虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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35:ケース『ベル・クラネル』

 そのミノタウロスは困惑と共にダンジョン上層を彷徨い、怪物としての本能に従って時折、遭遇する人間達を蹴散らした。同時に、内なる飢渇に駆られて出くわしたモンスター達も狩り殺し、その魔石を貪り食らう。

 

 上層のひ弱なモンスターの魔石はミノタウロスの飢渇を満足させない。塩水で渇きを癒す不毛さに似た終わりなき餓え。満たされぬことへの苛立ち。増していく暴力的な衝動。

 それは堪え難い痒みであり、それは耐え難い疼きであり、決して晴れぬ不満だった。

 

 ミノタウロスは求める。

 自身を満たす何かを。欲求を満たす何かを。

 名状しがたき衝動のままに、ミノタウロスは肉体が弾けそうなほどの雄叫びをあげた。

 

 

 ダンジョン内に轟く咆哮。

「まさか、今のはミノタウロスっ!? なんでこんな浅い階層に……っ!?」

 リリルカが愛らしい顔を引きつらせた。

 

 ヘスティア・ファミリアへ改宗/移籍したことをきっかけに、リリルカは白いローブコートをやめ、サラマンダー・ウールの紅いケープコートをまとっていた(アスラーグのケープコートとお揃いの意匠だ)。ケープコートの下にはクロスボウ用の装具をハーネスでまとめている。

 背中に担ぐドデカいバックパックを揺らすように身を震わせ、リリルカは言った。

「ベル様、すぐに引きましょう。ミノタウロスは危険すぎますっ!」

 

“あの2人”に下層まで連れ出されたリリルカでも、牛頭の怪物は恐ろしい。否、下層まで潜ったからこそ、よりミノタウロスの恐ろしさを理解していた。

 咆哮による強制停止は下層のモンスターでも早々持ちえない固有スキル。言うなれば、ミノタウロスより弱い者は絶対に勝てない。ベルが如何にステータス値の向上が著しくとも、レベル1では逆立ちしても勝てないのだ。

 

「ベル様?」

 リリルカは返事を寄こさないベルに訝る。

 

 ベルは咆哮が聞こえてきた闇を慄然と睨んだまま、微動だにしなかった。

 

 白兎は体が凍りついていた。

 牛頭の怪物。“あの日”からその姿と声を忘れたことは一度も無い。“あの日”の恐怖と絶望感は心の芯まで刻み込まれている。

 恐怖と恥辱の記憶が脳裏に浮かびあがり、ベルの身体を竦ませ、心を怯ませ……魂の奥底から何かが沸々と込み上がらせていた。

 

「ベル様っ! しっかりしてください、ベル様っ!!」

 焦燥気味のリリルカに強く揺さぶられ、ベルはようやく我に返る。

「あ」

 

「すぐにこの階層から引きましょうっ! 速くっ!」

「……引く?」

 どこか茫然としながら、ベルは小柄なリリルカを見下ろす。

 

 そうだ、すぐにこの階層から引かないと。ミノタウロスに遭遇したら、今度こそ殺されてしまう。僕だけじゃなくリリまで。

 

 また逃げるのか?

 誰かがベルの耳元で囁く。

 

 誓ったのに? ヘスティアに誓ったのに? 自分自身に誓ったのに? “あの娘”の隣に立てる人間になると誓ったのに? 

 また逃げるのか? 情けなく尻尾を巻いて? 涙と鼻水と涎を垂れ流しながら?

 負け犬のようにまた逃げるのか?

 

 怯懦に駆られているリリルカの姿に、ベルはかつての自分を見る。

 されど、リリルカの瞳に映るベル・クラネルの姿は、かつての自分と同じではない。

 

 黒い冒険者服の上下に曲がりなりにも白い軽甲冑をまとっている。左腕にはエイナ・チュールから贈られた籠手が装着され、敬愛すべき主神ヘスティアから贈られた黒短剣も差してある。

 右も左も分からず安物の短剣と陳腐な装具をまとっていた時は違う。

 

 そうだ。僕はあの時とは違う。

 あの時とは違うんだ。

 

 ベルの紅玉色の瞳に力の意志が宿る。未だ竦む体を叱咤するように拳を握り込む。

「リリ、僕は―――」

 白兎が覚悟の言葉を告げようとした矢先。

 

 

 通路の先から牛頭の怪物が姿を見せた。

 

 

 大きい。

 一般的なミノタウロスより身体が一回りも大きい。赤黒い体躯にはいくつも傷痕があり、片角が失われている。歴戦の個体なのだろう。しかも、冒険者から奪い取ったのか、その手には武骨な大剣が握られていた。

 

 ミノタウロスは傲然と顔を振り、ベルとリリルカを見る。

 

 煌々と輝く怪物の双眸に見据えられた瞬間、ベルとリリルカは生物的本能から直感的に理解する。このミノタウロスは生物として格が違うことを。

 そして、もはや生半なことでは逃げられないことを。

 

 背を向けた瞬間、咆哮で射竦められ、何も出来ぬまま殺されるだろう。

 立ち向かい、力づくで脱出の隙を作り出すしかない。だが、出来るのか? そんなことが? 非力なレベル1の駆け出し冒険者と非力なサポーターに?

 

 と、奇しくも二人の脳裏に同じ人物がよぎる。あの涼しげな優男と黒妖精の美女なら、きっとこう言うだろう。出来る出来ないじゃない。頭を使え。考えろ。

 

「……僕が時間を稼ぐ。リリは逃げて」

 ベルはゆっくりと左腕に装着した黒短剣を抜く。自分でも嫌になるくらい声が怯えていた。しかし、黒短剣を握る手は震えていない。竦んでいない。

 

「……御断りします」

 リリルカは今にも泣きそうな声で、しかし毅然とした双眸でベルを睨む。ミノタウロスを刺激しないよう背中に担いだバックパックを静かに下ろし、右腰のホルスターから愛用の諸島帝国製クロスボウを抜く。

 

「……ベル様は魔法を撃ってください。リリがクロスボウで奴の足を狙い撃ちます。奴の足を潰して脱出しましょう」

 無茶を言っている自覚があった。ベルの魔法が通じなかったら? クロスボウの矢弾が効かなかったら?

それでも眼前のケダモノを打ち倒す光景を想像できない以上、この場から“二人で”脱出するには、賭けるしかない。

 

「……良いんだね?」

 ベルはミノタウロスから目線を外さぬままリリルカに問う。本心ではリリルカに逃げて欲しい。この無謀な戦いに付き合わせたくない。女の子を危険な戦いから逃したい。

 

「リリとベル様は同じファミリアの仲間ですから」

 しかし、リリルカはベルの気遣いを拒絶していた。誇りと信念をもって。

 ならば、2人でこの危機を乗り越えよう。ヘスティア・ファミリアの仲間として。家族として、この試練から生き延びよう。

 

「いくよ、リリ」

 ベルは怯え竦む体を叱咤するように黒短剣を構えた。

「やりましょう、ベル様」

 リリルカは決意を示すようにクロスボウを構える。

 

 ミノタウロスは悠然と2人の小さな冒険者に向き直り、大剣を強く握りしめた。

 斯くしてダンジョンの一角にて、少年少女の試練が始まる。

 

     ★

 

 ここで時計の針を少しばかり戻す。

 

 その日の朝方、巨塔バベルの足元にロキ・ファミリア遠征隊が集結していた。

 迷宮都市屈指の探索系派閥の精鋭達に混じり、ヘファイストス・ファミリアの団長椿・コルブラントが居た。椿は迷宮都市でも随一と名高い鍛冶師であり、レベル5冒険者でもある。

 曰く――素材集めと試し切りをしていたらレベルが上がっていた、らしい。

 

 出発前の最終確認が進められる中、椿が集団の端で静かに控えている“客分”の許へ向かう。

「御二方がフィンの言っていた客分かな?」

 

「ええ。私はアスラーグ・クラーカ。諸島帝国の祭神ネヘレニア様の眷属です」

 黒妖精の美女が首肯した。

 垂れ気味な目つきの整った顔立ち。青紫色の美しい瞳。薄褐色の瑞々しい肌。銀色の波打つ長髪を三つ編みに。出るとこが出て、引っ込むべきところが引っ込んだ中肉中背を小豆色のケープコートと暗褐色のパンツで包み、ハイブーツを履いていた。左腰に優美な装飾が施されたレイピアを吐き、大きな円筒型バッグを左肩に担いでいる。

 

 かなり腕の立つ魔法剣士だな、と椿は思う。おそらくケープの下にも得物を呑んでいるだろう。もしかしたら二刀の遣い手かもしれない。

 

「エミール・グリストル。同じく、ネヘレニア様より恩恵を賜っています」

 ヒューマンの青年。癖の強い栗色の短髪。涼しげな目つきの優男だ。長身痩躯で暗青色の上下を着こみ、腰には各種パウチを付けた装具ベルト。スリングで左脇に諸島帝国製の半自動機構付クロスボウを下げている。大型背嚢を担ぎ、背嚢の右側には長剣らしき長方形のホルスターが固定されていた。

 

 こちらは相当に場数を踏んだ軽戦士か。椿は思う。この若人、冒険者というより戦人の向きが濃いな。

 

 2人が折り目正しく名乗ると、椿も居住まいを正して返礼した。

「丁寧な御挨拶いたみいる。申し遅れたが、手前は椿・コルブラント。日頃はヘファイストス・ファミリアにて鉄を打っておる。此度はロキ・ファミリアに駆り出された客分同士、よしなに」

 

「よろしくお願いします」「こちらこそ、どうぞよしなに」

エミールがアスラーグと共に椿と挨拶を交わし、何気なく言った。

「アマゾネスの方が鍛冶師とは珍しいですね」

 

 椿の容姿は若々しい。小麦色の肌に濡れ羽色の長髪。端正な顔立ちに左目を覆う大きな眼帯を巻いている。そして、しなやかな長身と豊満な胸元を、露出豊かな東方風衣装で包んでいた。

 なるほど、一見するとアマゾネスにしか見えない。しかし……

 

 椿はきょとんとしてから、カッカッカッと快活に笑う。

「よぉ誤解されるが、手前はハーフドワーフだ」

 

「これは大変な失礼を。お詫びします」とエミールが深く頭を下げた。

「気にするな。紛らわしいナリは自覚しておるからな」

 くすくすと喉を鳴らしてから、椿はアスラーグの腰元をしげしげと窺い、好奇心を溢れさせながら言った。

「アスラーグ殿。そのレイピアは業物であろう? 良ければ拝見させてもらえんか?」

 

「どうぞ」

 アスラーグは快諾し、左腰に佩いたレイピアを鞘ごと外して椿に渡す。

 

「お預かりする」

 椿はレイピアを丁寧な手つきで受け取り、抜いた。

 

 魔鉱合金製の刀身。優美なハンドガードと柄頭には高純度の魔晶が嵌めこまれている。よくよく見れば、刀身に精緻な彫刻が施してあり、その彫刻によって刀身に杖としての機能をもたらしてあった。剣の業物であり、魔導具の逸品だ。

 

 椿はまじまじとアスラーグの剣を見分し、感嘆をこぼす。

「――隅々まで神経が行き届いた見事な仕事だ。触媒の魔晶の加工も刀身の打刻も素晴らしい。この剣を打った御仁は恩恵を?」

 

「いえ、この剣を打った匠は恩恵を持っておりません」

「ほう。恩恵を得ずしてこの一振りを」

 椿にはより優れた剣を打つ自信がある。迷宮都市随一の鍛冶師という評に名前負けせぬだけの技量と経験を積んできた自負もある。

 

 しかし、レベル5に至った恩恵のスキルやアビリティを抜きにして、この一振りを打てるかと問われたなら。純粋に経験と技量と才覚でこの業物を打てるかと問われたなら。

 椿は種族混血と恩恵ゆえに乙女の如く若々しいが、齢38。相応の経験を積み、技量を体得していても、職人の世界なら、ようやく中堅に踏み込んだ年頃。

 

 いやはや。世界は広い。手前もまだまだ修行が足りんな。

「世界の広さを垣間見たわ。貴殿の剣を拝見できただけでも、この場に来た甲斐があった」

 カッカッカッと野武士のように高々と笑い、椿はレイピアを納刀。アスラーグへ返した。

 

「談笑しているところ申し訳ないが、そろそろ出発だ」

 フィンがやってきて客分三人を順に見回し、

「椿は後続の第二隊に参加してくれ。アスラーグとエミール。君達は第一隊だ」

 口端を悪戯っぽく緩めた。

「道中、よろしく頼むよ」

 

「こちらこそ。道中が楽しくなりそうですね」

 アスラーグは上品に喉を鳴らし、隣のエミールは小さく肩を竦めた。

 こうして、ロキ・ファミリアは二隊に別れ、ダンジョンへ進入していった。

 

 

 

 

 アスラーグはフィンとティオネ、それからリヴェリアを相手にしながら、歩みを進めていく。

 会話の中心はティオネで、話題はもっぱらアスラーグと亡き夫の恋愛や結婚の話だった。

 懐かしそうに夫と過ごした日々を語るアスラーグと興味津々のティオネ。なんとなく居心地の悪いリヴェリアさん(9×歳、恋愛経験無し)。時折ティオネから飢えた狼のような眼差しを向けられ、落ち着かないフィンさん(40歳、独身)。

 

 一方、エミールは困っていた。

 真後ろを歩くベートからは敵意をガンガン飛ばされている。

 隣を歩くティオナからは「どうやってあんなに強くなったの?」とか「あの戦い方はどうやって身につけたの?」とか質問攻め。

そのやりとりを注意深く聞いているアイズは『ねえ、手合わせしようよ。後で手合わせしようよ。大丈夫、怪我しないようにするから。手合わせしようよ』と雄弁な目線を送り続けてくる。

 

 第二隊に回してもらえばよかった……後でディムナ殿に相談してみようか……

 エミールが内心で嘆息をこぼした。

 

 直後。

 

 爆発音。洞窟内に伝わる残響。

 ロキ・ファミリアの面々が素早く警戒する。彼らの豊富な経験から言って、上階層の浅いところで耳にするような音色ではない。想定外の事態が起きている、と認識する。

 

「魔法、か」とリヴェリア。

「かすかだが、矢弾の発射音も聞こえた」

 反射的に知覚強化を行ったエミールが誰へともなく呟く。

「おそらくクロスボウだ。かなり高初速の」

 

 アスラーグとエミールには上階層で活動していて、爆発系魔法を使う者とクロスボウを扱う者の組み合わせに心当たりがあった。

 ゆえに、アスラーグはエミールに問う。表情を強張らせて。

「リリちゃんとベル君は今日、ダンジョンに潜っているの?」

 

「ああ。俺達の出発より早くダンジョンへ出かけた」エミールも険しい目つきで「今頃はもっと深い階層にいると思うが……」

 

「リリちゃんとベル君? 誰?」

 ティオナが小首を傾げ、アイズがエミール達と同じく目つきを鋭くした。

 同時に爆発音が矢継ぎ早に連続し、階層の端までケダモノの咆哮が響き渡る。

 

「!? なんでこんな浅いところにミノタウロスが」

 ティオネの言葉が言い終わるより早く、

「風よ(テンペスト)ッ!」

 アイズが魔法まで付与して疾風の如くダンジョン内を駆け抜けていく。

 

「ちょ、アイズッ!?」

「グリストル。行け」とアスラーグが冷厳に命じる。「必要なら救助しろ」

「了解」

 瞬間、エミールの姿も消える。

 

「ああ、もうっ! これは遠征中だっていうのにッ!」

 慌てて追いかけていくティオネ達。

 

「君は駆けつけなくて良いのかい?」とフィンが探る様にアスラーグを窺い「襲われているのは知己なんだろう?」

 

「グリストルが間に合わねば、誰が行っても間に合わない」

 アスラーグは不愉快そうに美貌を歪めた。

「気に掛かることがある。リリルカにはグリストルが射撃術を仕込んだし、あの子のクロスボウもグリストルが改造してある。中層のモンスター程度なら問題なく仕留められるはずだ」

 改造費数十万ヴァリスは伊達ではない。なんだかんだエミールもリリルカに甘いのだ。

 

「なのに、ウシ公は生きている」アスラーグはフィンとリヴェリアへ「なぜ?」

 

「強化種の可能性があるな」リヴェリアが応じ「しかし、ミノタウロスがこんな浅い階層まで上がってくること自体、かなり異例だ。しかも、そのミノタウロスが強化種というのは」

「たしかに。何やら作為的だ」

 フィンは小さく首肯した。

「でも、これはおそらく“別口”だ。闇派閥の連中がやることにしては地味すぎる。連中はもっと派手で下品だからね」

「諸島帝国人達でもない」アスラーグは断言して「私達を誘い出すために知己を狙うにしても、これは無い。稚拙すぎる」

 

      ★

 

「ファイアボルトッ!!」

 ベル・クラネルはミノタウロスの注意を引くように中距離で炎雷魔法を放つ。

 しかし、ミノタウロスの体毛を焦がすことすらできない。

 

 リリルカ・アーデが距離をとってクロスボウを放ち続けていた。銃弾並みの高初速で駆ける矢弾は確かにミノタウロスが肉体に突き刺さっていく。狙った足にも、胴体や腕にも。

 だが、いずれも矢弾も刺さるだけで、その頑強な脂肪層と頑健な筋肉を貫けず、致命傷に至らない。

 

「当たってるのにっ!!」

 パウチから矢弾を取り出し、クロスボウのボルトトラックに装填しながら、リリルカが半ベソを掻く。エミールに教わった通りに体幹でしっかり構えて撃って、ミノタウロスに命中させているのに。矢弾は確かに突き刺さっているのに。止められない。

 

 ミノタウロスは止まらない。ベルの魔法を浴びても、リリルカのクロスボウに撃たれても、決して止まらず、ベルに向かってひときわ大きく踏み込んだ。

 

「! ベル様っ! もっと下がってっ!」

 リリルカの警告は間に合わない。ミノタウロスの振るう大剣がベルを捉えた。ベルは咄嗟に黒短剣と左手の籠手を重ねて剣戟を受け止めるも、ダンジョンの壁面まで打ち飛ばされた。

 

「ぎゃっ!?」

 壁面に叩きつけられ、白兎の少年が地面に転がる。線の細い体を覆う軽甲冑が跡形もなく砕け散っていた。

 

「ベル様ッ!!」

 反射的にリリルカは意識をミノタウロスから外し、ベルへ注ぐ。

 

 その間隙。ミノタウロスは大剣をバットのように振るって岩を殴り砕き、リリルカへ飛礫の嵐を浴びせる。

 さながら火砲のキャニスター弾。リリルカは半ば本能的に身を伏せるも、避けきれない。飛礫の数発がその小さな体躯を捉え、薙ぎ払う。リリルカは悲鳴も上げられぬまま、毬玉のように地面を跳ね転がっていく。

 

「リリ……リリッ!!」

 壮絶な衝撃と激痛にヨレていたベルは、地面に倒れ伏せたリリルカの姿を認め、瞬間的に意識が覚醒。血が沸騰する。

「リリ―――ッ!」

 痛みを忘れてリリルカの許へ駆けつけようとするも、ミノタウロスが立ちはだかった。

 

「どけ」

 ベルはミノタウロスを睨み、

「どけえええええええええええええっ!!」

 吠えながら迷うことなく踏み込んだ。

 

 リリはまだ生きてるのかっ!? 速くリリのところへ、こいつを早く倒してリリを助けるんだっ!!

 いや――冷静さを失うな。頭を使え。知恵を絞れ。知識と経験を活かせ。教わったこと習ったことを全て出せ。経験で得たことを使い尽くせ。僕の持ってる全部を使って、こいつをたおすんだっ!!

 

 ミノタウロスの繰り出す大剣の斬撃を紙一重で潜り抜ける。剣圧で髪が大きく揺れる。剣風で肌が軋む。牛頭の怪物が繰り出す一撃一撃がベルを即死させる破壊力を伴っている。それでも――

 

 かわせるっ! 避けられるっ! 僕の速さはこいつに通じるっ!

 

 剣戟をかわされたミノタウロスは苛立ち、一層激しく鋭く剣閃を重ねる。まるで嵐のような斬撃。全てはかわし切れない。だが、受け止めることはできない。膂力と体重に差があり過ぎる。

 

 受け止められないならっ!

 

 ベルは黒短剣で大剣の受け流しを試みた。神匠の打った黒短剣はケダモノの大剣に触れても軋むことなく、鮮やかな火花を散らした。短剣を握る手から全身に衝撃が走り、体中の筋肉が痛み、骨が軋む。だとしても、成し遂げた。

 

 出来るっ! こいつの攻撃を受け流せるっ!

 僕はこいつの攻撃をかわせられる。避けられる。コイツの攻撃を受け流せる。いなせる。

 

 ミノタウロスのひときわ大きな振り下ろしをいなし、ベルは大振りの隙をついて肉薄。その太い手首を切りつける。狙いが逸れた。しかし、黒短剣は確かにミノタウロスの肉を裂き、鮮血を散らした。

 

 斬れる。

 この短剣と僕の攻撃はこいつを傷つけられるっ!

 僕はこいつと戦えるっ!!

 

 勇気が激しく燃焼し、血肉が沸き立つ。ベルはミノタウロスへ向かって強く踏み込む。

 

 ベルはミノタウロスの激烈な斬撃の嵐を間一髪でかわし続け、避け続ける。

 

 ベルはミノタウロスによる怒涛の攻撃をギリギリでいなし続け、受け流し続ける。

 

 ベルはミノタウロスの頑健で頑丈な体躯を斬りつけ続ける。

 

 だが、ベルは戦いの高揚に駆られ、失念していた。

 たった一発でも食らえば、全てをひっくり返されることを。

 

 横薙ぎの一撃を高く飛んで避けた時、ベルは気づく。ミノタウロスの体幹が流れていない。すなわち、今の一撃は誘いで、自分はまんまと引っ掛かり――

 

 ミノタウロスの頭突きがベルを“撃墜”した。

 地面に叩きつけられたベルは、その反動衝撃で跳ね飛び、転がっていく。朦朧とする意識。歪み揺れ、暗くなる視界。口腔内に広がる血の臭いと味。骨の芯から生じる激痛。痺れて感覚が無い四肢。

 傲然と迫ってくる牛頭の怪物。

 敗北と死が現実となってベルに襲いかかる。

 

 刹那。

 彼らは現れた

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