虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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31:察しの良い人達。

 ギルド本部でベル・クラネル少年と“剣姫”アイズ・ヴァレンシュタインがようやっと顔を合わせて、あれやこれやと話をしている頃。

 

 正式にヘスティア・ファミリアの一員となったリリルカ・アーデは、国税庁の捜査員みたいな目つきで廃教会を見て回っていた。

「ボロ屋ですね」

 

「我が家を辛辣な一言で評価するのはやめてくれよ」女神ヘスティアは心底嫌そうに顔をしかめつつ「これからは君の家でもあるんだぞ」

「だからこそ、です。幸いリリがお金を持っていますから、建て直しても良いんですが……」

 リリルカは腕を組んでウームと唸った。

 結局、ソーマ・ファミリア脱退金は上納せずに済んだ。おかげでリリルカには2000万ヴァリス近い貯金がある。修築くらいなら問題ない。

 

「リリとベル様の愛の巣なら丁度良いハコですけど、今後、ファミリアの団員を増やしていくとなると、この教会の建物や敷地では手狭になるかもしれません。将来的な引っ越しも視野に」

「ちょっと待て。聞き捨てならないぞ」

 ヘスティアがリリルカの言葉を遮った。わなわなと肩とツインテールを震わせながら、リリルカに叱声を飛ばす。

「何だい、君とベル君の愛の巣ってっ!! それを言うならボクとベル君の愛の巣だろっ!!」

 

「心配しなくてもヘスティア様のお部屋も用意しますよ。姑らしくリリとベル様から離れたところに」

 ふふんと挑発するように笑うリリルカ・アーデ。

 

「カッチーンッ!」

 ヘスティアは自ら怒りの擬音を叫び、眉目とツインテールを吊り上げた。

「誰が姑だっ!! ベル君の嫁気取りかっ! 嫁気取りなのかっ!? 図々しいぞっ! 君は居候のように物置にでも住んだらどうだっ!!」

 

「まあっ! ヘスティア様は眷属の扱いに差を設けるとおっしゃるんですかっ!? 酷いですっ! 酷いですっ! ヘスティア様を信じてソーマ・ファミリアから移籍してきたというのに……これはもうギルドに訴えるしかありませんっ! 訴訟ですっ!!」

 リリルカにまくしたてられ、思わず怯むヘスティア。

「そ、訴訟って……君、小賢し過ぎるぞっ!?」

 

「アスラ様が佳い女は賢くあるべしと仰ってました」得意げに応じるリリルカ。

 ヘスティアは眼前の小娘に入れ知恵した犯人を思い、怒声を上げた。

「アスラ君め――っ!!」

 

 

 

「誰かに呼ばれた気がするわ」

 廃教会の御近所にある借家のダイニングで、アスラーグは紅茶を手に長い妖精耳をぴくぴくと揺らす。

「?」エミールは小首を傾げ「俺には何も聞こえなかったが……」

 

「まぁいいわ。それで第24階層の件だったわね」

「ああ」エミールはアスラーグへ首肯して「遭遇したデリラ信奉者はグリムとヴァスコというらしい」

 

 うん、とアスラーグは頷き、紅茶を口にしながら記憶のページをめくる。

「……グリムという男に関しては調査資料以上のことは分からないわ。たしか平民出の陸軍将校だったと思う。いくつかのモンスターや匪賊の討伐で名を上げていたそうよ」

「ヴァスコは?」

 エミールが水を向けると、アスラーグはくすりと蠱惑的に微笑む。

「よく知ってるわ。アカデミーの知人よ」

 

「知人? 随分と恨まれているようだったが……」と眉根を寄せるエミール。

 記憶が確かなら、色黒雌エルフなんて吐き捨てていた。恨み骨髄だったように思う。

 

「彼が学会で発表した論文を批判したら逆恨みされたみたいなの」

 やれやれと言いたげに嘆息をこぼすアスラーグ。

「当時の彼は生物学と錬金工学の俊英だったの。それで、人為的にモンスターの生体構造を改造し、人間社会に有益な家畜化する技術の開発を試みていたのだけれど」

 

「待った。学術的なことを説明されても分からない」

 エミールは軍で多少の高等教育を授かったが、自然哲学アカデミーの専門的な高等学問に関してはさっぱりだった。

 

 説明し甲斐がない、と小言をこぼしつつ、アスラーグはどこか懐かしそうに、

「そうね。平たく言えば、私が彼の論文を批判した結果、上級研究員に選抜されなかったし、教授にもなれなかったわね。それでアカデミーを去って、今頃どこでどうしてるのかなぁ、と思ったらデリラの信奉者になってたわ。まったく何を考えているのやら」

 はあ、と溜息をこぼして旧知の転落振りを嘆く。

 

 エミールはなんとなく『批判』とやらに嫌な想像を巡らし、問うた。

「……ちなみに、アスラがした批判を周囲はどう表現している?」

 

「周囲?」アスラーグは訝りつつ、往時を振り返って「たしか師が『アレは立ち直れない』とかなんとか言っていたような……大袈裟よね」

「そうか」

 全てを察し、エミールは瞑目した。

 どうやらアスラーグはヴァスコという男の論文をけちょんけちょんに批判し、心をへし折ったらしい。で、その結果、ヴァスコはアカデミーから去っていったと。

 

 そりゃ恨まれてるわな。

 

「なにか私が悪いと言いたそうだけれど、アカデミーではあれくらい珍しくもなんともないわ。そもそも他人に批判されたなら、次にケチのつけようがない論文を出せば良いだけよ」

 アカデミー特別研究員で虚無研究の第一人者と見做されるアスラーグは、学者としても武闘派貴族的気質の持ち主だった。敗北の屈辱は勝利で糊塗すべし。

 

「まあ、彼のことなんてどうでも良いわ」

 ヴァスコが聞いたら激昂しそうな言葉で会話を締め、アスラーグはカップをテーブルに置く。

「今回の一件でソーマ・ファミリアの現状が見えたわ。連中、かなり追い詰められているわね」

 

「ダンジョンで稼ぐことも神酒で稼ぐことも出来なくなっている。あの小悪党の人柄から察するに、神酒の在庫を密売して補おうとするだろうな」

「ふむ」アスラーグは唇を撫でながら思案し「密売の取引が揉めることは珍しくないわよね?」

「ああ」エミールは首肯し「死体だらけの取引現場を何度も見たよ」

 アスラーグは首肯し、さらりと問う。

「連中の取引現場を襲って、ザニスの身柄を攫うことはできるかしら?」

 

「ザニスの行確が要る。しばらくダンジョンへ潜れなくなるが……いい加減、エリノールの約束を果たさないと不味いのでは?」

「そうね」アスラーグはエミールに同意して「信義の問題になる」

 

 黒妖精の美女は憂い顔でカップの縁を指で弾き、チンッと鳴らす。

「下層まで行き、依頼の骨を集めましょう。リリちゃんにも話をつけておかないと。あの子もヘスティア様の眷属になって事情が変わったもの」

 

        ★

 

“勇者”フィン・ディムナは小人族として稀有な前衛型の高レベル冒険者である。

 しかし、彼の本質は素晴らしい槍捌きや俊敏な身のこなしなど戦士の在り方にあるのではない。故郷の村長が『神童』と評した類稀な知性、そして、深く敬愛する亡き両親から学び取った勇気。これこそが“勇者”フィン・ディムナの本質であり、彼本来の在り方とは戦士ではなく、諦めを知らぬ不屈の指揮官だ。

 

 この時、フィンは執務室で主神ロキと話し合っていた。

 

 ロキの機嫌は悪い。

 ダンジョンから帰還したアイズ達の報告――第24階層の顛末は女神ロキの心胆を寒からしめていた。

 下手したら我が子達を失っていたかもしれない恐怖。ファミリアの第一線級戦力を一度に四人も失っていたかもしれない危険性。自身の判断が短慮だったとは思わないが、それでも肝が冷えるには十分だった。

 

「確定や」

 ロキは冷えた肝を温め直すべく強い酒をグラスに注ぎ、一息で呷る。

「穴倉ン中にウチらの“敵”がおる」

 

「それもかなり複雑な情勢だね」

 フィンは執務机に両肘を置き、口元で両手を組みながら言った。

「第18階層で戦った赤髪の女テイマーは人とモンスターの融合体。テイマーと一緒に居た甲冑男とその仲間。死んだはずのオリヴァス・アクト。闇派閥の残党達。モンスターの生産プラント。五年前に消息を絶っていた髑髏の異能者が再来し、甲冑男達と敵対していた。それに、女テイマーはアイズをアリアと呼び、59階層へ来いと告げた」

 

 はぁ、とフィンは大きく溜息を吐く。

「色々あり過ぎて頭の整理が追いつかないよ」

 

「……アイズは59階層へ行く気満々やったな」

「アイズが受け取った依頼の報酬を使えば、可能だね」

 

 帰還後、アイズはヘルメス・ファミリアのルルネと共に報酬を受け取った。大金や宝石、高額素材、果ては魔法書まで。ヘルメス・ファミリアと分け合っても億単位の収益だった。ただ、ルルネはその場で泣き崩れたという。フィンもその気持ちがよく分かる。どんな報酬であろうと、仲間の命と釣り合いなど取れない。

 

「しかし、髑髏の異能者が再来した今、戦力を全て遠征に投入することは厳しい」

 フィンは眉をひそめた。

「僕らがダンジョン深層に居る時、万が一にも拠点を襲撃されてロキが天界送りとなったら、遠征隊は深層で恩恵を凍結されてしまう」

 

 暗黒期の末期、フィンが採った闇派閥の掃討作戦がまさにそれだ。闇派閥がダンジョン内で抗争を繰り広げている間に、連中の拠点や隠れ家を強襲して邪神達を捕縛、天界送りにした。主神を失った闇派閥共は恩恵を凍結され、為す術なくモンスターに食われていったという。

 自身が採った策を相手が採らぬ道理はない。ましてや相手は“あの”髑髏の異能者だ。

 

 ロキはグラスを口にしてから、

「せやけど、レフィーヤ達の報告を聞いた限りやと、5年前に消息を断ったのんとは別口のきがせえへん? あない危険な異能を持ったもんが他にもおるゆぅんも薄ら恐ろしいけど」

 仮定を披露した。

「今回の髑髏が五年前のもんと違うなら、ウチらに害は無いんちゃう?」

 

「その可能性は否定しない。でも、危険性を無視できるほど確信を抱けない。そうだろう?」

 フィンの反問に答えず、ロキは手酌でグラスに酒を注ぐ。

「……闇派閥の連中も気になんな。人とモンスターとの融合体てなんやの? そない滅茶苦茶なもん、聞いたことないで。それに、モンスターの生産プラントて。暗黒期のドンパチに負けて落ちぶれた連中のどこにそない力があったんや?」

 

「赤髪のテイマーがアイズをアリアと呼んだ点も無視できない」

 険しい顔つきでフィンは呟く。

「僕らの知らないところで、何か怖いことが進められているのかもしれないな」

 

「……」

 ロキがグラスを傾け、強い酒を舐めたところへ、リヴェリアがやってきた。立派な書籍を抱えて。

「聞いて欲しい話がある」

 

「なんやの、怖い顔して。これ以上の不景気な話は勘弁してや」

 愚痴るロキを余所に、リヴェリアは早速本題に入った。

「先ほどレフィーヤ達の報告で、下品な甲冑男とその仲間が髑髏の異能者をマークベアラー、ヴォイド・ウォーカーと呼んでいた、と言っていただろう?」

 

「ああ」とフィンが首肯する。

「新しき言葉やな」ロキはグラスを弄りながら「意味は刻印持ち。それと、虚無を歩く者、か」

 

「その言葉を聞いて、思い当たることがあってな」

 リヴェリアは書籍を抱えたまま頷き、ロキに問う。

「ロキ。天界で虚無とよばれる“外の世界”、そして、その虚無に住まう存在アウトサイダーについて見聞きしたことは無いか?」

 

「外の世界? アウトサイダー? 聞いたことないな。なんやの?」

 怪訝そうに首を横に振るロキに、リヴェリアは眉根を寄せつつ説明した。

「この書籍の著者は、人界と天界、その外側に虚無と呼ばれる世界が存在することを論じている。人界の者が天界を観測することできないように、天界の者が天界の外に存在する虚無を観測することは能わない。よって、神々が虚無を否定しても、虚無の不在を証明することにはならないと」

 

「えらい挑戦的な言い草やな」ロキは片眉を上げた。その論説を悪意的に捉えるなら、神は天井戸で粋がっている蛙に過ぎず大海も空の高さも分かっていない、と言っているに等しい。

 

 リヴェリアはロキの指摘を余所に、書籍の内容を語り続けた。

「人類の長い歴史において、僅かながら虚無の住人――アウトサイダーから超常の力を与えられた者が存在したそうだ。彼らは虚無を歩く者(ヴォイド・ウォーカー)と呼ばれ、印を刻まれることから刻印持ち(マークベアラー)とも呼ばれていたという」

 

「それは……興味深いね」とフィン。

「最も興味深いのはな」

 リヴェリアは卓に書籍を置き、その表紙を皆に見せた。

 

 書籍の著者名はアスラーグ・クラーカ。

 

「アスたんと同じ名前……本人なんか?」

「ああ。書籍末尾の作者経歴に書いてあった。アスラーグ・クラーカ。諸島帝国の妖精族貴族ロズブリック伯家の者で前モルゲンガード男爵夫人。王室魔導師第三席にして、自然哲学アカデミー特別研究員。それが彼女だ」

 

「なん……やて……」ロキが糸目を大きく見開き、わなわなと震えていた。

「ロキ?」フィンが訝ると、

 

「アスたん、人妻やったんかっ!?」

 ロキが吃驚を上げた。リヴェリアのしみじみと頷く。

「私も確認した時、驚いた」

 

「? 君も?」とフィンが怪訝そうに眉根を寄せた。

「……彼女と私は歳がそう離れてない」どこか遠くを見つめながらリヴェリアは語り、じろりとフィンを睥睨して「これ以上の説明が要るか?」

 

 リヴェリア・リヨス・アールヴさん。妖精族。9×歳。独身。名族(ハイエルフ)王女として尊貴の血を後世に伝える務めを絶賛放置中。

 ちなみに、フィン・ディムナさん。小人族。40歳。独身。同族の御嫁さんを絶賛募集中(なお、嫁探しはティオネ・ヒリュテによる激しい妨害に遭っている模様)。

 

 リヴェリアの視線を払うように手を振り、フィンは尋ねる。

「野暮なことを聞かないよ。しかし、その本を持ちながら、なぜ今まで気づかなかった?」

 

「正直に白状するが、この書のことを完全に失念していた。それに、まさか大洋の向こうにある国の学者が、傭兵兼冒険者としてこの街へ訪れるなどと思わんだろう?」

 どこか自嘲的に語り、リヴェリアは小さく嘆息をこぼした。

「でも、どこかで気になってはいたんだ。彼女が高名な研究機関に所属していたとも聞いていたから。純粋に私の落ち度だ。済まない」

 

 微かに長い耳を下げるリヴェリアに、フィンは小さく苦笑いし、ロキへ提案した。

「あの2人と会うべきだと思うんだけど、どうかな?」

 

 優れた知性を持つ小さな英雄は、既に看破していた。

 アスラーグ・クラーカとエミール・グリストル。

 この2人の素性を正確に把握すれば、現状の問題、その半分が片付くと。

 

         ★

 

 アウトサイダーは虚無の中から人造迷宮に住まう“怪物”を窺い、嘆息した。

 あらゆる次元。あらゆる時空。あらゆる世界に遍在してきた外なる者は、この世界における“神”の所業に落胆を禁じ得なかった。

 

 つまらない。

 

 アウトサイダーは“怪物”と悦に耽る者達に対し、辛辣な評価を下す。

 全知の超越存在が手掛けるものだから期待していたのだが、まさかこんな“小動物達”が奥の手とは……異なる世界で見聞した“古い獣”並みの存在を期待していたのに。狂気という一点に限っても、異なる世界の悪夢の街で見聞きしたものに及ばない。

 

 まったく肩透かしも甚だしい。剣姫を中心に紡がれる大きな物語は現状、“敵役”が陳腐すぎないだろうか。

 

 かといって、白兎を中心に紡がれる大きな物語が盛り上がるには、まだ時間が掛かる。

 

 自らが刻印を与えた復讐者の小さな物語は佳境に入っており、更なる大展開を望めない。

 

 この世界に居る他の刻印持ち達にしても、自分を楽しませる状況にない。

 

 ……些か退屈だな。

 神々すら知覚し得ない外側の超越存在は、人間にとっても神々にとっても厄介なアイデアを弄び始めた。

 

        ★

 

 熱したフライパンにオリーブ油を薄く敷き、やや厚めに切ったベーコンを二枚並べた。

 油が弾ける音と肉の焼ける音が奏でられる。小気味よい二重奏を聞きながら、エミールはフライ返しでベーコンをひっくり返す。

 そのままフライ返しで俎板上の卵を掬い上げるように真上に飛ばし、フライ返しをフライパンの上に翳した。卵は放物線を描いてフライ返しの上に落ち、割れた殻がフライ返しに引っかかり、卵自身はフライパンへ。

 

 同じトリックをもう3度繰り返し、ベーコンを焼きながら目玉焼きを4つ作る。

 隣の竈口から湯気を昇らせる薬缶を降ろし、スライスした白パンを火で炙り、軽く焦げ目が付いたらベーコンエッグと共に二枚の皿へ盛り分けた。

 ダイニングテーブルに皿を置き、紅茶用のミルクと砂糖、白パン用のベリージャムを並べ、薬缶のお湯を紅茶ポットへ移す。

 

 茶葉を蒸らしていると、キャミソールに短パン姿のアスラーグがダイニングへ入ってきた。

 緩やかに波打つ銀灰色の長髪を弄りながらテーブルに着き、出来立てのベーコンエッグを見下ろして、どこか眠たげに呟いた。

「……今日はオムレツが良かった……挽肉とマッシュルームが入ってるの……」

 

「明日な」

 エミールはあやすように応じ、二つのカップに紅茶を注いでいく。

 

 目元を擦りつつ、アスラーグは熱い紅茶にミルクと砂糖を加え、一口。

「……うん」満足げに頷き「おはよう、エミール」

 どうやらスイッチが入ったらしい。

 

 こんな調子で始まった朝食時。

 卵2つと大きな厚切りベーコン、スライスした白パン数枚をぺろりと平らげ、アスラーグは二杯目の紅茶を飲みながら、今日の予定を話し合おうとしたところへ、玄関の呼び鈴が鳴らされた。

 

「あら」アスラーグは玄関へ顔を向け「ヘスティア様かしら?」

 ベルが眷属になって以降は鳴りを潜めていたが、御近所付き合いを始めた頃のヘスティアはしばしば朝食時や夕餉時にやってきた。地下室の一人暮らしという孤独がかなりキツかったらしい。

 

 アスラーグはエミールに目配せする。『この恰好では応対できない。行け』

 了承したエミールが腰を上げ、玄関へ。賊の朝駆けかもしれないので、後ろ腰にナイフを差しておく(些か病質的だが、2人のやっていることを考えれば、警戒のし過ぎとも言えない)。

 

 エミールが玄関扉を開ける。と、そこには見覚えのない地味で平凡な青年が居た。

「……どちら様?」

 

「自分はロキ・ファミリア団員ラウル・ノールドっス。エミール・グリストルさんでしょうか?」

 戸惑い気味なエミールにラウルと名乗った青年が確認するように問う。

「ええ。俺がエミール・グリストルですが……」

 確認が取れ、ラウルは懐からお洒落な封筒を取り出し、言った。

「主神ロキと団長フィン・ディムナより招待状をお届けに参りましたっス」

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