虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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拙作には独自設定がございます。


32:酒場会談。

『豊穣の女主人』にロキ・ファミリアが来店した。

 

 主神ロキ。団長フィン・ディムナ。副団長リヴェリア・リヨス・アールヴとガレス・ランドロック。幹部のヒリュテ姉妹。二軍中核団員のアナキティ・オータムとナルヴィ・ロール、クルス・バッセル。と、勝手についてきたベート・ローガ。

 

 最奥の卓に主神と団長と妖精王女が座る中、隣の2つに残りの面々が着いた。他の冒険者達が最奥の卓のやり取りを見聞きできぬよう、あからさまに厳めしい雰囲気を発している(なお、ベートはカウンター席に一人で座った)。

 

「こいつぁどういう料簡だい」女将ミアは不機嫌顔で「回答次第じゃ叩きだすよ」

「心配せんでも店を荒らしたりせぇへんて」

 ロキは氷より冷たい笑みを浮かべた。

 

 ミアは大きく舌打ちした。フレイヤ・ファミリアの元団長として眼前の道化神のことはそれなりに知っている。この貧相な乳をした女神がこういう笑い方をする時、下手に深く関わってはいけない。

 

「妙な真似したら出入り禁止にするからね。肝に銘じときな」

 ロキ・ファミリアの面々をぎろりと一睨みし、ミアはのっしのっしと大きな熊のようにカウンター内へ戻っていく。

 

 その背中を見送りつつ、フィンはくすりと微苦笑した。

「引退してしばらく経つのに、迫力は現役の時と変わらない」

「ほんまにな」とロキも苦笑い。

 

 そんなやり取りをしているところへ、案内役を務めるラウル・ノールドが主賓を連れてきた。

 

 ヒューマンの白人青年。癖の強い栗色の短髪。鋭い双眸の涼しげな優男顔。長身痩躯ながら体幹のしっかりした姿勢から、相当に鍛えられていることを窺わせた。

 レベル3冒険者:エミール・グリストル。

 

 黒妖精の美女。垂れ気味な目つきの整った顔立ち。波打つ銀色の長髪を結いあげている。優艶な中肉中背の肢体をパンツスタイルで包んでいる。

 レベル4冒険者:アスラーグ・クラーカ。

 

 フィンは立ち上がり、柔和な笑顔で主賓二人を迎えた。

「今夜は招待に応じてくれて感謝する」

 

「こちらこそ御招待いただき光栄です」

 アスラーグが垂れ気味の目を柔らかく細めて微笑む。

 

 両者の瞳は一切笑っていなかった。

 

 ロキはにんまりと口端を上げる。

「初対面でも無し、お堅い挨拶は要らんやろ。アスたんもエミール君も座り座り。ミアかーさん、お酒持って来てやーっ!」

 

       ★

 

 他愛ない会話で相手の心を解きほぐす。確立された交渉戦術だ。

 そうした狙いがあったにせよ、会食は和やかに進んでいた。

 

 美食と美酒を楽しみながら、女神ロキが主となって場を盛り上げる。

 フィンとアスラーグが親しげに言葉を交わす様に、隣の卓でティオネがイライラし始め、アナキティ達が苦労して宥めていた。

 

 一方、ティオナはちらちらとエミールを窺う。気になる男子を目で追っちゃう女の子――ではなく、競技選手が新顔を気にしている、といった感じのものだったが。

 

 ちなみに、この会食を一番楽しんでいたのは、リヴェリアだ。

 リヴェリアはアスラーグの書籍を持っていることを早々に明かし、すぐさま学術的な議論を始めていた。普段は玲瓏な澄まし顔を湛えているが、この王女様は広い世界を見聞し、未知に触れたくて郷里を飛び出したという、好奇心と知識欲の塊なのだ。

 

「リヴェリアだけアスたん独り占めしてずっこいでっ! ウチもアスたんとお話ししたいっ!」

 ロキの苦情申し立てに、リヴェリアはバツが悪そうに眉と長い耳を下げた。

「す、済まない。こういう会話は久し振りで……」

 

 言うまでもないことだが、冒険者業界は基本的に学のない連中ばかりだ。名族(ハイエルフ)王女として超高等教育を修めたリヴェリアと学術的議論を交わせるような者など、まず居ない。

 

 ロキ・ファミリア内にしても、比較的に学のある団員達は目下であるため、最高幹部のリヴェリア相手に議論討論を交わそうとはしなかった。団のエルフ達に至っては『論を戦わせるなんて無礼な真似できません』と逃げてしまう。

 かといって対等に接せられるフィンとガレスは学術的議論が出来ないし、リヴェリアの立場に遠慮しないアイズやヒリュテ姉妹、ベートでもやっぱり学術的会話が成り立たない。

 

 恩恵レベルや出自はリヴェリアの方が格上ながら、本物の学者だったアスラーグの識見や造詣は伍しているか、もしくは上かもしれなかった。おかげでリヴェリアは今宵の会食を存分に楽しんでいた。

 

“仕事”を忘れるほど楽しんでいるリヴェリアに、ロキ・ファミリアの面々がほっこりする中、フィンがアスラーグへ問う。

「リヴェリアに勧められて、君の著作に目を通してみたんだ。君の言う『虚無』とは人界と天界に続く第三の世界、という認識で良いのかな?」

 

「大雑把に要約してしまえば、そうですね。人間や神の不可知領域と言っていいでしょう」

 首肯するアスラーグに、ロキが渋面を浮かべる。

「神が不可知っちゅう点で納得しかねるんやけれど」

 

「まことに不遜な表現になりますが、神々とは人界の上位世界に存在する“人間の”超越的存在。これは神が人間に証明した事実です。では、神々の上位存在が居ないと誰が証明します?」

「そら、悪魔の証明やんか」とロキが眉根を寄せた。

「論理的にはまさに」アスラーグはくすりと微笑み「しかし、その前提を覆す真理が提示されぬ限り、外側の存在を完全に否定しきれません」

 

「では、その外側の世界の住人たるアウトサイダーは神の上位者に当たるのかい?」

 フィンの疑問にアスラーグは肩を小さく竦め、

「伝承では、アウトサイダーは神話に謳われぬ神にして、叙事詩に紡がれなかった存在。と定義されています。おおよそ神々の上位存在と見做されてはいません」

 ワインを口にしてから、言った。

「人でも神でもない、理の外の存在。一種の概念的な存在なのかもしれませんね」

 

「概念か……でも、君の書籍を読んだ限り、君は何か確信をもって記していた。アウトサイダーの実在を」

 フィンは踏み込む。

「確信を抱く理由を教えてもらいたいところだね」

 

 アスラーグはフィンから視線を外さない。エミールへ目配せすることも無い。そして、エミールは黙々と肴を摘まみながら酒を飲んでいる。

 

「神の下界以前、小人族が女神フィアナを信仰していたように、諸島帝国の一帯では宇宙論的脅威存在に対する戒律を重視する共同体思想を持っていました。それは後に『大衆の修道院』という宗教に昇華されましたが、神の時代の到来によって急速に力を失い、ネヘレニア様の行幸により、決定的な衰亡を迎えました」

 黒妖精の美人学者は淡々と言葉を編む。

「この諸島帝国宗教史を調査する過程で、私は虚無とアウトサイダーを知り、また父祖の時代にアウトサイダーによる人界への干渉の痕跡を発見しました。虚無の住人から超常の力を与えられたという者達を」

 

 リヴェリアが興味深そうに「虚無を歩く者(ヴォイド・ウォーカー)刻印持ち(マークベアラー)か」

 フィンが素早くエミールの左手を窺う。が、そこにあるのは大きな火傷痕だけで、刻印は影も形も無い。

 

「かつてこの街に現れた髑髏の異能者も、そうした手合いだったのかもしれんな。あやつはスキルや魔法云々では説明がつかぬ点が多かったように思う」

 ガレスがぽつりと呟くと、ティオナが口を挟む。

「あたし達が戦ったあの変態も、紅色髑髏のことをそう呼んでた」

 

 あちゃー、とロキが目を覆い、リヴェリアが渋面をこさえ、カウンター席でベートがアホゾネスめ、と毒づく。

「バカティオナッ! 余計なことを言うなっ!」

 ティオネが鋭い声で妹を叱責し、「あ」とティオナが姉達の反応に気付くも手遅れ。

 

 アスラーグが優雅に微笑み、エミールはゆっくりと鼻息をついた。

「ディムナ殿。そろそろ本題に入る頃合いのようですが、如何ですか?」

 

「そうだね」

 フィンは眉を下げながら首肯し、右手の親指を擦った。隣席も含め、ロキ・ファミリアの面々が静かに居住まいを正し、アスラーグとエミールを注視する。

「僕らロキ・ファミリアは近頃、闇派閥の残党と小競り合いが続いていてね。怪物祭の折に出没した植物系モンスターも奴らの仕業だと分かった。僕らとしては連中と本格的に事を構えることも辞さないが……現状、情報が不足している」

 

 アスラーグとエミールを順に窺い、フィンは語り掛ける。

「そこで、ギルドから調査を請け負っていた君達から情報を得たい。もちろん、ギルドとの契約で守秘義務があることも知っているけれど、話せる範疇で構わないし、こちらも持っている情報を開示する。相応の代価を払ってもいい」

 

「小人族の勇者様。そのような誘い方では帝国淑女をダンスに誘えませんよ」

 アスラーグが垂れ気味の双眸を細め、貴族的冷笑で応じる。熱烈に恋慕する“勇者”が皮肉を浴びせられ、“怒蛇”が青筋を浮かべるも、周囲が必死に宥めた。

 

 当のフィンは気にもせず、むしろ楽しげに口端を緩める。

 なるほど。直球で挑んだ方が吉か。

「ウチの団員がダンジョン内で遭遇した“敵”に、諸島帝国人らしき者達が居た。今まで見聞きしたことも無い者達だった。奴らは君達と関わりがあると思っている」

 

 先を促すようにアスラーグが頷き、フィンは言葉を続ける。

「君は諸島帝国の貴顕で政府要人で高名な学者だ、前モルゲンガード男爵夫人。そんな女性が国家憲兵隊最上級衛兵の王室警護官候補だった精鋭一人だけを連れて、オラリオに現れた。不名誉を犯して国外追放になったという話だが、冗談にしか聞こえない。まして傭兵や冒険者をしながらオラリオまで流れてきた、なんていう話はとても信じられない」

 

「事実はいつだって奇なるものですわ」と苦笑するアスラーグ。

「かもしれない。だが、大抵の事実は相応に納得がいく理由があるものさ」

 フィンは踏み込む。

「たとえば、君達が諸島帝国の密命を負い、件の諸島帝国人達を討ち取りに来たとかね」

 

「面白い」

 アスラーグは優雅に微笑む。

「そこまで言ったなら、最後までおっしゃって」

 余裕を一切崩さないアスラーグ。エミールも涼しげな表情を崩さない。

 

 2人の様子に、フィンは初めて眉をひそめた。どうやらこの推論は真相から外れていたらしい。いや、指摘されること自体が予測の範疇だったのかもしれない。

 フィンは小さく首肯し、

「諸島帝国人達の実力は並々ならぬものだった。僕達と伍してやり合えたほどにね。無礼を承知で言わせてもらうが、レベル4と3の君達では力不足だろう。しかし、」

 アスラーグとエミールを交互に見た。

「君の連れが、虚無の住人アウトサイダーから超常の力を与えられた刻印持ち(マークベアラー)ならば、たった2人であれほどの強敵共を追討しようという話に合点がいく。この推論は突飛に過ぎるかな?」

 

 ロキが酒杯を傾けながら、糸目を開いて2人を窺う。リヴェリアも2人を注視している。隣席のガレスやティオネは不測の事態に備えており、他の面々も密やかに警戒を強めた。カウンター席からベートが睨みつけていた。エルフ女給リュー・リオンもこっそり聞き耳を立てている。

 

 エミールがおもむろに口を開く。

「ディムナ殿。仮に貴方の推論が事実だったとして、どう対応されるつもりですか?」

 深青色の瞳に変化はない。隣のアスラーグもどこか楽しげな様子を崩さない。

 

「それこそ君らの目的次第だね。僕らや街に害をなさないなら問題ないが」

「その推論が“別の意味”を持つことを御承知なのかしら?」

 フィンの言葉を遮り、アスラーグが酒杯を揺らしながら問う。

「無論だよ」フィンは首肯し、冷厳な目つきで「だからこそ、君達の事情を知りたい」

 

「素敵」アスラーグは妖艶に微笑み「貴方のような素敵な殿方に熱く迫っていただけるなんて、心が揺らぎますわ」

「あぁ?」青筋を浮かべたティオネが再び腰を浮かせかけ、周囲に押さえられた。

「あまりティオネをからかわないでくれんか?」と隣席でガレスがぼやく。

 

「失礼。反応が可愛いので、つい」

 くすくすと悪戯っぽく喉を鳴らし、アスラーグはエミールに頷く。

 

「魔女の心臓。それが俺達の目的だ」

 エミールは声を潜めて語る。

 

 三年前に諸島帝国の首都ダンウォールで起きた襲撃事件を語り、魔女の心臓という国家的機密物が強奪されたこと。自分達がその奪還任務に当たっており、襲撃者達を抹殺し、黒幕を討伐することも語った。

 

 ただし、デリラ・ブラックスプーンについては教えない。教える必要もない。

 現時点において、そこまでロキ・ファミリアと関わりを深める意味を、エミールもアスラーグも見出していなかった。

 とはいえ、卓越した頭脳を持つフィンや聡明なリヴェリアは見逃したりしない。

 

「その魔女の心臓という呪物を盗んだ者達の狙いは?」

 フィンは容疑者を追及する刑事のような目で、問い質す。

 

「賊共の狙いは分かりません。ただ、魔女の心臓は強力な呪物です。兵器転用も出来るし、何かしらの広域魔法の魔力源にも成りえる。十中八九、この街を害するために使うでしょう」

 エミールの回答に、フィンは首肯しつつ、問いを重ねる。

「ダンジョン内で遭遇した諸島帝国人は、どうもクラーカ殿を知っているような口ぶりだった。甲冑男の方は名前をたしか、ヴァスコと言ったかな。心当たりはあるかい?」

 

「ええ」アスラーグは首肯して「ヴァスコは自然哲学アカデミーの元同僚です」

 

「あいつが学者?」ティオネが訝る。「頭がおかしい変人にしか見えなかったけど」

「変人というより下品な変態だよ」とティオナ。「リヴェリアやレフィーヤの事を雌エルフなんて言ってさ」

 

「ああ。きっと私が彼の論文を批判したからでしょうね。その一件以来、私のことを強く逆恨みしているようです。私憎さにエルフ女性全般に敵意を抱くようになったんでしょう。まったく情けない」

 溜息混じりに応じるアスラーグ。

 

 リヴェリアは思う。逆恨みというにはあまりに根の深い憎しみを抱いていたが……いったい、どんな批判をしたんだ?

 

「ゴチャゴチャ面倒臭ェ。要点は一つだろうが」

 焦れた凶狼がカウンター席からゆらりとエミールに歩み寄り、今にも噛みつきそうなメンチを切った。

「テメェがあの髑髏野郎か?」

 

 フィン達もエミールを注視し、ロキが回答の真偽を図ろうと真剣な眼差しを向ける。密かに聞き耳を立てていたエルフ女給が身を強張らせていた。

 

 エミールは口端を緩める。

「だとしたら……どうするんだ? 狼人」

 当然ながらエミールは明確な回答を避けた。言外に刻印持ちであることを肯定したに等しいが、神の前で虚偽は出来ない以上、そうするしかない。

 

 ベートは牙を剥くように告げた。

「表に出ろ。テメェがどれほどのもんか試してやる」

 

「それは無しや、ベート」

 ロキが鋭い声で掣肘を加えた。

「ああ?」ベートが苛立ってロキを睨み「下らねえやり取りを続けるより早ェだろうが」

 

「ダメや」

 ベートが眉間に深い皺を刻んで抗弁しようとするも、ロキが念を押すように言葉を重ねる。

「もう一度は言わんで」

 

 銃声のような舌打ちをこぼし、ベートはカウンター席へ戻って酒をかっ食らう。

「ごめんなぁ」とロキが詫びる。「ベートは悪い子やないんやけど、ちっと血の気が多いねん」

 

「いえいえ。事情を鑑みれば当然の事でしょう」

 アスラーグは柔らかく微笑みながら、

「私共が不審なことは承知しております。しかし、私共にも都合と事情がありますので、全てを明かすことはできません。これはロキ様や皆様を御信用出来る出来ないの話ではなく、そういうものだと御理解くださいませ」

 ロキとフィンを真っ直ぐ見つめた。

「私共の持つ情報に関しては、能う限り御提供しましょう。ただし、日を改めて」

 

「内緒話するには、ちと耳目を集め過ぎたわな」

 ロキは店内を密やかに見回す。

 ベートが絡んだ辺りから聞き耳を立てている手合いが激増していた。踏み込んだ内容はここまでだろう。

 

「今宵の難しい話はここまでにしよ。そんでな、そんでな、ウチどーしてもアスたんに聞きたいことあったん」

 真面目な雰囲気を一瞬で脱ぎ捨て、ロキがアスラーグに身を寄せる。

「アスたん、人妻ってホント?」

 

「元人妻です、ロキ様。夫は随分前に儚くなりました」とアスラーグは左手薬指のリングを撫でながら「子を持つ幸せに恵まれませんでしたが、夫には素晴らしい時間を貰いました」

 

 しっとりとしたアスラーグの言葉と横顔から亡夫への深い愛情が感じられ、団長へ熱烈な恋愛感情を抱くティオネが羨望と憧憬を覚える。私も早く団長と結婚したい。

 

「御愁傷様になあ……でも、とゆぅことは未亡人? なるほどなぁっ!」

 ロキはしきりに頷く。

「道理でそこらのエルフっ娘と違ってオトナのエロさが、いたぁいっ!?」

「品の無いことを言うな」とリヴェリアがロキの脇腹を抓って黙らせた。

 

「色気云々は私に限ったことではないでしょう。純潔を尊ぶエルフと言えど、長く生きていれば恋愛や結婚くらい経験しますよ」

 アスラーグに他意は無い。

 

 が、その発言は9×歳にして純潔を保ち、恋人を持ったことも無いリヴェリアに効いた。

 無言でヘニャリと長い耳を下げるリヴェリア。ロキ・ファミリアの若い団員達が反応に困る中、ロキとフィンが苦笑いをこぼす。

 

「この稼業は所帯を持つのが難しいからな」とガレスが笑う。「儂も若い頃に惚れた女がおったが、ヤクザな冒険者とは結婚できんと逃げられた」

「えー、そうなの!?」とティオナが吃驚を上げ「初めて聞いたよっ!?」

 同様に大きく驚く若手達にガレスが豪快に笑う。

「儂とて人並みに惚れた腫れたくらい経験しとるわ。なぁ、フィン」

 

「そこで僕に水を向けるのかい?」

 フィンはギラギラした目を向けてくるティオネを視界に収めつつ、仕方無しに語る。

「オラリオを目指す旅の最中に素敵な同胞の女性と知り合った。結局は僕自身の“夢”を優先して彼女と別れたけれどね。その決断に後悔はない。ただ、彼女を泣かせたことは申し訳なく思っているよ」

 団長ぉ……私は絶対に離れませんから、とティオネが鼻息を荒くしていた。が、フィンは気づかないことをした。

 

「エミール君はどうなん?」とロキが水を向ける。

「国を出て以来、時々の出会いを楽しんでいます」

 エミールが微苦笑混じりに応える。神であるロキはその言葉の真偽を見抜いたが、地上の善き子らを愛する道化神は見なかったことにした。

 人であれ、神であれ、他者が踏み込んではいけない領域がある。だから、ロキは茶化すように言った。

「あんまり女の子を泣かせたらあかんで?」

 

「肝に銘じておきます」

 さて、とエミールは腰を上げた。

「俺は先にお暇させていただきます。誠に勝手ながら、アスラの送迎をお願いできますか?」

 

「構わないが」フィンは微かに目を細めて「“良い”のかい?」

「問題ありません」

 アスラーグが代わりに答え、エミールへ冷厳な眼差しを向けた。

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 エミールは無言で首肯し、店を出て行った。

 

 そして。

 

 エミールが退店した後。

「ベート」フィンは問う「酔ってないだろうね?」

「そこまで呑んでねぇ。良いんだな?」

 狼人の青年に睨まれ、黒妖精の美女が妖しく微笑む。

「どうぞ。何も問題ありませんから」

 

 ベートは舌打ちして店を出て行く。まるで狩りに赴くように。

「あたしも行くっ!」

 言うが早いかティオナも店を飛び出した。まるで心待ちにしていた試合に臨むように。

 

「ティオナッ!」とティオネが呼び止めるも、妹は既に影も形も無い。「あのバカッ!」

「ティオネも行ってくれ。ラウルも頼む。後で見たままを報告してほしい」

 

 愛する”勇者”の命令に”怒蛇”は即応する

「分かりました。行くよ、ラウルっ!」

「ちょ、てぃ、うあああああっ!?」

 ティオネがラウルを引きずるように連れてティオナの後を追う。

 

「団長。ベートやティオナ達は分かりますけど、なんでラウルまで?」と心配顔のアナキティ。

「ラウルは彼に先入観を持っていないからさ」

 フィンはアナキティの不安を除くように柔らかく告げた。

 

「ほなら、ベート達が帰ってくるまで楽しく呑もか」

 ロキが場の空気を入れ替えるようにパンと柏手を鳴らし、女将ミアへ声を張る。

「ミアかーさん、お酒のお代わりちょーだい」

 

「あいよ。リュー、ロキのところに……ん?」

 ミアは片眉を上げる。

 

 エルフ女給リュー・リオンも忽然と姿を消していた。

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