交渉も取引も拒否していた。
表裏どちらかを選択して宣言し、当てれば生。外せば死。
ザニスと団員は全身をブルブルと大きく震わせ、歯をガチガチと鳴らす。
たかがコイントスで本当に死んじまうかもしれないという状況を認識した瞬間から、ザニスと団員は圧倒的恐怖と絶対的怯懦に襲われていた。
2人の目には眼前の巨女が理不尽と不条理の権化に見える。恐怖によって汗や涙となって体液が絞り出され、生気が擦り削られていく。
ザニスはボロボロと涙をこぼし、だらだらと鼻水と涎と冷や汗を流しながら、心の中で慟哭する。
なぜ……どうしてこんな……っ! なんでこんなことが………っ! なんで……こんな……こんな理不尽な目に俺が……っ! 俺はただバカ共から金を巻き上げて贅沢をして暮らしたいだけなのに……っ! こんなこと……ひ、ひどすぎる……っ! ひどすぎる……っ!
「……表だ」
ソーマがあっさり宣言した。ザニスはぐしゃぐしゃの顔を引きつらせた。
こ、このクソ神がぁっ! さらっと決めやがって、貴様が人を中毒にするようなあぶねえ酒を造るだけで、ファミリアをまともに回さねェから、こんなことになったんじゃねェかっ! なのに、なのに、ぶっ殺されても天界に還るだけだからって気楽に決めやがってよぉッ!! 神のクズがこの野郎……っ!
心の中で八つ当たり甚だしい罵詈雑言を並べるザニス。
と、
「次はお前らだ。決めろ」
フリュネがぎょろりと黄色い瞳をザニス達へ向けた。
「ぅ、ぅうううう……っ!」
表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か表か裏か。
どっちだどっちなんだどちらが当たりなんだソーマの野郎は何か確信があるのかテキトーに抜かしただけなのか俺もソーマに倣うか逆張りすべきかどっちだどっちにすれば良いどっちを選べば良いんだどうすればどうすればどうすれば。
「ぅうううう、お、俺は」
ザニスが泣き過ぎてふやけそうな目をフリュネに向け、決断を口に――
「マ」瞳孔をバッチバチに開けた団員が「ママアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
恐怖と緊張に精神的臨界を超えた団員が窓に向かって駆けだし、頭から飛び降りた。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――グシャン!!
液体が詰まった重たい肉袋が弾ける轟音と共に絶叫が途絶えた。パトリスが慌てて窓から眼下を覗き、おずおずと告げる。
「あの、フリュネ様。あいつ、し、死んじゃいました。その、あいつでイシュタル様の御命令なさった18人目です」
じとり、とフリュネに見据えられ「ぴぃっ!?」とパトリスが竦みあがった。
フリュネはゆっくりと左手を上げる。
膝上のコインは表だった。
「当たりだ」
フリュネはピンッとコインを弾いてソーマに渡す。
「取っておけ。それは幸運のコインだ」
熊のようにのそりと立ち上がり、フリュネは執務室の出入り口へ向かい、ふと足を止めた。
「ただのコインだが」
にたりと薄く微笑み、フリュネは泰然と去っていく。パトリスが慌ててその背を追いかける。
残されたソーマはグラス片と共に床へ飛散した神酒を見下ろし、渡されたコインを見つめる。
視界の端で、一気に老け込んだザニスがへたり込み、茫然自失状態のまま失禁していた。
★
翌朝、『ソーマ・ファミリアの惨劇』が広まり、ギルドは暴力行為に至った事態に遺憾の意を発表。しかし、イシュタル・ファミリアに課された処分は、数百万ヴァリス程度の罰金だけだった。
新聞を読んだリリルカは『ファミリアと疎遠にしていて正解だった』と心から安堵の息を吐き、愛らしい顔に冷淡な表情を湛えて呟く。
「ざまあみろ」
TIPS
フリュネ・ジャミールVer2。
ダンまちキャラも弄って、某アカデミー賞四冠作品の某キャラをオマージュしてみた。
『こういうのはイカンよ』と怒られたら直します。
パトリス。
Dishonoredのテキストに出てくる女性。
田舎から出てきて、いろいろあって娼婦になってしまった。
本作では牛人の戦闘娼婦。
牛人はサービス終了したダンまちのソシャゲに登場してた。