その日は、かつてないほど熱い年末の1日だった。
天皇賞春秋連覇の快挙を達成した、白い稲妻『タマモクロス』。
地方カサマツから中央へ殴り込んできた怪物『オグリキャップ』。
「芦毛のウマ娘は走らない。」
そんな俗説をあざ笑うかのように、秋のシニア戦線を駆け抜けた2人の白いアイドルウマ娘。
2人が最後の激闘を繰り広げたのは、その年のトゥインクルシリーズ総決算。年末最後のG1レース。
暮れの中山競バ場、芝2500m『有マ記念』。
満員の観客を魅了し、来年以降のトゥインクルシリーズに更なる熱気が訪れることを予感させた最高のグランプリ。
その大舞台の裏側で。
新しい怪物が目を覚まそうとしていた。
有マ記念からほんの数時間前。
有マ記念と同じ舞台、中山競バ場。
その日の第5レース、メイクデビュー戦。
芝2000mは、クラシック三冠の皐月賞とまったく同じ舞台。
そのレースで、1人のウマ娘が頭角を現した。
後続に12バ身差をつけての大差勝ち。
タイムはなんと、その年の皐月賞より0.1秒遅いだけの驚異的なタイム。
その圧巻のレースを見た観客のうち1人が言った。
メイクデビュー戦を見て、翌年のクラシックの主役を予想することが大好きな中年の男性だった。
「彼女が次の三冠ウマ娘だ」
その世迷い事とも、妄言とも取れる言葉を、周囲の人間は「そんなまさか」と笑い飛ばした。
何か予感めいた衝撃が、己の中で震えていることから目を背けながら。
そんな周りの嘲笑を知ってか知らずか。予言を残した男性は、手元に握りしめた新聞を開き1つの名前に大きく赤丸を付けた。
『サンボーイ』。
かくして激動の1年が終わり、また新しい時代が幕を開けようとしていた。
---同日。観客席にて---
「すごいすごい!」
中山競馬場の観客席。
そこにはキャーキャーと騒ぎ喜び飛び跳ねる、1人の少女がいた。
セーラー服に身を包み、あちこち物珍しそうにキョロキョロ見て回る姿はまるで、地方から修学旅行で訪れた学生のよう。
ただ彼女が普通の人間と違う点が2つ。
1つはその少女の頭部に耳が、臀部に尻尾が生えていること。
そして2つ目は――
「……おい、あれって」
「だよな? トレセン学園の制服だ」
少女が着ているセーラー服が、日本ウマ娘トレーニングセンター学園――通称、トレセン学園のものであるということ。
つまり彼女は競争ウマ娘であり、今日この中山競バ場で走った誰かかもしれないということ。
年頃の少女が大いにはしゃぐ姿に思わず頬を緩ませる者。
このウマ娘がなんという名前なのか、すでにデビューしている有力なウマ娘なのか、確認しようとその顔をじっくり観察する者。
「ね、ねえ? やめようよお姉ちゃん。周りからたくさん見られて恥ずかしいよぅ」
大はしゃぎする少女の隣、もう1人の少女がオドオドと周囲を気にしている。
こちらの少女もトレセン学園の制服を着ており、耳と尻尾があることから競争ウマ娘であることが分かる。
容姿は双子かと思うほどよく似た2人だが、その性格は正反対のようだった。
「だってほら! 見てよシーちゃん、たくさんの人がいるんだよ?
みんな今日のレースを見に来たんだよ! すごくない!?」
「あぅぅ……」
引っ込み思案の少女──シーちゃんは、騒ぐ姉と自分に集まる周囲の視線に怯えてしまい、スカートの裾を握りしめて俯いてしまう。
「な、なんだあの可愛い生き物はっ!」
「天真爛漫な姉と引っ込み思案の妹……推せるっ!」
「どけ! 俺がお兄様だぞ!」
2人のウマ娘に向けられた周囲の様々な視線を遮るように、1人の男性がはしゃぐ少女に近付いて上着を被せた。
「わぷっ!?」
「ちょっとは落ち着け。レース後なんだから体を冷やさないように」
「……はーい」
少し不満げに口を尖らせる少女。そのショートカットに切り揃えられた髪をクシャクシャと撫でて、男は今度はマフラーを俯いたままの少女の首にかける。
「ほら、シーちゃんも寒いだろう?」
「あっ……ありがとうございます、トレーナーさん」
今にも泣き出しそうだった顔が安堵の表情に変わる。
そのホワホワとした笑顔に、全お兄様がズキュンバキュンと胸を撃たれた。
「こ、これが萌え……」
「お、おい大丈夫か! 誰か担架を!」
「フッ、危ないところだったが致命傷で済んだぜ」
「それもうダメじゃね?」
それと同時に沸き上がる殺意。
こんな可愛いウマ娘に囲まれやがってテメーこの野郎。貴様どこのウマの骨じゃ大井のダートに埋めるぞコンチクショー。
しかしそんな周囲の突き刺すような視線を気にもせず、男はノンビリと立ち上がる。
その胸に輝くトレーナーバッジを見て、周囲のお兄様は全力でその場から解散(敗走)した。
「認めないっ! 俺は認めないぞぉぉぉぉ!!」
「こいつらきっとうまぴょいするんだぁぁぁ!!」
控えめに言って最低である。
さて、上着を羽織った少女はなおも落ち着きなく辺りをキョロキョロと見回している。
「どうしたんだ。さっきから」
「うん? ……うーん、なんていうかねぇ」
上手く言葉にならない感情を必死に伝えようとする少女。
男はその頭を撫でながら待つ。
もう1人の少女はマフラーに顔を埋め、ひたすら匂いを嗅いでいる。
……俺、臭いのかな。
男がメンズ用の香水を購入しようか本気で検討していると「あのね、」と考え込んでいた少女がパッと顔をあげた。
「今日、私もあそこで走ったでしょ?」
指差した先はトラック。
そこには、発走を今か今かと待ちわびる勝負服に身を包んだ少女たち。
その中には、今年の菊花賞ウマ娘や芦毛の怪物2人の姿もあった。
「でも、その時はこんなたくさんお客さんはいなかった」
「まあ……そうだな」
少女が走ったのは数あるメイクデビューのうちの1つ。その注目度は低いとは言わずとも高くない。
対して今から始まるのは今年最後のG1レース。『夢のグランプリ』とも称される伝統の一戦だ。
当然、前者と後者の注目度に大きな差があることは否めない。
それゆえに観客数が違うのも致し方ないことなのだ。
「だから、すごいなって思ったんだ」
まもなくレース発走。芝の上のウマ娘たちが1人、また1人と設置されたゲートに収まっていく。
「これだけたくさんの人が目を輝かせて見る。
そんなレースに、私も出たい。
そんなウマ娘に、私もなりたいっ」
頑張れ。負けるな。今日こそ勝ってくれ。
周囲の観客が、ウマ娘たちに応援する声を飛ばす。
誰もがこれから数分先の未来に夢を見て、希望を託す。
「来年は、私もあそこに立つんだっ!」
そんな観客たちの熱気に当てられたのか、はたまた興奮のせいか。
頬を上気させる少女はしかし、少し不安げな顔で男を見上げる。
「……立てるかな?」
「立てるさ、もちろん」
即座に返ってきたのは肯定の言葉。
男は笑顔で、少女の頭を優しく撫でる。
「……そっか」
俯く少女。しかしその口元が嬉しそうに緩むのを、男は見逃さなかった。
「そのためには、次も勝たないとな」
「任せてよ! いっぱい練習して、次もその次も1着になってみせるんだから!」
気合を入れる少女の耳に、突如として増した歓声が届く。
トラックへ目を戻せば、ゲートの大外枠に最後のウマ娘が枠入りするところだった。
年末最後のグランプリ。
暮れの中山2500m。
そのレースには夢がある。
夢を掴む勝者を決めるゲートが今、開かれようとしていた。
『サンボーイ』
父 トウショウボーイ
母 サンサン
学年 高等部
所属寮 美浦寮
身長 148cm
体重 調整済み
誕生日 4月15日
得意なこと 走り幅跳び
苦手なこと たくさん食べること
髪色 栃栗毛
目色 淡い桃色