虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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34:それは関係性の問題。

 ロキ・ファミリアの拠点『黄昏の館』、団長執務室で、

「ベートもティオナも遊ばれて終わったらしいな」

 女神ロキがぼやくように言った。

 

「予想の範疇だよ。相手は時間と空間を操るんだから。どれほどレベルやステータスで優っていようと、時を止められてしまえば何もできない」

 執務机に着いているフィンは、右手親指を撫でながら続けた。

「しかも、素の実力も高いというんだから始末に悪い。諸島帝国の精鋭。評価に偽り無しだ」

 

「レベル差を凌駕するほど、か」同席していたリヴェリアがしみじみと「まだ20も前半だろうに。よくそこまで練り上げたものだ。アイズみたく天才のクチか?」

 

「どうかな。僕に言わせれば、荒事師の分野で才能云々が決定的なことは稀だ。大半の事は積み上げた努力の内容と密度。それと練度と経験だよ。エミール・グリストルはそちらだと思うよ」

「ほう。何か理由が?」

「僕は戦士として才能があったわけじゃない。それでも、努力を重ねてレベル6に至った。彼も同じ類だろう」

 フィンはくすりと妖精族の盟友へ笑いかけた。

「リヴェリアも今から鍛えてみるかい? 剣士や戦士として名を成せるかもしれないよ?」

 

「遠慮する」

 小さく肩を竦めてから、リヴェリアはフィンに尋ねる。

「それでアスラから聞いた情報だが、どうする?」

 

「アスラ? 先の会食で随分と打ち解けたようだね」

 目を瞬かせるフィンに、リヴェリアは気恥ずかしそうに目線を泳がせた。

「……学術談義を交わせる相手というだけだ」

 

「リヴェリアの交友関係が広がったことは喜ばしい限りだね」

 フィンは苦笑いをこぼした後、顔つきを引き締めた。

「彼女から提供された情報は予想以上だ。イケロス・ファミリアのモンスター密輸。この街の地下に広大な人造施設が存在する可能性。闇派閥との関連。それに、魔女の心臓、か」

 

「これは推測だが」リヴェリアも表情を引き締めて「アスラはまだ全てを語っていない」

「だろうね」フィンも首肯し「公に不名誉を背負ってまで行っていることだ。僕らに明かせない事情も少なくないはずだし……おそらく彼女達はギルドと協力関係にある」

 

「食人花の件でギルドが怪しい、という神ディオニソスの推測は的外れだったわけか」

「そこまでは断言できへん。あいつの与太話はともかく、ギルド、いや、ウラノスが腹に一物隠しとるんは確かや。何を隠しとんのか分からへんうちは油断できん」

 リヴェリアの指摘に首を横に振り、ロキは口元に手を当てて思考しながら言葉を重ねていく。

「現状、ウチらが打てる手はアスたん達とつながりを保って、2人を通じてギルドや闇派閥の情報を集めることくらいやな」

 

 ロキは少々苦しげな顔つきで言った。

「お抱えのサポーターがドチビんトコに移った言うてたから、ウチから人を出そうと思うんやけど、どやろか?」

 2人の許へ団員のサポーターを貸し出し、見返りに情報を得る。良く言えば、ロキ・ファミリアからの人材支援。悪し様に言えばスパイ。

 

 しかし、

「反対だ。アスラ達が秘している事情を把握するまでは完全に信用できない。それに、彼女達が戦う相手はベート達や虚無歩きと伍して戦えるほどの手練れ共だぞ。危険すぎる」

 リヴェリアに睨み据えられ、ロキは微かに顔をしかめた。

「それはそうやけど……」

 

「僕としても、あの諸島帝国人達のことを考えると、団員を出向させることは危険だと思う」

 フィンもリヴェリアに同意し、続ける。

「代わりに今度の遠征に同行させたらどうかな」

 

「良いのか?」とリヴェリアが案じるように問う。

「もちろん深層遠征までは付き合わせないよ。彼らには途中まで同行してもらって、目的の下層遠征してもらえば良い」

 少しばかり思案顔で右手の親指を撫でながら、フィンは言った。

「彼らが僕らと共に遠征するとなれば、闇派閥の耳にも届くと思う」

 

「囮か」とロキは顔をしかめる。

「悪く言えばね」

 さらりと告げ、フィンは考えを披露する。

「ベート達やアスラーグ・クラーカの話から察するに闇派閥の諸島帝国人達、特に件のヴァスコという輩はかなり執念深い。リヴィラの件と食糧庫の件で僕らも狙われると思った方が良い。遠征の帰路に襲撃されると厄介だ。そういう意味でも、アスラーグ達に目を向けさせることは悪い手じゃない」

 

「ウチらの都合には叶うけど、2人の信用を損なわへん?」

 ロキの憂慮に対し、フィンは微笑みを返す。

「大丈夫さ。アスラーグ・クラーカもエミール・グリストルもそんな“ぬるい”人間じゃないよ。事前に説明すれば了承する」

 

「随分と自信があるな」

 リヴェリアが怪訝そうに眉をひそめると、

「まあね」

 フィンは微笑みへ自嘲の趣を加えた。

「彼らは僕と“同類”だよ」

 

       ★

 

 アモールの広場に面するエルフ族御用達の喫茶店にて、

「遠征に途中まで同道。それでええ?」

 女神ロキに問われ、アスラーグは首肯する。

「はい、ロキ様。ただ出来れば、サポーターを御紹介いただけると助かったのですが……」

 

「堪忍なぁ。団員の貸し出しなん無理やぁて、フィンとリヴェリアに叱られてん」

「それは、仕方ないだろう」

 渋面を浮かべつつ、リヴェリアはアスラーグを横目に窺う。と、アスラーグが微苦笑を返した。

「リヴェリア様とディムナ殿の御判断が正しいでしょう。私が同じ立場でも怪しい二人組に身内を預けようとは思いません」

 

「やあ。そうは言うてもなぁ。紹介する言うといて、やっぱダメでした、はウチの顔が潰れてまうやん? せやからぁ、アスたん達がうちの客分になってくれるんがええと思うわあ」

「ロキ……っ!?」

 のほほんと語る主神へ、眉間に深い皺を刻んで睨むリヴェリア。

 

 アスラーグは些か怪訝そうな面持ちで糸目の女神を量る。

「私達の素性を知ってなお、ですか?」

 

「天界はなあ、退屈やねん。どいつもこいつも何もかんも万世不変やからな」

 ロキは糸目を開き、奇妙な熱を込めて語る。

「けどなあ、地上の子らは違うんよ。皆、短い命を必死に生きとる。どんな子も自分だけの物語を必死に紡いどる。そんな子らの物語を眺めとるとな、血が熱くなんねん。心が震えんねん。せやからな、ウチの子らと同じくらい、アスたん達の物語に興味あるんや」

 

 ああ、こいつはこういう女神だった、とリヴェリアは眉間を押さえる。自身も半ば強引にファミリアへ勧誘されたことを思い出し、溜息がこぼれた。

 

 懐かしいです、とアスラーグは柔らかく微笑む。

「ネヘレニア様も似たようなことをおっしゃっていました。地上の子らはいつまでも見守っていたくなる、と」

 

「レニたんはよぉ分かっとるわ」

 うんうんと頷き、ロキはアスラーグへ言った。

「今回の遠征。道中にウチの子らと“仲良く”してや」

 

「それはもちろん。御迷惑をお掛けせぬよう最善を尽くします」

 アスラーグはカップを口に運び、どこか挑むように言った。

「ただ……遠征の道中に私達の“敵”が現れた時までは保証しかねますけれど」

 

「……遠征隊を襲うと?」

 リヴェリアが真剣な面持ちで問う。

 

 カップを置き、アスラーグは垂れ気味の双眸をリヴェリアに向ける。

「執念深いヴァスコのこと。私とリヴェリア様、ウィリディスさんが一堂に会する場を放ってはおきません」

 

「あの下品な男か」

 リヴェリアは端正な顔をしかめる。

「怪しげな薬剤を使い、モンスターを改造していたが、あれは何なんだ?」

 

「ヴァスコは生物学と錬金工学の研究者でした。人為的にモンスターの生体構造を改造し、社会に有益な家畜とする研究をしていましたから、その筋の技術でしょうね」

「モンスターの家畜化」「そらまたけったいな」

 唖然とするリヴェリアと呆れ顔のロキ。

 

「そんなこと、可能なのか……? いや隷従させることが可能なのだから、家畜化とて不可能ではないのか……?」

 自問するリヴェリアを横目に、ロキが尋ねる。

「ほなら、怪物祭ン時にウチを目の敵にしたウサ公のバケモンも、そいつの仕業かえ?」

 

「可能性はありますね。人格その他はともかくヴァスコは優秀な男でしたから。ただ、アレが彼の仕事なら、なぜ無駄に目立つような真似をしたのか謎ですけれど」

「そういうことをするタイプとちゃうん?」

「自己顕示欲に繋がらない“お披露目”は彼の好みではありません」

 ロキとアスラーグがやり取りを進めていると、リヴェリアが思考から復帰した。

「教えてくれ。アスラ」

 

「答えられることなら」と頷くアスラーグ。

「君達の敵は何人いる?」

「そう多くはないでしょう。10人以下かと。迷宮都市で食い詰め者などを引き入れて増強している可能性はありますが」

 リヴェリアは首肯し、問いを重ねた。 

「その10名前後はヴァスコという狂人と同水準か?」

 

「面子の中身が不明ですから何とも」

 アスラーグは思慮顔で続けた。

「諸島帝国人達は恩恵持ちという意味では大したことがありません。ただし、連中はエミールが“全力で”戦ってなお、殺し切れない手合いだとご理解ください」

「……油断ならないな」とリヴェリアが唸る。

 

「あんなぁ、アスたん。一つだけ教えて欲しいんやけれど」

 ふと、ロキはカップの縁を撫でながら、片目を大きく開いてアスラーグを見据えた。

「もしも、その魔女の心臓やら諸島帝国人やらの扱いでウチの子らと揉めることになったら、どないする?」

 リヴェリアは思わず息を呑み、ロキとアスラーグを交互に窺う。

 

 アスラーグは居住まいを正して人間好きの道化神を真っ直ぐ見つめ、

「祖国を出て三年。私達は魔女の心臓を探し、賊徒共を追いかけてきました。ロキ様や御眷属の御厚情に不義理を為し、御恩に仇で返そうとも、本願成就を果たすのみです。然れども」

 青紫色の瞳に柔らかさを湛えた。

「まず以って言葉を尽くしましょう。その末に武を以って訣別と相成っても、互いの立場と考えを尊重し合えないか、努めましょう」

 

「そっか」

 女神ロキはどこか切なそうに微笑んだ。

「レニたんはほんまにええ子らに恵まれたなあ」

 

     ★

 

 宵闇時。秘密特訓の帰り道。

 女神ヘスティアがベルの腕を抱きかかえ、隣を歩く剣姫アイズを威嚇している。女神にギロギロと睨まれているアイズは涼しい顔を崩さない。

「ベルはエミール・グリストルという人に戦い方を教わったんだよね?」

 

「はい。冒険者になったばかりの頃、エミールさんとアスラーグさんから基礎を教えてもらいました」

 アイズに問われ、ベルは首肯と共に答えた。

「御近所の誼でいろいろよくして貰ってます」

「ボクが頼み込んだんだ。2人とは仲良しだからねっ!」とヘスティアがイーッとアイズを威嚇する。もはや幼児の如き振舞いである。

 

 少し考え込むアイズに、ベルは小首を傾げる。

「エミールさん達がどうかしました?」

「ん。ベルの太刀筋とか身のこなしとか、教えた人の事が気になって」

 

 事実であるが、全てではない。

 先立っての晩にベート達がエミール・グリストル――24階層の食糧庫で見かけた紅色髑髏――と手合わせしたという話を聞き、アイズは「ずるい」と不満を呈した。

 

 剣姫アイズ・ヴァレンシュタインはモンスターに両親を奪われて以来、モンスターを殲滅する力と、大切な人達を二度と奪われない強さを渇望している。

 暗黒期に迷宮都市で跳梁跋扈した髑髏の異能者と同じ超常を使う戦士との手合わせなど、何を差し置いても得たい機会だった。こんなことなら会食に同行すればよかった、と落胆を隠せない。

 

 なお、エミール・グリストルの件に関しては他言無用、ましてや本人のところに乗り込んで手合わせを求める等の行為は厳禁。これらを破ったら『恩恵の更新停止』や『ロキの指定する衣装を着こんでロキの付き人を務める』や『じゃが丸君の禁止』等を科すと言われており、その意味でも、アイズはがっくりしていた。

 

 しかし、皆の目を盗んでベルと秘密特訓しているように、この『モンスター絶対殺すガール』は割と小賢しい。

「ファミリアの深層遠征も近いし、この特訓の仕上げ前に、ベルに基礎を教えた人達に会ってみたい」

 会いに行くのはダメでも、向こうから来て出会ったら大丈夫。のはず。

 

 そんなアイズのちょっとした悪企みに、女神ヘスティアが噛みついた。

「ヴァレン何某君。ちょいとムシの良いお願いじゃあないかい? ベル君に稽古をつけてくれたことには感謝するけれどね、あの2人に出馬を求めるって言うなら、君自身が2人に頭を下げて頼むのが筋ってもんだろう? ベル君を利用するような真似はやめてもらおうか」

 

「あぅ」

 正鵠を射た小言を浴びせられ、アイズは眉を大きく下げ、ベルに詫びる。

「ごめんなさい……でも、私、気になって……」

 

「あ、いえ。気にしないでください」

 しょんぼり顔になったアイズにベルが慌てた矢先。

 

 黒づくめの猫人と黒づくめの小人族四人が頭上から急襲してきた。

 アイズは即応し、右手で剣を抜くと同時に、左手でベルの襟元を引っ掴み、ヘスティアごと路地の端へぶん投げた。

 

「うわああああっ!?」「ひええええっ!?」

 レベル6の馬鹿力で軽々と投げられた少年と女神の悲鳴が路地に響く中、アイズの剣閃が煌めき、黒づくめの猫人と小人族四人の攻撃を全て切り払う。

 

 黒づくめの猫人と小人族4人は初撃に失敗するや、超人的な跳躍で建物の屋上へ離脱した。

「ななななんなんだいっ!?」「神様、下がってっ!」

 慌てふためくヘスティア。主神を守ろうと身構えるベル。

 

 2人を余所に、アイズは襲撃者達を冷静に窺う。この人達は……フレイヤ・ファミリアの。

 

「これは警告だ。剣姫」小人の一人が告げ「今後は余計な真似をするな」

「大人しくダンジョンに籠ってろ、人形女。あの御方の邪魔をすれば」

 猫人が悪罵を吐きかけたところへ、

 

「エミール様。本当にこんなに必要なんですか?」

「ダンジョン内に数日こもるからな……ん?」

 脇道から大荷物を担いだエミールと傍らを歩くリリルカが現れ、

 

「あ、ベル様っ! それに剣姫様っ!?」

 リリルカが予期せぬ遭遇に驚く。

「ボクが抜けてるぞ、リリ君っ!」とヘスティアが苦情申し立て。

 

 ち、と鋭い舌打ちをして猫人がその場から離脱し、続いて小人族4人が姿を消した。

 

「どういう状況だ?」

 困惑を浮かべるエミールに、ベルも困り顔で応じた。

「僕も何が何だか……」

 

 アイズは剣を収め、エミールに歩み寄って言った。

「私と、手合わせして欲しい」

 

 困惑を強めたエミールは即答する。

「話が見えないが……断る」

 

      ★

 

 その時、敬愛してやまない主神の願い(我儘ともいう)に従い、“猛者”オッタルは“試練”を用意していた。

 

 正味な話、“猛者”は彼の少年にこのような試練を課すことに思うところはあるが、神に目を掛けられるということは“こういうこと”であり、崇拝する美神の願いとあれば是非もない。

 

 オッタルはミノタウロスを一頭捕まえ、戸惑うミノタウロスをしばき倒すように“稽古”をつける。

 そうして『少しばかり興が乗ってしまった』と思う程度に練り上げたミノタウロスを車輪付き貨物箱に放り込み、上層へ運んでいく。

 

 第9階層まで上がってきた辺りで、ダンジョンの暗がりから小型の投槍と見まがう矢弾が飛来した。

 

 常人ならかすめるだけで四肢を千切り飛ばすほどの威力だったが、オッタルは容易く矢弾を斬り砕く。

 オッタルは微かに眉をひそめた。こんな矢弾を放つ弩銃を扱う者はオラリオに一人しかいない。

 

 元より蛙の化物染みた女だったが、今や毛無し熊の女怪と化した女。

 イシュタル・ファミリアの“全てを食らうもの”フリュネ・ジャミールだ。

 

 面倒な手合いが現れた、とオッタルは剣を握りしめる。

 以前のフリュネはその巨躯と恩恵頼りの粗暴な女戦士に過ぎなかったが、レベル6に上がって容姿が激変して以降、獰猛な戦士でありながら狡猾な猟師になり、奇怪な異常殺人者となっていた。何より、フレイヤ・ファミリアの精鋭2人を同時に相手取って退けるほどの実力者だ。

 

 気配は感じる。深層の階層主にも通じる恐ろしげな気配が。

 しかし、その居場所はオッタルをして掴みきれない。

 

 空気を切り裂く音色が響き、鮮烈な風切り音と共に巨大な矢弾が飛来する。

 オッタルはこれも容易く斬り砕いた。と爆ぜた矢弾が貨物箱の鍵を破壊。閉じ込められていたミノタウロスが泡食って逃げていく。

 予期せぬ失策にオッタルが眉をひそめた瞬間。再び矢弾が飛来。これを斬り砕き、矢弾の矢じりを峰で打ち返す。さながら野球の打者が投手を狙って打ち返すように。

 

 凄まじい勢いで飛翔した矢じりが壁に当たり、闇に火花を散らした。

 毛無し熊の影が一瞬、閃光に照らされる。

 

「貴様と遊ぶつもりはないぞ、ジャミール」オッタルは闇へ向けて告げる。「俺に斬られる覚悟が無いなら失せろ」

 

 しばしの静寂。

 

 そして、オッタルに負けぬ長身と筋骨を持った女怪が姿を見せる。目元を隠す前髪の長いおかっぱ頭。弩銃は持っておらず、腰に分厚く厳めしい曲刀を下げていた。

 

「“遊ぶ”ときたか」

 フリュネは白目の乏しい黄色の瞳をぎょろりと蠢かせ、前髪の隙間からオッタルを見定めた。

「穴ぼこの中で“動物”と遊ぶのに忙しいか?」

 

「貴様には関係ない」とオッタルは警戒心を解くことなく告げる。

 

 オラリオ内には油断ならぬ強者が少なくないが、オッタルをして警戒を解けぬ相手は数えるほどしかいない。フリュネ・ジャミールはその筆頭格だ。

 

 フリュネはボンデージのような着衣の懐からナッツの包みを取り出し、ナッツを一粒ずつ摘まみ始める。

「そうだな。お前が何をしていても関係ない。大抵の人間がお前とは無関係の一生を送る」

 

 ポリポリと一粒ずつナッツを摘まむフリュネは一切瞬きせずにオッタルを凝視しながら、問う。

「だが、こうしてそれぞれの都合が交錯した場合、無関係と言えるのか?」

「何が言いたい」

 

「聞いてるのはこっちだ」

 ナッツを摘まみながらフリュネはぎょろりと黄色の瞳を蠢かせる。

「受け入れて、適応しろ。オッタル。都市最強に相応しく」

 

 女怪の要領を得ぬ言い草に、オッタルは微かに疎ましげな面持ちを浮かべた。

「……イシュタルは抗争を臨んでいるのか」

 

「イシュタルがこの状況に関係あるか? お前のフレイヤがこの会話に関係するか? お前、ちゃんと分かってるのか?」

 フリュネは無表情にナッツを一粒ずつ口へ運び、反問する。

 

 会話になっているようでなっていないやり取りに、オッタルは苛立たしげに眉をひそめた。

「貴様は狂っている」

 

 一瞬だけ冷笑を湛え、フリュネは無表情に戻りながら、空になったナッツの包みを握り潰して足元へ落とすように捨てた。

「穴倉で動物遊びしているお前が、他人の狂気を語るのか」

 腰から分厚く厳めしい曲刀をゆっくりと抜き、フリュネは口角を吊り上げた。

 

「狂人同士で遊ぼう」

 

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