Fate/loneliness 2 -survival plans- 作:からすまそういち
二日目
カカ・コーニャの惨殺死体が発見されたのは、二日目の朝だった。
発見者はクリス・コープ。
クリスは朝、ランニングのため部屋を出たところ、ロビーのソファの上で横たわる彼を発見したそうだ。
我々の部屋があるエリアを出れば、すぐにロビーに繋がっている。つまり、彼女は起き抜けにその死体を見ることになった筈だ。
朝、六時を少し過ぎた頃だった。震えた声で怯えながらも彼女は私達の部屋のドアをノックして回った。
何事かと思いながら、起こされた私は瞼を擦りながら部屋を出た。他の人達もぞろぞろと自室から出てきている。
ロビーへとクリスに誘われながら来た私達はそこで――見た。
二の腕の途中から、強引に引き裂かれたように欠損した右腕。
膝から下が獣に食い破られたかのように切断面がズタズタになった左足。
そして極め付けは――首。
ナイフで何度も引き裂かれたような痕が痛々しく、そこから溢れ出た血はソファと彼の首周りを赤黒く染めていた。
「っ⁉ 今ここにいない人はいますか⁉」
私は咄嗟に皆に声をかけた。
カカを殺した犯人は、夜部屋に居なかった人物だ。戦いが許される夜の時間は外に出ることも部屋に戻ることも禁じられている。
つまり、犯人は必ず外にいた。
今、この場にいない可能性が高い――
「ケンネルがいない!」
そう声を挙げたのはカトルだった。
私はすぐさまケンネルの部屋に向かった。
部屋の前に着くと、扉を叩く。
「ケンネルさん! 居たら返事してください! 緊急事態です!」
扉を何回か叩くと、扉が少し開いて彼は顔を出した。
「さっきからうるせーなあ。なんだ?」
「――成程。つまり俺以外の誰かがこの男を殺したってわけだ」
事情を説明し、ロビーの死体を見たケンネルは腕を組んでそう言った。
ロビーにはマスターが全員集合していた。
間宮によると、マスターが自室にいる間サーヴァントは夜に行動ができないので、この中に必ず「部屋から出たと見せかけて途中で集団に紛れ込んだ犯人」がいることになる。
「俺はさすがに除外してもいいよなあ? さっき起こされたばっかりなんだから」
ケンネルは太々しくそう言った。その通りだ。今回の殺人に彼は関わることができない。
「あっ、シャルルさんも除外していいですよ。部屋から出たのを見たので」
クリスはそう証言してくれた。私は頷く。
「あーん? それは証拠にはならねえなあ。何故なら、俺がその様子を見てないからだ。お前ら二人で口裏を合わせているかもしれねえじゃねえか」
ケンネルはクリスにそう突っかかった。確かにそうだ。クリスは事実を言っただけだけれど、私達がグルになっている可能性は彼らの中で排除しきれないだろう。
「そもそも死体を発見したのがクリスだろう? ならば、クリスが一番可能性としては高いだろう。第一発見者が犯人であることはよくある話だ」
カトルが言って、皆の視線がクリスに集まった。
「わ、私、こんなことしてないよっ⁉」
手をぶんぶんと振って否定するクリス。彼女がやったとは考えたくないが……。
「そういえばこの方、こんな壮絶な死に方をした割には辺りが綺麗ですね」
カカの瞼を下ろし、空で十字を切って祈りを捧げたアグネスは、立ち上がってそう言った。
「言われてみればそうだな。抵抗した跡がない」
カカはソファで横になって死んでいた。寝ている時に殺されたと考えるのが自然だろう。
辺りに血は飛び散っているが、乱れた様子もなかった。
「でも、それにしてはやり過ぎています。これは、殺した後に死体を傷つけたということではありませんか?」
アグネスはそう言った。
「恨みのある犯行? でも、私達は初対面でしたよね?」
全員が頷く。そうだ、名前を知らないから自己紹介をしたくらいだ。知り合いですらない。
「――死体を確認してから二十分が経過しました。死体を片付けてもよろしいですか?」
アナウンスが鳴った。
「ええ、もういいでしょう。あまり人の死をまじまじと見るものではありません」
アグネスがそう答えると、カカの死体は光の粒になって消滅した。
それは、サーヴァントが退去した時のものに似ていた。しかし、血の跡も全てなかったかのように綺麗に消えてしまったため、聖杯戦争のそれとは違うものだと分かった。
殺人の件は結局答えが出なかった。
誰が犯人か特定するまでには至らなかった。犯人は上手くやった、ということだろう。たとえ犯人が分かったとして、そこからどうしたかは分からなかったけれど。
「……」
時間はお昼になっていた。食堂で私は列に並んでいた。
食券の販売機に様々なメニューが載っている。そのメニューのボタンを押すとそれの食券が出てくるらしい。聖杯戦争期間中は無料だそうだ。
私の番が来て、きつねうどんのボタンを押す。出てきた食券を手に取って持っているトレイの上に置いた。カウンターの前で暫く待つと小さなコンベアーからきつねうどんの入った器が流れてくる。私はそれをトレイに乗せてテーブルの方に向かった。
ここの食堂のシステムがどういうシステムなのかは知らないけれど、私が通う高校の食券システムとよく似ている。慣れた行動だった。食堂のおばちゃんがいないのは少し寂しく感じるけれど、機能的だとは思った。
席について、うどんを食べる。
うどんを選んだのは私が好きなこともあるけれど、それとは別に、胃の中にするすると入っていく食べやすいイメージがあったからだ。
正直、ご飯をゆっくりと楽しんでいられる状態じゃない。
カカ・コーニャ。
彼の死体を見てから、食物が喉を通ってくれなかった。朝ごはんは結局食べれずじまいだった。それは他の人も同じように見えた。
あんな凄惨な現場を見て、食を楽しめと言う方がおかしいのだ。とりあえず肉料理は避けざるを得ないだろう。
――考えが甘かった。
この聖杯戦争に参加する人間で、人を殺す覚悟があったのは自分だけだと思っていた。だから数日は何も起こらないだろうと踏んでいた。その見積もりが、考え方が、甘かったのだ。
もし自分が初日から警戒していたら、カカは死なずに死んだかもしれない。
そう思うと、胸が張り裂けそうになった。
「同席、いいかな?」
カトルが手にトレイを持って問いかけた。
「……どうぞ」
私は簡素に答える。すると、彼は「どうも」と言って私の対面に座った。トレイをテーブルの上に置く。
「うっ」
思わず声を漏らしてしまった。
彼のトレイの上に載っていたのは大盛りのステーキだった。
それも、赤みがかかった生焼けのやつ。
「ああ、すまない。配慮が足りなかった」
「いいですよ。どうぞ」
「そうか」
彼はナイフとフォークを持ってステーキを食べ始めた。
見た目は凛として爽やかなのに、意外と中身は豪胆な男なのかもしれない。私はそう思った。
「よく、食べますね」
「ああ。仕事上、ああいうのはよく見るんだ。もう慣れたさ。こういう時こそしっかり食べないと働けない」
とてもいい食べっぷりだった。慣れている、というのは本当なのだろう。
彼はすぐにステーキを食べ終わってしまった。
「ふー、食った食った。さて、貴方はシャルル・レ・モーガンといったな」
「ええ」
「シャルル、と呼んでも?」
「いいですよ」
「では、シャルル。アーチャーのマスター。貴方の目的は――なんだ?」
「え?」
「貴方はどうも戦う気がない。貴方からは『勝ってやろう。のし上がってやろう』という野心を感じない。言動も皆の調和を気にして発言している。貴方は私達と違う目線を持って聖杯戦争に参加しているのではないか?」
言い当てられ、ぎくりとした。
それと同時に、嬉しくもあった。
この人なら自分の味方になってくれるかもしれない。そう思ったからだ。
「ええ、実は。私はこの聖杯戦争を開催した間宮詩という男を知っています」
「やはり。それはどんな男だ?」
「正直、分かりません。ただ、こんなことをする奴ではないと思います」
「そうか……。誰かが名を騙っていると?」
「はい」
それはほぼ間違いなくメアリー・スーなのだろうけれど、私は黙っておいた。全てを話したところで信じられるかは分からない。信じてもらえる範囲で私は答えた。
「誰が間宮詩を騙っているかは知らんが、俺はカカを殺した奴を許すことができない。シャルルよ。今回の犯人を倒すまで、私と同盟を結ばないか?」
「!」
それは願ってもない提案だった。
「ええ、勿論!」
「――では情報共有と行こうか。シャルル、ロビーにあった時計を知っているか?」
「いや、分かりません」
「では帰りに見てみるといい。その時計は十時を差している」
「……はあ」
「――昨日は十二時だった。最初は動いてない壊れた時計かと思ったのだが、今朝、死体が発見された時には十時になっていた。これにはきっと意味がある」
「意味、ですか」
「ああ、これが何を差しているのかは分からない。だが、きっと意味がある筈だ」
「確認してみます」
「『いやー、』『興味深いねえ』『儂にも』『話をしてくれないかい?』」
突然、何者かが話に割り込んできた。
その者を見る。
それは――人形だった。
簡単に言うなら服を着たマネキン人形。少女姿の等身大の巨大な人形だった。
「え?」
カトルの方を見る。カトルも呆気にとられている様だった。
「『何を』『驚いて』『いるのじゃ?』」
人形は喋る。いや、喋っている……のか? 機械的な音声が全く動かない口元から流れている。これを喋っているというなら喋っているのだろう。
「誰だ、お前は」
カトルは警戒している様だった。
「『自己紹介なら』『もう済んだ』『と思うんだけれど?』」
人形はそう言った。見れば見るほど人形感が強い。腰まで伸びる長い緑の髪の毛は、どこからどう見てもウィッグだし、顔は縁日に飾られている少女向けアニメのキャラクターのお面をそのままくっつけたかのような出来だった。関節はデッサン人形のように丸みを帯びている。体全体も華奢で、中に人が入っている様には見えない。
「いや誰だお前」
カトルは再度突っ込んだ。耐えきれなかったらしい。
「『ふっふっふ』『では改めて』
『俺の名は』『超電波アイドル乙女歌姫ユークリッドたん』『だッ‼』」
決めポーズをこれでもかとばっちりキメる人形。
「「……」」
知らない。
いや、だから誰なんだお前。
「シャルル。こいつ、どう思う?」
「まあ、サーヴァント、でしょうね」
「そうだな。で、そこの超電波アイドル……なに?」
「『超電波アイドル乙女歌姫ユークリッドたん』『だッ‼』」
「……えー、超電波アイドル乙女うたひ――」
「『ユーたん』『でいいッ‼』」
なら最初からそう言ってくれ。
「じゃあユーたん。わざわざ俺達の前に現れて、お前の目的はなんだ?」
冷静に返すカトル。すごいな。
「『いやー、』『目的なんて』『特にないんじゃけど……』『強いて言うなら、』『状況偵察!』」
人差し指を立ててユーたんはそう言った。……言ったんだよな?
「では私達と対立する意志はないと?」
「『ナイナイ!』『我らみな兄弟!』」
わー、嘘くせー。
「シャルル、こいつを同盟に入れるべきか?」
「弾くよりかはマシですかね……?」
「『同盟!』『同盟!』『私も仲間に』『入れて!』」
両腕を上下させてダンスするユーたん。
この人(?)と一緒に居るとこっちのIQまで下がりそうだ。
「聞かれた以上、無視するわけにもいかない。じゃあそこのサーヴァント、ユーたん。お前も同盟に加わってもらう」
「『やった!』『やった!』」
人形は両手の親指を立ててこちらにぐっと見せてくる。なんでこんなにテンションが高いんだ……。
「『それで』『私は!』『何をすれば』『よいのじゃ?』」
ぐねぐねと全身の関節を動かすユーたん。
うわっ気持ち悪い。
腕や脚や首が曲がってはいけない方向に曲がっている。
「そうだな、とりあえず君達は――私の邪魔をするな」
ユーたんの状態を気にせず、カトルは言ってみせた。
「『え?』」
「邪魔をするな――ですか?」
「そうだ。今回の殺人ではっきりと分かった。この島には殺人鬼がいる。私が斃すべき――獲物だ」
「『犯人を』『知って』『いるのか?』」
「予測はついている。そいつは私が殺さなければならない。私が
カトルの話についていけない。カトルは犯人を知っている?
じゃあなんで話し合った時にそれを言わなかったんだ?
「あの中にはいない」
カトルは私の疑問に答えるかのように言った。
「犯人は俺達の中にいたんじゃない。この島に潜んでいたんだ。俺がこの島に来た時から、ずっと」
「『うーん、』『その証拠は』『どこに?』」
「……ない。ただの勘だ。しかし、俺には分かるんだ。ここに奴がいる。それは間違いない」
「謎の参加者、ですか……。他の人なら見たかもしれませんね。カトルさんが来た時にそいつが現れたというのなら、カトルさんはどのタイミングで島に来られたんですか? それが分かれば犯人に繋がるかもしれない」
「初日か……。あまり覚えてないんだ。あの日は台風が近くて海が荒れるから、早朝の便に乗って早めに到着しておいた。ホテルに着いた時に日本人を見た。それが渡島だった。渡島がロビーのテーブルに貝殻を並べているのを見て、俺は部屋に行った。ああ、そういえばその時例の時計は二時だった。そうだ、朝早くに着いたのに二時なのはおかしいって思ったんだったな。それから暫くは自室で過ごして、夕方にはシャルル以外の全員が揃った。彼らが来た順番までは分からない」
「そうですか……。とりあえず、分かりました。ですが、カトルさんに因縁があるからといって、私は犯人を見過ごすわけにはいきません」
「いや、奴は私でないと殺せない。奴は殺し方を間違えると成長して復活する。そういう性質を持っている」
「じゃあ殺し方を知っているカトルさんしか戦ってはいけない、と」
「そういうことだ」
その方法を教えてくれれば私も戦える。
そう言おうと思ったが、カトルの雰囲気から話してくれなさそうだと私は感じ取った。
「分かりました。じゃあ今日一日はとりあえず自室で待機します」
「『ユーも』『大人しく』『してる!』」
ユーたんは勢いよく右手を挙げて頷いた。
そこで三人は解散した。
その後謎の参加者について皆に訊いて回ったけれど、これといって有用な情報はなかった。
「アーチャー」
暫くして、アーチャーを呼びつける。彼には島全体の様子を確認しに見回りに出てもらっていた。
「ここに」
アーチャーが横につく。
「変なところはあった?」
「いえ、特に何も。この島は全長三十キロメートル程の大きさでした。島の殆どが森に覆われていて、詳しくは見れませんでした」
「分かった。ありがとう」
ロビーに出る。
そういえば時計を見ろってカトルさんが言っていたな……。
ロビーを見回す。すると、壁の上側に丸い時計がかかっているのが見えた。
時計は十時を差していた。
その時計には長針がなかった。これでは何分かまでは分からない。
(確かに、不思議だな……)
その後、私は島を少し散策して、夜時間までに自室に戻った。
これ以上犠牲者が増えなければいいが、どうなるかは分からない。
一番良い状況になるのはカトルさんが殺人鬼とやらを倒してくれることだろう。
幸いなことに私達マスター組の中には殺人鬼がいないことだし、それが終われば話し合いができるかもしれない。
とりあえず、もう犠牲者が出なければいいんだ。
私はそれを願って床についた。