虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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30:アーデちゃんを囲む会。二次会編。

 ぶっちゃけた話、改宗に主神の許可など必要ない。

 改宗先の神が恩恵を上書きすれば済むことだ。

 

 しかし、神々が数多く住む迷宮都市でそうした真似が横行すれば、眷属を取った取られたで神々が抗争を繰り返しかねない。というわけで、神会とギルドで『所属許と改宗先の神が合意すること』というルールを定めた。

 ま、このルールにしても例によって形骸化の向きが強いが。

 

 ともあれ、廃教会で宴が催された翌日。

 ざっざっざと『アーデちゃんを囲む会』一行がソーマ・ファミリアの拠点へ向かっていく。

「エイナさん。今日はありがとうございます」

 ベルが立会人として同行するギルド職員のハーフエルフ娘エイナ・チュールに頭を下げた。リリルカも「ありがとうございます」とベルに倣って頭を下げる。

 

「気にしないでください。これもギルドの仕事ですから」

 エイナは職員らしい態度で応じ、どこか申し訳なさそうに言った。

「本来なら公正な話し合いをするために、双方にギルド本部へ来てもらうべきなんだけど」

 

「連中、拠点にこもってるらしいわね」

 アスラーグが銀色の髪を弄りながら不愉快そうに言った。

「ええ」エイナは首肯し「イシュタル・ファミリアと抗争を起こして以来、大変なようで……」

 

「何、どんな事情があろうと首を縦に振らせれば良いだけだ」

 エミールの言い草に、ヘスティアが何とも言えない顔つきでぼやくように苦情を申し立てる。

「不安になる言い回しはやめてくれよ、エミール君。トラブルが起きたらどうするのさ」

 

「御心配なく」

 アスラーグが優雅に微笑む。

「ヘスティア様達に指一本触れさせませんし、ソーマ・ファミリアが舐めた真似をしたら、拠点ごと吹き飛ばしてやりますよ」

 

「じょ、冗談。冗談ですよね、ヘスティア様?」

 顔を引きつらせたエイナが助けを求めるようにヘスティアへ問い、神の感覚野で人間の発言の真偽が分かるヘスティアはげんなり顔を横に振った。

「どうやら本気らしいよ……」

 

        ★

 

 ソーマ・ファミリアは依然、窮地にあった。

 やくざ者達との抗争は終わりが見えず、団員達の大半が拠点にこもってほとぼりが冷める時を待っている。おかげでダンジョン探索の収益がほぼゼロだった。

 

 それに、フリュネの襲撃以来、どういうわけか主神ソーマが酒造りを止めて物思いに耽っており、神酒の生産が滞っている。これにより市井の依存者達が拠点に押し寄せ「神酒を寄越せっ!」「酒を出せっ! 火ィつけるぞっ!」と大騒ぎ。

 

 やくざ者との抗争を鎮静化させるため、ソーマ・ファミリアの拠点警備に付いていたガネーシャ・ファミリアも辟易し、事態の改善が図られなければ、警備を打ち切る通告をしていた。

 

 団長のザニスは先述の諸問題に加え、団員達から『何とかしろや』『日頃、金巻き上げてんだから、こういう時こそ仕事しやがれクソ眼鏡』等々突き上げられていた。

 泣きっ面に蜂どころかキラーアントに噛みつかれたような状態。

 

 そんな折、新たな面倒事がやってきた。

 先頃、団員同士の死傷事件が起き、ギルドから厳重注意を受ける羽目になった元凶の1人――リリルカ・アーデがウン年振りに拠点へ現れたのだ。それも他所の冒険者と神とギルド職員を連れて。

 

 

 

 

「―――よって、私、エイナ・チュールがギルドの代表として、リリルカ・アーデ氏のソーマ・ファミリア脱退と脱退後、ヘスティア・ファミリアへの改宗を公証人として立ち合います」

 ソーマ・ファミリアの主神執務室にて、エイナが室内に雁首を揃えた団長ザニスとその手下共、それと執務机で物想いに耽っているソーマへ説明した。

 

 早くも苛立っているザニスはともかく、話をちゃんと聞いているんだか定かでないソーマに、ヘスティアが渋面を浮かべた。

「……ソーマ。ちゃんと聞いているのかい? 君の子に関することなんだよ?」

 

「ファミリアのことはそこのザニスに預けている。個々の団員のことは関知しない」

 ぼさぼさ頭の青年神は一枚のヴァリス硬貨を弄りながら、他人事のように言い放つ。

 イィッラッと苛立ってツインテールを蠢かすヘスティア。リリルカはケムシを見るような目つきで己の主神を睨む。ベルとエイナが顔を大きくしかめるも、エミールとアスラーグは予想通りと言いたげに平然としていた。

 

 団長ザニスが眼鏡の位置を修正し、ベルの足元に置かれた革鞄を顎で示した。

「金はその中か? 数えさせてもらう。1ヴァリスでも足りなかったら、この話は無しだ」

 

「待ってください」エイナが毅然と「公正を期すため、金銭はギルド公証人の私が確認します」

「ンだと、俺達が信用できねえってのかっ!」

「もう一度勝手に口を開いたら、その阿保面を削ぎ落すぞ」

 手下の一人が凄むも、エミールが本気の殺気を放って黙らせる。

 

 水銀のように重たい雰囲気の中、ベルが革鞄を開け、エイナが中に収められた高額な商取引用大金貨を数えていく。応接卓に十枚単位で積み上げられていく大金貨。一枚につき10万ヴァリスの価値を持つ大金貨がぴったり200束並ぶ。

 不足分をアスラーグとエミールが補ったが……それは確かに一人の力無き少女が身を削り、心を擦り減らし、魂から血を流しながら必死に蓄えてきた努力の証だった。

 

 エイナは静かに言った。

「脱退金の2000万ヴァリス。確かにあります」

 

「では約束通り、リリルカ・アーデをファミリアから脱退させていただこうかしら」

 アスラーグが貴族淑女らしく典雅に告げた。

 

「ダメだ」

 ザニスが子兎を狙う野犬みたいな薄笑いを浮かべる。

「2000万という額はファミリアから脱退する金だ。ソーマ様の眷属を辞め、改宗するというなら、改宗金5000万ヴァリスを払え」

 

「「はあっ!?」」

 ヘスティアとベルが悲鳴染みた吃驚を上げ、血相を変えたリリルカが噛みつくように訴える。

「そ、そんな話、聞いたことありませんっ!!」

 

「当然だ」ザニスは冷笑し「今までファミリアを脱退し、他所の神に鞍替えしようなんて不信心な輩は居なかったからな」

 

「嘘ではない、ね」

 ヘスティアは口惜しそうに言い、

「そんな……」

 顔を蒼白させたベルとリリルカに説明する。

「嘘を吐いていないだけさ。悪知恵と嘘は別だからね」

 神は人間の言葉の真偽を見極められる。しかし、ザニスの言い草は咄嗟の機転の範疇に過ぎない。嘘でも偽りでもない。知性の発露だ。卑しい類ではあるが。

 

 ヘスティアは依然やり取りに関心を示さず、ヴァリス硬貨を弄り続けるソーマを睨む。

「ソーマ。君はこの話を知っていたのかい?」

「知らん。興味もない」

 酒神はヘスティアに目もくれず、どうでも良さそうに言い放った。

 

 あまりにも無責任な態度に、炉の女神はついにキレた。艶やかな黒髪のツインテールが天を衝く。

「……なんなんだ君はっ!! それでもファミリアの主神かっ!! 眷属()を持つ()かっ!! 歯ぁ食いしばれっ! ボクが修正してやるっ!!」

「!? 神様っ! 落ち着いてっ!」

 ソーマへ殴り掛かりそうなヘスティアを、ベルが慌てて取り押さえる。

 

「ファミリアの運営は俺がソーマ様から一任されている。我らファミリアの規則に不満があるなら、この話は御破算。お引き取り頂こうか」

 にやにやと笑うザニス。

 

 リリルカは血が滲みそうなほど固く拳を握りしめ、唇を噛みしめていた。義憤を抱いたエイナがソーマ・ファミリアの不正を暴いて告発してやろうと誓う。ベルは憤慨するヘスティアを押さえながら何か案はないかと必死に知恵を絞り、ふと気づく。アスラーグとエミールがやけに静かなことに。

 

 と。

 

「悪党の考えることはどこも同じだな。まったく、うんざりする」

 不意にエミールが辟易したように言い、エイナへ尋ねる。

「たしか、このアホ共と抗争を起こしたイシュタル・ファミリアに課された懲罰金は、1000万ヴァリス未満だったな?」

 

「え、ええ」とエイナが困惑気味に頷く。

「なら、先に払っておくわ」

 アスラーグが懐から宝石をいくつか取り出し、大金貨の山の隣に置いた。

 

「ソーマ・ファミリアが“無料で”リリルカ・アーデを退団させ、女神ヘスティアに改宗させなければ、俺達は酒造所を破壊し、団員を皆殺しにする」

 エミールの発言に執務室内の全員が仰天した。リリルカもベルもヘスティアもエイナも、ザニス達も、無関心だったソーマですら、顔を向けていた。

 

「クラーカ氏、グリストル氏。あ、貴方達は何を言って……」

 激しく狼狽えるエイナを余所に、アスラーグはレイピアの鯉口を切り、エミールが背中に担いでいた片刃直剣の柄を握る。

 

 貴族の本質は戦う者であり、ヤクザ者以上に面子を重視する人種である。帝国貴族アスラーグ・クラーカはザニスの舐めた態度を”宣戦布告”と受け取った。

 国家憲兵隊委員として犯罪者やテロリストと戦ってきた元最上級衛兵のエミール・グリストルは、()()()()ソーマ・ファミリアを潰すことに何の躊躇もない。ましてや、迷宮都市のルールが暴力による解決を容認するのだから。

 

 2人の異邦人が本気でソーマ・ファミリアを壊滅させる気だと誰もが理解し、ザニスの手下達も俄かに殺気立つ。

 

 一触即発の緊迫感が広がる中、

「御二人とも待ってくださいっ!」

 慌てて止めようとするリリルカへ、エミールがさらりと告げる。

「大丈夫だ、アーデ嬢。この程度の害虫共なら、君らに指一本触れさせず片付けられるし、10分もあれば終わる」

 

 その舐め腐った発言に、ザニスは額に青筋を浮かべて、

「貴様、舐め―――――――――ぱぁあああっ!?」

 怒号を吐き終えるより早く、エミールに床へ仰向けに叩きつけられ、胸を踏みつけられた。

 

 室内の誰一人としてエミールの動きを視認できた者は居なかった。荒事慣れしていないヘスティアとエイナなど目を点にしている。一方、ベルは状況を忘れて「凄い」と感嘆を漏らす。

 

 ザニスは胸骨を圧迫されて肺が満足に空気を取り込めず苦悶する。何とかエミールの足をどかそうと足掻くが、まるで鉄杭のようにビクともしない。

 エミールは足へさらに体重を掛けた。ザニスの胸部からミシミシと胸骨が軋む音色が響く。無情動な目つきで苦悶するザニスを見下ろし、苛立たしげに吐き捨てる。

「眠たい与太話を並べやがって。このまま下顎ごと舌を抉り取ってやろうか? その様を見せて他の奴らが同じ戯言を吐けるか、見物だな」

 

 絶対零度の殺気に誰も言葉を紡げず、動けない。唯一止められそうなアスラーグもザニスの手下共の動向を注視しており、妙な真似をしようものなら即座にレイピアを抜き放つだろう。

 

 エミールとアスラーグを除く全員が冷や汗を滲ませるところへ、

「……金は要らん。脱退金も改宗金もな。このファミリアを出て行きたいなら出て行けば良い。ヘスティアの眷属になりたいならなれば良い」

 ソーマは投げやりに語りながら執務机の引き出しを開け、平凡な酒瓶とグラスを取り出した。執務机に並べられた四つの杯に美酒が注がれる。

「ただし、お前達がこの酒を飲んで、狂わなければ、な」

 

「神、酒……」とリリルカが顔を真っ青にして震え出す。

 凄まじい多幸感を以って人間の魂を溶かし尽くし、獄に繋ぐ恐るべき酒。

 

 酸欠で顔を赤くし始めていたザニスが勝利を確信して口端を卑しく歪める。神酒に心を狂わされぬ者など居ないのだから。

 

 その刹那。

「ふふ」アスラーグが優雅に嗤う「ふふっ、ははははは」

「あ、アスラさん?」ベルが黒妖精の放つ異様な気配に戸惑う。

 

「神ソーマ。貴方の作るお酒が我が故国で何と呼ばれているか、教えて差し上げましょう」

 アスラーグがボサボサ頭の男神に嘲笑を向けた。

「有害嗜好品よ。毒と同じ扱い」

 

「有害……毒……」

 伸び放題の前髪に隠れたソーマの双眸が見開かれた。自らの手掛けた酒を毒と言われ、動揺を禁じ得ない。

 

 そんなソーマの様子を、アスラーグは嘲笑う。鮮明な悪意と敵意を込めて。

「だってそうでしょう? 貴方の酒は人を狂わせるだけ。そんなもの毒汁とどう違うの?」

 

 さらに、

「挙句、貴方はそれほど危険なものを人々に飲ませておいて、心を狂わせた人々を見下している。眷属達に酒造りの資金を稼がせておきながら、危険な酒を人々に売って銭を儲けておきながら、彼らが依存中毒症を患えば、愚かしいと見捨て、蔑んでいる」

 アスラーグは垂れ気味の双眸を細め、青紫色の瞳をぎらつかせた。

 

「呑め、ですって?」

 酒杯を一つ手に取ると、アスラーグは床に叩きつけた。さらには割れたグラスとこぼれた酒を忌々しげに踏み躙る。

「ふざけるな。人界に毒汁を垂れ流す疫病神め」

 

 神酒に囚われた者達が見たら脳卒中を起こしそうな凶行に、ザニスも手下達も唖然としていた。リリルカもベルもヘスティアもエイナも呆気に取られており、ソーマは愕然としている。

 

 そこへ、ザニスを踏みつけたまま、エミールが口を開く。

「人間には自由意思がある。その自由意思は神を崇め、尊び、敬い、慕うことを是とすれば、神を憎み、恨み、嫌い、叛くこともまた、是とする」

 

 エミールはパウチの一つから小型ナイフを素早く抜いて投擲、酒杯の一つを砕く。

「こんな酒、誰が呑むか。俺は俺の自由意思によって人間を害する神になど決して従わない。文句があるなら、神の力でも何でも使って罰を与えてみろ」

 深青色の瞳に本物の殺意を宿らせ、ソーマを睨みつけた。

「俺は俺の意志を以って貴様に抗い、その素っ首を斬り飛ばしてやる。天界に還って下らん毒汁を延々と作り続けるが良い」

 

 誰もが絶句する中、ベルが砕けたグラスとこぼれた酒の広がる執務机に歩み寄り、ソーマを真っ直ぐ見つめた。

「……僕は神様達を敬うべきと思っています。この世界がモンスターに荒らされずに済んでいるのは、神様達がダンジョンをバベルで封じているからだし、神様達が人間に恩恵を与えてくれたおかげで、人間はいろんなことが出来るようになったのだから」

 でも、とベルは言葉を編む。

「だからこそ、神様達が間違いを犯した時、僕達は人間を子と呼ぶ神様達へ間違っていると言うべきだと思います。親の過ちを正すことは子の務めだから」

 

 ベルは酒杯の一つを押し除けた。

「僕もこのお酒を飲むことを断ります。なぜ僕らが呑むことを拒否したのか、ソーマ様は顧みてください」

 

 そして、リリルカはベルの隣に立ち、涙の滲む瞳でソーマを睨みつけて、

「リリは貴方と貴方の酒に人生を狂わされました。物心ついた時から、貴方達のせいで多くの苦しいこと、辛いこと、哀しいことに耐えてきました。そして、貴方が全てを一任しているという男が約束した通り、脱退金を用意しました。リリは貴方達が課した試練を乗り越えたんです」

 グラスを手に取って酒を床にぶちまけた。

「このうえ、試される謂れはありませんっ!!」

 

 四人の人間に自らの酒を毅然と拒絶され、ソーマは自失状態に陥った。ザニスとその他、エイナはあまりの事態に言葉もない。

 

 そんな中、ヘスティアが執務机に近づき、ベルが押し除けた酒杯を手に取り、口へ運ぶ。

 じっくりと神酒を味わい、ヘスティアはふぅと悩ましげな吐息をこぼす。

「うん。流石は天界に名だたる酒神ソーマの酒だ。凄く美味しいよ。オリュントスの酒神(ディオニュソス)もこの味には帽子を脱ぐんじゃないかな」

 

 干したグラスを執務机に置き、

「昨日、ボクらはお酒を飲んだんだ。人々が作ったお酒をね。とてもよく出来たお酒だったけれど、君の作る酒には到底及ばない。でも、凄く楽しいお酒だった。皆と喜びを共有できるお酒だった。皆と笑顔になれるお酒だったよ」

 ヘスティアはどこか悲しげにソーマを見つめた。

「ソーマ。君のお酒はとても美味しいよ。でも、それだけだ。ボクはこのお酒を誰かと一緒に飲みたいとは思わない。一人でも飲みたいとも思わない。このお酒はどれほど美味くても、飲んだ者を酔わせるだけで、飲み手の気持ちや心を慮らないんだ……」

 

 ソーマの身体が大きく震える。前髪に隠れた目が左右に泳ぐ。

 酷く動揺する酒神へ、オリュントスの大女神が労わるように問い質す。

「ねえ、ソーマ。君は何のために酒を造っているんだい? 誰に飲んでもらいたくて造っているんだい? どんな時に飲んで欲しくて造っているんだい? ボクには君のお酒から君の想いが何も伝わってこないよ」

 

「私は……」

 ソーマは言葉を続けられなかった。

 天界に居た頃からずっと酒を造り続けてきた。更なる良い酒を創り出すことを求めて地上に降り立った。だが、その酒は何のため? 私は何を思い、どんな想いを酒に込めてきた?

 分からない。分からない。分からない。分からない。分からない。

 

「……先頃、ここを襲ったイシュタルの眷属にも言われた。“そんなもの”と」

 今にも泣きそうな顔で呟き、ソーマはどこか縋るようにヘスティアへ尋ねる。

「私はどんな酒を造れば良い? 何のために酒を造ったら良いんだ?」

 

「その答えをボクは持ってないよ」

 ヘスティアは悄然とするソーマへ諭すように答え、問う。

「リリルカ君をボクのファミリアに迎える。異論はないね?」

 

「……ああ」

 ソーマが力なく首肯した。ザニスが口を開きかけたが、エミールが胸部をさらに強く踏みつけたため、呻き声しか発せられなかった。

 ヘスティアはエイナへ顔を向ける。

「エイナ君。ボクとソーマはリリルカ君の改宗に合意したよ」

 

「え、あ……は、はいっ!」

 水を向けられたエイナは我に返り、慌てて居住まいを正した。

「ギルドの立会人として二柱の合意を確認しました。ここにソーマ・ファミリア団員リリルカ・アーデ氏の神ヘスティアへの改宗と、ファミリアの移籍をギルドが公証します」

 

 

 

「……やった。やったね、リリッ!!」

 ベルがリリを抱きしめ、

「はい……はいっ! ベル様っ!!」

 リリルカもベルを抱きしめ返し、

「ちょっ!? ベル君ッ!! リリルカ君、ベル君から離れるんだっ!! こら、離れろっ!!」

 ヘスティアは女神としての威厳を投げ捨てた。エイナが少しモニョッとしている。

 

「ひと段落ね」

 アスラーグが微苦笑をこぼしながら手早く宝石と大金貨を革鞄へ納めた。

「さっさと出ましょう。お祝いをしないとね」

 

 黒妖精の美女に促されて一行が執務室を出て行き、最後までに残っていたエミールはザニスから足を降ろして出入り口へ向かい、

「そういえば、お前らの団員から届け物を預かっていた」

 激しく咳き込むザニスへ布らしき塊を投げ渡し、部屋を出て行った。

 

「舐めやがってェ……っ! このままで済むと思うなよ、くそがぁ」

 毒づきながらザニスは布の塊を広げ、「ひぃっ!?」と悲鳴を上げる。手下達もザニスが放り出した布を確認し、悲鳴を上げて後ずさる。

 

 床に広がった布の塊は、消息不明になったカヌゥ・ベルウェイの顔の皮で、額の部分には血で新しき言葉が記されていた。

『You're Next』

 

      ★

 

 帰りの道中。

「リリルカ君が無事にボクのファミリアに移れたことはめでたい。それはそれとして」

 ヘスティアはエミールとアスラーグへ向け、叱声を張った。

「あの乱暴狼藉と罵詈雑言はいただけないっ! あんなやくざ者紛いの所業、君達の友神として見逃せないよっ! 帰ったら御説教だっ!! それから、君達の主神ネヘレニアにも手紙できっちり伝えるからねっ!!」

 

「「!?」」

 エミールとアスラーグが思わず固まった。




ちょっと強引だったかもしれない……
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