虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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独自設定がございます。


27:風吹けば誰かが儲かる。

「ファイアボルトッ!!」

 ベルが超短唱魔法を唱え、左手から煌々とギラめく炎雷が疾駆した。複数体のゴブリン達が悲鳴を上げる間もなく焼死し、ボクサースタイルと呼ばれる筋肉収縮姿勢の屍を晒した。

 

「ふむ」

 覚えた魔法を見て欲しいベルの要請に応え、ダンジョン潜りに同道したアスラーグは腕を組みつつ、顎先を撫でる。

 

 威力があり過ぎる。明らかに魔法を覚えたばかりのステータス値で生じる威力じゃない。

 ……この子は何かしらのスキルを有してるのね。魔法か、ステータスそのものに反映するスキルを。

 

 アスラーグは識見と経験から、女神ヘスティアがベル本人にも秘匿している事実をあっさりと推理する。齢100を超える魔女は伊達ではない。

 

「あの、アスラさん。僕の魔法に何か変なところがありました?」

 思案顔のアスラーグにおずおずと問うベル。

 

 アスラーグは小さく首肯してから、

「いえ。ベル君の魔法をどうやって鍛えてようかと思ってね」

 提案する。

「まずは魔法の威力を制御できるようになるべきかな。とりあえずは最大と最小を試しましょうか」

 

「最大はなんとなく分かりますけど、最小もですか?」と小首を傾げるベル。

「あら。全力を出すだけより難しいわよ? 魔力をきちんと制御しないといけないからね」

 アスラーグは姿を見せたダンジョン・リザードへ魔法を唱える。

 

「黒き水面より出でて食らいつけっ! アンブラ・ピストリクスッ!」

 ダンジョン・リザードの影から飛び出した漆黒の鮫が、真っ黒な顎でダンジョン・リザードの身体をバラバラに食い破る。

 

「何度見てもエグい……」と本日はサポーターとして同行しているリリルカが慨嘆する。

 一週間の訓練期間中にアスラーグの“鮫”を見たことがあるベルも、顔を引きつらせていた。

 

「今の威力を覚えておいてね」

 そう言い、アスラーグは再び“鮫”を放つ。

「黒き水面より出でて食らいつけっ! アンブラ・ピストリクスッ!」

 

 別のダンジョン・リザードの影から漆黒の鮫が飛び出す、も、その顎はダンジョン・リザードを嚙み千切ることができず、噛みついたままビチビチと暴れるだけ。やがて効果時間が終わって消失した。

 ケツに噛み跡を作ったダンジョン・リザードが憤慨してアスラーグに襲い掛かり、すぱり、とレイピアで切り捨てられた。

 

「このように同じ魔法でも魔力量で威力が異なるわ。威力を制御することで魔量を効率的に扱えるし、戦い方に幅を持たせられる」

「ほえー……」とベルは感嘆をこぼす。

 

「まあ、昨日今日魔法を覚えたばかりで出来ることでもないけどね。とりあえずは魔法を使う感覚を積みましょう。ベル君。今日は魔法だけで戦いなさい」

「魔法だけ、ですか? でも、それだとマインドダウンが……」

 先日の夜が脳裏をよぎり、想い人に膝枕されていたことを克明に思い出し、ベルはポッと顔を赤くする。

 なんで顔を赤くしてるんだろう? と不思議そうなリリルカ。

 

「マインドダウンに至るまでの感覚や自分の限界を知ることも大事よ。それに」

 アスラーグが悪戯っぽく口端を緩め、

「倒れたらお姉さんが膝枕してあげる」

 

「そういうことは冒険者様を支えるサポーターの務めですっ! ベル様、膝枕はリリがしてあげますからっ!」

 リリルカが慌てて口を挟み、

 

「お気持ちだけで充分ですぅ――――っ!」

 膝枕してくれていた剣姫から逃げ出したことを思い出し、ベルは悲鳴を上げて駆けだした。

 

「ベル君は初心で可愛いわね」と微苦笑するアスラーグ。

「あの反応……何か隠してます」と女の勘を発揮するリリルカ。

 

        ★

 

 ベル・クラネル少年が楽しい魔法実習をしている頃、エミールは既に第18階層の一角に潜伏していた。今回もアスラーグにカバーストーリーを任せてある。今回はどんな設定になるのやら……

 ヘルメス・ファミリアの面々はローグタウンの宿で待機しており、エミールは彼らが出発次第、尾行する予定だ。

 

 折り畳み式小剣を展張させ、エミールは乾式砥石でゆっくりと刃を研ぐ。

 二柱の神の血を吸った刃は砥石を擦りつける度、ぬめった光沢が増していく。比例して、深青色の瞳も復讐心にぎらついていく。

 

 殺す。

 ダンウォールの件に関わった奴らは一人残らず、必ず殺す。

 

 我が復讐を妨げる者あらば切り捨てる。

 我が報復を阻む者あらば撃ち倒す。

 

 エミールは刃を研いでいく。力を込めてゆっくりと。

 

        ★

 

 色々な意味で窮状に追いやられつつあるソーマ・ファミリア。

 中でも中年狸人カヌゥ・ベルウェイは散々だった。

 リヴィラの街でリリルカからカツアゲを試みてエミールにボコられて以来、ツキに見放されている。

 

 まずリヴィラの街でぶっ飛ばされた際、治療費をぼったくられ、掘っ立て小屋をぶっ壊した件の賠償金を背負わされた。

 次に、その件を逆恨みし、リリルカを探してダイダロス通りに踏み込んだら街区のチンピラ共に襲われ、文字通り半殺しに遭った挙句に身包みを剥がされた。

 トドメにイシュタル・ファミリアの使者をやらされ、話をまとめられなかった件と抗争の責任を追及され、仲間達から袋叩きに(特に団長ザニスの八つ当たりが酷かった)。

 

 今やカヌゥと2人の手下達は高額の借金を抱えており、次の返済日までに金を用意できなければ鉱山に沈められかねない有様だ。

 まあ、自業自得、因果応報なのだが……その事実をカヌゥが受け入れられるかは別問題。

 

「全部アーデのせいだ。あのクソガキが俺に逆らったせいで、崖っぷちに追い込まれちまった」

 カヌゥは怨嗟をこぼす。その双眸には狂気が宿っていた。

「あのガキはクソ眼鏡(ザニス)の戯言を信じて銭をしこたま貯め込んでる。その金を分捕ってメレンかラキア辺りでほとぼりが冷めるのを待つ。それしかねえ」

 

「で、でもよぉ……カヌゥさん。アーデにゃあ凄腕の2人組が引っ付いてるぜ?」と手下A。

「大丈夫だ。今、アーデはあの二人組じゃなくて駆け出しのガキと組んでる」

 カヌゥはにたりと歯を剥く。この二月近くの間に前歯が何本か足りなくなっていた。

「まとめて痛めつけちまえば良い。なんならぶっ殺したって構やしねえ」

 

「殺すって……そのガキはどこのファミリアのもんなんです? ヤベェとこの団員だったら……」と手下B。

「抜かりぁねえ」カヌゥは鬱陶しそうに「駆け出しのガキはヘスティアっつう聞いたこともねぇ神の弱小ファミリアだ。ぶっ殺しても問題ねぇよ」

 

 カヌゥは足りなくなった前歯を弄りながら、

「パルゥムのクソガキがよぉう……役立たずのサポーターがよぉう……ちっと腕が立つ余所者組んだからって冒険者の俺に楯突きやがってよぉう……こいつぁ許せんよなぁ……」

 血走った眼で虚空を睨みながらブツブツと呟く。

「手足をへし折って顔面を殴り潰して、ぶっ壊れるまで犯してから、生きたままモンスターに食わせてやる。小汚ぇサポーターのガキ風情が俺を舐めやがって……地獄を見せてやるぜ」

 

 正気を失っているとしか思えないカヌゥの様子に、手下2人は不安そうに顔を見合わせる。が、カヌゥ共々借金の沼に沈みつつある2人には、もはや選択肢はなかった。

 選択肢は、もう無いのだ。

 

        ★

 

 翌日。

 リリルカとベルが巨塔バベルへ入っていく。

 2人の他に黒妖精も青年も居ないことを確認し、カヌゥと2人の手下が巨塔バベルへ向かっていく。

 

 その様子を遠巻きに見ていたギルド職員のハーフエルフ眼鏡娘エイナ・チュールは焦燥に駆られる。

 ――なんで今日はあの2人だけなのっ!? 昨日はクラーカ氏が一緒だったのにっ! グリストル氏はどこ行ったのっ!?

 

 

 さて、ここで少し時計の針を戻す。

 剣姫アイズ・ヴァレンシュタインが階層主ウダイオスとタイマンを張って勝利し、地上へ帰還した翌日。

「キタ―――――――――――――――――――――――ッ!!」

 恩恵を更新すると、女神ロキが歓声を上げた。

 アイズの恩恵がついにレベル6へ到達したのだ。

 

 別の世界線ではソーマ・ファミリアの件を調べる過程で、エイナ・チュールがロキ・ファミリアを訪問しており、あれこれ情報を得る訳だが……

 この世界線におけるソーマ・ファミリアは置かれた状況が大きく異なり、またエイナ・チュールは何もわざわざロキ・ファミリアなんぞに行かなくても、情報はいくらでも手に入った。

 だって、ギルド職員だし。

 

 同僚のローリア女史から痛烈な非難を浴びたが、エイナは自分を曲げたりしない。担当冒険者を能う限り支えると決めているから。

 休憩の合間。エイナ・チュールは上司の班長にさりげなく尋ねる。

「ソーマ・ファミリアは問題行動が多いですよね? 今回の事も団員がギャングと関わっていたことが原因のようですし……何か知ってます?」

「簡単な話だよ」班長は茶をしばきながら「ソーマ・ファミリアは主神がファミリアを統制してないんだよ」

 

「え」エイナが目を瞬かせる。

「あそこの主神は昔から酒造りにしか興味が無い。今回の件で団員が大勢死んだが、屁とも思ってないだろう」

 班長は溜息をこぼした。

「で、団員の方も主神なんかどうでも良いと思ってる。神酒が呑めれば、あるいは神酒を用いて金を稼げれば良い、てな。酷いもんさ」

 なんでそんなファミリアを放ってるのよ! とエイナは内心で憤慨した。

 

 

 が、今は担当している冒険者――ベル・クラネルの安全が優先。

 現状、ソーマ・ファミリアの小人族サポーターと一緒にいることは危険すぎる。なんとかせねば。

 エイナがそんなことを考えていた矢先に、ベルと件のサポーターはダンジョンに行き、2人を尾行する怪しい3人組を目撃。

 

 不味いっ! 絶対に不味いっ! 不味い不味い不味いっ! 何とかしないと……っ!!

 エイナが冷や汗を掻き始めたところに、『モンスター絶対殺すガール』が巨塔バベルにやってくる。

 

「ヴァレンシュタイン氏っ!!」

 エイナは地獄で仏を見たカンダタのような顔で、突然名前を呼ばれて戸惑う剣姫の許へ駆け寄った。

「お願いがあるんです、ヴァレンシュタイン氏っ!!」

 

「? ? ?」

 鬼気迫る剣幕で詰め寄られ、アイズはただただ困惑した。

 

         ★

 

 黒づくめ髑髏は不安を覚えていた。

 

 エミール・グリストルのデリラ信奉者に対する憎悪と怨恨は凄まじいものがある。もしも24階層で怨敵と遭遇した時、タガが外れてしまうかもしれない。

 もしも、何かの行き違いからエミールとヘルメス・ファミリアが対立したら……色々と面倒な神ヘルメスがウラノスとギルドを敵視するようになるかもしれない。

 

 やはり保険を掛けておこう。

 

 というわけで、フェルズは透明化してバベルの足元――ダンジョン出入り口の隅に潜み、白羽の矢を立てるべき相手を見繕っていた。

 あれは実力不足。あれはこういう仕事に向いてない。あれは派閥が論外。あれは……主神がダメ。あれはオツムが足りない。

 うーむ……どうしたものか。

 

 フェルズが困り果てたところへ、冒険者達の注目を浴びながら美少女剣士がエントリー。

 ロキ・ファミリアの剣姫か。

 実力は問題なし。ロキ・ファミリアを敵に回したくはないが……食人花の件では当事者か。無関係とも言えん。

 ……よし。

 

 フェルズは姿を消したまま、アイズ・ヴァレンシュタインを尾行してダンジョンへ入っていく。

 

         ★

 

 北京の蝶が羽ばたけば、マンハッタンで突風が生じる。

 ドミノの駒が一枚倒れれば、連鎖して無数の駒が倒れる。

 風が吹けば桶屋が儲かる。

 相互連関するように、運河港で始まった小さな事件が二つの“大きな物語”へつながった。

 

 アウトサイダーは虚無の中から迷宮都市を眺めながら、完全な無表情で呟く。

「流石はこの世界屈指の大きな物語。まるで強力な磁石のようだ」

 

 腕を組み、アウトサイダーは第24階層の樹上に潜むエミールを窺う。如何にエミールが鋭敏な感覚の持ち主であっても、別次元からの視線に気づくことは無い。

「二つの大きな物語。英雄譚(ミィス)神聖譚(オラトリア)か。それともあくまで、お前自身のささやかな復讐譚(ヴェンデッタ)を遂げるのか」

 

         ★

 

 ベル・クラネルは黒短剣(ヘスティア・ブレード)を振るい、キラーアントをスパリと両断した。

 

「何度見ても、ベル様の新しい短剣は凄い切れ味ですねえ」

 キラーアントの骸を見下ろしながら、リリルカがしみじみと言った。

「この切断面を見て下さい。明らかに刀身より深いですよ」

 

「そうなの?」とベルは黒短剣とキラーアントの骸を交互に窺う。

 ヘスティアから贈られた黒短剣はナイフと呼ぶには長く、小剣と比したら短い。ただしく短剣である。

 

「斬りつけた時の衝撃で刀身長より深く裂けているようですけど、それも切れ味あってのことですよ」

 リリルカが魔石を取り出してドデカいバックパックへ詰め、ベルへ助言した。

「落としたり、盗まれたりしないよう、腰に差すよりその籠手の下に仕込んではどうです?」

 

「それはいい考えだね」とベルは素直に頷き、黒短剣の鞘をエイナから贈られた左腕の籠手に仕込む。刀身と柄を合わせた長さはベルの下腕より長いが、肘に干渉しないようにすれば問題ない。

 

「資金に余裕が出来たら、鞘も金属製の硬いものにしても良いかもしれません。籠手から飛び出している部分を防具として使えると思います」

 リリルカはベルの業物を前にしても邪な考えを抱いていなかった。

 

 別の世界線ではベルを獲物と見做して『絶対に盗んで売り飛ばしたるけぇの』と目の色を変えていたが、この世界線ではベルとの関わり方が異なっている。アスラーグとエミールの紹介で知り合った相手であるから、盗みなど働いて2人の信用を損ねるわけにはいかない。

 

 それに、アスラーグとエミールの2人と組んだことで色々と人生観が変わっていた。目先の小銭より『ファミリアから脱退後』のことをいろいろ考える余裕があったし、右腰に下げた諸島帝国製の半自動クロスボウがリリルカに自信と自尊心をもたらしている。

 

「お金かぁ……リリのお陰で一回の探索で稼げる額は増えたけど、余裕はあまりないなぁ」

 しみじみと語るベル。

 リリルカと組んで稼ぎは向上したが、やはり上層で稼げる額は厳しい。装備の維持や消耗品の補充。ベルとヘスティアの生活。諸々の支払いで残る額は……うーむ。

 

 悩むベルへリリルカが宥めるように言った。

「今日から10階層に挑むわけですし、実入りも増えますよ。合わせて危険も増えますが」

 

 10階層に挑む。

 これは前日にベルとリリルカで相談して決めていたことだ。

 

 ベルが魔法の練度を上げるためには、上層前半の雑魚モンスターは少し弱すぎる。少なくとも現在のベルには威力を制御し、ゴブリンを火傷させる程度に済ませるなど出来ない。それなら、多少歯応えのある敵相手に短剣と魔法を合わせて戦う訓練を積もう、というわけだ。

 

 

 そうして2人はダンジョンを進み、

「うわぁ……本当に霧で満ちてるんだね」

 連絡階段から第10階層を見下ろし、ベルが感嘆を漏らす。

 

 第1階層からここまでは単なる洞窟に過ぎなかったから、突如として霧に満ちた広大な空間に驚きを禁じ得ない。

「凄いな……故郷を思い出すよ」

 

 リリルカがベルの呟きに反応した。

「故郷ですか?」

 

「うん。僕の住んでた村は北の山奥でね。天候次第でこんな風に濃い霧が出るんだよ」

「そうなんですか」

 物心ついた時にはオラリオのスラムに暮らしていたリリルカにとって、世界はオラリオの一部とダンジョンで完結している。市壁の外は異世界に等しい。

「リリはオラリオの外に出たことがありません。いつか……ベル様の故郷に行ってみたいです」

 

 恋愛経験値ゼロのベルに、リリルカの言葉に込められた繊細な乙女心を読み取れるわけもなく。ベルはニコニコしながら首肯した。

「その時はしっかり案内するよ。あ、だけどホントに辺鄙で何もないところだから、がっかりしないでね」

 

 軽い調子の返事に、リリルカは『これは分かってないですね』とちょっぴり不満を覚える。まあ、でもそこが可愛いところですけど。

「ではベル様の故郷に錦を飾るためにも、気を付けて挑みましょうか」

「うん。行こうっ!」

 張り切ったベルはリリルカと共に連絡階段を下りていき、霧に満ちた第10階層へ足を踏み入れる。

 

 

 

 

「クソガキ共の冒険もここまでだぜ」

 霧の中へ入っていくベルとリリルカの背中を見下ろし、カヌゥが血走った眼をぎょろつかせながら呪詛を吐く。

 背中に担いだ鞄から大きな瓶を取り出す。瓶の中にはどろりとした揮発性の液体。

 化物共を引き寄せる誘引剤だ。

 

 カヌゥは2人の手下に目配せし、瓶の栓を抜いた。

「吠え面を掻きやがれ」

 

       ★

 

 豚頭に力士染みた体躯の怪物オークは14歳の平均的背丈からすれば見上げるほど大きく、その大きな手に握られた武骨な棍棒で引っ叩かれたら、ただでは済まない。

 それでも、ベルは臆することなく黒短剣を構えて恩恵で強化された身体能力を駆使し、一撃離脱戦法でオークに挑む。

 

「ブルルァアアアアアアアアアアアッ!!」

 雄叫びと共に振り下ろされる棍棒を横っ飛びでかわし、ベルは着地姿勢から全身のバネを弾ませるように跳躍。オークの頭上を容易く飛び越える間際、黒短剣を一閃。豚頭の太い首をばっさり。

 

 首を大きく切り裂かれたオークは鮮血をまき散らしながら崩れ落ちていく。

「やったっ!」着地しながら明るい声を上げるベル。

「油断しないでっ! 左後方からインプが三匹来ますっ!!」

 リリルカが鋭い声を飛ばすや否や、霧中から禿げ頭の小柄な怪物達がベルの背中目掛けて突っ込んできた。その大きな両目は血走っており、猛り狂っているようだ。

 

 ベルはインプ達へ向けて左手を真っ直ぐ伸ばし、叫ぶ。

「ファイアボルトッ!」

 

 超短文詠唱と同時に激しい炎雷が吹き荒れ、インプ達が炭化した骸を晒す。

 

「ひとまず片付きましたね」

“もしも”に備え、クロスボウを手にしていたリリルカは一安心。クロスボウを右腰のホルスターに収め、死骸から魔石を回収すべく後ろ腰からトラッカーナイフを抜く。

 

 額に滲んだ汗を拭いつつ、ベルはインプ達の焼死体を窺い、訝しげに眉をひそめた。

「……リリ。このインプ達、何か妙じゃなかった?」

 

「え?」オークの亡骸から魔石を取り出していたリリルカが目をぱちくり。

「何か興奮してたというか、妙に殺気立ってたというか……」

 対峙した印象をぽつぽつと語ったベルが、不意に鼻をヒクつかせた。

 

「どうしました?」とリリルカが怪訝そうにベルに伺う。

「なんだろう……? 変な臭いがする」

 

「臭い?」

 ベルに釣られてリリルカは鼻をすんすんと鳴らしてみる。近くにモンスターの焼死体が転がり、手元にモンスターの血で濡れたナイフがあるせいか、よく分からない。

 

「何かどろっとしたような……」

 ベルが臭いについて語ると、リリルカはハッと愛らしい顔を強張らせた。

「―――まさか、誘引剤……っ!?」

「え?」今度はベルが目をぱちくりさせた。

 

 直後。

 立ち込める白い闇から、化物達の叫び声と足音が迫ってくる。それも四方八方から何匹も何匹も、何匹も。

 

「不味いです……っ! このままだと囲まれて袋叩きにされますっ! すぐに逃げましょうっ!!」

 悲鳴のように叫ぶリリルカ。

 

「な、何が起きてるの、リリっ!?」

 突然の危機に激しく困惑するベルへ、焦燥に駆られたリリルカが怒鳴った。

「誰かがリリ達をモンスターに襲わせたんですっ!」

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