この人物はもしや……?
あの出来事の後、騒音に気付いたテレサが様子を見に来た。私は花瓶を落としただけと嘘をつき、壊れた花瓶以外の物をすべて律者の力で元に戻した。あの幻影に会った事は伝えていない、あの男に対処できるのは私だけだし、他の皆が関わったら被害が大きくなる可能性があるから。
それほどまでに危険な人物、知っているのは私以外は殆ど居ない。公安と政府に数人程度、オールマイトもこの亡霊については知らない。あれは、私しか相手にしてはいけないのだから。
だが、意外な事にあの過去の亡霊が現れてから数週間、特に目立った動きなどは全くなく、あの日の出来事がまるで只の悪い夢だったのではと錯覚するほど変わらなかった。
町には悪事を働くヴィラン達が何度も出てきてはいるが、それらは私が知る亡霊とは全くかかわりもないし、ヴィラン連合の者というわけでもない只の小悪党ばかり。さすがに警戒しすぎかとも思ったが、それでもあの男が何もしないわけがないという、認識が警戒を緩めさせてはくれなかった。
「どうかしたのですか、芽衣姉さん」
「あ、あぁいや……何でもないよ」
「……そうですか」
流石に悩み過ぎていた。些細な部分にも気づきケアできるブローニャだ、すぐに私の違和感に気付き声をかけてくれたのだろうか。大丈夫だとごまかしては見たが…あの感じだとおそらくバレているだろう。
…少し冷静にならなければ、これ以上なにか起こるかもしれないという未知数の出来事に不安を感じすぎてしまうのは、いざというときに体が反応できず仕事に支障が出てしまう。もし何かが起こったのならば起こった時対処を考えれば良い筈、いつもそれでヴィランを捕まえてきたのだから。
「そういえば、今頃緑谷君たちは個性強化訓練している頃かな」
「たしかそうですね、なにやらプッシーキャッツのお三方とブラド、イレイザーが共に居るんでしたよね」
「そうね。彼らならしっかり成長させられるでしょう」
「(皆、どんな状況なのかしら…っ成長した姿を見るのが楽しみだわ)」
「……来たな」
郊外の森、民家やスーパーも存在しないこの野山にどす黒く澱んだ者達が集結している。彼らが見下ろす下に居るのは、希望に満ち溢れ友情を育んでいる将来有望な金の雛鳥と称される子供達。今宵彼らを襲撃するべく集まった、ヴィラン達…開闢行動隊の「荼毘」は不敵な笑みを晒しながら静かに眼下の子供達を見下ろしていた。
その後ろに居るのは世間を騒がせた極悪人共、此処の悪名は世間を恐怖に陥れた者ばかり。ここの個性はバラバラ、協調性などあるわけもない、此処が自由に行動し、下手すらこの場で殺し合い――
だがそれでもいい、我らは元から咎人よ。殺して奪うが常日頃、殺し殺されるが我らの日常…そんな凸凹で修正の余地が無いほど歪み狂った人間の形をした悪魔たちがここに居た。
「そういえば…あと一人来るって話でしたよねぇ~」
「あの人のリーダーの知り合いから、一人呼んでるとか言ってましたっけ?」
八重歯を光らせながら恐ろしいほどの満面の笑みを見せながら荼毘に問いかけるトガヒミコ。彼女の問いかけに苛立ちを隠さず顔に出しながら荼毘は問いに答えた。
「ああ、もう来てる」
「えぇ?そうは言ってもどこにも――」
「――此処に居ルよ」
声に気付き集まったヴィラン達が皆振り返る、だが視線の先には誰も居ない。この中の
その顔には七色の虹を模したのであろう色合いの奇妙な仮面。片目だけ外の人間にも見える穴が空いており、そこから覗く瞳は深く暗く、同年代の少年少女が宿しているような光を輝かせてはおらず、死人の様な冷たい眼である。
「ちょっと、誰よこの子!?まさかあの雄英の生徒!?」
「なんだちっせぇガキだな!大きすぎんだろ‼」
「黙ってろ。おいガキ…まさかテメェが最後の一人とか言わねぇよな」
「私で、間違イないヨ」
何故かカタコトな口調ではあるが、かの幼き少女こそヴィラン連合開闢行動隊の最後のメンバーだと言う。その言葉を聞き驚きの表情を見せる他メンバー。だが一人だけ、全身火傷の後が見えるかの男だけは、その言葉を聞き軽く笑った。
「……成程、そういうタイプか」
「不満そウな色」
「別に不満は無い。ただガキだからと言って養護はしねぇとだけ言っておく。捕まったら問答無用で捨てるし、足を引っ張る様ならば…燃やして殺す、それだけだ」
「足を引ッ張る…そんな事ハ無い」
そう言い腰に着けていた小さなポーチから絵筆を取り出し、どうやったのか虚空から青い粒子と共にごこからか画版やパレット等の絵描き道具を取り出し準備を進める。
「「君の役目は、此処から援護する事。他の人達への情報線になるように」って、靄ノ人かラの伝言」
「そうかよ。だったら、精々俺の役に立つんだな」
「なら…絵を描くネ」
そう言い、白いキャンバスをその場で立て掛けその場に座る。静かにポーチから取り出した絵筆とパレットを構えおもむろに描き始めた。
「…俺らも時間だ。行くぞ」
荼毘は彼女の行動に疑問や不信感を抱くことなく、作戦を開始した。各自崖から飛び降り、事前の作戦通りに事を進めようと森の中へと飛び込み姿を消していった。その場にのこったのは、星空照らす暗闇の崖で、一人キャンバスへと絵を描き続ける仮面の少女。
何とも不気味な一幕の光景、それを気にする素振りも無く新たにやってきた客人は、小さき画家へと声をかけた。
「始まったようですね」
黒い霧と共に現れた黒霧。絵を描く彼女のことなど気にする素振りも無く近くへと歩みより、これから起こるであろう惨劇を見物しにでもきたのだろうか。
少女は振り返る事も無く、白きキャンバスに色彩を与え続ける。
「まさかあの人から送られたのが、貴方の様な幼い少女だとは思いもしませんでしたよ」
「……そう」
「私も死柄木も半信半疑でしたが、貴方については保証するとあのお方が仰っていましたのでこれ以上詮索する事は致しません」
「だっタら何故、こコに来た」
先ほどまでの口調とはまるで違う、あまりにも高圧的で不機嫌さを隠すことの無い強めの言葉。彼女の事は多少聞かされていたとはいえ、実際の"変化"を見たのはこれが初めてだ。
「成程…これが"影響"ですか。しばらくこの場に居た方がよさそうですね」
「…描けタ」
そういい筆を置く少女。黒霧が横から覗くと、そこに描かれていたのは甲冑の様な外装をした黒い騎士風の絵。だが、その騎士には手が無く、代わりの青と黒のコントラストが目立つ刃が備わっている。
「……行け」
その一言でキャンバスに描かれた騎士風のモンスターが頭から色を失っていき、まるで何も描かれていなかったかの様に消え、描く前の純白のキャンバスが戻っていた。
「これで。彼は
「気になるノなら、見てクる?」
「遠慮しておきます。巻き込まれたら面倒ですし、此処からで大丈夫です」
「そう、じゃあ私はまダ書くね。時間ガ来たら、お話に出てきた場所にお願イね、黒い人」
いつの間にか口調が戻っている少女。黒霧に一言告げ、席に座りまたキャンバスに向かって筆を走らせる。仮面をつけているとはいえ、あまりにも無関心な態度に普段冷静な黒霧にも、彼女に対する一握りの恐怖心を消せずにいた。
「……彼女があの
数分後――
森から黒煙が上がり、子ども達の声が騒がしくなっていく。少年少女の声が数キロ離れた少女の耳へと届いてくるのは彼らが暴れまわっている証拠だ。自分より上の子供やヒーローが襲われているという状況に表情や行動に一切の動揺などの感情を表さない仮面の少女。
「まだ描イた絵が"消えてない"、頑張ってルんダね」
――マグネとスピナーが対応している広場にて、その場に居たプッシーキャッツの二人。普通であればすぐさま対応できたかもしれないが、虎が相手にしているのは磁力を扱うマグネだけでは無かった。
青黒い鎧の如き外装をした騎士と足の無き浮遊する鎧を身に着けた様な馬。どれだけ叩こうが殴ろうが怯む気配すらしないその姿はまるで亡霊である。
「あらぁ?余裕なさそう、ネッ!」
「チィ‼‼」
軟体を上手く扱いマグネの振る巨大な鉄柱をうまく躱し、その奥にいるピクシーボブを片手に抱えた騎馬の亡霊に向かう。だが、騎馬兵は刃が一体化した片腕を大振りな姿勢で振るおうとする。大振りながらその速度は尋常ではなく、危険を察知し咄嗟に右に飛びのける虎の体。
虎が向かうはずだった場所に振るわれた刃は、何色かの絵具の軌道と共に大地が砕け、深く抉れる。あのまま突っ込んでいた場合、その場に飛び散った絵具が自身の血肉となっていたであろう事実を想像し、虎の体から汗が流れだす。
「クソ、あれは何なんだ!?ヴィランなのか、それとも個性なのか!?」
「ん~半分正解って感じなのかしら?まぁ私達も理解できてるわけじゃ無いんだけど、ねッ!」
「くっ!」
騎兵(?)の攻撃に集中しすぎると、すぐに横からマグネの横やりが飛んでくる。多くの経験で培った直観力と咄嗟の行動力で上手く逸らさなければ致命傷になりかねない。
幸いもう一人のヴィランであるスピナーは、マンダレイが対応してくれているので大丈夫そうなのだが……。
「マンダレイ‼‼‼‼」
「「「「っ⁉⁉」」」」
突如森から超スピードで何かが飛び出してきた。それは雄英の生徒、緑谷であった。彼の姿は既にボロボロ、両腕の骨はその機能を失っているのか、ブラブラとまるで風に揺れる布の如く揺れ動き紫色に変色している。体のあちこちにできた傷に、頭から流れる大量の流血、到底あのような動きが出来るわけがないダメージを我々より先に誰かから受けている。
だが彼の援軍でこの突拍子もなく襲い掛かってきたヴィラン達の流れが変わり始める。彼がその身を挺して「洸汰君」を救い、ヴィランと対峙して得た情報で奴らの目的が分かった。
この襲撃の目標は「かっちゃん」つまり"爆豪の拉致"。
彼を捕まえる為に動いていたことが判明した。理由は何であれあの一軒依頼音沙汰が無かったヴィラン連合、彼を捕らえ何かよからぬ事をしようとしているに違いない。
そして…彼が途中で合流した相澤から告げられた一言が、おそらく反撃の狼煙となるであろう。
「A組B組総員――」
「プロヒーローイレイザーヘッドの名において――」
「っ!まさか、マスキュラ―がやられたって言うの⁉」
「‼あの男は――」
「――……。」
この一言が、雄英生徒達による反撃の合図になると、虎とマンダレイは脳裏に予感した。だが、この一言はこの場から離れたとある一人の少女にも伝わってしまった。
「…そう、じゃあ伝えナきゃね。えっト……どう使うノ?わかんなイ ???」
彼女は傍らに置いておくように言われたトランシーバーをどう動かすかわからず適当にボタンを押し、偶然無線を開き反応したトランシーバーの音に少しビクついた後、無線の奥に向かって話し始めた。
「荼毘?聞こえテる?」
『ザザッ――ザザッザザ――― ああ、ノイズがひでぇが聞こえてる。お前適当に押しやがったろ。まぁいい、何の様だ』
「連絡だヨ。イレイザーヘッドって人が生徒の皆に指示を出してるみタい」
『そうか。内容はなんだ』
「えッと……「A組B組総員、プロヒーロー"イレイザーヘッド"の名において、戦闘を許可する」…ダって」
『ザザッ―― フッ、ようやくか。随分遅い決断だったな。一時の平静でぬるま湯にでもつかり平和ボケのおつむにでも戻ったか?だがまあ、作戦に変更しなくて良い。おおむね予想通りだ』
小さく笑い、事前に伝えていた作戦の内容を再度確認させる。荼毘は次のフェーズに進めるよう各員に告げる。その声を静かに聴きながら、キャンバスに絵を描き続ける少女。
そんな時、ふと思い出したかの様に荼毘に再度話しかけた。
「あ、あト。あノ緑谷って子がボロボロの姿でマグネのおじチゃ…おねェちヤ………オばさんの所に合流しタって」
『ザザッ―― ブフッwwwwwマグネがおばちゃんとか(笑)オカマで困惑してるじゃねぇか!性別どっちかわかんねぇし仕方ねぇな!しっかり決めやがれ!』
『ザザッ―― うるせぇぞトゥワイス。それで、何が言いたい?』
「多分、戦わせロってずっと言っテタ筋肉の人が負けちゃッタ。爆豪っテ名前も出てきテたし」
その一言を聞き荼毘は静かになる。なにか考え込んでいる様だ。
『ザザッ―― そうか。おいコンプレス、捕獲を急げ』
『ザザッ―ジー―― おいおい、エンターテイナーにマジックを急かすか普通?まあいいか、しっかり依頼はこなしてやりますよ』
『ザザッ―― お前も行動変更してもらう。コンプレスを援護しろ』
「どうやって?」
『お前の個性、あれを動かせ。俺の脳無は生徒を襲わせてるが、良くも悪くも派手に暴れはしねぇ。だが、お前の木偶ならデカイ上に攻撃は派手、十分目立つだろ?』
『ソイツを目標のいる場所に向かわせ、脳無の代わりに暴れさせろ。その騒動のどさくさに紛れてコンプレスが標的を奪えばいい』
『はぁ⁉俺っちをあの暴れ馬が滅茶苦茶やってる中に飛び込んで捕まえろってのかよ‼‼無茶な注文すぎるぜ全く……‼』
「大丈夫。間違っても攻撃しナイようにする、多分」
『ザザッ―― ねぇ今「多分」って言った!?言ったよね!?おじさん不安ダラダラ何ですけど‼‼‼』
『ジジッ―― 喚くな。元々の流れと変わらねぇだろうが。危険度が上がっただけだ、やれ』
『……あぁハイハイ!わかりました、分かりましたよ!マジシャンの妙技、見せてやりますよ‼‼』
『行動開始しろ』
ブツリと無線が切れる。少女は彼らのやり取りに何も感情を抱かず、黙々と絵を完成させていく。彼女が描いているキャンバスには――
燃える都市に空から垂れる赤き鎖、そして……不敵に笑う燃え盛る荼毘に似た地獄の鬼が描かれていた。