「ねえ、兄さん」
とんっと地面に立てた大斧にもたれかかって、頬杖ついた私は、目の前で今にも倒れそうな息遣いの兄さんを見下ろしていた。
両膝に手を当てて、前かがみで肩を大きく上下させてる兄さんは、見ての通りすごい疲れてる。
「はあ……。ちょっと、待ってくれ……ちょっとな……」
「もういい?」
「ちょっとって分かるか……!?」
「ちょっと待ってるじゃない」
「短気すぎる……」
とっても疲れてた兄さんは、一通りツッコむと一気に脱力した。
それにしても寒い。兄さんは汗塗れだから涼しいかもしれないけど私には、ちょっと寒い。
冬は、そんなに好きじゃない。だって寒いもの。でも雪合戦とか好き。顔面にぶつけるとすっきりするのよね。
煮物と鍋が美味しいのもいいわよね。食べ過ぎちゃう。
「はぁ……はぁ……。えっと、なんだい、スー」
そろそろ休憩したほうが良いと思う。私は休憩したい。情けない兄さんは特に休憩したほうがいい。
何より冷えた体を温かい飲み物を飲んで温めて、一息つきたいの。ココアがいいわ。
いえ、そもそもこれを止めたい。今日はもうゆっくりしたい。
なんて言ったら納得してくれるかな……。うーん……。
「……私、疲れてきたわ。一回休憩にしない?」
とりあえずこう言ってみる。
別に疲れてないけどそういうことにしておく。こう言わないと休憩とかしてくれそうにない。
朝からぶっつづけでしてる対人訓練。どう見ても兄さんの体力は、限界に見える。だけど兄さんはやめてくれない。執念。クソ真面目。バカ。兄さんは、本当にしょうがない。
「それに、そろそろ晩ごはんの支度をしないと。ハオに眼にもの見せなきゃいけないんだから」
これはほんと。そろそろ始めないと急いで作ることになる。別に急いだところで私は失敗しない。
けど適当な晩ごはんとか私のプライドが絶対に許さない。と視線に込めておく。
ハオは朝から出かけてる。夜には戻るって言ってた。だから夜は食べる。絶対にほっぺたとろけて戻らないようにしてやるんだから。
「……後、一回。一回でいいから付き合ってもらえないか?」
だけど私の意見は受け入れられなかった。強めに意思表明してるのに、私に向けられた兄さんの目は、やる気に満ちてる。私の意思を跳ね除けるくらいの強い意思。
さめんちゅの村から帰ってきて、怪我を治すのにしばらく休んで、動けるようになってからずっとこう。
やる気満々。クソ真面目に拍車が掛かってる。
……真面目かどうかは微妙かも。なぜかっていうとハオに、居ない時はするなって言われてる対人訓練を曲解して、こうしてやってるところとか。
真面目よりも強くなりたさが兄さんの中で競り勝ってる。
「えーー……」
それはそうと面倒くさい。止めて欲しいし、面倒くさい。
なによりこれ以上、無駄に頑張ってもしょうがないと思う。
兄さんは、わざわざお昼寝なんてしないけど、最近、本を読みながら寝落ちしたりお風呂の前にソファで寝落ちしてるのを最近よく見かける。
風邪を引かないように毛布かけてあげたり、ベッドまでわざわざ運んであげてる私の心遣いに感謝して欲しい。
走りながら途中で寝てるのを見つけた時は、呆れたし、お風呂で寝落ちてるのを見た時は、もう心臓が止まるかと思った。
間違いなく感謝し足りないと思う。
「……僕のパンプキンプリンをあげるよ」
切り札を切るみたいに、真剣な目な兄さん。これまでの全部を精算するには、まったくもって足りてないけどそれはそれとして、ちょっと魅力的な提案。
「むっ……。それは……」
ちょっとずるい。デザートで釣ろうとするのは卑怯だ。
「そうだ。昨日、迷った挙げ句マロンプリンにしたろ? だから手伝ってくれれば俺のパンプキンプリンをあげよう」
「さらに」と呼吸が落ち着いた兄さんは、顔の汗を拭った。
「俺が負けたら明日、追加分を買ってくるよ。新製品のチョコプリンも食べたがってたろ」
勢いのまま提案に乗っかりそうになった。あまりにずるい。兄さんってほんと……!!
これで余裕だろみたいなノリで出された提案。突っぱねたい。だってそんな軽い……いやでも、パンプキンプリンは、とっても魅力的。
「……まったく。しょうがない兄さんね。もうちょっと付き合ってあげる」
そのまま兄さんの提案に乗るのも子どもっぽいので、仕方ないという素振りをしておくことにした。
「ありがとう、スー」
「はいはい。で、やることは同じでいいの?」
兄さんから大斧片手にとことこ離れていく。兄さんが引いたラインの辺りまで離れていく。
「同じで大丈夫だ。自由に3カウントしてから来てくれ」
「はいはい」
兄さんに応えて、振り返る。兄さんとの距離は、直線で大体59メートル。隣には、兄さんが朝練で使ってる的がぶら下がった木がある。穴だらけ。的もぼこぼこ。
「それじゃあ始めるよー」
これからやることは、単純明快。兄さんが頑張って、私を狙撃しようゲーム。今名付けました。特に名前はありません。ちなみに考案者は兄さん。
私は、兄さんまで走る。兄さんは、私に当てる。
私は、当てられたら負け。兄さんは、当てられなかったら負け。
たったそれだけの
”手”に負けたトラウマを兄さんが解消するために編み出した
「1」
それに兄さんは執着している。早撃ちができるようになりたいとか。魔法と銃、咄嗟の判断をできるようになりたいとか。
どっちも一緒に使えたら良いのにね。
「2」
そんなことを言ってたけど、実際のところは。ハオと私に情けないところを見せちゃったからに違いない。
あの手がいっぱいの魔物にしてやられたのが兄さんの喉元で、魚の骨みたいにずっと引っかかってる。
「3」
しょうがない兄さんよね。付き合ってあげる私に感謝して欲しい。
カウントの終わりと同時に私は走りだした。正直、50メートルなんて一瞬。ちょっと足に力を込めたらすぐ。
だから兄さんの射撃もすぐに飛んできた。
使ってる銃は、いつものだけど模擬専用に調整?ができるらしくて、当たっても痛い程度とか。
……当たったことがないからどの程度痛いか分からないけど。
「っと」
斧の柄で弾く。どうせ直線だからどうとでもなる。ばんばんと縦断が次から次へとやってくる。柄で弾く。この繰り返し。
なんていうか兄さんって真面目だから素直なのよね。
カイムならもっと嫌らしく。
ハオは、こういう防ぐってことを許してくれない。いつも思うんだけど電気飛ばしてくるの卑怯よ。
お姉さんも防がせてくれない。防いでも上から叩き潰される。
そう考えると兄さんは、甘っちょろい。
比較対象が悪い? しょうがないじゃない。私、兄さん以外でまともに模擬戦したのこの人たちだけなんだもん。
「わっ」
斧を回して、額と頭、胸を狙ってきたのを弾く。上から順に飛んできたからぎゅんぎゅん、ぎゅんっと斧を振り回して弾く。
「枝で遊ぶみたいにそんなの振り回すな……!!」
魔法が縦断の後から飛んでくる。
銃と魔法を同時に使ってる。すごいわ、兄さん。やればできる子。
「振り回せるんだからしょうがないじゃない」
でも意外、ここまで10回やったけど兄さんは、ほとんど瞬殺。お話になりませんわって感じだった。
けど今は、魔法と銃弾で足止めされている。中々前に進めない。
「それはそうと魔法と銃、今まで併用しなかったのに今になってするのって何? 舐められてたの?」
だとしたら私もちょっと怒っちゃう。
「めちゃくちゃ、集中するし! めちゃくちゃ、疲れるんだ、よ!」
それもそっか。言われて納得。そもそも手元のあれは、魔道銃だから魔力を使う。魔法は、もちろん魔力を使う。
でも兄さんは器用だし頭もいいからそれくらいさらっとやっちゃうかなって思うんだけど、今の所、そうもいかないみたい。
「ほらほら」
だけど圧をかけたらもっと色んな魔法が出るんじゃないかなって、ちょっと強引に前に出てみる。例えるなら歯磨き粉のチューブを限界まで絞る感じ。
ぎゅるぎゅると斧を回す。がんがんと弾丸が弾かれて、他所に吹き飛んでいく。
「まだまだ私はいける。兄さんはどう?」
「僕は、そうだな……」
兄さんの顔は、真っ白。唇も青い。体調悪そう。そろそろ止め時何じゃないかーー……。
それに日も地平線に落ちてきて、寒くなってきた。吐いた息が真っ白に染まる。指が少しかじかむ。流れる風が冷たい。日が落ちても、庭には外灯があるから問題ないけど……白い光は、兄さんの肌が余計に白く見せる。
魔力もかなり使ってる。だから体力もかなり落ちてるのも間違いない。なんだけど……。
「まだいける」
こうやって強がってくる。人の気も知らないで。ほんと、しょうがない兄さん。
「あんまり無茶して倒れないでよ? 運ぶの大変なんだから」
「大丈夫。その斧よりは絶対軽い自信があるよ」
むぅ。余裕がない癖に口だけは減らない。言葉で返せず、唇を尖らせてしまう。
もう面倒だしさっさと終わらせて、悔しがってる兄さんの目の前でプリン食べてあげるんだから。一口だってあげないんだもの。
そう決心した私は、足に力をぐっと込めて、斧の回転を一気に早めた。一歩、一歩と前進して、兄さんとの距離を縮めていく。
「もう降参で良いんじゃない? 兄さん」
焦る兄さんに、勝利を確信した私は、どやっとした。
「……それはどうかな?」
すると兄さんがにやっとした。でしょうね。もうどうにもできな――……へ? 笑った? 今?
「――そこ」
ぱんっと斧の回転で地面に弾いた銃弾から魔法――
兄さんの笑みが苦虫を噛み潰したような表情に切り替わった。
「っ……」
「危ないな、もう」
正直、ちょっとヒヤッとした。踏み込み、ぶんと回した大斧の刃の反対、柄の先っぽを兄さんの額に向けてから私は、呟いた。
「っ〜〜。惜しかったなあ……」
尻もち突いた兄さんの顔色は、魔力の使いすぎと集中しすぎてでバカみたいに顔色悪い。土気色ってやつ。なのに、なんなら負けてるのに兄さんは、なんかすっきりした顔をしていた。なんなら笑ってもいる。
「ふん、負けは負けよ。残念でした、兄さん。次のチャレンジを楽しみにしてるわ」
ぴしっ!!と指を向けて勝ち誇ると兄さんは、苦笑いしてからそう言った。
「お前なあ……。でもまあ、そうだな。また頼むよ。まだまだなんだ。あの時の手だったら絶対、だめだった。繰り返しになってしまう。もっと精度と何よりあれくらいものともしない火力がいる……」
ぶつぶつと一人で反省会を始めた兄さんに、私は、つい口を滑らせた。
「ほんと努力だけは止めない人。死んでも努力してそうだよね」
「……取り柄だからな。数少ない」
皮肉だって分かってるの? 凝りない人。倒れそうになるほど集中したのに、また繰り返すつもりなんだもん。ほんと呆れる。
後、数少ないは間違ってる。私の兄さんなのだから。
あ−寒い。あまりに冷たい風に、思わず身震いしてしまう。雪でも降ってきそうなほど冷たい風。
一分一秒とここに居たくない。
「それじゃあ、兄さん。さっさと家に入って、ご飯の支度をしましょう」
「え? あ、ああ……ちょっと休憩させてくれ……」
後で中に入るよ……。と兄さんは、息を吐いた。だめよ。そんなの。絶対ここで寝落ちするわ。それで死なれたらあまりに情けないじゃない。
「もう本当にしょうがない兄さん。仕方ないわ私が中に運んであげる」
「え? え?! いや、そんなことしなくても大丈夫だ。自分で歩け――うわ!!」
軽い軽い。うん。斧よりずっと軽い。やっぱりもっと食べたほうが良い。軽すぎるわ。
「ふふ、お姫様だっこ」
「嫌がらせか……!?」
「全女の子の憧れよ。そもそも兄さんが軽いのがいけないのよ。それにまともに歩けないでしょ。っとと……もう、暴れないで、兄さん」
ああ……こんなところハオさんに見られたら……。なんて呻く兄さん。完全に今さらでしょうに。
「ちゃんと起きててよね、兄さん。私一人で作るの嫌だからね」
「……分かっているよ、スー」
「あっ、プリン忘れないでよ? 私は忘れないから」
ちゃーんと兄さんに念押ししておくことにした。
「はいはい、分かってるよ」
なあなあにするのも忘れるのも許さないんだからね。
「ただいま。シルヴァ、スー」
――びっくりしすぎて、口から心臓が出そうになった。気配が無いんだものこの人。
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