「その年にリーナは殺されたんだ」
明るい話が一変、深海の如く漆黒に堕ちる。
すでにカンナの顔から笑顔は消え、死人のような顔になっていた。
「弱いことは悪いこと、とまでは言わないよ。でもな、強くないとといざって時に大切なものを守れない」
「…だからお前は強くなったのか?」
「なった、というより『ならざるを得なかった』の方が近いかな」
「……、なぜ「今話せるのはここまでだ」
投げ出されようとした質問を遮り、無理やり終わらせる。
「また、話せるようになったら話すよ。まだ詳しいことは秘密だからね」
「……、………わかった」
「なんかやることない?ちょっと暇なんだが?」
カンナは沈黙と暇に耐えきれなかった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「あいつらなんも喋ってないんだけど?もしかしてこれ映像だけで音声は届かないタイプ?」
「いや、音も届いている。よく聞け波の音は聞こえるはずだ」
「いやわかってる、わかってるよ。ただ信じたくなかっただけだから……」
暇に耐えきれなかったカンナは、憲兵から艦娘と一緒に戦う、いわゆる『妖精さん』達からの映像があることを教えてもらった。
だが、その映像は見なければよかったと少し後悔していた。
ただ淡々と、何も喋らず何も示さず戦う。
阿吽の呼吸といえば聞こえはいいのかもしれないが、これはそんなものじゃなかった。
作戦もクソもあったもんじゃない。
バラバラ…、仲間としての意識以前の問題。
「仲はいいと思っていたのだが、そうじゃなかったのか?」
「逆じゃないか?」
「逆?」
「艦娘たちもこの映像のことは知っている」
「あー、なるほどね。ここでも極力人間に関わりたくないってか」
『できる限り当たり障りのない』
それが今のこの鎮守府の、この現状の根本の意識なのだろう。
故に、提督の目のある場所では喋らない。
故に、喋らなければいけないことすら言葉にしない。
「怒りや呆れすら通り越して何も感じねぇわ、もう…」
「諦めるのか」
「俺が投げ出したら誰があいつら引っ張り出すんだ?お前がやってくれんの?」
まだスタートラインにすら立っていない。
まだゲームの初期設定を見ただけに過ぎない。
「目の前で苦しんでる子がいんのに、背を向ける訳にはいかないだろ」
「優しいんだな、お前は」
「お互い様だろ」
その言葉を最後に、二人の会話はなくなった。
ただただ、波の音と爆音だけが聞こえてくる映像を見ていた。
「艦隊が鎮守府に帰還しました」
ヒトフタサンマル、艦娘が鎮守府に帰ってきた。
司令室でキレイに横一列に整列した。
「ご苦労さま。映像のことは知らなかったから、君たちの戦闘は途中からしか見れなかったけど、よくやってくれた。」
「…」
何も喋らない。
完全なる対話拒否。
ふと金剛の方に視線をやると、申し訳なさそうな顔で視線を返した。
(あぁなるほど、あまり過度なことすんなって言ったけど、ここで喋ることすらそれに値すんのか)
ゴホン、と咳払いしてから加賀の前に立ち再びカンナは口を開く。
「今回の戦闘でのMVPは加賀、君のようだね。よくやってくれた。これからも頼むよ」
肩にポンと手を置き、優しくできる限りフレンドリーに柔らかく言葉をかける。
それとは裏腹に、加賀の顔はサァーっと青くなっていくのを見た。
「…っ」
想像の数倍予想外な反応をされ、カンナも肝が冷えるのを自覚した。
「……、よし。それでは朝言ったようにこれより君たちに自由行動を許可する。傷を負った者は必ずドックに入るように。………、加賀だけ少し残ってくれ」
加賀とカンナだけが部屋に取り残され、しばしの沈黙と静寂が支配する。
「……なんで残されたかわかるか?」
「…」
カンナの質問に加賀は答えない。
下に俯き、微動だにしない。
「……すまなかった、もう「シたらいいんですか?」
「は?」
理解ができない。
「ここでシたらいいんですか?」
先程と同じ言葉を加賀は繰り返す。
「前の提督にも、こうして残されましたから…。ですがお願いです。私には何をしてもいいです。ですが他の子達には…」
『何もしないでください』その言葉は出てこなかった。
自ら服をはだけさせ、淫らな行為に及ぼうとする自分に一切興味を示さない『ソレ』を見たからだ。
「…くだらねぇなぁ」
加賀は初めて死を意識した気がした。
無論、死にたいと思ったことは何度もあった。
このまま、殴られ続けて死ねたらいいのに。
このまま、こちらが攻撃しなければ向こうから一方的に攻撃されて死ねるのではないか。
何度も何度も、死を願った。
だが、加賀は初めて死という概念を見た気がした。
目の前にいるそれは、『死』であった。
手が動かない。
膝が笑って、言うことを聞かない。
「…死にたく、ない」
細く、小さく、震えた声が喉から絞り出された。
その声が、目の前のソレの耳に届いたのか、瞬時に『死』は消え、人の形が姿を現す。
「すまん、冷静さを失いかけてた」
優しい声が聞こえる。
『死』とは真逆の声。
「死なせない。お前たちを守るために俺はここにいる」
光と闇、生と死。
真逆のそれを、加賀は目の前の男に見た気がした。
「あなたは何者ですか……?」
細く震えた声で、必死に加賀は尋ねる。
「お前の提督だ。お前たちを守るためにここにいる」
「信用できません。あれほどの殺気を出せるものが安全であるなんて……!」
「……信用しろ、なんて言わないさ。そんなものすぐに得れるほどあまい世じゃないからね」
目の前に立つバケモノに、必死に噛み付く。
勝てないと本能が言っている。
逃げろと理性が訴える。
だが、ここを引く訳には行かない。
(だってここを引いたら…!)
「誰があの子たちを守る…か?」
心を見透かされたように、目の前のそれは加賀の心を言葉にした。
「やっぱり、お前たちは仲がいいんだな。よかった」
何がいいのか。
恐ろしい、おぞましい。
「信用しろ、なんて言わないよ。ただ知っていて欲しい。全ての人間が前任の提督のようなゴミじゃないって」
優しく、語りかける。
「信用できません…!あなた達はまた私たちを傷つける、裏切る!」
「そうだと思うなら別に構わない」
「え…?」
今までの優しく甘い言葉とは打って変わって、鋭い口調でカンナは言い返す。
「君たちを傷つけた者と同族の俺が言っても、何の説得力もないだろうしね。だから、見張っていてくれないか?俺が君たちにとって害悪ではないか」
「……」
言葉が出ない。
『信用するな』
目の前の男は、声高にそう言っている。
「ここの憲兵は優秀だ。必ず君たちの味方をしてくれる。あぁ、あいつも人間か。なら、間宮さんも優しい人だった。君たちの愚痴や苦情は聞いてくれるだろうさ。告げ口なんてするタイプでもなかったしな」
目の前の男は、危険だ。
恐ろしい。
だが、いくつか疑問がある。
昨日、お茶の時間から帰ってきた金剛がやたら機嫌が良かった気がしたこと。
今朝、吹雪が起床に来た時、何故か嫌な顔をしていなかったこと。
もし…もしも、本当にそれがこの男の仕業ならば。
本当に守ることが目的なら…。
「……、あなたのことは信用できません」
乱れた服を整え、鋭くカンナに言葉を放つ。
「ですが、まだ判断するには時期尚早です。しばらくあなたを監視させてもらいます」
少しだけ顔に笑みを浮かべ、言葉を繋ぐ。
「あぁ、必ず期待に応えるさ」
それに答えるべく、笑顔でカンナも返答した。
「それでは失礼します」
その後しばし会話をして、加賀は部屋を後にする。
「ん、あぁちょっと待ってくれ」
「なんですか?」
部屋の前で呼び止められ、加賀はカンナの方に振り返る。
「これ、間宮券ってやつ。昨日寄った時にいくらか買ってきたんだ。6枚渡すから後でみんなと一緒に食べるといいよ」
「さっそく餌付けですか?」
「よーしわかった。1枚返せお前の分は無しだ」
「頭にきました。これは譲れません」
ドゴ-ン
激しい爆音が鳴り響く。
何事かと、カンナと加賀は顔を合わせる。
カンカンカン
『敵襲!敵襲!深海棲艦か攻めてきたぞー!』
緊急放送で現状を即座に理解する。
「直ぐに武装して対応を…」
「いや、しなくていい」
「え?」
「みんなを海岸まで呼べ」
そう言い残して、カンナは一足先に部屋を後にした。
「テートク!危険です!もうすぐそこに深海棲艦が来てるんですよ!?」
「問題ない。……憲兵、そこにいるんだろう?出て来い、お前の質問に答えてやる」
「…」
カンナが空に声をかけると、やはり既にそこに憲兵がいた。
艦娘たちが突如現れた大男に驚いていたが、今はそれどころじゃない。
海には軽巡、重巡含む4体の深海棲艦が構えている。
「加賀…、俺はさっきはあんなこと言ったけどさ、やっぱり俺も信用されたいんだわ。だから、隠し事はしない。お前たちの前では、せめて正直でいようと思う」
ドーン
目の前の海からカンナに向けて、砲弾が放たれる。
「テートク危な…」
「大丈夫」
ドゴン
辺りに爆音が鳴り響く。
「え…?」
放たれた砲弾は、突如として現れた氷に阻まれ鎮守府に…陸に到達することはなかった。
「え…?なんで?」
吹雪の驚いた声に一切反応せず、カンナは海に向かい歩を進める。
「テートク!危険デース!戻って下サーイ!」
金剛の必死の静止を無視し、カンナは海に飛び降りた。
瞬く間に海は凍り、深海棲艦たちのもとまで伸びていく。
「失せろ。まだ戦いのときではない。氷像になりたいってなら別だが?」
カンナが空に手をかざすとそれに呼応するように、氷が空に表れその場で静止する。
じわりじわりと凍った海は広がり、深海棲艦たちも少しずつ後ずさりする。
次の瞬間、深海棲艦は海の中に消えた。
ふぅ、と息をつき安堵するカンナに怒号が放たれる。
「どういうことですか!?」
「加賀、これが真実だ。俺は……超能力者だ」
氷の階段が現れ、カンナは艦娘たちと憲兵のいる場に戻ろうとする。
「動くな」
階段を昇っている最中に憲兵から待てがかかる。
「質問に答えてもらおう。お前は何者だ」
鋭く重い口調でカンナに憲兵は問う。
返答次第では始末する、そんな意を孕んで。
「あぁ、答えるさ。そのためにお前を呼んだんだ」
制止を無視し、カンナは階段を登りきる。
彼女達の前に立ち、目を見てカンナは口を開く。
「俺は、『地球防衛軍 特殊戦闘部隊 単独行動班 一番隊隊長』龍崎カンナだ」
「地球…What?」
「何しにここに来た。貴様らの務めは何年も前に終わっているはずだ」
現状を理解出来ていない金剛たちを尻目に、憲兵はカンナにさらなる質問を投げつける。
「そうだ、艦娘たちが生まれた時点で俺たちの役目は終わった。だが、現状はいつまでたっても変わらない。地球防衛軍として現状打破するためにここに来た。本当に艦娘以外では深海棲艦に太刀打ちできないのかを確かめるために」
カンナと憲兵の2人で話が加速し始める。
「どういうこと…ですか?」
しかし、まるで話について来れない様子の吹雪から、助けを求める声が上がった。
「地球防衛軍とは、その名の通り地球を守るための軍だ。戦争や紛争を止めたり、自然環境の維持もこいつらの仕事だ」
憲兵が静かに、説明を続ける。
「そして、特殊戦闘部隊はその中でも戦闘能力の高い戦士で構成された部隊であり、『未知の脅威』、あるいは『強大な相手』の鎮圧、攻略が主な仕事だ。かつては深海棲艦にもこいつらが対応していた」
「でも、私たち『艦娘』が生まれたから、深海棲艦との戦いから離れた…?」
「そうだ、そして特殊戦闘部隊の中にはさらに、『単独行動班』と『軍隊班』の2つに別れる。やつは前者だ」
マスクのせいで顔のほとんどは見えないが、心底嫌な顔をして憲兵が説明を続ける。
「軍隊班は基本的には4~6人1組のパーティを組みチームで戦う。お前ら艦娘と似たようなものだ」
「…」
憲兵の説明を聞きながらも、加賀は決して目の前の怪物から目を離さない。
「単独行動班はその逆、班とは名ばかりで個人個人が単体で戦闘をする。それ故に単独行動班の班員は全員、個人個人の身体能力が軍隊班のそれとは比較にならない」
そこまで言うと憲兵は、はぁとひと呼吸おき真っ直ぐカンナの方に向き直り、口を開く。
「その単独行動班の一番隊で隊長やってるこいつは、おそらく地球上で一番強い人間だ」
それは、悲報以外の何者でもなかった。
絶望でしかない。
だってそうだろう?
この男が、提督を名乗るこの男が、悪さをしようものなら、この世界の誰も止めることが出来ない。
「どうして…、どうしてですか」
膝をガックリとおとし、加賀はその場で涙を流す。
あの日、私たちは救われたのだと思っていた。
もう、苦しまなくていいのだと、泣かなくていいのだと。
でも、そんなことは無かった。
世界は残酷で、無慈悲で、卑怯だ。
よりにもよって、もう歯止めの効かない世界最強を連れてきた。
今まで以上に痛いだろう。
今まで以上に上手く隠すだろう。
そして、今まで以上に上手く騙すのだろう。
金剛も、吹雪も、さっきのあの言葉もそういうことだったのだろう。
「何をそんなに絶望する、加賀」
暗く深い闇の底に落ちていく加賀に、カンナは優しく問いかける。
「うるさい、です…!こんな現実を見せられるのなら!今日海の上で!沈んでおけばよかった!」
パン
乾いた音が響く。
突然のことに誰も口から言葉が出ない。
この場を、波の音だけが支配する。
「憲兵、艦娘に対する害悪な行為をしたとして、俺を粛清するか?」
「……、…いや、今回ばかりは見なかったことにする」
痛い
今まで受けた攻撃の中で一番
「痛てぇか?」
うつ伏せに倒れて動かない加賀に向かって、静かに語りかける。
「……」
加賀何も喋らない。
「………、チッ」
加賀の胸ぐらを掴み無理やり立たせる。
「なんか言ったりどうなんだ?」
「……」
ふぃっと顔を背ける。
目の前のものを見たくないから。
カンナはそれを、グイッと顎を掴んで無理やりこちらに顔を向かせた。
「人と話す時は顔を見て話すって知らねぇのか!?」
怒号が響く。
憲兵はそれを止めようとしない。
ただその場で見守っているだけだ。
艦娘たちはその場を動けない。
目の前のそれが、あまりにも恐ろしすぎて。
「…、わかった」
怒号から一転、静かにそう言い残して胸ぐらを掴んだまま岸まで歩いていく。
「そんなに死にてぇなら、終わらせてやるよ。痛みも苦しみもこれで最後だ。よかったな、これでようやく救われるぞ」
徐々に徐々に、指先から動かなくなっていくのを加賀は自覚した。
(あぁ、氷の像になって死ぬのね)
ようやく訪れた終わり。
もはや加賀は抵抗を見せなかった。
目を瞑り、全身の力を抜く。
だから、最後までカンナの顔を見ることは無かった。
「やめて…くだサイ……」
小さく、小さく、そう願われた。
「テートク…、お願いしマス」
ぎゅっとカンナに抱きつき、願う。
「…金剛、死にたいと言ったのはこいつだぞ?」
顔は向けず、静かに口を開く。
「わかってマス。でも…」
「泣いても何も変わらない。できる限りやりたくはなかったが、終わりも、ある種ひとつの救いだ」
少し、胸ぐらを掴む力が弱くなったように加賀は感じた。
ゆっくり、ゆっくり目を開く。
泣いていた。
金剛も吹雪も、暁も響も川内も。
誰もが、死んで欲しくないと願っていたのだ。
「ぁ……あぁ」
「ようやく、目を開いたかよ。…ばかたれ」
その顔に殺気はなかった。
僅かな怒りと哀れみ、そしてどこまでも悲しい顔だった。
怖い、恐ろしい、膝が笑ってしまう。
でも、一つだけ勘違いがあった。
目の前の怪物に、初めから殺す気なんてなかったのだ。
恐怖で震える身体、それでも、そこから声を絞り出す。
「死にたく…ない」
「それがお前の本音だろうが、ばか」
「頼むから死にたいなんて言うな、加賀」
しばらく時間を置き、みなが冷静さを取り戻し始めたところで、カンナが話始める。
「俺はお前らの味方だ。何があってもそれは変わらない」
「テートクはいい人デス!みなさんも信じてくだサーイ!」
「でも司令官は超能力者なんだよね?」
「あぁそうだ、響。それは変わらん事実だ」
「氷を操るのですか?」
「残念ながらハズレだ、吹雪」
「え?でも司令官さっき氷で…」
「まっそうだわな」
そこまで言うと、よいしょとカンナは腰をあげる。
「憲兵、ちょいと俺を殴ってみてくれないか?」
「何?」
「本気でいいぞ」
「後悔するなよ?」
そう言うと憲兵はカンナの腹をめがけ拳を繰り出す。
ガギン!!!
おおよそ人体からなる音とは思えない音が鳴り響く。
「…!…くっ」
出した拳を抱え、憲兵が顔をしかめる。
無論、対するカンナは平然と立っていた。
「お前…、何をした?」
「これが俺の能力、『固める能力』だ」
「固める?じゃあ氷は?」
「氷はその応用さ。空気中の水蒸気を固めて運動エネルギーを奪う。そうすれば熱は下がり気体は液体にそして固体になる。もっとも、その氷を思い通りの形にするのにはかなりの時間の練習が必要だったけどね」
「攻撃にも防御にも機転の利く能力というわけか。あの氷塊を意のままに操れるとなれば、なるほどお前が隊長なのもうなずける」
「操れないよ?」
「なんだと?」
「言っただろ?『固める』能力だって。氷を操る能力じゃねぇんだよ」
「え?待ってくだサイ、テートク!じゃあ、さっき深海棲艦に出したのは?」
「ブラフだよブラフ。そもそもお互いに戦う気なんてなかったからな。本当に潰す気なら姫級くらい連れてくるだろうし、あの数では来ないだろ?」
そのまま誰かが質問をしてカンナが答える。
そんなことをしばらく続けていた。
能力のことだけではなく、あまり関係の無いことも。
「テートクはやっぱり強いから選ばれたのデスカ?」
「まぁそうだな。俺で太刀打ちできなければ他も無理だからね」
「司令官の好きな食べ物はなんだい?」
「美味いもんは好きだ。嫌いなものは特にないよ」
「お前はやはり近接なのか?あの能力攻撃にも防御にも効果はかなり高いはずだ」
この質問に、カンナはそうだな、と一呼吸置き何も無いところに手を差し出した。
そして何も無い場所から、氷の刀を生み出した。
「こういうことも出来る。無論、バリエーションはそれなりに用意はしているがね」
カンナがパチンと指を鳴らすと、宙に様々な武器が現れる。
手裏剣、クナイ、棍棒、鎌、薙刀、種類は多い。
「今パッと作っただけだが、状況に応じて形も大きさも変えられる」
「こんなに精密に…」
「触るな!」
宙に浮く武器を手に取ろうとして憲兵に、カンナが怒鳴る。
「な…どうしてだ?」
「簡単な話さ」
そう言って宙のクナイを手に取り、海に向かって歩き出す。
「見ていろ」
カンナが海に向かいクナイを投げる。
クナイが海に接触した瞬間そのクナイを包み込むかのように海が凍る。
「な…」
「何度も言うが、俺の能力は氷を操る能力じゃない。固めて氷を作ってる以上この氷は際限なく冷たい氷だ。即ち−273℃、絶対零度の武器になる。触れただけで凍傷は間逃れない」
「使用者のお前には影響はないが、他が触れば…ということか。迂闊に触ろうとしてすまない」
「気をつけてくれよ。これが俺が単独行動班にいた理由の一つだ。そばにいるってだけで戦いにくいんだ」
「…なるほどな」
「なぜ、地球防衛軍になったのですか?それだけの力があれば私利私欲に使えたのでは?」
「加賀、もうちょい言い方ってもんがあるだろ…。俺一応上司なんだからな?」
ふぅ、と一呼吸置き少し目を伏せる。
「罪滅ぼし、ってとこかな」
「罪滅ぼしですか?」
「あぁ、俺は俺を許さない。じゃなくても俺も結構悪よりだからね」
「既に何かやったのですか?」
「俺は…」
「見つけたッス!!!!!!!」
会話を無理やり遮るように、その場の誰でもない声が響く。
「どーして急に居なくなったんスか、師匠!ほら早く帰るッスよ!」
突如として現れた少女は、カンナの服を引っ張り連れていこうとする。
「なんでお前がここにいる…小春」
「なんでじゃないッスよ!師匠が急に居なくなるから探しに来たんじゃないッスか!」
「誰ですか?この子は」
「あー加賀すまんな、こいつは甲賀小春。俺の部下だ」
「ということは、彼女も1番隊の?」
「そういうことだ」
「にしてはかなり小柄…」
「おい、今あたしのことちっちゃいって言ったッスか?」
フッと今そこにいたはずの少女の姿が見えなくなる。
なんの音もなく前触れもなく、まるで最初からそこにいなかったように。
「彼女たちに手を出すなら、お前は敵になる」
その声は、加賀の後ろから聞こえた。
今まさに、目の前で会話してしたはずの2人が、何故か後ろにいる。
そして背中に感じる確かな殺意。
今だからわかる、本当の殺意だった。
「師匠も知ってるッスよね。あたしはちっちゃいって言われんの嫌なんスよ」
「知ってるとも。だが、彼女たちは何も知らない。それに、この子たちの単独行動班のイメージのベースが俺だからな、お前が並べばイメージとの落差もあるだろう」
「なんであんなのを庇うんスか?どうせ…」
「口は慎めよ、小春」
ズシンとその場の空気が重くなる。
小春が次に出そうとした言葉を、本能で飲み込んでしまう程に。。
文字通り化け物同士の対峙、比類のない重圧が他者の乱入を許さない。
「…わ~ったッス。今回はスルーするッスよ。そこの青いね~ちゃん、次はないッスからね!」
「…気をつけるわ、ごめんなさい」
もう疲れた。
今日だけでどれほどの殺意をこの身に受けたのだろうか。
加賀は正直泣きそうだった。
「あれ?そういや憲兵は?」
ふと辺りを見渡すと、ついさっきまでそこにいたはずの憲兵の姿がない。
「憲兵?あたしが来た時にはここにいる人しかいなかったッスよ?」
「まぁいいか、あいつは神出鬼没だしどっかにいんだろ」
プルルルル
「すまん電話だ」
カンナは少し距離を取り、電話に出る。
「はい、もしもし」
『あーすまないカンナくん、私だ』
「はい総長、どうされました?」
『もしかしてそちらに小春くんが行ってないかい?』
「小春…ですか?」
名前が出た瞬間ビクりと体を強ばらせ、小春が恐る恐るゆっくりと気配を消して、気づかれないようにその場を立ち去ろうとする。
無論、ガッシリとカンナに頭を掴まれ、逃亡は虚しく終わる。
『今日の訓練の途中から彼女の姿が見えなくなってな。君のことをすごく慕っていたからまさか、と思ってな』
「総長」
『なんだ?』
「今本人と変わりますね」
その後、電話越しにこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
「う〜、酷い目に会ったッス」
「元はと言えばお前の自業自得だろ」
「師匠が急にいなくなるのがいけないんスよ!」
小柄な体で精一杯頬を膨らませ怒りを表現する。
よそから見れば、ただの微笑ましい師弟の関係だろう。
いや、それよりも仲睦まじい親子と言った方がいいのかもしれない。
その甘ったるさは、先ほどの殺気がまるで嘘だったかのように錯覚してしまうほどだった。
グ-
「……」
誰かの腹の虫がご立腹のようだ。
誰の虫だったのかは、あえて誰も問わなかった。
一日にあれだけの殺気を浴びても、腹は減るのだから仕方ない。
気がつけば、もう一五〇〇を回っていた。
「今から昼ってのもな…」
「師匠~お腹すいた~」
「お前は帰れ」
「なんでッスか!?」
「さっさと帰んねぇと総長にもっと怒られるぞ」
「師匠がいないと楽しくないんスもん!その上怒られるなんてやってられないッスよ!」
「お前地球防衛軍をなんだと思ってんだよ…」
「ボイコットしてやるッス!どうせ怒られんのわかってんならここでボイコットしてやるッスよ!!!」
グ-
「お腹すいたッス!!!!!!」
もはや地球防衛軍なんて嘘だって言ってくれた方が信憑性がある程に小春は駄々をこね続ける。
その様子は、スーパーで親におもちゃをねだる子供のようにしか見えない。
「…プッ」
誰かが限界を迎え、吹き出す。
それにつられ、周りも笑い出す。
仕方ない、だってギャップがありすぎる。
あれ程の殺気を出せる存在が、あれほど強い存在が、やってることがあまりにも子供らしく愛らしい。
口には出せないが、小柄な容姿も相まって本当にただの子供にしか見えない。
笑うしかない、だってこんなに平和なんだから。
笑えばいい、だってこんなに優しいんだから。
きっと、もうこの人を疑うことは無いのだと加賀は思った。
優しくない人が、こんな子供にこれ程好かれるわけがない。
これで全部台本通りの嘘なら、騙されても仕方ないと思う。
最後に1度だけ、信じてみようと決めたのだった。
「師匠~可愛い弟子がこんなに頼んでるんスよ~?」
「ほんとに可愛い子は自分で可愛いって言わないんだぞ?」
「師匠~そろそろ泣くッスよ~?女の子泣かせていいんスか?」
「じゃあ保護者に電話して迎えに来てもらうか?」
「保護者は師匠ッスよ~?」
「違うぞー?」
ぐで~んと地べたに転がって、小春はなおも駄々をこね続ける。
そんな小春の頬を指でつつきながら、カンナもカンナで決して引かない。
「師匠~そろそろ諦めてくださいッスよ~。あたしが絶対引かないのわかってるじゃないッスか~」
「俺が引かないのもわかってるだろー?」
プルルルル
「はい?」
『あーカンナくん?』
「総長?どうしました?」
『もしかして小春くんまた駄々をこねてるのかな?』
「あ、迎えに来てくれます?」
「アァァァァァァァァ!!!駄目ッス!師匠~!可愛い弟子を守ってッス!!!」
『その事なんだけどね、今日1日だけそっちにいさせてあげてくれないかい?』
「はい?」
『ほら、小春くんは君のことを1番慕っているだろう?君はしばらくその任務でこちらには戻って来れないから最後に1日くらい…無理かな?』
「毎回そうやって総長が甘やかすから、わがままが治んないんですよ?」
『もちろん帰ってきたら……ね?』
「はぁ、わかりました。今回だけですからね?」
『頼むよ、カンナくん』
「師匠…?」
恐る恐る小春はカンナを見る。
「はぁぁぁぁぁああ、今回だけだかんな」
「あ、それカンナだけにッスか」
「やっぱやめるか」
「うそうそうそうそ!冗談じゃないッスか!」
「はぁ…加賀、間宮券はまだ持ってるよな?それで軽くなんか食べてこい。夕飯が近いからあまり食べすぎないようにな」
「貴方はどうするのですか?」
「夕飯の支度だ。カレーでいいか?」
「テートクが作るんデスか?」
「嫌か?」
「師匠のご飯が嫌なわけないッス!」
「お前はカップ麺で」
「なんでッスか!?」
「冗談だ」
カンナは小春の頭をポンと撫でると、小春はまるで犬のようにカンナの後ろをついて行く。
「じゃあ、一九〇〇食堂集合で」
「時間通りに来ないとあたしが全部食べちゃうッスからね~」
「やっぱお前カップ麺にしとくか」
「冗談ッス!!!!」
やはり親子か兄妹なんじゃないかと思いながら金剛たちは、鎮守府に戻る二人を見守るのであった。
「師匠、なんで艦娘を庇うんスか?」
しばらく歩き、近くに誰もいないことを確認し、小春が口を開く。
「それが今の俺の任務だからだ」
「それだけッスか?」
「……」
「師匠が最強だからッスか?師匠にできなければ他の誰にのできないからッスか?それとも、あいつらが可哀想だからッスか?」
「俺たちは自分で戦うことを選び、そしてここに立っている。だが、あいつらは違う。戦うために作られ、戦うことを強要される。それにあいつら艦娘をただの駒や愛玩道具としか考えてない奴も少なくない」
カンナは足を止め、まっすぐ小春の目を見て僅かな、されども確かな怒りを込めて言葉を紡ぐ。
「俺はあいつらにも生き方を選んでほしいし、せめて笑顔でいてほしいだけだよ」
「そのためにまた一人で戦うんスか?」
「それが地球防衛軍特殊戦闘部隊の仕事だし、俺はそのために強くなった」
「それはそうッスけど!もうちょっと頼ってくれてもいいじゃないッスか!」
「頼る?俺が?お前らに?冗談だろ?」
カンナが小春の言葉を鼻で笑う。
それと同時に、小春の進む道を剣が、槍が、斧が、カンナの作った氷の武器が阻んだ。
「小春、俺が何で単独行動班にいるかわかるか?簡単だ、邪魔だからだ」
カンナの目は鋭く、そしてひどく孤独な目をして何かを見据える。
「俺は俺の為に、俺の意思で戦う。その戦いにお前らは邪魔でしかないんだよ」
それだけ言い放つと、カンナは一人、食堂へと消えていった。