虚無を歩く者がオラリオに現れたようです   作:リバークラスト

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5:ご近所さんは神様でした。

「敷金に前家賃三カ月分、手数料、保証料、保険料と鍵交換費用。良い額になったな」

「私達は荒事商売でいつ死ぬか分からない冒険者だもの。業者なら取れる時に取っておこうと考えても無理ないわ」

 

 この日、エミールとアスラーグはダンジョン潜りを一旦休み、オラリオ内の業者に当たって市街北西の第七区辺り――廃教会のある通りに戸建てを借りた。どういうわけか、この廃教会の周辺にほとんど人が住んでいない。

 

「家具一式残っているから、使えそうなものは掃除して使って、ダメなら調達する。それぞれの私室以外は折々で使いましょう」

 アスラーグは眉を下げつつ、ふっと息を吐く。

「とりあえず、二、三日は屋内の掃除と建物の手直しね」

 

「アーデ嬢の手も借りるか?」エミールが問う「あの“重いものを持てる”スキルは重宝する」

「ソーマ・ファミリアをどう扱うか決めないうちは、リリちゃんに深入りさせたくない」

「……そうか」

 渋い顔つきのアスラーグを横目にし、エミールは肩を竦めた。

 

 これはリリルカを信用しない、という話ではない。

 

 もしも自分達がソーマ・ファミリアと敵対することになった場合、自分達と付き合いのあるリリルカがどういう扱いを受けるか、という話だ。どうも常日頃から団員達に虐げられているらしいから、下手をすると殺されかねない。

 

 アスラーグはその悲劇を避けたい。同時に、目的のためリリルカを懐柔し、協力者にもしたい。二律背反チックな状態。

 

 エミールとしても、リリルカのような薄幸の少女が自分達に関わったせいで、さらに不幸な目に遭うところは見たくない。任務や戦闘となれば、どこまでも冷酷非情になれる。かといって好き好んで少女を犠牲にしたいわけではないのだ。

 

「ソーマ・ファミリアは帝国が犯罪組織と見做している連中だし、祖国の脅威を排除するついでにアーデ嬢の憂いを根から断っても良いが」

 迂遠にファミリア潰しと神殺しをほのめかすエミール。その眼は氷より冷たい。

 

「オラリオ内で神殺しは不味い。オラリオの神々にとってこれまでに殺した二柱は、都落ちした負け犬が野垂れ死んだ程度のことでしょう。でも、この箱庭内で神殺しが行われたとなれば、自分達への脅威だと見做すわ。オラリオの全ファミリアが敵に回る。それは避けたい」

 アスラーグは危険な意見を否定し、

「何より、私達の行動を帝国の策謀と誤認されても困る。ネヘレニア様と陛下の御宸襟を騒がせてはあまりに不面目よ」

 倦んだ面持ちで青みがかった銀髪を掻き上げた。

 

「焦らず進めましょ。一つ一つね」

 

       ★

 

 (かまど)の女神にして孤児の守護神。神話によれば、オリンポス12神の長姉であり、色狂いのゼウスすら手を出さず敬愛して慈しみ、凶悪な嫉妬魔のヘラからも恨まれてなかったという別格の神である、らしい。

 

 神話において斯く語られる女神ヘスティアは下界した今……第七区の寂れた通りにある廃教会に一人で暮らし、バイト生活をしている。

 

 なぜ高名なる女神が、当てもなく上京した高卒みたいな生活を送っているのか。

 

 端的に言えば、身から出た錆だ。

 ヘスティアは天界の変わらぬ生活に飽いて下界したものの、長々と神友ヘファイストスの下で居候という名の食っちゃ寝ニート暮らしをしていた。これに堪忍袋の緒が切れたヘファイストスにより娑婆へ放り出されたのだ。神話とはいったい……

 

 ただ、根っこが善良な女神ヘファイストスが神友を無情に見放したりするわけもなく。ヘスティアに自身の所有する物件――廃教会を住居して貸与し、じゃが丸君売りのバイトを紹介。『これからは自力で生活しなさい』。

 

 ほでからして。

 現在、ヘスティアは廃教会で独り暮らししつつ、屋台でじゃが丸君を売りながら、ファミリアを起こすために眷属を募集している。

 のだけれども……ヘスティアはどういう訳か、まったく眷属を得られずにいた。見た目が巨乳ロリ美少女なのだから、その手の“趣味”の輩が嬉々として飛びつきそうなものだが。

 

「うぅ……寂しいよぉ」

 女神ヘスティアは教会の地下室で孤独な目覚めを迎え、この頃日課となっている溜息をこぼす。

 

 ヘスティアは炉の女神。往時、炉は家庭や家族の中心にあった。転じて、炉には人の和を象徴する意味合いもある。そのためか、炉の女神ヘスティアは本質的に人好きな神だ。ゆえに、ここ数カ月の孤独な生活はある意味、強烈な“試練”になっている。

 

「このままじゃ寂しさのあまり強制送還されちゃうよぉ……」

 そんなぼやきをこぼしながら、ヘスティアは屋台のバイトに向かうため廃教会の地下室から上がり、屋根の穴から光が差し込む礼拝堂を抜け、正面玄関口を出た。

 

 廃教会のある辺りは寂れていて人気がない、というか廃教会周辺に住人がいない。これもまた、ヘスティアにはキツい。侘しい一人暮らしでも、せめてご近所付き合いくらいしたかった。バイト先で人と接する機会が無かったら、今頃は耐えられなかったかもしれない。

 

 とほほ……ヘファイストス。ボクも悪かったと思うけど、この仕打ちはキツ過ぎないかい?

 

 ちょっぴり目元が熱くなるヘスティア。そんな彼女の視界の端、教会からほど近い戸建ての前になにやら人が集まっていた。

 なんだろ? と好奇心を覚えたヘスティアが様子を窺う。

 

 一頭立て馬車が停まり、業者らしき者達が長身痩躯のヒューマン青年の差配で、あれこれと荷物を屋内へ運び込んでいる。玄関口の脇で、オラリオでも珍しい黒妖精の美女が、業者の責任者らしいおっちゃんと書類を手に話し込んでいた。

 

『ティン』と来て、ヘスティアのツインテールが触角のように跳ねた。

「ま、まさか……御近所さんっ! 御近所さんが出来るのかいっ!?」

 

       ★

 

 流石はオラリオだ、とエミールは思う。

 そこら中に神が居る。酒場に行けば神に出くわし、引っ越せば神に出くわす。

 

『引っ越してきた御近所さんに挨拶に来たんだっ!』と小柄な巨乳少女……にしか見えない黒髪ツインテールの女神ヘスティアがやって来た。無邪気な笑みと紙袋いっぱいのじゃが丸君をもって。

 

 なお、アスラーグはヘスティアの容姿と装い――極ミニ丈のワンピと豊満な胸元に巻かれている青い紐に『なんてフェティシズムな……』と呆れ気味。

 

 女神ヘスティアはエミールとアスラーグが心配を覚えるほど人懐っこかった。というか、人との交流に飢えているようだった。

 そんなちょっぴりテンション高めのヘスティアを中心に、未だ埃っぽいリビングでちょっとしたお茶会が催された。

 

 で……

 

 エミールとアスラーグは女神が近所の廃教会、その地下室で独り暮らしをしていると聞いて仰天し、生活(たっき)のために屋台でバイトしていると聞き、戦慄に近い驚愕を抱いた。

 

 神が廃屋に住んで屋台のバイト? いや、流石に冗談でしょう? 冗談よね?

 唖然とするアスラーグ。

 

 その隣で、エミールは思う。

 流石はオラリオだ。バイト暮らしの神までいる。

 

 喉から手が出るほど眷属が欲しいヘスティアは、当然のようにエミールとアスラーグを勧誘し、

「そっかぁ……2人はもうファミリアに属してるのかぁ……」

 あっさりと断られてしまい、しょんぼりと肩を落とす。心なしかツインテールの黒髪がしおしおと萎れているような……

 

「私達は信仰ゆえに改宗は出来ませんが、ヘスティア様と交流させていただくことは大変な栄誉です。私共の都合がつく限り、いつでも歓待させていただきます」

「自分達は冒険者ですので家を空けることも多いかもしれません。けれど、ヘスティア様の御来訪に閉ざす扉は持ち合わせておりません」

 気落ちしたヘスティアに、アスラーグとエミールが礼儀正しく言葉を編む。

 

 繰り返すが、神は人の言葉の真偽を見抜く。本心からの言葉と理解し、ヘスティアは気恥ずかしそうにツインテールの端を掴んではにかむ。可愛い。とても可愛い。

 

 ヘスティアは下界してから長々とニート暮らしをしていたため、ヘファイストス・ファミリアの団員から『駄女神』扱いを受けていた。オラリオ市民であるバイト先の店長や客達は神々に慣れているせいか、神に対する尊崇や崇敬がいまいち薄い。ヘスティアの幼げな容姿も手伝い、『可愛い嬢ちゃん』扱いだ。

 平たく言えば、アスラーグとエミールが示した心からの敬意に、ヘスティアは照れてしまった。

 

「それにしても……ダンジョンへ潜るのに、恩恵の更新が出来ないなんて大変じゃないのかい? ボクは下界して日が浅いから詳しくは知らないけれど、冒険者達は頻繁に恩恵を更新していると聞くよ?」

「ここ数日の感触ですが、私達のレベルなら上中層階辺りで活動する分には問題ないようです。想定外の事態が起きない限り大丈夫でしょう」

 エミールがヘスティアへ丁寧に答えた。

「私達もヘスティア様に御心配をお掛けせぬよう無理はしないつもりです」

 

 リリルカ辺りが聞いたら『どの口でそんな戯言を抜かしてるんです?』とツッコミを入れるところだ。

 もっとも、ヘスティアはエミール達の下に置かぬ対応と礼節、言葉に嘘偽りが全くないことを素直に受け入れる。むしろ、近頃すっかり縁遠くなった丁重な扱いに、嬉し恥ずかしでちょっぴり身悶え。可愛い。

 

「……うんっ! ボクもせっかく出来た御近所さんと長く付き合っていきたい。2人とも無茶はしないでおくれよっ!」

 ニコニコしながら頷き、ヘスティアはしみじみと言う。

「君達みたいな良い子がこんな遠くまで来ちゃったら、君達の主神も心配してるだろうなあ」

 

「ヘスティア様の言葉、まさに汗顔の至りです。ただ、ネヘレニア様は『恩恵を通じていつも見守っている』とお言葉をお掛けくださいました。おそらくは私共の無事を存じていらっしゃるでしょう」

 アスラーグはどこか感銘を受けたように応じる。

 これまでの旅路、自分達の主神ネヘレニアの心情を慮ったものは、まず居なかった。女神ロキとヘスティアくらいだろう(ロキはエミール達に篤く信仰されたネヘレニアにちっとばかり嫉妬していたようだが)。

 

「そっか……うん。そうだね。遠く離れても家族の絆が切れるわけじゃない」とヘスティアは真摯に言葉を紡ぐ「だけれど、便りくらいは送ってあげたらどうかな。きっと喜ぶよ」

 

「私共は咎を負って国を追われた身。便りなど送ることは」とエミールが眉を下げるも、

「そんなことっ! なら、ボクが一筆書いてあげるよっ! 神の手紙を無下に出来ないだろうからねっ! ボクがネヘレニアに出す手紙と一緒に送ってしまえば良いさっ!」

 ヘスティアは力強く自信たっぷりに言った。

 

 2人から篤く敬意を示されて尊ばれたため、ヘスティアは神としてちょっとイイとこを見せたくなっていたのだ。

 

 エミールとアスラーグは目を瞬かせる。

「ヘスティア様。今しがた会ったばかりの私達にそのような」

「そのお気持ちだけで充分です」

 

「遠慮しないでおくれよっ! ボク達は御近所だからねっ! 御近所は困っていたら助け合うものさっ!」

 自信満々なヘスティア。はて。このロリ巨乳女神は御近所付き合いなどしたことがないはずだが、この自信はどこから来たのやら。

 

 大きな乳房を抱えるように腕を組んで意気軒高なヘスティアに、エミールとアスラーグは困惑顔を見合わせ、首肯する。2人は居住まいを正して最敬礼した。

「女神ヘスティア様の御厚意に甘えさせていただきます。心より感謝を」

「ネヘレニア様の信徒として如何なる感謝の言葉も尽きません。ヘスティア様より賜った御恩に必ずや報いることを誓います」

 

「ちょっと手紙を出すだけさっ! そんな畏まらなくても良いよっ!!」

 照れっ照れに照れ切ったヘスティアは嬉し恥ずかしそうに身悶えした。

 可愛い。

 

 この可憐な炉の女神と白兎の少年が邂逅するまで、今少し時を必要としていた。

 

      ★

 

 炉の女神と御近所付き合いすることになる、という想定外はあったものの、拠点は確保した。

 エミールとアスラーグは引っ越しの片付けが終わらぬ借家で夕食を摂る。

 

 屋台で購入した料理――チーズミートパイ、ピタパンのサンドウィッチ、ブルストと揚げイモの盛り合わせ。瓶で購入したシードルとワイン。チーズミートパイとサンドウィッチはヨーグルトベースのソースが添えてある。

 

 エミールは薄切りのロースト肉や新鮮な野菜など具だくさんのピタパン・サンドウィッチを頬張る。脂の乗った肉の旨み。新鮮な玉葱や葉野菜のシャキシャキした食感と風味。ヨーグルトベースのソースのまろやかな甘みと爽やかな酸味。

「美味い」

 

「うん。美味しい」

 チーズミートパイを上品に切り分け、口へ運んでいたアスラーグも微笑む。

 

 肉がみっちり詰まったブルストを齧り、エミールは林檎の発泡酒――シードルの瓶を呷って口腔内をさっぱりさせた。

「表向きの仕事は得た。拠点も確保した。想定外の関わりも出来たが、イケロス・ファミリアにつながる協力者候補も得た。どこから手を付ける?」

 

「まずはギルドから情報を奪取する」

 アスラーグはワインをコップに注ぎ、

「ギルドが全てのファミリアを掌握しているとは思っていないけれど、公共的な大組織が持つ情報というのはバカにできない。ギルドが持つオラリオの経済や流通、各ファミリアの公的情報。それらを基に人と物と金の流れに不審なところを探る」

 葡萄ジュースでも飲むような調子でワインを干した。

 

 闇派閥の連中とて霞を食って生きているわけではない。飯を食うし、寝床だって要る。また人に言えない悪さを講じているなら、何かにつけて金が必要になる。人目を避けてあれこれするには、真っ当に何かをするより金が掛かることが通り相場だから。

 

「オラリオは食料供給と貿易の窓口が限られているから、調べ易いかもな。前者は、たしかデメテル・ファミリアだったか。後者はオラリオ近郊の汽水湖沿岸都市メレンと商業区の線だな。それと、セオリーで言えば、風俗街だ。情報はあるか?」

 エミールが問えば、アスラーグはミートパイを再び食べ進めながら応じた。

「女神イシュタルが率いるファミリアが縄張りにしているそうよ。アマゾネスを中心にした戦闘娼婦と呼ばれる眷属を率いているわ」

 

「戦闘娼婦? 満足させないとタマを引っこ抜かれそうだ」

 皮肉交じりに小さく笑い、エミールは揚げイモを摘まむ。

「風俗街にはアスラが潜入するか? それとも、俺が客として出入りするか?」

 

「エミールが出入りする方が自然でしょうね。多少アレだろうけれど」

「アレとは?」

 怪訝そうに片眉を上げるエミールへ、アスラーグはからかうような顔つきで意地悪く微笑む。

「多分だけれど、この街で私達が知己を持った人達は、大なり小なり私達がそれなりに踏み込んだ関係だと思ってるわ。なのに、貴方が風俗街に出入りしてたらどう見えるかしら?」

 

「――よくて女好き。悪くて節操無しのダメ男だな……」

 エミールは眉間を押さえて呻く。

 

「ヘスティア様辺りが知ったら御説教されそうね。それに、リリちゃんからは毛虫みたいに扱われるかも。あの子、スレてるようで初心っぽいもの」

 アスラーグはくすりと微笑み、次いで、どこか倦んだ顔つきになる。

「あの子、自分が“恵まれてる”ことに気づいていないわ」

 

「だな」

 椅子の背もたれに体を預け、エミールは苦い顔でシードルの瓶を傾けた。

「ダンウォールのスラムだったら10になる頃には路地裏で貧乏人相手に客を取らされていただろうし、今頃は性病と梅毒を患ってるか、酒と薬物の中毒か、もしくはとっくに死んでる」

 

 愛する祖国にも闇はある。その闇は反吐が出るほど汚濁と悲惨に満ちており、幼子だろうと容赦なく現実の非情さに踏み躙られてしまう。

 

 情報収集の過程で、リリルカ・アーデが金を稼ぐために個人でサポーターを“やらされている”と知った時、エミールもアスラーグも『何と暢気なことだ』と思ったものだ。

 

 もしも、ソーマ・ファミリアがダンウォールのギャングだったなら、今頃、リリルカ・アーデは家畜と大差ない扱いを受けているはずだ。薬物と酒に浸かり切った娼婦にされているか、あるいは、他の眷属達によって奴隷の如く酷使されていただろう。少なくとも一定の自由を得たうえでサポーター活動など許されない。

 クズ共は身も心も全て食いつくし、踏み潰し、尊厳の欠片まで奪い去る。

 そういう意味では、リリルカ・アーデは底辺暮らしであっても、まだ“恵まれている”。それほどに、ダンウォールのスラムで生まれ育つ子供達の人生は過酷だ。

 

「アーデ嬢のことはともかく、常識で考えれば、風俗街のイシュタル・ファミリア、神酒のソーマ・ファミリアは大なり小なりイケロス・ファミリア、もしくは犯罪系ファミリアと関わりがある」

 

 性風俗と規制嗜好品。どちらもビジネスとなれば犯罪組織の資金源になりがちで、そうでなくとも社会の暗部に生きる手合いと関係が生じる。土地や種族・民族が変わってもゴロツキの渡世は大差がない。

 

「別筋から情報を集める手もあるわね」

 アスラーグはだぶだぶとワインをコップに注ぐ。

「せっかく大手ファミリアの主神と知己を得たのだから、利用しても良い」

 

「神との関わり合いは必要最小限かつ無難なものにしたいところだがな。箱庭で遊んでいる神々なんて敬して遠ざけるに限る。それに」

 エミールは冷たい目つきで、

「“魔女の心臓”に関わった神は全て殺す。必ずだ」

 その声には明確な敵意と害意と殺意が宿っている。

「神殺しをする以上、神との関わりは少ない方が良い」

 

「貴方の選択については概ね、同意しているわ。ただし……神殺しはあくまで“正体不明の暗殺者”の手によって行われなければならない。帝国とネヘレニア様に累が及ぶことは絶対に避けなければ」

 ぐいっとコップのワインを一息で干し、アスラーグはふ、と上品に息を吐く。

 

「……ペースが速くないか?」とエミールが指摘する。

「美味しくて、つい」

 アスラーグはボトルを手にし、ラベルを一瞥して冷ややかに口端を歪めた。

「デメテル・ファミリアが作っているワインみたいね。彼の女神が敵でないことを祈るわ。このワインが飲めなくなるのは惜しい」

 

      ★

 

 食事と“会議”を済ませ、エミールは割り当ての私室へ向かい、ドアを開ける。

 8畳間ほどあるはずの部屋には、広大な空間が広がっていた。

 

 そこは昼でもなく夜でもない。陸でもなく海でもない。天はなく地もない。光も闇もなく、温もりも冷たさもない。有機物と無機物の区別もなく、生もなければ死もない。

 そこは世界の外。次元の外。時空の外。理の外。

 

 虚無だ。

 

 そして、虚無の只中に佇む人影。

 一見、その人影は何の変哲もない青年に見えた。が、その気配はどんな人間やモンスターや神よりも異質で、計り知れない。

 青年は漆黒に染まった眼球をエミールへ向け、情動も温度もない口調で語りかけてきた。

「久しぶりだな、エミール」

 

 その青年は善でも悪でも聖でも魔でもなく、正でも邪でもない。人でも神でもない。エミール・グリストルに印を刻み、虚無の力を与えたもの。

 神話に語られず、叙事詩(ミィス)に詠われぬ存在。

 彼は新しき言葉で、こう呼ばれている。

 

 

『アウトサイダー』と。

 

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