虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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3:薄幸の少女は新たな災難に出会う。

 エミールとアスラーグが迷宮都市オラリオに到着してから4日目。

 

 

 昨日、2人は冒険者ギルドでえらく事務的な受付嬢相手に手続きも済ませた。これでいつでもダンジョンに潜れる。

 もっとも、そちらは“二の次”だ。

 主目的は別にある。そのため現地社会に根を張り、情報網を構築しなければならない。

 

 窓から朝日が差し込む中、

「冒険者ギルドやなんかで公開されている情報を信じるなら、ここ数年、イケロス・ファミリアの活動は実に凡庸ね。団員達のパッとしないダンジョン潜りをしているだけ。それと、クエスト関係に闇派閥関係者の賞金絡みがちらほら確認できた。思った以上に生き残ってるみたいね」

 アスラーグは下着姿のまま、洗面台のくすんだ鏡を相手に髪を梳く。

 

 ベッド脇で着替えを進めていたエミールは、眉根を寄せる。

「長丁場になりそうだ。本格的に腰を据えられる拠点が要るな」

 

「資金は500万ヴァリス相当の宝石が20粒、100万ヴァリス以下の宝石が50粒前後。現金は5万ヴァリスくらい」

 これまでの稼ぎ――“表の顔”たる請負の荒事仕事や“本命”のクズ共狩りの際に略奪した金品は、現金だとかさばるため、持ち運びし易い貴金属や宝石に換えてあった。

 

「適当な家を借りて、諸々整えられるな。場所はどの辺りにする? なんたら通りとかいう貧民街にするか?」

「貧民街は住民同士のつながりが複雑だし、他人の動向を窺う手合いも多い。もっと人の出入りが多く、隣人に無頓着な場所が望ましい」

 アスラーグは洗面台からベッド脇に戻る。サイドボードから革製の手帳を取り、オラリオの地図を取り出した。少し考え込んだ後、

「この辺りはどう?」

 

 しなやかな右手人差し指が示したるは市街北西の第七区辺り。

 

「冒険者の出入りが多い区画で西区の一般住居区にも近い。人気の乏しい辺りもある」

「良いんじゃないか?」地図を窺ったエミールは首肯し「脱出経路も辺りをつけておこう」

「いざという時は市壁を吹き飛ばして脱出すれば良い」

「……冗談だよな?」

 

「それから……多分、死んでいると思うけど」

 アスラーグは手帳をサイドボードに置く。

「多分、オラリオには貴方と同じ“虚無を歩く者(ヴォイド・ウォーカー)”が居たわ」

 

「そうか」とエミールは淡白な反応を返す。

「驚かないのね」アスラーグは不満そうに唇を尖らせる。

 

「俺以外の刻印持ち(マークベアラー)がいる可能性は以前から考えていた。そうか……オラリオにな。そいつについてわかってることは?」

「正体は今もって不明。オラリオの暗黒期と呼ばれる抗争時代、”虚無を歩く者”は陣営を問わず襲撃と殺人を重ねたそうよ。ついた呼び名は”髑髏の異能者”」

 

「仰々しいな。由来は?」

 眉根を寄せたエミールへ、アスラーグは冷笑を返す。

「髑髏の仮面をつけて、虚無の力を使っていたから。もっとも、虚無の力ではなく魔法やスキルと見做されていたようね。面白いことにフルカスタム・クロスボウと折り畳み式小剣を使っていたそうよ。集めた情報から考察するに諸島帝国製でしょうね。どうやって入手したんだか」

 

「大方、アウトサイダーからの贈り物だろう。しかし……髑髏の仮面。クロスボウ。小剣。それに虚無の力。いろいろ被りまくりだな」

 エミールが不快そうに舌打ちするも、アスラーグは冷笑を大きくした。

「好都合でもある。貴方が”力”を使って活動しても、素顔を見られない限り、周囲は髑髏仮面の再来と判断する」

 

「どうだか」エミールは癖の強い栗色の短髪を掻き「これまで通り、虚無の力は使いどころを見極めた方が良いな。クロスボウは仕方ないにしても、面布と小剣は”仕事”以外で使用を控えよう。要らん誤解を被って面倒に巻き込まれてもつまらない」

 

 小さく鼻息をつき、エミールはアスラーグに問う。

「本人様が再登場する可能性は?」

「断言は出来ないけれど、さっきも言ったように高確率で死んでいるわ」

 

「論拠は?」

 問われたアスラーグは、白いブラウスを着こみながら推論を語り始める。

「情報から読み解く限り、この髑髏仮面は自己顕示欲が強い破滅願望者よ。抗争が終わったからと言って大人しくしていられるタマじゃない。仮に生きているなら今も活動しているわ。ところが5年も音沙汰無し。高確率で死んでるわね」

 

「この街の冒険者が殺したなら、ギルドに討伐の報告をしていると思うが……」

 アスラーグはエミールの指摘に小さく肩を竦め、

「仮に生きてるとしても、障害になるようなら倒すだけよ」

 暗褐色のパンツを手にしつつ、冷ややかに告げた。

「そうでしょう?」

 

「たしかに」

 ふ、とエミールは息を吐く。

「髑髏仮面はともかく……今後、どう活動するにせよ、資金はいくらあっても困らない。予定通り、今日はダンジョンへ潜ってみよう。噂通りに稼げるもんなのか確認しておかないと」

 

「そうね」

 アスラーグは同意し、目を細めた。

()()()がいると良いのだけれど」

 

      ★

 

 オラリオには様々な種族、様々な民族がいる。

 が、リリルカ・アーデが黒妖精(ダークエルフ)の女性と接したのは、この日が初めてだった。

 

「ねえ。そこの貴女、サポーターかしら?」

 

 リリルカは黒妖精の女性から丁寧な口調で声を掛けられた。しっとりした声音の響きは音楽的で心地良さすら覚える。

 それでも、過酷な生まれ育ちにより、リリルカは冒険者に対し、決して油断しない。内心に秘める警戒心と不信感を表に出さぬよう、営業用スマイルを湛え、丁寧に応対する。

 

「はい。私はサポーターです。御用命でしょうか、冒険者様」

 応じながら、リリルカは素早く相手を査定する。

 

 黒妖精の女性。凄く綺麗。装備は軽装、小豆色のケープコートも着衣も上物。斥候、いやエルフだから魔法使いか。杖は持っていないけれど、左腰に佩いているレイピアの鍔に魔晶が嵌めてある。多分、あのレイピアが杖を兼ねているんだろう。きっと物凄く価値があるに違いない。両手の指や手首にあるアクセサリも魔力強化装具の類だと思う。

 この人、駆け出しじゃない。お金持ちの冒険者だ。

 

 続けて、隣に立つヒューマンの青年も査定する。

 長身痩躯の優男。こちらも装備は軽装。暗青色の上下やパウチ付き装具ベルトの高品質。この人が斥候かな? 左脇に吊るしてるクロスボウ……凄い。なんかいろいろ機械がくっついてる。リリのクロスボウよりずっとずっと性能も値段も高そう。背中に何か……剣のケース? を担いでる。アレが(プライマリ)でクロスボウが(サブ)かな? 全体的によく使い込まれて、よく手入れされてる。

 この人も駆け出しじゃない。しっかり稼いでる冒険者だ。

 

 2人ともレベル3か4はありそう……でも、黒妖精の冒険者なんて珍しいのに、これまで聞いたことない……どういうこと?

 短時間で一連の査定と推察を済ませる辺り、リリルカ・アーデという少女が如何に聡明か、そして冒険者という生き物相手にスレているか分かろう。

 

「私達、余所から移って来たばかりなの。ガイド兼荷物運びを引き受けない?」

 黒妖精の女性が柔らかな口調で問う。

 

「ガイド、ですか?」

「現場事情に詳しい人が持つ情報が欲しいの。貴女、この仕事は長いでしょう?」

「―――!」

 自称余所者から、年若い少女にしか見えない自分がダンジョン慣れしていると見做されたことに、リリルカは反射的に警戒する。

 

 隣の青年が少し眉を下げ、黒妖精の女性へ小言を告げた。

「変に受け取られるようなことを言うな。警戒しちまったぞ」

「ああ。ごめんなさい。覚えてないかしら。私達は数日前に貴女を見かけてるの。その時の貴女はベテランの風格があったから、ね」

 くすくすと喉を鳴らす黒妖精の女性。

 

「そ、そうでしたか。これはとんだ粗相を……」

 ぺこりと頭を下げながらリリルカは内心で『こんな連中と顔を合わせた? どこで?』と首を傾げる。数日前、とある安宿の前で出くわしたことは覚えていなかった。

 

「引き受けてくれるなら、報酬は稼ぎの3割。別途、必要経費はこちら持ちで、働き次第では御祝儀もあり。どう?」

 女性が提示した条件は非常に良好だった。好条件ゆえに、冒険者嫌いのリリルカは警戒心を強くする。旨い話には裏がある、だ。

 

「もちろん、報酬分の仕事はしてもらう。それに、こちらも君を査定する」

 青年が接ぎ穂を足すように言った。

 

「私を、査定?」と訝るリリルカ。

「言葉は悪いが、君が使えない奴、と見做したら次回以降は声を掛けない。君は報酬3割と余禄付きの仕事を失い、俺達という客を逃がす」

 

 青年の試すような物言いが、リリルカの持ち前の反骨心とプロ意識を刺激した。余所から来たばかりの癖に。リリを試そうとはいい度胸です。きっちり仕事してみせようじゃないですか。そのうえで隙有りと見做したなら……

 

 リリルカは青年のクロスボウと女性のレイピアをさりげなく盗み見た。

 貴方達の装備を頂いてお別れしてやりますっ!

 

「分かりました。ガイド兼荷物運び、請け負わせていただきます。私はリリルカ・アーデと申します。今日はよろしくお願いします、冒険者様」

「私はアスラーグ。こっちはエミールよ。こちらこそよろしくね、アーデさん」

 

「君の働きに期待するよ、アーデ嬢」

 エミールと紹介された青年がリリルカへ、忠告するように告げた。

「かなり大変だろうからな」

 

「……え?」

 目を瞬かせるリリルカに、アスラーグという黒妖精の女性が思わせぶりに微笑んだ。

 

      ★

 

 迷宮都市オラリオ。

 その冠詞の由来たるダンジョンは不思議な空間だった。照明があるわけでもないのに、適度に明るく松明その他を必要としない。多少の段差や高低はあるものの、階層は限りなく平坦に構築されており、ご丁寧に階層間をつなぐ通路や階段まである。

 限りなく人工物的で、作為的な構造。これが自然に生じたと考えられない。

 

 神々の下界降臨は古代の英雄達がダンジョンを封じた後、という話だったが……ダンジョンの発生そのものに神々の関与があるのではないか。

 そんな憶測を遊ばせていたエミールは、ちらりと視線を動かす。

 

 リリルカ・アーデと名乗った小柄な“犬人”少女は、白いフード付きコートで華奢な体をすっぽり包み、自身が2、3人は入りそうな大きな大きな背嚢を担いでいた。

 

 赤茶色の髪に可愛らしい顔つき。小柄で華奢な癖、胸元は意外と育っている。自覚が有るのか無いのか、時折、酷く昏い目つきをする点が気になるが……ダンジョン潜りより、どこぞの茶屋で給仕でもしている方が似合う。きっと看板娘として大事に扱われるに違いない。

 

 エミールは少し前、神殺しの際に見かけた犬人乙女を思い返す。

 害は与えなかったが、あの事件の唯一の生存者で目撃者だ。ひどい扱いを受けていなければいいが……いや、放置して去っておいて今更気に掛けても、か。

 

 自嘲的な気分を抱くエミールを余所に、壁から出現したばかりのゴブリンがアスラーグの一太刀で胴体を寸断され、顕現したくなかったと言いたげな顔で絶命する。

 

「ひぇええええええ」

 リリルカ・アーデは大忙しだ。

 

 先頭に立つアスラーグがゴブリンやコボルト、ダンジョン・リザードにフロッグ・シューターといった上層のモンスターを片っ端から“刺身”にしている。さながら子供がピクニックの最中に木の枝を振って雑草を薙ぐように、鼻歌混じりで。

 

 断っておくと、モンスターの骸は魔石を破壊するか、解体して魔石を回収すると灰燼に帰す(時折、ドロップ品が遺る)。

 

 遊び半分でモンスターを大量虐殺しているようなアスラーグだが、その剣閃は全てのモンスターを一刀で斬殺しながら、魔石を一切傷つけていない。

 よって、リリルカは魔石回収のため、大量の惨殺死体を解体していかねばならない。モンスターの血に塗れ、モンスターの遺灰に塗れ、汗に塗れ、魔石とドロップアイテムを背中のバカでかい背嚢へ詰めていく。エミールは多忙極まるリリルカの作業を手伝わず、大虐殺を楽しむアスラーグの援護(現状は不要だが)や周辺警戒に努めている。

 

 忙しすぎるぅっ! リリルカは既にこの2人に雇われたことを後悔していた。魔石をちょろまかする余裕すらないなんてっ! 何なんですか、この人達はっ!!

 

 汗だくで改修作業に勤しむリリルカを脇目に、アスラーグが不満げにぼやく。

「つまらない。ダンジョンのモンスターは地上のモンスターより強いと聞いていたのに、拍子抜けよ」

 

「散々楽しんでおいてよく言う」

 呆れ顔を浮かべ、エミールは汗だくのリリルカを顎で示す。

「アスラが暴れまくったせいで、アーデ嬢が既にくたくただぞ」

 

「わ、私は大丈夫ですから……っ!」

 肩で息をしながらリリルカは首を左右にぶんぶん振る。雑魚モンスターの魔石やドロップは二束三文とはいえ、塵も積もれば。背嚢に詰め込んだ量だと既に1万ヴァリスは越えているかもしれず、しかもまだまだ増えそう。お金が必要なリリルカはこれしきで音を上げていられない。

 

「ふむ」アスラーグはリリルカを一瞥し「休憩がてら戦闘を切り上げて前進を優先しましょう」

「私はだいじょう……え? 前進?」

「今、5階層だったかしら? そうね。ひとまずキリ良く10階層まで行きましょう」

 

 アスラーグの提案に、リリルカの双眸がどこか虚ろになった。

「10階層……お二人ともダンジョンは今日が初めてなんですよね?」

 

「アーデ嬢。俺達はダンジョン初心者だが」エミールは小さく肩を竦め「新人でも素人でもないぞ」

 

      ★

 

「うわー……」

 眼前いっぱいのキラーアントの大群を前に、リリルカは『言わなきゃよかった』と心底後悔していた。

 

 

 小一時間ほど前。

『キラーアントは命の危機に陥ると救援を呼びますから、気を付けてくださいね』とガイドらしく助言をしたら、

「ということは、死にかけを囮にすれば、一度にまとめて狩れるわね」

 アスラーグは垂れ気味の双眸を楽しそうに細め、にっこりと微笑んだ。傍らでエミールが『余計なことを』と言いたげな顔をしていた。

 

 で。

 

 ダンジョン七階層の一角。洞窟内の比較的広い空間。アスラーグが数匹のキラーアントの牙と脚を全て切り落とし、一か所にまとめた。

 同胞の危機に、そこら中の床や壁や天井からわらわらとキラーアントの大群が湧き出した。今やリリルカの視界に収まりきらないほど、キラーアントの大群がひしめいている。

 雑魚敵と言えど、この数この密度はヤバい。レベル1は間違いなく死ぬ。レベル2だってヤバい。下手すればレベル3でも。

 

 あまりにも危機的な状況を前に、顔を真っ青にしたリリルカを余所に、

「素晴らしい」

 うっとりとした面持ちで呟き、アスラーグはレイピアを指揮棒のように構えて詠唱を開始。

「――爆ぜよ、爆ぜよ、爆ぜよ。野を薙ぎ払い、森を焼き払い、山を打ち砕け」

 

「!? おい、よせっ!」

 エミールが慌ててアスラーグを羽交い絞めにし、魔法詠唱を中断させる。

 

「! ちょっと、なにっ!?」

 詠唱を邪魔され、アスラーグが美貌を憤慨に歪める。

 

「俺達ごと吹き飛ばす気かっ!」

「そんなヘマするわけないでしょっ! ちゃんと威力を調整するわよ」

「お、お二人ともっ! 前っ! 前っ! 前を見て下さいっ!!」

 キラーアントの大群を無視し、やいのやいのと言い合うエミールとアスラーグ。そんな2人へリリルカが悲鳴染みたツッコミを入れた。

 

「あ?」「ん?」

 2人が顔を前に向けると、キラーアントの大群が津波の如く襲い掛かって来た。

「来たああっ!!」とリリルカが半ベソを掻き始めた、矢先。

 

「取り込み中だ」

 エミールが疎ましげに吐き捨てた。黒革の手袋で包んだ左手をキラーアントの大群へ向け、囁くように告げる。

 

「Hara Karghris」

 瞬間。激烈な衝撃波が生じ、全てのキラーアントが箒で掃かれたように薙ぎ払われ、ダンジョンの壁に叩きつけられて圧潰した。

 

 

「え」とリリルカが目を丸くする。

 

 

 ぐしゃぐしゃに圧潰したキラーアント達の骸と遺灰が壁際に小山を築き、夥しい量の体液が壁と床を染めていた。

「魔法……?」

 再び目を瞬かせるリリルカを放置し、

 

「あああっ!」とアスラーグが別ベクトルの悲鳴を上げ「どういうつもりっ!? 私の邪魔をして獲物まで横取りしてっ! 返答次第ではただじゃ済まさないわよ……っ!」

「そっちこそ、こんな狭いところで広域破壊魔法を使うなんて、どういうつもりだ」

 

「さっきも言ったじゃない。きちんと威力は調整するわよ。それとも、私の実力を疑う気?」

「アスラの実力は信用してる。これまで何度も助けられてきたさ。だけどな、調整すれば良いってもんでも無いだろ。ダンジョン内には余所の冒険者も居るんだ。とばっちりで他人を丸焼きにしたら、大問題だぞ」

「そんなヘマするわけないじゃない」

「アスラがヘマしなくても、余所の間抜け共がヘマしたら同じことだろ」

 

 大量のキラーアントの屍やらなんやらを無視し、やいのやいのと言い合う2人。

 リリルカは2人のやりとりを唖然と見つめ、2人と組んだことを強く激しく後悔していた。

 

      ★

 

「あの、申し訳ありません。バッグが、その、満杯です……」

 大量のキラーアントの骸から魔石と素材を回収し終え、リリルカは疲労困憊で悄然と告げた。

 

 リリルカ自身が二、三人は入りそうなバッグが魔石と素材で満タンになったことなど初めてのことだ。が、リリルカは得られる稼ぎより、無事に帰れることと、この2人と別れられることに感謝している。

 

「狩りはここまでね」とアスラーグが美貌を不満そうに歪めた。

 

「しかし、これだけデカい背嚢が満杯か……かなりの重量だろうに軽々と持つんだな」

 エミールは双眸を細めた。冷たい深青色の瞳がリリルカを真っ直ぐ捉える。

「アーデ嬢、実はレベルが高いのか?」

 

「ち、違います。リリは、いえ、私はしがないレベル1のサポーターですっ!」

 変に誤解されて目を付けられたくない。リリルカは高速で首を左右に振る。

 

「……何かしらのスキル?」とアスラーグも青紫色の瞳でじっとリリルカを窺う。

 エミールとアスラーグからシャーレの微生物を観察するような目を向けられ、リリルカはだらだらと冷や汗を掻く。

 

 ――ダメだ。この人達は下手に誤魔化すと余計厄介なことになる。

 リリルカは腹を括り、呻くように答えた。

「え、と、その、重いものを持てるスキルが、あります……」

 

「ほう」「まぁ」

 エミールとアスラーグが感嘆を上げ、

「その重い物を持つスキルというのは、どこまで持てる? 限界は?」

「それって、台車を牽いたりする場合でも発動するのかしら? 試したことはある?」

 ガッツリと食いついてきた。

 

 与太者達が生娘を囲むように、2人からグイグイと迫られ、リリルカの聡明な頭脳が理解する。理解してしまう。

 ――ああ。目を付けられた……。

 

      ★

 

 日没の手前時。

 ダンジョンから帰還したリリルカ達は魔石とドロップ品を売却。得た金額はなんと約9万ヴァリス。

 

 リリルカは一日でこれほど稼いだことが初めてだった。とはいえ、喜びより疲労感の方が大きい。単価が激安の上層階でこれだけ稼ぐということは、比例して無茶苦茶をしたことに他ならない。実際、キラーアントのアレはマジで酷い。普通のレベル1パーティだったなら絶対に死んでいる。

 

「あの量を換金しても10万に届かないとか……上層はダメね。時間と労力の無駄だわ」

「だな。次回からはさっさと先に進もう」

 ところが、アスラーグとエミールは稼ぎに不満らしい。意味が分からない。

 

「リリちゃん。約束の報酬だけれど」

 いつの間にか『リリちゃん』呼びを始めたアスラーグ。リリルカは戸惑いながらも警戒心を滲ませる。稼ぎが大きくなると、冒険者達は途端に払いが渋くなる。この2人も……

 

「リリちゃんは凄く頑張ってくれたから、取り分は稼ぎの半分で良いわ」

「え」リリルカは目を丸くした。半分? はんぶん? 半分っ!?「ええっ!?」

 

「それから、しばらくリリちゃんを専属で雇いたいの」

「――え? せ、専属ですか?」

 

 稼ぎは凄い。だが、この2人とはもう関わりたくない。絶対にろくなことにならない。キラーアントみたいなことが繰り返される未来がありありと見える。稼ぎは欲しい。凄く欲しい。だけど。だけれども。しかれども。

 

 命あっての物種ですっ!

 リリルカはフェールセーフを重視する女なのだ。

「た、大変光栄なお話ですけど、わ、私では御二人の足手まといになるというか、」

 

「専属の話を受けてくれるなら、今後の取り分は4割。それと、ポッケに入れた分は問わないわ」

 優艶に微笑むアスラーグ。隣のエミールも目を細めている。2人の瞳が『ちゃんと見てたゾ』と告げていた。さぁっと顔が青くなるリリルカに、アスラーグは笑みを大きくした。

「専属の話。受けてくれる?」

「とりあえず今月いっぱい。それでどうだ?」とエミールも横車を押す。

 

 

 

 リリルカ・アーデに拒否する意志力は残っていなかった。

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