虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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33:路地裏のじゃれ合い。

『豊穣の女主人』を出たベートはいけ好かない異邦の青年を追う。

 ロキ・ファミリア最速のベートが何故か追いつけない。が、影を見失うほどではない。ついてこいと言いたげな誘導に、ベートは苛立ちを強めた。

 

 気に入らねえ。

 

 同時に第24階層の食糧庫で目の当たりにした紅色髑髏の戦い様を思い返し、ベートは警戒感を強める。あの戦い振りはとてもレベル3のものではない。レベル5、いやレベル6と言われても納得しただろう。

 

 気に入らねぇ。アウトサイダーだか何だか知らねえが、胡散臭ェもんからインチキ貰って調子こいてんじゃねぇぞ。

 

 ベートは誘われるように冒険者通りの裏路地へ入っていく。

 人気が絶えた裏路地の一角。街灯も乏しく、明かりは夜空から注ぐ月光だけ。いつの間にかエミール・グリストルの姿が消えていた。

 

 仄暗い闇の中、ベートは足を止める。

「いつまでも散歩させんじゃねえ。さっさと姿を見せやがれ」

 

 後方から足音が迫ってくる。聞き慣れたその足音とテンポはティオナ・ヒリュテだ。続いて双子の姉ティオネと、首根っこを掴まれて引きずられているラウルが姿を見せた。

 

「観客付きかよ」

 煩わしげに舌打ちし、ベートはティオナ達へ恫喝するように告げる。

「俺の邪魔すんじゃねえぞ」

 

「私達は団長の命令で見届けに来ただけよ。手出しなんかしないわ。良いわね、ティオナ」

 妹が口を開く前にティオネが釘を刺す。

 ティオナは恨みがましい目つきで姉を睨みつつ、ちぇ、と舌打ちした。

「わかったよ」

 

 不意に冷たい気配が裏路地に現れ、ベート達が瞬時に身構える。

 仄暗い夜闇の中に、エミール・グリストルが立っていた。

『豊穣の女主人』で見せていた穏和な雰囲気は欠片もない。涼しげな面立ちや深青色の瞳は完全に無情動で、路肩の石ころの方がよほど人間味を感じさせる。

 

「こっちの用件は分かってるよなあ?」

 ベートが飢えた狼のような殺気を放つ。

 

 エミールは無言でポケットから覆面を取り出し、顔を覆う。

 直後、エミールの輪郭がぼやけていく。目元から首元までを覆う紅色の髑髏以外、その姿を精確に認識できない。

 

「小賢しい魔導具使いやがって」

 エミールは毒づくベートへ告げた。

「始める」

 

 ベートが先手を取ろうと身構えた――刹那。

「え」とラウルのとぼけた声が裏路地にこぼれる。

 

 瞬きしていないのに、紅色髑髏が既にベートの傍らに立ち、小振りなナイフをベートの首に突きつけていた。刃を直角に頸動脈へ押し付けているため、ベートが下手に動けば、その挙動で脈が切断されるだろう。

 詰みだ。

 

「嘘……」ティオネは茫然と呟く。ティオナは目を見開いて絶句中。ラウルは理解が追いつかない。

 反応や反射速度以前の問題だ。誰一人として、エミールの動きの一切を認識も知覚も出来なかった。

 

 ベートは眼球だけ動かし、紅色髑髏を呪い殺さんばかりに睨む。

「――テメェ、何しやがった」

 

「これが虚無の力だ」

 エミールは無感動に告げ、

「酒場に戻ってロキ様と“勇者”殿に報告しろ。後はアスラに聞け」

 ナイフを下げた。

 

「なめんじゃねえっ!」

 瞬間、ベートが最速の回し蹴りを放つ。

 も、エミールは後ろへ飛んで殺意のこもった蹴りをかわした。レベル差が2つもあろうと、予備動作が大きい蹴りをかわすことは難しくない。

 

「遊びに付き合う気はない」

 エミールが去ろうとした矢先、ティオナが口を開く。

「待ってっ! あたしが知りたいのは虚無の力じゃないっ! 君自身の力を知りたいのっ!」

 

「あんた、何言ってんの?」困惑気味の姉を無視し、

「食糧庫で君の戦い、見たよ。凄かった。鮮やかで激しくて、まるで物語みたいだった。あたしもあんな風に戦ってみたい、そう思える戦いだった」

 ティオナは興奮気味に言葉を重ねていく。

 肌を上気させ、目を輝かせる様はまるで恋する乙女のようだが、フィン・ディムナを前にしたティオネの姿とは決定的に異なる。

 ティオナの顔はまるで獲物を前にした虎のようだから。

「だから、私と勝負して」

 

「バカゾネス、しゃしゃり出んじゃねえっ! こいつは俺の獲物だっ!」とベートが吠える。

「ベートはもう“負けた”じゃん。すっこんでなよ」

「俺は負けてねえっ!」

 ぎゃいぎゃいと言い合う2人に、エミールは鬱陶しいものを覚える。付き合いきれない、と踵を返しかけたところへ、

 

「逃げたら、家まで追いかけるよ?」

 ティオナが牙を剥くように口端を吊り上げた。

 

 ロキ・ファミリアに借家を知られている。本当に押しかけてくるかもしれない。

 エミールは小さく舌打ちし、ティオナ達へ向き直る。

「少しだけ遊んでやる」

 

 その言葉に、ベートが即座にブチ切れて強襲する。

「レベル3が舐めた口叩くんじゃねえっ! 邪魔すんなよアホゾネスッ!」

「こっちの科白だよ、バカ狼ッ!」

 ティオナも憤慨しながら急襲した。

 

「ああ、もう……滅茶苦茶じゃない」

 ティオネが目を覆って慨嘆し、ラウルは大きく頭を振った。

「これも、報告しなきゃいけないンスかね」

 

 ともあれ……第2ラウンドだ。

 

       ★

 

「上手い」

 ティオネが眉間に皺を刻みながらぽつりと呟く。

 

 恩恵のレベルの差は絶対だ。レベルの差が1つでも超人として格が違う。レベル差が2つになれば、もはや生物として別格と言って良い。レベルに勝る相手を倒すことは、一種の偉業として認められるほどに難しい。

 恩恵のレベル差とはそういうものなのだ。

 

 にもかかわらず、レベル3の紅色髑髏――エミール・グリストルは、レベル5のベートとティオナを同時に相手取っている。

 

 レベル3の肉体にレベル5の拳が直撃すれば無事で済まない。紅色髑髏が回避と受け流しに特化する選択は正しい。問題は紅色髑髏が異能を使うことなく、2人の攻撃を全て紙一重で避け、巧みに受け流していること。その一挙手一投足は舞踊をしているかのように滑らかで、一発も貰ってない。

 

「すげえ」とラウルが感嘆をこぼす。「あの人、本当にレベル3なんスか?」

 ラウルの疑問にティオネも同意を覚える。

 

 しかしながら、紅色髑髏がレベル3という事実は疑いようがない。純粋な身体能力はベートとティオナが圧倒している。膂力。敏捷性。反射神経。動体視力。諸々一切が紅色髑髏を凌駕している。

 

 なのに、2人の拳打と足蹴が紅色髑髏を捉えられない。

 紅色髑髏の格闘戦技術がベートとティオナを優越しているから。

 

 合点がいけば、現状の理由も分かる。

“凶狼”ベート・ローガは速い。レベル3ではとても反応出来ないほどに。しかし、ベートの挙動は対モンスター用に練磨されているため、予備動作が大きい。

 紅色髑髏はその予備動作を読み取ることで、反応できずとも対応できているのだろう。

 

 妹のティオナがあしらわれている理由も同様だ。

 ティオナはテルスキュラで体得した技と経験もあるから、ベートより対人戦に慣れている。ただし、ティオナは強大な膂力と頑健な耐久力で強引に相手を押し潰すブル・ファイター。その一つ一つの粗さを突かれてしまっている。

 

 そして、2人の雑な連携を上手く利用されていた。紅色髑髏はベートとティオナが互いの動きを邪魔するよう立ち回っており、2人は見事に踊らされている。

 

 ティオネは苛立ちを覚えた。このバカ2人は最愛の団長が下した務めをまったく果たせていない。それに何より、紅色髑髏は未だ攻撃していない。

 

「なんで攻撃してこねえ。舐めんのも大概にしろ。マジでぶっ殺すぞ」

「本気、出してよ」

 眉目を吊り上げて闘志を激しくするベートとティオナ。見かねたティオネが口を挟む。

「2人共もう少し冷静に――」

 

「うるせえ、出しゃばんなアホゾネスっ!」

「ティオネは黙っててっ!」

 2人からぴしゃりと怒鳴られ、ティオネの額に青筋が浮かぶ。

「お前らなぁ……っ!」

「ティオネさんまで熱くならないでくださいっ!?」とラウルが悲鳴を上げた。

 

 紅色髑髏は小さく頭を振った。

「そちらが思ってるほど、余裕は無いんだが」

 当然だ。レベル3とレベル5では身体の強度からして別物。レベル5の攻撃をいなし、受け流すだけでも負傷してしまう。手足は既に痣塗れだった。

 

「多少怪我をしても文句を言うなよ」

 紅色髑髏の深青色の瞳が黒曜石のナイフみたいな殺気を湛えた。

 

 ――ここからは虚無の力を使ってくる。

「上等だコラァッ!」

「望むところっ!!」

 ベートとティオナも釣られるように殺気立つ。“お遊び”から本気に変わった。

 

「ちょ、これ不味いんじゃないスか?!」

 殺気の濃度にラウルが慌てる中、第3ラウンドが始まる。

 

       ★

 

 常人ならば、どれだけ鍛え抜いた筋肉マッチョだろうと貧相な体のモヤシ坊やだろうと、人体の構造上、顎先に1・5キロの衝撃を受けるだけで意識が飛ぶ。

 が、超人となっているレベル5は顎先を打ち抜かれても、そう簡単に意識が飛ばない。

 

「ぐっ!?」

 飛び回し蹴りを潜り抜けられ、逆に顎を蹴り抜かれたベートが姿勢を崩しながら距離を取る。

 

「クソがっ!」

 俺の方が速いのに、身体能力そのものは明らかに俺が上なのに、なんでこの雑魚に当たらねえっ!? なんでこの雑魚だけが俺に攻撃を当てられるっ!?

 

 ベートとて人間と戦った経験――殺し合いの体験がある。しかし、相手は我流の冒険者殺法に過ぎなかった。ベート・ローガは恩恵に依存しない対人格闘技術の厄介さを知らない。素手で人間を効率的に殺すために研究され、練磨されてきた軍隊白兵戦技術を知らない。

 

 距離を採ったベートが反撃へ移ろうとした機先を、紅色髑髏が制す。

 瞬間移動でベートの右側背に飛び込み、死角から後頭部と肝臓へ連撃。恩恵の耐久力と鍛え抜いた腹筋をもってしても急所を精確に打たれた痛みに、ベートの長身がくの字に折れる。

 

「ちぃいっ!」

 反射的に横薙ぎの裏拳を振るうも、距離を詰められて肘を押さえられた上で、カウンター気味に喉を打たれる。

「がぁっ!?」さしもの凶狼も鍛えようがない喉を打たれ、たたらを踏んで後ずさった。

 

 紅色髑髏が無言で追撃へ移ろうとしたところへ、

「こんのぉっ!!」

 ティオナが飛び込んできた。

 

 矢継ぎ早に拳を重ねるも、ティオナの打撃は空を切るばかり。それどころかムキになって大振りになると、狙いすましたカウンターが鳩尾やこめかみなどへ叩きこまれる。

「いったいっ! ああもう、なんで当たんないかなあっ!?」

 

 苛立つティオナへ、ティオネがじれったそうに怒鳴った。

「大振りすぎるのよっ! 動作をもっと小さく細かくっ! ああ、もうっ! そこは防御下げちゃダメっ! 何やってんのっ!」

 

「口出し多すぎっ!!」

 ティオナは姉に怒鳴り返しながら、どこか物足りなさも覚えていた。

 

 第24階層で目にした紅色髑髏と継ぎ接ぎマスクの戦いは、剣と弓、拳、アイテム、魔法、あらゆるものを駆使しながら縦横無尽に機動する激しい戦いだった。それに比べ、この戦いは素手のみ。機動領域も路地裏の一角に限られている。これじゃ稽古だ。あたしはもっと鮮やかで激しい戦いがしたいのに……っ!

 

 妹が微かに散漫した刹那を、姉は見逃さなかった。眉目を吊り上げて怒鳴る。

「バカッ! 集中しなさいっ!」

 

 ティオネが警告を発すると同時だった。

 紅色髑髏はティオナが不注意に繰り出した右拳を避け、その右腕を絡め取って竜巻のような一本背負い。容赦なく乙女を石畳に叩きつける。

「ぎゃんっ!?」

 

“重傑”ガレスをして『大したもの』と褒める耐久力を持つティオナも、背中から石畳へ叩きつけられた衝撃は効く。内臓が揺さぶられ、神経が痺れた。

 それでも、ティオナはすぐさま回復し、すくっと立ち上がった。ベートも軽く咳き込みつつも戦列に復帰する。

 

「流石はレベル5。まるで巨木を殴ってるようだ」

 紅色髑髏が疎ましげにぼやく。

 

「テメェの拳なんざ効くかっ!」

「あたしだってまだまだ余裕だもんねっ!」

 凶狼と大切断が紅色髑髏へ襲い掛かる。先ほどまでの自己本位な突撃ではない。速度に長けた凶狼が先行して牽制と崩しを担い、膂力に勝る大切断が剛拳を狙う。

 

 旋風の如き飛び込みからの首を刈り取るようなベートの蹴撃。紅色髑髏が大きくしせいをくずしながら掻い潜る。

 

 ベートは一流の戦士だ。この蹴りが回避されることは織り込み済み。蹴りは囮。本命は紅色髑髏が回避後。蹴りの勢いを用いて身を捻りながらの打ち下ろし。

「食らいやがれっ!」

 回避のために姿勢を崩している紅色髑髏はかわせない。

 

 普通ならば。

 

 紅色髑髏は姿勢を崩したまま、左腕をベートに翳す。

「Swahh Skatis」

 

 刹那の中で、獣人の優れた聴覚が紅色髑髏の声を知覚した直後、

「なぁっ!?」

 抗いようのない不可視の力がベートの身体を掴んで投げ飛ばし、建物の壁に叩きつけた。

「がはっ!?」

 

 虚無の手で投げ飛ばされ、ベートが壁面に叩きつけられるも、その間隙がティオナの肉薄を成功させた。姿勢を崩したままの紅色髑髏へ向け、破城鎚同然の剛拳が放たれる。

「貰ったぁあっ!!」

 もはや回避は間に合わない。

 

 普通ならば。

 

 紅色髑髏は倒れているベートへ向け、唱える。

「Go Hayes」

 

 瞬間、紅色髑髏の身体が霧散してティオナの剛拳が空振りに終わった。

「ああああああっ! また消えたっ!?」

 

 直後、ベートの身体から黒い霧が吹きだして紅色髑髏を形成。

 ティオナがぎょっとした直後、紅色髑髏が一気に距離を詰めてティオナへ襲い掛かる。

 

 その間、ベートは強烈な嘔吐感を堪え切れず、吐瀉物をぶちまけていた。

 一瞬の事だったが、まるで体を乗っ取られたような錯覚に襲われ、意識が飛んでいた。気づけば魂の芯から何かを拒絶するような不快感が噴出し、堪えがたいほどの吐き気に襲われている。

「く、そがぁ……っ! 野郎、何しやがった……っ!?」

 

 ティオナと格闘戦を繰り広げる紅色髑髏を睥睨しつつ、ベートは戦線復帰を試みるも、まだ体に力が戻らない。

「クソッタレっ!」

 

 凶狼が毒づく中、紅色髑髏とティオナの拳が交わされる。

 相手のまつ毛を数えられそうなイン・レンジでの攻防戦。嵐の如きティオナの連打。その全てを紅色髑髏はかわし、いなし、期を図る。

 

 ティオナは左の二連フックで牽制し、右の肘打ちで紅色髑髏を崩す。そこへ体ごとぶち当たるような飛び膝蹴り。

 が、紅色髑髏は飛び膝蹴りをかするように避け、カウンターに左掌底打をティオナの細い顎へ打つ。と同時に――

「Hara Karghris」

 威力を最小限に抑えた衝撃波を放つ。

 

「―――ぁ」

 ティオナは脳を揺さぶられ、意識を刈り取られた。

 

 紅色髑髏は崩れ落ちる戦闘民族の乙女を抱きかかえ、丁寧に石畳へ寝かせる。大きく息を吐き、険しい顔つきのティオネへ問う。

「終いで良いな?」

 

「ええ」ティオネは仏頂面で首肯し「今夜はここまで」

「ふっざけんなっ!」ベートが立ち上がりながら「こんな終わり、認められっかっ!」

 

「隙だらけでゲロ吐いてるところを見逃して貰った時点で負けだろ。ごちゃごちゃ抜かすな、みっともねえ」

 妹が負けて苛立っているティオネがベートに罵声を浴びせて黙らせ、暢気な顔で失神中のティオナを背負い、紅色髑髏を睨む。

「次はあたしがお前をぶちのめす。首を洗って待ってろ」

 

 紅色髑髏は肩を小さく竦め、一瞬で姿を消した。

 

「クソっ!!」

 ベートは心底悔しげに唸り、憎々しげに足元の石を蹴り飛ばした。

「怪我人が出なくてよかったっス……」

 危険な“じゃれ合い”が終わり、ラウルは安堵の息をこぼす。

 

       ★

 

 気配を消して物陰から様子を窺っていたリュー・リオンは、顔が真っ青になっていた。

 5年前。親友達の墓前で戦った髑髏仮面の凶徒。笑いながら鼠に食われていった狂人。その哄笑が脳裏に響く。

「……虚無を歩く者(ヴォイド・ウォーカー)

 シルが好意を寄せるベル・クラネルの傍に、あんな危険な人間がいたなんて。

 

 リュー・リオンは決意を固めた。

「私が何とかしなければ」

 

「ほぅ? 何をするんだ?」

 背後から耳朶を打つ無情動な声。リューが戦慄と共に反応するより早く、言葉が聞こえた。

「Haas」

       ★

 

「さて、どうするか」

 エミールは痣だらけの腕を擦りながらぼやく。

 

 傍から見れば、卓越した戦技と虚無の力で凶狼と大切断を終始翻弄したように見えたかもしれないが、その実は薄氷の上で踊っていたに等しい。牽制打一つでもまともに食らえば、その時点で終わりだった。

 

 傍らに横たわる失神中のエルフ女給を見下ろし、エミールは思案する。

 現界させた虚無の断片で『豊穣の女主人』のエルフ女給を心神喪失状態にした上で、拘束したもののどうしたものか。

 

 ロキ・ファミリアの眷属と手合わせすることは考えていたが、エルフ女給の監視を受けることは想定してなかった。

 

 元よりエミールは『豊穣の女主人』の女将や女給達を警戒していた。化物染みた高位恩恵持ちの女将。戦い慣れた人間特有の所作を持つ女給達。特にエルフ女給は懐にナイフを呑んでいたから、エミールの警戒心が強かった。

 

 そんな警戒していたエルフ娘が物陰から“じゃれ合い”を盗み見ていて、何やら思わせ振りな独り言を吐けば、そりゃエミールにしたら捕まえる以外の選択肢はない。

 後は尋問して情報を吐かせるわけだが……

 

『豊穣の女主人』はどうにも厄介な人間が多そうだった。このエルフ女給を下手に害せば、女将や女給達が報復に来るかもしれない。ロキ・ファミリアと懇意のようだから彼らも敵に回るかもしれない。自分の知らぬ冒険者達やなんやらも動くかもしれない。

 

 尋問はしたい。しかし、手荒な真似は色々不味い。そもそもこの状況を報告されても不味いことになる。

 

 いっそ殺して死体を鼠に食わせて消してしまえば、足もつかないか?

 ――それは無い。無いな。短絡的過ぎる。

 

 エミールは頭を振り、溜息をこぼした。

「どうしたものやら」

 





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