虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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2+:袖振り合うも他生の縁、かもしれない。

 女神ロキのナンパで始まった酒盛りと食事は、存外、無難な調子で進んだ。

 

 アスラーグとエミールは出身の諸島帝国やこれまで旅した土地の話をし、ロキ達はオラリオやダンジョンの話を披露した(アイズはじゃが丸君の魅力について熱く語った)。

 一通りの無難なやり取りを交わした後、

 

「2人は何しにオラリオへ来たん?」

 ロキは安酒を口に運びつつ、エミールとアスラーグへ踏み込む。

 

「どこぞの神から、もう恩恵を貰っとるんやろ」ロキはエミールの左手の火傷痕を一瞥し「エミール君は若いわりに結構な場数も踏んどるようやしな」

 

「そうですね。順を追って説明しましょうか」

 アスラーグは白ワインで唇を湿らせてから語り始める。

 

「私達は祖国にて女神ネヘレニア様より恩恵を賜り、祖国に奉職しておりました。しかし、職務において失態を犯し、罰として祖国を追われました。以来、恥ずかしながら方々を旅しては荒事を請け負い、口を糊しております。オラリオにもそうして流れてまいりました」

 

 アスラーグの言葉に”嘘は”ない。ロキは神の権能で真偽を察しつつ、うーん、と唸る。

「“レニたん”かぁ……えらい久し振りに名前を聞いたなぁ」

「知ってるの?」

「んー。まぁ少しなー」

 ロキは小首を傾げるアイズに応じつつ、アスラーグとエミールへ顔を向け、「他意はないんやで?」と断ってからアイズとリヴェリアへ事情を説明する。

 

 

 曰く『失われし神々』。

 神々が下界する以前、人の時代。英雄達が迷宮に挑む以前も挑んでいる間も、人間はモンスターという脅威を前にしながら相争っていた。衣食住を巡って。富を巡って。権力を巡って。土地を巡って。あるいは種族の違いや民族の違いや信仰の違いや文化の違いから。

 そうした人の争いにより、自身への信仰と信徒が失われた神々を『失われし神々』と総称している。

 

 下界した『失われし神々』の多くはその事実に悲嘆した後、『やってらんねー』と箱庭(オラリオ)での享楽に逃避したが、極少数が『自分の手で信仰を再建したるわチクショーッ!』と意気込んだ。

 

 女神ネヘレニアもそうした一柱で、オラリオを発ち、流れ流れて諸島帝国に行き着き、彼の地で布教開始。『大衆の修道院』なる現地宗教を蹴散らし、今や国教に成り上がっている。

 

 もっとも、国家や民族を全てファミリア化した神アレスや神カーリーと違い、ネヘレニアは諸島帝国をファミリア化していない。

 航海を司り、“見守る”神であるネヘレニアは自らが国家の頂点に立つことを良しとせず、現地の国家体制に寄り添うことを選んだ。

 自らが国教の祭神となった諸島帝国においても、ネヘレニアは眷属に迎える者を厳選している。

 

「――ちゅうわけでな。レニたん……ネヘレニアはある意味でクラシック・スタイルな神様をやっとんねん」

 ロキの説明を聞き、アイズはエミールとアスラーグを交互に見る。

「それじゃ……2人は国を出てから、一度も恩恵を更新してない?」

 

「ええ」と頷くアスラーグ「かれこれ3年くらいかしら」

改宗(コンバーション)すれば、恩恵を更新できるよ?」

 恩恵持ちがファミリアを移籍――改宗することは珍しくない。傭兵の如くファミリアを渡り歩く者もいるし、神が気に入った人間を自分のファミリアに引き抜くこともある。

 

「必要ありません」

 エミールはきっぱりと応じる。

「ここオラリオではともかく、他の街や国では今のレベルで充分です。それに、“たかが”恩恵のためにネヘレニア様への信仰を捨てる気はありません」

 エミールの言葉にアスラーグも同意して頷く。

 

 アイズは目をぱちくりさせる。幼少時から直向きに強さを追い求め続けているアイズにとって、恩恵とは強くなるために欠くべからざるもの。信仰のために更新を放棄するという、エミールとアスラーグの考え方が理解できない。

 

「レニたん、愛されとるなぁ」とロキがどこか羨ましげに笑う。

「それにしても、ロキ。随分と神ネヘレニアと諸島帝国の事情に詳しいな?」とリヴェリアが不思議そうに問う。

「なんや、リヴェリア。知らんの? ウチの拠点(ホーム)に出入りしとる業者達がおるやろ? アレの一つが諸島帝国の商人や。その縁であれこれ聞いとるんよ」

 

「……初耳だが」と訝るリヴェリアに、

「そら頻繁に顔出しとらんからな。食堂で偶にちょっと変わった酒とか出るやろ? リヴェリアが気に入っとったイチジクワインとかな。アレの出どころや」

 ロキは意地悪に口端を吊り上げた。

「あと、アレや。レフィーヤが悲鳴を上げた昆虫飴(ビートル・キャンディ)。あれも諸島帝国の業者から貰ったんや」

「あれは故国でも好き嫌いが分かれる食べ物ですよ」とアスラーグが苦笑い。

 

 話を戻そか、とロキは安ワインを口にしてから尋ねる。

「2人がレニたんから恩恵を貰っとるんは分かった。レベルを聞いてもええ?」

「俺は3。アスラは4です」とエミールはさらりと応える。

 

「ほう」とリヴェリアは吃驚を挙げ、エミールの左手をちらりと窺い「オラリオの外ではレベル2以上に上がることが難しいと聞く。相当な偉業を成し遂げたのだな」

 

「エミールはともかく、私はそうでもないです。一世紀近く恩恵持ちをしていれば、なんだかんだレベルも相応にあがる、というだけで」

 自嘲的な微苦笑を湛えるアスラーグ。

 

「貴方はどうやって?」

「……俺の仕事は帝国と陛下を敵から守ることだった。倒した敵の中に偉業と認められる程度の輩もいた。そういう話です」

 アイズに応じ、エミールは料理を口に運ぶ。

 

 ロキはエミールの様子を糸目で窺いながら、推察する。

 その所作はアスラーグ同様にどこか洗練されている。出自が良いのか。軍隊仕込みの行儀教育を受けたクチか。いずれにせよ、オラリオ外では重要戦力たりえるレベル3と4の恩恵持ちを国外追放するからには、よほどの不名誉を被ったのだろう。

 

 好奇心が疼く。どんな事情があるのか、根掘り葉掘り聞きたい。

 が、流石に初対面でそこまで踏み込んでも、答えは帰ってくるまい。楽しい食事を台無しにするだけだ。自重しておこう。

 

 となると……

 ロキに“欲”が湧く。

 

 この子ら、欲しいな。

 

 神は人間の言葉の真偽を見抜く。ゆえに、女神ロキには分かる。

 エミールもアスラーグも本気で恩恵そのものを“たかが”と見做しており、自身がオラリオでいうところの高位冒険者に達したことも、成し遂げた偉業も誇っていない。

 

 すなわち。エミール達にとって、恩恵は純粋な信仰のあらわれに過ぎない。本気で女神ネヘレニアを信仰し、尊崇し、崇敬し、敬愛し、敬慕している。

 

 神々が人間へ恩恵を与える行為は『この駒、あるいは玩具が自分のもの』とラベルを貼るようなものに等しい。実際、そう考えている神も少なくない。美神フレイヤのように気に入った人間を神威で『魅了』し、虜にする例もある(フレイヤなりの人の愛し方らしい)。

 

 逆に恩恵を超人たる手段としか考えていない人間も多く、その関係性に純粋な信仰心など皆無に等しい。たんなる利害の一致。共栄契約に過ぎない。

 ロキのファミリアにも、恩恵を得られるなら主神がロキでなくとも良い、と考える者がそれなりに居る(ロキとしては自分を慕ってくれていると信じたいところだが)。

『失われし神々』の一柱ネヘレニアが、これほど敬愛され、敬慕され、信仰されている事実に、ロキは神として嫉妬すら覚える。

 

「2人はこれから冒険者としてやっていく気なん?」

「ええ。ロキ様。しばらくはそのつもりです」とアスラーグ。

 

「国を追われた身でありますが、私達は祖国への忠誠を失くしておりません。汚名を返上する機会を得、名誉を取り戻せたならば、祖国に帰りたいと考えております。オラリオでその機会を得られるなら、冒険者という在り方に拘りません」

 エミールの語り口は淡々としているが、深青色の瞳は真剣そのものだ。

 

「そっかー」

 ロキは再び安ワインを口にした後、さらっと告げた。

「ほんなら、ウチんとこで居候せえへん?」

 

「! 待て。ロキ、先走り過ぎだ」

 ファミリアの最高幹部としてリヴェリアが待ったをかける。

「2人をどうこう言う気はないが、おいそれと客分など受け入れるわけにはいかない」

 

 アイズは何も言わずリヴェリアとロキのやりとりを見守る。ファミリアの主戦力である『剣姫』は、その実、ファミリアの運営面にほとんど関与していない。こういう状況も『リヴェリアに任せておけば大丈夫』と意見を持たない。

 

「ロキ様。私共も今日、オラリオに着いたばかり。身の振り方はおろか今宵の宿すら決まっていない身上です。遠き祖国にまで勇名を響かせるロキ様のファミリアに居候など、畏れ多いことはできません」

 アスラーグも困惑気味に謝絶した。

 

 

 結局、ロキが唐突の持ちだした居候話は結実することなく、立ち消えになる。リヴェリアが『これ以上放っておくと何を言い出すか分からない』と判断して退店を決めたからだ。

 

「えー? まだ飲みたりへんよー。アスたんとエミール君ともっと飲みたいー」

「ダメ。今日はもう帰る」

 駄々をこねるロキの後ろ首を掴み、引きずっていくアイズ。

 

「面倒をかけた。払いはこちらで持とう」

「そこまで甘えるわけには」

 アスラーグが断ろうとするも、リヴェリアが首を横に振った。

「ウチの主神の相手をしてくれた礼だ。気にしないでくれ」

 

 

 退店していった三人を見送り、エミールはふっと息を吐き、からかうように言った。

「楽しかったか? “アスたん”」

「100を過ぎて“たん”付けで呼ばれる日が来るとは思わなかった」

 肩を落として嘆息を吐くアスラーグ。

「それにしても、流石は神々の箱庭ね。酒場で神にナンパされるなんて想像もしてなかったわ」

 

「たしかに。まったく意外性に満ちた夜だ」

 エミールは首肯を返す。この店の女将や女給達。そして、神と2人の高位冒険者。いやはや。命がいくつあっても足りない。

 

 酒杯を傾けつつ、エミールはロキの連れ2人、特に剣姫を脳裏に浮かべた。あの人形のような眼と戦士として鍛えられた体つき。まるで兵器として育てられたかのような……

「末恐ろしい」

「あら。貴方に怖いものがあったとは驚きね」とアスラーグがくすくすと喉を鳴らす。

 

 と、金髪のショートヘアをしたエルフ乙女の女給がやってきた。

「空いた皿をおさげします」

 抑揚のない、しかし非礼でもない声音で告げた。

 

 エルフ乙女は青年が平らげた料理の皿を片付けながら、何気なしにエミールの左手が視界に入った。元冒険者であるエルフ乙女――リュー・リオンは、エミールの焼けた左手の甲に数年前に目撃した奇怪な印を幻視する。

 

「―――っ!」

 立ち眩みを覚えたように小さくたたらを踏むリュー。厨房へ運ぼうと手に持った皿が傾く。

 

 皿が床に落ちて割れる、音は響かなかった。

 いつの間にかエミールが椅子から立ち、弓手でリューの体を支え、馬手でリューの手から落ちた皿を確保している。

「大丈夫か?」

 

「あ」リューはエミールを凝視しつつ「失礼、しました」

 平均的エルフ女性は厳格な貞淑観念を有しており、異性に触れられることを嫌う(対象が懸想している相手ならまた違うが)。が、触れられているリューに観念的忌避感は生じない。

 

 異性に触れられている感覚が生じなかったからだ。

 人の温もりはあるが、そこに人間的情動や何かを覚えない。言い換えるなら柱にでも寄りかかっているような錯覚すらあった。

 

 リューはもう一度エミールの左手の甲を盗み見る。酷いケロイドが走る手の甲に、かつて殺し合った怨敵にあった奇怪な印は“無い”。

 

「お兄さん。ウチの店員は御触り厳禁ニャー」

 猫人女給がエミールへ釘を刺す。

 

「いえ、アーニャ。こちらの御客様は私のミスを補ってくださったんです。御客様、粗相して申し訳ありませんでした。失礼します」

 リューは一礼し、エミールから皿を受け取って厨房へ去っていく。

 

「ニャ。リューが触られて騒がないなんて珍しーニャ」

 ぽつりと呟く猫人女給へ、エミールが椅子に座り直しながら声をかけた。

「店員さん。ちょっと良いか?」

 

「? 何ですニャ? ナンパはお断り、お酌のサービスは別途料金をいただくニャ。それから、そちらの彼女さんと喧嘩になった場合、一切の責任を負わないニャ」

「いや、そうじゃなくて」

 はきはきと予防線を張っていく猫人女給に苦笑いを向けつつ、エミールは用向きを伝えた。

「この街でまともな安宿を知っていたら教えてほしい。もちろん、連れ込み宿じゃないぞ」

 左手の人差し指と中指の間にチップのコインを持ちながら。

 

「そういうことニャら」

 そして、猫人女給は小遣いを得た。

 

       ☆

 

 迷宮都市オラリオは大陸で一番“熱い”街だ。

 ともなれば畢竟、燃えカスが吹き溜まる区画もある。経済学的現実により大都市にはスラムが必然的に発生するからだ。

 

 そんなスラムに沿うドヤ街チックな通り。その一角にある安宿。

 エミールとアスラーグは『豊穣の女主人』の猫人女給に教えられたその宿の前に到着していた(「道中、追剥に遭うかもしれニャいけど、そこは自己責任でお願いしますニャ」と可憐に微笑まれた)。

 

「何だ、あれ」

 エミールとアスラーグの視界にヘンテコな何かが映る。

 

 頭のてっぺんから足元まで白いローブマントですっぽり包んだ小柄な細身の女性。ヒューマンの少女か小人族(パルゥム)の成人女性か。まあ、そこははっきりないが、注視する点ではない。

 

 注目すべきはその背中に担がれたバックパックだ。

 デカい。とにかくデカい。担いでいる当人が2、3人ほど詰め込めそうなほど、デカい。

 

 なんとまぁ……凄い力持ちだこと、とアスラーグがちょっとズレた感想を抱いたところへ、件の大荷物を担いだ女性は安宿の前に到着。出入り口の前に立つエミールとアスラーグへ疲れた顔を向ける。

 

「あの、入りたいんですけど」

 不機嫌な声が邪魔だと言外に告げていた。声色とフードの下に覗く顔立ちから察してまだ少女らしい。

 

「これは失礼」

 エミールとアスラーグが道を譲ると、バカでかい背嚢を担いだ少女が宿の正面玄関を潜り、店内へ入っていった。背嚢の横幅は玄関口の幅いっぱいいっぱいだった……

 

「なんか凄いもの見た気がするわね」とアスラーグ。

 

 2人は気を取り直して宿の正面玄関を潜った。

 受付のカウンター内にいた店主だか雇われ店長だか定かではない、しみったれた頭髪量のしみったれた親父は淡々と語る。

「飯その他のサービスは無し。シーツの交換は有料。他の客とのトラブルぁ自己責任。これで良けりゃあどうぞ」

 エミールとアスラーグは了承し、宿泊台帳に名前を記した。

 

 

 かくて2人は迷宮都市の初日を終える。

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