虚無を歩く者がオラリオに現れたようです 作:リバークラスト
城館染みたロキ・ファミリア拠点『黄昏の館』。
この日、女神ロキの根城に男神ディオニュソスが押しかけていた。
ディオニュソスは端正な顔に真摯な表情をこさえ、ロキへ向けて言葉を並べている。
ギルドが黒幕であるという推論。この街の安全と平和の鎮護。闇派閥に対する正義執行。そうした内容を熱く篤くロキへ説いていた。
ロキはのらりくらりと相手にしていたものの、内心ではイライラが着々と積み上げられている。
なんやえらい威勢のええこと抜かしとるけど、ギルドの件は単なる条件合致と状況証拠やん。思い込みと大差ないわ。そもそも、ギルドがアスたん達に地下水道を調べさせとったことも知らへんし、情報集めもザル。挙句に薄っぺらい与太話をグダグダグダグダと……
いい加減、忍耐の限界や。そろそろ追い出すか。
ロキが本気でディオニュソスを敷地から叩きだす算段を立て始めたところへ、アイズがダンジョン内から地上へ送った手紙が女神ロキの許に届く。
「――依頼を受けて第24階層に行ってきます心配しないでください、て……あの子はほんま……」
眷属の中で一番お気に入りのアイズ・ヴァレンシュタインは、そのマイペースな振る舞いでしばしばロキに頭を抱えさせている。
おぉ……もぅ……あの子はほんまに……! つい先日、ヤバいテイマーと因縁こさえたばかりやっちゅうのに……! ちっとは危機感を持てやっ!
はぁ……周りを振り回す道化の神が
ワシワシと赤髪を掻き、ロキは手紙を持ってきたレフィーヤに告げる。
「レフィーヤ。ベートが居るはずやから呼んで来て。それと、ラウル達はおる?」
「今は留守にしてます」レフィーヤは首を横に振り「二軍の中核組の皆さんは素材集めに行ってます」
「そっか……」
渋面をこさえたロキへ、レフィーヤが何気なしに言った。
「あ、でもティオナさんが居ますよ」
「え?」ロキは糸目をぱちくり「ティオナが居るん? 昼前に出かけたやろ?」
「ソーマ・ファミリアの騒動絡みで予定が狂ったらしくて、帰ってきてますよ」
「ほなら、ベートとティオナを呼んできて」
「分かりました」
ぱたぱたと本館へ駆けていくレフィーヤを見送っていると、
「ロキ。ウチのフィルヴィスを同行させてくれないか?」
ディオニュソスが傍らに控える白装束の黒髪エルフ娘を示し、面倒を言い出す。
はぁ? と片眉を上げて訝るロキを余所に、ディオニュソスとフィルヴィスの主従が好き勝手なやり取りを始めた。ロキの信用を勝ち取るために行動を示すとか、これはおまえのためにもなるとか。
唐突に三文芝居を見せられ、ロキはげんなりとした。
なに勝手に話を進めとんねや。押し売りが信用になるわけ無いやろ。辞書で信用の意味を調べ直してこいアホンダラ、
そもそも、そのエルフのカワイコちゃん、“
「また地下水道じゃねーだろうな」とぶつくさ言いながら現れるベート。
「なんか面白いこと?」と暢気な調子でやってくるティオナ。
「アイズが面倒に巻き込まれとるかもしれへん。三人で応援に行ったって」
ロキは小さく溜息を吐き、ちらりとディオニュソス主従を窺う。
……様子を見てみるか。
高レベル冒険者で修羅場に慣れたベートとティオナなら問題ないだろうという信頼。期待している若手のレフィーヤに経験を積ませたいという親心。
それに、この件を通じてスカシ野郎やギルドに探りを入れる。
謀神は対抗謀略を編み始めていた。
ディオニュソスの傍らに立つフィルヴィスを顎で示し、ロキは告げた。
「そこの子も一緒に連れてってな」
無言で目礼するフィルヴィス。
「……陰気くせェ」と舌打ちするベート。
「よろしくねー」と気安く挨拶するティオナ。
この面子と一緒に? レフィーヤは嫌な予感を覚えた。
★
山吹色の髪をしたエルフ娘レフィーヤ・ウィリディスは、少々“そっち”の気が強い。
剣姫アイズ・ヴァレンシュタインへの接し方は、重たい女の恋愛スタイルだ。
そんなレフィーヤは第24階層を目指す道中、黒髪紅眼のエルフ美少女フィルヴィス・シャリアが華麗な平行詠唱を行う様に、魅せられた。魅せられてしまった。
こうなると、レフィーヤはもう止まらない。
フィルヴィスさん。フィルヴィスさん。フィルヴィスさん。フィルヴィスさん。
あれやこれやと話しかけ続け、構い続け、幾度も素っ気なくあしらわれても、懲りずめげず交流を試み続ける。
「レフィーヤ、浮気~?」とティオナがからかうも、レフィーヤはふんすと鼻息をついて、
「浮気なんかじゃありませんっ! アイズさんはアイズさん! フィルヴィスさんはフィルヴィスさん! どっちも本気ですっ!」
二股男みたいなことを言い出した。
これにはティオナも困惑。フィルヴィスも無言で引き気味。ベートすら眉間を押さえていた。
そんな中、些細なことでベートがフィルヴィスに触れかけ、
「私に触るなっ!!」
フィルヴィスがガチで抜刀、ベートを切りつける事態が発生。
「……ああ?」と“凶狼”ベート・ローガが鋭い双眸に殺気を宿す。
「ベートに触られたくないのは分かるけどさー」
軽口を飛ばすティオナも目は笑っていない。日頃、ベートと衝突しがちであるが、“家族”を害されそうな事態を前にすれば、話は別だ。眉目が吊り上がる。
「……今の、本気でベートを斬るつもりだったよね? どういうつもり?」
「ま、待ってくださいっ!!」慌ててレフィーヤが仲裁に入り「その、私達エルフは親しい人以外との接触を忌避する文化があって、その」
「その文化とやらで、レフィーヤは仲間が傷つけられることを許すの?」
「そ、そんなことは」
殺気を放つベートから睨まれ、静かに怒るティオナから詰問され、レフィーヤは弁護の言葉に詰まる。必死に頭を働かせ、働かせ、働かせ、しかし良い知恵は浮かばず……
ぐるぐると思案した末、レフィーヤは叫んだ。やけっぱちに。
「この場は私に預けて下さいっ!! 今後はフィルヴィスさんとやり取りする時は私が間に入りますっ! フィルヴィスさんも私を通してくださいっ! 文句も意見も聞きませんっ!!」
全員が呆気に取られた。
ち、とベートは舌打ちして殺気を消し「次はねぇぞ」とフィルヴィスを睨んで歩き出す。
「レフィーヤに免じて収めるけど」ティオナもフィルヴィスを見据え「気を付けて」
「……」フィルヴィスは剣を下げ、無言で歩き出す。
なんとか収拾に成功したレフィーヤは、酷く疲弊して大きな溜息を吐いた。
★
何はともあれ、一行は
聞き込みをしてアイズの足取りを辿り、行き先の情報を集める。
ベートとレフィーヤは顔役ボールスの許へ聞き込みに行き、『第24階層の食糧庫』という情報を得る。同時に、レフィーヤは“
フィルヴィス・シャリア。二つ名は”白巫女”。
闇派閥のオリヴァス・アクトによる罠で、大勢の冒険者が命を落とした“第27階層の悪夢”を唯一生きて帰った者。その後、四度に渡って組んだパーティが全滅し、その度に一人だけ生き残ってきた。周囲が死に絶えるも常に生き延びる妖精族の少女。
気づけば、呪われた冒険者――“死の妖精”と呼ばれるようになっていたという。
強面とは裏腹に存外人の良いボールスはレフィーヤに忠告する。
「悪いこたぁ言わねえ。あの女にゃあ関わるな」
レフィーヤは是とも否とも答えられなかった。
で。
ローグタウンの外れにて、ベートはフィルヴィスにきつい言葉を浴びせた後、忌々しげに離れていく。
「気に食わねえ」ベートは忌々しげに吐き捨て「達観面して悲劇の主人公気取りかよ」
やり取りを見守っていたティオナが呆れ顔を向ける。
「ずかずか踏み込んで……ホントにデリカシーがないね」
「うるせー、アホゾネス」と悪態を吐くベート。
ティオナは顔をしかめつつ、フィルヴィスを窺う。
「……心に大きな傷を抱えてるんだろうけど、危なっかしいね」
ティオナは姉ティオネと共に修羅の地で生まれ、暴力と死に満ちた幼少期を過ごした。だからこそ“家族”や“仲間”を殊更大切にしているし、他者を無暗に拒絶したり、傷つけたりしない。
「知るか。アホらしい」
ベートは容赦なく毒づく。
凶狼ベート・ローガも多くを失ってきた。家族。一族。仲間。大事な女。多くの悲劇と惨劇を体験してきた。そのうえで強さを渇望し、弱さを唾棄する生き様を歩んでいる。
なればこそ、“死の妖精”などと呼ばれることを受け入れ、達観したフィルヴィスが気に入らない。
「とりあえず、あの子の扱いはレフィーヤに任せよっか」
ティオナは大双刃を担ぎ直し、顎で示した。
「レフィーヤも頑張ってるし」
「?」釣られてベートが顔を向ければ。
レフィーヤがフィルヴィスの手を掴み、鼻の先が触れそうなほど迫り、顔を真っ赤にしながら『貴女は穢れてなんていませんっ!』とか『貴女は美しくて優しい人ですっ!』とか『これから貴女の良いところをたくさん見つけますっ!』とか、恥ずかしい言葉を怒涛の勢いで並べていた。
フィルヴィスもすっかり毒気を抜かれ、それどころか頬を染めている。さながら子犬に懐かれて絆されてしまったように。
「……初対面の相手に何やってんだ、あいつ」ベートは引き気味に呻く。
「レフィーヤは凄いねー」
ティオナはけらけらと笑い、小さく首肯した。
「でもまあ、あの子もほぐれたみたいだし、これで少しは上手くやれそうかな」
「付き合いきれねェ」
ベートはうんざり顔でレフィーヤ達へ声を張る。
「いつまでじゃれてんだ。さっさと行くぞ、バカエルフ共っ!!」
★
キラーアントの大群を魔法で蹴散らし、ベルが重傷のリリルカを抱きかかえて地上に帰還。治療院へ駆けこんでいた頃。
エミールもまた動いていた。
フードを目深に被り、目元から首元まで紅色髑髏の面布で覆い、人目に触れぬよう幽霊のようにヘルメス・ファミリアと剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの一行を尾行している。
――あの髑髏野郎。剣姫がいるなんて聞いてないぞ。どういうつもりだ。
当初は連絡の不備に不満を覚えていたが、じきにそんなことを気にしていられなくなった。
アイズ・ヴァレンシュタインはどうやら感覚が鋭敏らしい。エミールに気付いた様子はないが、時折周囲をきょろきょろと見回し、小首を傾げている。
――えらく勘が効く小娘だな。
おかげで
一方、ヘルメス・ファミリアの面々は尾行に気付いた様子もなく、おしゃべりを交わしながら第24階層を目指している。剣姫の傍らにいる犬人娘ルルネは口が軽いらしく、度々失言をしては団長の眼鏡美人――アスフィ・アル・アンドロメダに叱責を受けていた。
なお、その失言はエミールにも盗聴されており、エミールのヘルメス・ファミリアに対する警戒心を強めさせていた。
……なるほど。オラリオ一胡散臭いファミリアというのは本当のようだ。二、三人絞り上げれば、情報を得られるかもしれないな。
犬人娘は自分の失言がファミリア全体を危険に晒していることを、まだ知らない。
★
ダンジョン第24階層を目指し、三つの勢力が向かっていく。
一つはヘルメス・ファミリア+剣姫アイズ・ヴァレンシュタイン御一行。
一つはヘルメス・ファミリアを幽霊のように尾行する紅色髑髏。
一つはレフィーヤ達御一行。
そして、彼らの目指す第24階層の食糧庫では、
「本当に表のモンスターを処理しなくていいのか? 冒険者に嗅ぎつかれたら、第30階層の轍を踏むことになるぞ」
山羊の髑髏仮面を被った白づくめ男がもっともな指摘をしていた。
「かまわん。第30階層と違い、このプラントの種は充分に育っている。面倒になれば、ここは放棄するだけだ」
赤髪の美女――レヴィスは疎ましげに応じながら果実を齧る。どういうわけか胸元が大きく開いたレオタードっぽい着衣にニーハイブーツを履いている。その恰好は如何なものか……
「こちらとしても異論はない」
新調した継ぎ接ぎマスクと革コートをまとったグリムが応じ、全身甲冑男ヴァスコに水を向けた。
「ヴァスコ。何かあるか?」
「ああ……どーでもいいよ、こんなところ……」
テンションの低い全身甲冑男ヴァスコ。
顔を覆うアーメット型兜が酷く不格好だった。人目を避けて隠れ住む暮らしでは、貴重なオラスキル王朝時代の兜を満足に直せない。テンション下がるわぁ……
「やる気が無いなら失せろ。もしくは死ね」とレヴィスが毒舌を浴びせる。
「ンだとぉ……? お前こそなんだその恰好。淫売に商売替えしたなら、買ってやるよ。おら、さっさとケツを出せ」と言い返す全身甲冑男。
「殺すぞ」「お前こそ殺して犯してやろうか、あ?」
睨み合うレヴィスと全身甲冑男ヴァスコ。
2人を余所に、継ぎ接ぎマスクのグリムが山羊髑髏男に問う。
「ミスタ・アクト。有事の際、タナトス・ファミリアの者達は使い潰しても良いのか?」
「ああ。元より死にたがり共だ」
山羊髑髏男は大支柱に埋め込まれた“種”をうっとりと見つめる。
「“彼女”のために死ねるのだ。至福の最期だろうよ」
ち、と舌打ちし、レヴィスは立ち去っていく。
山羊髑髏男はレヴィスの様子に肩を竦め、“種”の傍へ向かった。
継ぎ接ぎマスクのグリムは全身甲冑男ヴァスコへ諸島帝国語で尋ねる。
『本当に食いつくと思うか?』
『第30階層の食糧庫と似た状況を整えた。ここを目指してくる地上の連中は“種”があると予想する。当然、第18階層で“種”の奪回に動いたレヴィスが居ることも想定すんだろ』
ヴァスコは不快そうに顔を歪めた。
『あの忌々しい色黒雌エルフなら、絶対にこの情報を掴んで動く。そして、
『確かに魔女アスラーグ・クラーカなら、あり得る話だな』
『だろう? あのアマなら罠に掛った振りをして確認に来た猟師を食い殺すさ』
憎々しげに吐き捨てるヴァスコに、グリムは考え込む。
『そこまで確信があるなら、全員で当たるべきか? 刻印持ちの確保は“御方”の復活に関わる。最優先重要事項だ』
『それをしたら、奴らといろいろ煩わしいことになる。今は俺らだけで当たった方がいい』
ヴァスコは山羊髑髏男やタナトス・ファミリアの眷属達を一瞥し、嘲笑う。
『奴らにはまだ踊って貰わないとな』
★
第24階層の食糧庫周辺はモンスター達が大挙して集結していたが、『モンスター絶対殺すガール』が単独で殲滅してしまった。
「もう、剣姫一人で良いんじゃないかな……」と団員の一人が独りごちた。
エミールも同感だった。
ともあれ。
食糧庫内へ入っていくアイズ達を見送り、エミールは近くの藪に円筒型背嚢を降ろして隠す。クロスボウの動作を確認。続いて矢弾を始めとする弾薬や消耗品を確認。よく研いだ折り畳み式小剣を確認。最後に顔を覆う紅色髑髏の面布を付け直し、フードを目深に被った。
準備完了。エミールは食糧庫へ向けて歩み出す。
怨敵共が居ることを期待しながら。
深青色の瞳をぎらつかせて。