虚無を歩く者がオラリオに現れたようです 作:リバークラスト
宵の口が過ぎた頃。ロキ・ファミリア拠点『黄昏の館』、その一室にて。
「――というわけだ。要約すれば、ロキが気に入った2人は諸島帝国の重要機密物が強奪された事件で失態を犯し、その責任を処断されて国を追われた、という話だね」
ファミリアの団長フィンが“営業”先の『ヴィラ・ダンウォール』で仕入れた情報を披露し、
「罪人、かぁ」
主神ロキは真っ平らな胸元で腕を組み、渋面を浮かべて唸る。
「フィンの話を聞く限り、法的な意味で罪を犯したわけではあるまい。国外追放はあくまで政治的な処分じゃろう。“その程度”のこと、この街では脛の傷どころかかすり傷じゃぞ」
ロキ・ファミリア最高幹部の一人“重傑”ガレス・ランドロックが、“土産”のブランデーをだばだばとグラスに注ぐ。筋骨隆々の体躯に豪快な髭で酒豪、ある意味でステレオタイプなドワーフ族の重戦士だ。
「しかし、不名誉には違いない。高レベルの恩恵持ちが貴重なオラリオ外で、レベル3と4を追放するとなれば、相応の大事だったと考えるべきだ」
同席するファミリア最高幹部の“九魔姫”リヴェリア・リヨス・アールヴが指摘する。森色の艶やかな長髪と美神に匹敵する麗貌の持ち主である彼女は、エルフ族の高名な王族だ。ゆえに『政治的処分』を軽視しない。
「むしろ、彼らと関わることで諸島帝国の出先商館と関係がこじれるかもしれない。他派閥と揉めるより危険は乏しいかもしれないが」
「団としての収入に影響は出るね。ギルド相手ほどじゃないにしろ、あそこの出入り商人は大口の取引先だから」
フィンがリヴェリアの言葉を先取りした。ガレスの手から注がれたブランデーを口に運ぶ。オラリオ産の酒とは違った趣の香りと味わいを楽しんでから、
「でも、気になると言えば気になるな」
右手の親指を一瞥する。
「聞けば、黒妖精の女性アスラーグ・クラーカは帝国屈指の魔法使いで、研究者だったそうだ。いわば国家の要人だよ。外に出せない機密情報も数多く有しているはずだ。そんな人物を国外に追放するかな? 国内で禁に繋ぐ方が妥当だろう」
「理屈で言えばな」とガレスは頷き、ちらりとリヴェリアを見て「しかし、理屈に合わんことなど珍しくもないぞ。例えば、
「放っておけ」からかわれたリヴェリアは不満顔を作り、グラスを口に運ぶ。
「それに同行しているヒューマンの青年エミール・グリストル。彼は
フィンはグラスを卓に置き、盟友2人と腕を組んだまま黙考中の主神を見回す。
「思うに、2人は任務を負ってるんじゃないかな。国外追放はあくまで表向きの話。本当は」
「強奪された重要機密物の奪還とその犯人の捕縛、いや抹殺か。あり得る話だな」
今度はリヴェリアがフィンの言葉を先取りした。
「となると、要諦はその重要機密物が何か、という話だが……」
「そこまでは教えてもらえなかった。というより、
「なんじゃつまらん。その辺がはっきりせんと判断のしようがないぞ」
ガレスはブランデーの瓶を傾け、グラスに残りを全て注いでしまった。
「いや、充分におもろい」
沈思黙考していたロキがおもむろに口を開く。
「不名誉を被りながら祖国を離れ、密命を果たすべく旅をする。大した“物語”やん。一等席で見物したいわ」
唇の両端を吊り上げて人の悪い笑みを湛える主神に、眷属三人は揃って『また悪い癖が出たか』と鼻息をつく。
「さっきも言ったけど、彼らと下手に関わると団の収入に問題が生じるかもしれない。その場合、ロキの晩酌にも影響が出るよ」
フィンが早々と釘を刺す。
「ロキの酒量が減ることは歓迎すべき事態だな」と意地悪に微笑むリヴェリア。
「イケず言わんといて」ロキは微苦笑してブランデーの瓶へ手を伸ばし「あれっ!? 空やんんけっ!?」
「美味かったぞ」と瓶を空にした主犯ガレスが笑い飛ばす。
「ウチが貰うた土産やぞっ! なんでウチが呑む前に空にしとんねんっ!」
「儂はロキの子じゃからな。子は親の酒をくすねるのが通り相場よ」
「上手いこと言うたつもりかっ! ママーっ! ガレスがウチの酒盗ったーっ!!」
「誰がママだ」とリヴェリアは抱きつこうとするロキをあしらう。
「ママも酷いっ!」
ぎゃーぎゃーと喚くロキの様子に苦笑いしつつ、フィンは言った。
「彼らの件でもう一つ気になることがあるとすれば」
「フィンの推測通り、密命を負っとった場合、この街に来たんは偶然やないっちゅうことやね」
ロキは未練たらしくグラスへ向けて空の酒瓶を振りながら続け、
「盗まれた“何か”はこの街にあって、下手人はこの街のもん、どこぞの眷属っちゅうこっちゃ」
諦めて酒瓶を置く。仕方なしにもう一つの土産――赤ワインの栓を抜いた。
「剣呑な話じゃな」とガレスが干したグラスをロキへ差し出し、ワインをせがむ。
ロキは自身のグラスとガレスのグラスに赤ワインを注ぎ、しみじみと呟く。
「客分云々は抜きにしても、あの二人から目を離せへんなぁ」
やれやれと小さく頭を振り、フィンは酒杯の残りを空けて腰を上げる。
「僕らには僕らのやるべきことがある。他人の事情に嘴を突っ込んでいる暇は無いよ。遠征に向けて準備もあってしばらく忙しいしね」
「面倒に巻き込まれぬよう静観だな」とリヴェリアも同意。
「火の粉がこちらにも届くようなら払うだけじゃろ」とガレスも首肯する。
「なんや、皆して淡白やなあ。物事は積極的にいかんと楽しめへんぞー」
ロキはブー垂れつつ、道化の神らしい人を食った笑みを浮かべる。
「ウチらは既に知己を得とる。縁は結ばれたんや。この縁がどない転がるか、楽しみやなぁ」
★
ロキ達が酒杯を傾けた翌日の昼下がり。
「本国が恩赦を発表し、君らを免責しない限り、我々は君達を帝国人として扱わないし、当然ながら何の支援もしない。君らとの交流による不利益を鑑み、法的拘束力はないが、出先商館への出入りも禁じる。以上だ」
「私のスカートをめくろうとしてた坊やが偉くなったものだこと」
アスラーグは鷹揚に微笑み、『ヴィラ・ダンウォール』の商館長ラムゼーに応じた。
ラムゼーはヒューマンの初老男性で、“要職”の在オラリオ出先商館の長を務めるに相応しい出自と能力の持ち主だった。面貌も白髪交じりの髪をオールバックにしていて、皺の刻まれた厳めしい顔立ちをしている。アスラーグと比すれば、祖父と孫娘ほども違う。
が、種族差というものは大きい。実年齢はラムゼーよりアスラーグの方が二回り以上も年長であり、アスラーグはラムゼーの幼き頃や若き日々(恥ずかしいアレコレ)を知っている。
「……昔の話を持ち出すのは辞めていただきたい」
「まあ、そういうことにしておいてあげましょうか」
ラムゼーは苦虫を山ほど噛み潰したような顔を浮かべ、八つ当たり気味にエミールを睨む。
「グリストル、今の会話は忘れろ。いいな? わかったな?」
「はっ! 商館長殿。自分は何も見ておりませんし、耳にもしておりませんっ!」
水を向けられたエミールは敬礼で応じる。一点の隙も無い見事な敬礼だった。
出先商館『ヴィラ・ダンウォール』から二ブロックほど離れた所にある、諸島帝国系酒場『ハウンド・ピット』。
本国を追放された2人が『ヴィラ・ダンウォール』に出入りすることを色々と都合が悪い。苦肉の策と言えよう。
シードルを口に運び、気を取り直したラムゼーが2人へ問う。
「君らがこの街に現れたということは、黒幕はこの街に居て、アレもこの街にあると考えてよいのか?」
「私達は偶然、オラリオを訪ねたわけじゃない」アスラーグは首肯し「確かな情報を獲得したゆえに、この街に来たのよ」
「現在、この街で活動するための足場を組んでいます。具体的な報告はまだ出来ません」
エミールがアスラーグの回答に接ぎ穂を加える。
眉間に深い皺を刻み、ラムゼーはどこか縋るようにアスラーグを見る。
「……黒幕は魔法大国という可能性は無いのか?」
気持ちは分かる、とアスラーグは前置きしたうえで、
「オラリオの神々が黒幕だった場合、諸島帝国は高位恩恵持ちの大群が敵に回る危険性が生じるし、魔石や素材などのダンジョン産資源が手に入らなくなる問題もあるからね」
ラムゼーの願望をあっさりと蹴り飛ばす。
「でも、私達はここにいる。千の夜を越え、この街に辿り着いた。それが現実よ」
アスラーグの無慈悲な言葉に、ラムゼーは頭痛と胃痛を堪えるような顔つきを浮かべた。顔全体の皺が深くなったように見える。
「繰り返すが、支援は出来ん」
苦り切った顔で、ラムゼーは告げた。
「オラリオに駐在する邦人からじきに君らの素性も把握されるだろう。その結果生じるトラブルはもちろん、君らが活動の過程でオラリオや神々の不興を買い、君らが命を落とすことになっても、帝国は一切の関係と関与を認めない。そこをくれぐれも忘れるな」
アスラーグとエミールを交互に見据えた後、ラムゼーは腰を上げて個室出入り口へ向かう。
「本来、こうして顔を合わせているだけでも厄介のタネになりかねないのだ。連絡の必要があれば、この店を通じて行いたまえ」
ドアを開けて部屋を出ていく際、ラムゼーは肩越しに2人を一瞥した。
「……君らの成功を祈る」
閉ざされるドア。残されるエミールとアスラーグ。
「支援は無しでも、連絡のパイプは用意してくれるんだな」
「情じゃないわ。あの坊やはそれほど甘くない。黒幕への報復はともかく、アレの奪還と高位恩恵持ちの帰還は国益に適う。そういうことよ」
辛辣な、しかして実際的な見解を述べた後、アスラーグはメニュー表を手に取って悪戯っぽく微笑む。
「帰る前に料理を味わっていきましょう」
「……自炊以外で祖国の料理は三年振りだ」
エミールも表情を和らげた。
★
引っ越しその他の“休暇”明け。
やって来ましたダンジョン13階層。
霧に満ちた10~12階層と異なり、13階層からは再び視界の聞く洞窟形態に戻っている。ただ天井が高く、また広々とした空間が多い。それに時折、下の階層に通じていると思しき縦穴も散在していた。
エミールは冒険者ギルドで販売されているダンジョンマップと眼前の縦穴を見比べ、リリルカに問う。
「この縦穴を飛び降りれば、ちんたら歩かずに済むのでは?」
「否定はしませんけど、レベル1の私は飛び降りても無事に着地できませんからね? できませんからね? 骨が折れちゃうし、下手したら死んじゃいますからねっ!?」
リリルカはぽっかりと口を開け、底が見えない縦穴からじりじりと距離を取る。
が、その背後にはアスラーグが既に回り込んでおり、リリルカのドデカいバックパックを押さえ込む。
「私がリリちゃんを抱きかかえて、荷物をエミールが持てば問題ないわね。いざという時はエミールがなんとかしてちょうだい」
あ、この流れは不味い。リリルカが急いでペラを回す。
「ダンジョンギミックを試すことは正規ルートを体験して――」
も、アスラーグが手品の如くリリルカからバックパックを剥ぎ取り、華奢な体を背後から抱きかかえ、ひょいっと縦穴に飛び降りて
「――からあああああああああああああああああああああっ!?」
エミールは頭を振ってから大きなバックパックを担ぎ上げ、底の見えない真っ暗な縦穴へささっと飛び降りた。
で。
「酷いです酷いです酷いです酷いですっ!」
リリルカは半ベソ顔でアスラーグに抗議する。
以前のリリルカなら冒険者(雇用主)に抗議するなどあり得ないことだった。奴隷同然か犬畜生並みの扱いを受けても歯を食いしばって耐え忍んでいた。
この半月、アスラーグとエミールから厚遇され続けても、『あの二人がリリに優しいのは、ペットを扱うようなもの。2人がいつペット扱いに厭きるか分からないのだから過度な期待などするな』と自分に言い聞かせ続けてきた。
それでも、どこか心を許し始めていたのだろう。アスラーグの母性的な親しみや優しさ、エミールの差別も区別もない態度に絆されていたのか知れない。
もしくは、単に苦情を呈さずには入れなかったのかもしれない。
いずれにしても、リリルカは自分で思っている以上に、アスラーグとエミールの2人に打ち解けていた。
「アスラーグ様もエミール様もリリを何だと思ってるんですかっ!! サポーターですよ、サポーターッ! 荷物持ちですよっ! 冒険者様と同じ扱いはおかしいでしょうっ!」
「リリちゃん」
アスラーグは垂れ気味の双眸を細め、柔らかく微笑む。
「大丈夫。慣れれば楽しくなるから」
エミールも頷く。
「アーデ嬢。人間は大抵の事に慣れるぞ」
「そういうことじゃないですっ!」
リリルカが頭を抱えた直後。
野犬の唸り声に似た鳴き声が聞こえた、そう知覚した刹那。
三人の立つところへ火炎の大奔流が襲い掛かって来た。
★
ヘルハウンド。
ダンジョン13階層から出没する、子牛ほどもありそうな犬型モンスターだ。放火魔とも呼ばれるように体内の特別器官を用いて強力な火炎を吐く。
ギルドは12階層を抜けたばかりのレベル1や2のパーティが
こいつは“雑魚モンスター”で群れを成して現れるからだ。現代地球世界で例えるならば、火炎放射器部隊である。
ヘルハウンドの火炎が恐ろしいところは炎熱による直接被害に加え、燃焼による酸素消費と煙や排気ガスの窒息効果があること。何より、火炎放射の炎熱は『燃える液体』と称されるように岩や壁などに当たると跳ね回り、隅々まで流れ込むこと。しかも、燃料を焼尽するまで水をかけても決して消えないこと。
よって、対処法はサラマンダー・ウールなどの耐火装備で炎熱に耐えつつ、その場を脱出ないし――反撃すること。
約20M先から4匹のヘルハウンド達がエミール達へ火炎をぶちまけたその時、
「Sum Fdau」
ヘルハウンド達の火炎が大気や地面の岩肌を焦がす音色に紛れ、エミールの言葉が紡がれた。
次の瞬間、右腕でアスラーグの腰を抱きかかえ、左腕でリリルカを小脇に抱え持ったエミールが、ヘルハウンド達の背後に立っていた。
「――はぁ?」
リリルカが目を点にして間抜けな声を漏らした、その間隙。
エミールは背中に担ぐ鮪切包丁モドキを抜き放ち、正面左と最左翼のヘルハウンドを刺身にする。アスラーグが腰から抜いたレイピアで正面右と最右翼のヘルハウンドを真っ二つにした。
アスラーグはレイピアを振るって刀身から血脂を払い、冷たい目つきでエミールを睨む。
「“グリストル”。あの距離まで接近を許すなど気を抜きすぎだ。引き締めろ」
「はっ! 申し訳ありませんっ!」
エミールは棒を飲み込んだように背筋を伸ばし、即座に謝罪した。それは軍人が上官に接する様と同一だった。
2人の傍らで、リリルカ・アーデは自身の体験したことに呆然としていた。
今の、何? え? リリ達はヘルハウンドの不意打ちを受けたんだよね?
予備知識皆無のリリルカには、虚無の力による
2人はそんなリリルカへ事情を説明する気などさらさらなく、
「しかし……聞いていた以上に獰猛だな。遭遇して即座に全力攻撃とは」
ヘルハウンドの死骸を検分するアスラーグと、
「体内器官の備蓄燃料を放射する関係上、初撃が最大火力になるためでしょう。それに一方的な初見殺しは戦術的に正しい。丁々発止のチャンバラなんてバカがやることですから」
上官へ説明するような口調で語るエミール。
ふん、と鼻息をついてアスラーグは機嫌を直す。
「今回の件は教訓としましょうか。今後は13階に降りる段階で耐火装備を使用。この鬱陶しい犬コロが出没する階層をさっさと抜けてしまいましょ」
「同感だ」エミールも口調を元に戻し「面倒臭い敵が出没する環境で稼ぐ必要はない」
「あ、あの、御二人とも今のはいったい……」
リリルカがおずおずと問う。
「俺のスキルだ」
エミールはサクッと噓をつく。が、虚無の力などと説明するよりもよほど事実っぽい。
「便利よねー」くすくすと笑うアスラーグ。「もう一回やってもらう?」
「えっ!? けけけ、結構ですっ!」
リリルカは首を左右にブルンブルンと大きく振った。
★
「――黒き大顎よ、闇色の水面より出でて食らいつけっ! アンブラ・ピストリクスッ!」
アスラーグがレイピアを指揮棒のように振るいながら短文詠唱の魔法を発動。
直後、ミノタウロスの影から真っ黒な大鮫が飛び出し、ばぐんっとミノタウロスの胸元から上の部分を食い千切って虚空に消える。悲鳴を上げる暇すらなかった。
「うわぁ……」
ドン引きするリリルカの慨嘆がダンジョン内に溶けていく中、ミノタウロスの残された下半身と両腕が地面に落ち、灰となって崩れていった。
「いつ見てもエグい」エミールも眉を大きく下げている。
ミノタウロスは
「あと二つ潜れば、安全階層か。町みたいなものもあるのよね?」
「ええ、そうです。リリは訪れたことありませんけど、18階層『
今回のダンジョン潜りは目的が稼ぎだけでなく、『噂の
「魔石や素材の買い取り額も、正規の数分の一だとか」
リリルカが眉根を寄せて言った。
予定では18階層までの道中に集めた魔石や素材を、件の宿場で売ることになっている。その事情から守銭奴気味なリリルカは『買い叩かれる』という事実が不満だ。
「上層の魔石や素材はどうせ端金にしかならないわ。18階層より下の階層で、より高価値の魔石や素材でリリちゃんのバッグを一杯した方が利益は高い」
「損して得取れ、という奴だな」
アスラーグとエミールの見解に、リリルカはちょっぴり唇を尖らせた。
「リリは損せず得したいです」
「たしかにね」「正論だ」
2人は喉を鳴らして同意した。