マンハッタンカフェはまだでしょうか……。
「私ってだめよね……。ほんと……だめ……。だめのだめだめよね……」
ジョッキ一杯のビールをぐいっぐいっと飲み干した。お酒だけは変わらず私を受け入れてくれる。キンキンに冷えた喉越しのいいビール。素敵よね。一緒に揚げ物があれば何杯でもいける。よゆう。……よゆうよぉ。ひっく。
「おかわり!!」
空のジョッキをぶんぶんと振ると馴染みの給仕さんが笑って、手を振ってくれる。へへ、かわいいなあ。私も振り返しておく。
「……お前、どんな時でも、いつ見ても男みたいなビールの呑み方するよな」
「スルールだってそうじゃない! 人のこと言えないわよ!!」
なんか失礼なことを言うスルールが髪の毛と同じ暗い赤色をした半眼を私に向けてる。
男だったかもしれないってことをは否定しきれないのが悲しいところよね。
「ハーフオーガは大体こんなもんだ。お前が人間だから言ってんだよ」
こんな時だけ控えめにジョッキを傾けるスルールが呆れた風に言う。失礼よ。新しく注がれたビールをごくごく呑みながら考える。
「そんなに変かしら……。気にしたことなかったわ……。比較してみた方が良くない?」
「……比較する必要あるのか?」
怪訝とスルールがサラダのプチトマトを口に放り込んだ。フライドポテトが美味しい。ほくほくしてる。
「でもほら、そう言われるとなんか気になるじゃない」
「特に気にならない」
「むう……」
素気なくスルールは言って、骨付きチキンに齧り付いた。スパイスで味付けしたシンプルなやつ。指についた肉汁を舐める所作がすごくえっちだ。美味しそう。
「ま、いいわ。ビールが美味しければそれでいいの」
「いいのかよ」
「いいのよ。そのうちスーが呑み出した時に比べてみるわ」
ごくごくするとジョッキがまた空になってる。なんでか知らないけどすぐ無くなっちゃうのよね。不思議だ。
「ああ、例の兄妹か」
「そうよー。シルヴァとスーっていうの。あ、シルヴァが兄で、スーが妹よ」
「そうかい」
「そうそう。2人とも銀髪でね。シルヴァが目が青くて、賢くて、照れ屋で努力家でとっても可愛いの。スーは目が赤くて、力持ちで、ツンデレで独特な美的センスがあって可愛いの」
「ツンデレ……?」
スルールが眉を顰める。ああ、こういうの伝わらないんだ。
「つんつんでれでれってこと」
「あーなるほど?」
さくっと説明してあげる。するとスルールが納得したように首を振った。流石ね、私。
「それに2人とも頑張り屋でね。訓練も勉強も料理も仕事もなんでも頑張ってくれてね。私毎食楽しみでたまらないの……。夜はちゃんと帰らなきゃ……!!」
今日は、朝と夜の食事当番を入れ替えてもらった。こうやって昼間っから呑むためだ。大人としてだめすぎる気もするけど大人だって昼から呑みたいのでセーフ。
仕事休みの冒険者なんてこんなもんだという現実を見せておくのも多分、大事よ。
「へぇーー……」
「ねえ、スルール。ちゃんと聞いてる?」
「え? ああ、聞いてる聞いてる」
「ん、ならいいわ。じゃあ続けるわよ」
「続けるのか……」
なんか言ってるけどまあいいわ。
「あ、そうそう。今日の夜、うちにくる?」
「家族団欒を邪魔するほど空気読めなくなった覚えはないぞ、あたし」
「そんなことにはならないって。ね? いいじゃない。ね? そもそも貴方も家族みたいなものじゃない。ね?」
「……遠慮しとく」
スルールが妙に嫌がる。てこでもってほどではないけどあんまり無理矢理連れてってもちょっと面倒かも。
「じゃ、気が向いたら来てよ」
「……気が向いたらな」
一旦会話が切れたので、冷める前にフライドポテトを片付けることにした。
ディップするのは、結局ケチャップとかオーロラソースが一番いいと思う。他の味変は、結局イマイチって感じの印象。
「私みたいよねえ……」
「何がだよ」
「私は、所詮選ばれない調味料ってことよ……。ケチャップには敵わない……」
「何がだよ……」
スルールが意味わからんと呟いて、サラダを摘み始めた。意外にこういうのも好きよね、スルール。
「……話を変えるわ」
「ああ、ちゃんと変えてくれ。分かる話で頼むぞ」
「ええ、任されたわ」
私も同じ話題に固執してるとぐちゃってなってしまう。でもなんの話をしようかしら。いざ話そうと思うと案外出てこないものよね。
「で、何をそんなに悩んでるんだ? なんか失敗したか?」
ド直球のストレート。「むうっ……」と見送ってから私は、観念したように口を開いた。
「……シルヴァが死にかけました」
「なるほど。自分の判断ミスって思ってるわけだ。はいはい、分かった分かった」
「……一を聞いて十を知るって感じなこと言うわね」
あまりに正鵠を射てるから嫌味っぽいことを言ってしまった。
「でも合ってるだろ」
「はい、そうです……」
「とりあえず、言ってみなよ。聞いてあげる。すみませーん!」
「じゃあ失礼して……」
給仕さんが補充してくれたビールに口をつけたスルールを前に、私は、口を開いた。
「シルヴァも気にしてて、もっと強くなろうと最近オーバーワーク気味で、故障しちゃったら元も子もないじゃない? 私もスーも声をかけてるんだけどあの子の気持ちを考えると私も強く出れないし、私の判断ミスだって言っても聞いてくれてはいるんだけど馬の耳に念仏っていうかやっぱり全体的に自分の実力不足だと思ってるの。でも確かにそれは間違って無い。彼が感じている実力不足は、真実で、私があげた魔道銃もまだちょっと持て余しちゃってるし。でも身の丈に合わないものをあげたのは、私で、私に責任がある。だけどあの子にそんなことを言っても――――」
――中略。鉄砲水みたいだったと自分でも思う。
「――……つまり、その……」
人間関係を原作知識はどうにかしてくれない。悲しいわよね。シルヴァやスーとのやりとりは私が決めなきゃいけない。
当たり前のことだけど、原作知識なんて余分なものが付いてる分、そんなことを考えてしまう。
「無茶はしないで欲しいってことでいいか?」
エビレタスチャーハンをスルールは、スプーンですくってた。ここ中華もいけるのね。中華ってあるの?
「そういうことです」
チャーハンは兎も角、スルールの完璧な要約だった。
「あーそうだな……。チャーハン食べるか?」
「……いただきます」
不承不承と差し出されたスプーンを口に含んで、つるんと唇から出てった後に残されるチャーハン。エビ、レタス、卵、お米。ぱらっとしてて味がしっかりしてる。素直に美味しいと思った。
「なんていうかもうちょっと厳しくやってもいいんじゃねえか?」
「厳しく……」
「ああ、理由はなんであれ、そいつは身の丈に合わない努力をしてるんだろ? だったらそれが身の丈にあってないことを完璧に思い知らせてやるんだよ」
「思い知らせる……」
「ああ、そうだ」
スルールは、にやっと笑って言う。
「一回、本気で叩きのめせ。自分がどれだけ自分のことを分かってるつもりだったか分からせろ。優しくし直すのはそれからでも間に合うだろ」
粘土を捏ねて直すような、曲がった鉄棒を叩いてまっすぐにするみたいな調子で言うからつい渋面になってしまう。
「脳筋すぎるわ」
「男なんだろ? それくらいがいいさ」
「むう……」
粗暴な言い草。体育会系的で、千尋の谷に突き落とすような口ぶり。オーガ的とも言える。
「それに、前言ってたじゃねえか。ハオの実家は、かなりスパルタだったんだろ。だったらそれくらいできるだろ」
「だからよ。だからあの子たちに、やりたくない」
「才能があるから必要ないってか?」
「そういうわけじゃない。ただあの子たちは、私じゃない」
目を瞑らなくても克明に思い出せる。騎士になるための日々。訓練と勉学を際限なく詰め込む日々。今のあの子たちの日々の数段、数倍、酷くしたような内容。とてもじゃないがあの子たちに味あわせたくない。
なにより私が耐えられたとしてもあの子たちが耐えられる保証はない。
今だって十分効率的だ。あの子らの才能もあるけど普通じゃない速度で成長し続けてる。
「だけど今のお前は、それがあってこそだろ。それがあったからお前は冒険者として生きてるし、人間、魔物、挙げ句に魔王種と戦って生き残ってる」
「それはそうだけど……」
「そいつらもいずれ魔王種と戦うんだろう? だったら時間なんていくらあっても足りないぜ」
チャーハンの山がみるみる崩れていく。
「あれがいつ来るのか分かったもんじゃないんだから。それによ」
最後の一匙分をすくい上げて。
「お前のやりたいことだってあるだろ」
と言って、スルールは、エビレタスチャーハンを綺麗に平らげた。まだお腹が減ってるのか残ってる唐揚げに手を伸ばしてる。相変わらず良く食べる人。 いやそうじゃなくて!
「直球の正論ばっか投げ込むのやめてもらえる……!?」
「事実だからしゃーないだろ。少なくともあたしの意見はこうだ」
参考にしてもいいし、しなくてもいい。と責任を持たないと皿にスペアリブの骨を落とすとビールをごくごく呑んだ。
一人で何人前食べてんのよ。皿の上にある骨は、山になってた。
「……全部は鵜呑みにしないわ」
対抗するみたいにジョッキを傾ける。並々と注がれてるビールを一気に空にする。周りの視線が五月蝿い。関係ない。
「……ぷはっ、参考にするだけよ」
「好きにしな。人に教えるなんて、全部上手くいくわけねえんだからやってだめなりゃだめなとこ直せばいい」
「それにしてもトライアンドエラーとか良いこと言うわね」
「まあな」
にやっと鋭い犬歯を出してスルールは、笑う。スルールの笑顔を見て、言おうと思ってたことがあったのを私は、思い出した。
「それはそうと、スーがお世話になってるわね。ありがと、スルール」
「なんで知ってんだよ……」
「こないだちょっとつけたらね。今度、私がお礼するわね」
「……ここのメシ代でいい」
「照れちゃって〜〜」
「うるせえよ」
そんな会話を交わしてから少しして、私はスルールと別れた。そして、今。
「……やっぱり、今日もやってる」
スーとシルヴァの訓練を物陰から見ていた。私、対人訓練は、私がいない時はやっちゃだめって言ったはずだけどなあ……。
冬の風で、酔を冷ましながらその様子を眺めていて……私は、目を見張った。
「魔法の遠隔展開……」
撃ち込んだ銃弾を起点に魔法を発生させている。自分の手から離れた場所に魔法を発動させるのは、魔法使いの技術の中でも高等に分類される。距離が離れれば離れるほど魔法を成立させるほどのイメージを魔力に伝えるのが難しいからだ。
訓練で、スーに発動を阻止されるほどの未熟といえどそれをシルヴァはやってみせた。
カイムは教えてないと思う。多分、まだ早いとか思ってる。きっと独学。
スーだって、いつの間にかスルールと特訓してる。
私が見ていないところでもあの子たちは、成長している。
「過保護だったかな、私」
分からない。答えはどこにもない。正しさを教えてくれる人は居ない。
「寒いなあ……」
冬は深まる一方で、日が傾いて、藍色に染まる空には、冬の星々が煌めいてる。春もそう遠くない。目標が近いのも、一番弱いのが間違ってないから余計に、シルヴァは焦る。
ほんとクソ真面目。気持ちは分かるけど。
「トライアンドエラー、か」
魔王種がいつ来るか分からない以上、過ちを繰り返すわけにはいかない。けどスルールの言う通りでもある。
「やりたいことなんて、決まってるじゃない」
魔王種を鏖す。最初から最後まで私のやりたいことは決まってる。
「とりあえず、シルヴァがそういうつもりならそういう対応するしかないわよね?」
うんうんと自分に言い聞かせるように、一人で呟いていたら2人の訓練が終わった。お姫様抱っこをされて運ばれてくるシルヴァに笑いそうになる。物陰から出て、軽く手を振った。
「ただいま。シルヴァ、スー」
「あっ、おかえり、ハオ」
「お、おかえりなさ―ースー……!! 下ろしてくれ……!!」
「だめよ。兄さん」
「お前なあ……!!」
極めて平静で、笑いを堪えて唇をひくつかせるスーとあからさまに恥ずかしがってるシルヴァ。微笑ましい。
「兄さんがぐだぐだやってるからハオ帰ってきちゃったじゃない。ご飯の準備何もできてないわ」
「……それは、なんていうか誠に申し訳ないっていうか」
「大丈夫よ。これからシルヴァとは特訓だから」
「そっ。じゃあいいわ」
「!!!? ぐおっ!?」
「それじゃあ私、ご飯作ってる。そうね。2時間くらいでできると思うわ。まあできたら呼びに来る」
「了解。よろしくね」
とことこ家の中に入っていくスーに落とされ、地面に転がったままのシルヴァに手を差し出して、立ち上がらせる。
「あ、ありがとうございます……。それで特訓ってどういう……」
「隠れて自主練したり、今日みたいに私がいなきゃやったらだめと言っておいた対人訓練をやってたから足りないんじゃないかと思ってね」
ちょっと怒ってますという口調で、シルヴァに言うと神妙な顔をしたシルヴァが頭を下げた。
「――――すみません、ハオさん」
「……まあ、いいです。そんなに怒ってもないしね。どっちかって言うと心配でした」
「ほんと、すみません……」
「止められなかった私も悪い。あ、これでこの話終わりね? もう謝るのなし」
ね? と念押しするとシルヴァが頷いた。よろしい。
「特訓。普段の訓練とは違うんですか?」
普段の訓練というのは、基礎訓練、射撃訓練、魔法訓練。簡単な格闘術の講義。そういうことを日常的にシルヴァとスーにさせている。
「ええ、読んで字の如し。そして、やることは簡単」
「――え?」
シルヴァの動体視力では、まだ捉えられない速度で、私は彼を芝生に転がした。顔を見れば何が起こったのか理解できていないのは分かる。
「無限組み手。私が実家でさせられてたほとんど地獄みたいな訓練。効能は、体力と精神力、速度の増加」
取って付けたような効能よね、これ。
「効能っていったけど結局の所、結果よ。最終的に手に入っただけ。これを週一の頻度で追加しようと思う」
失敗した時は、目も当てられないけどそもそもゲームは、ランダムだけど私が手づからやるんだから問題ないじゃない。
「どうする? シルヴァ」
試すように問いかける。答えは――そうよね、シルヴァ。それ以外にない。
「貴方は、なんでもあり。私は、拳だけでいいわ」
シルヴァを舐めきった提案。だけどそれが貴方の今の評価よ。
「分かりました、ハオさん。よろしくお願いします」
「よろしい」
頷いて、下ろしたままの手を持ち上げて、くいくいと挑発するように、シルヴァを手招きする。これ一回やってみたかったのよね。かっこいいし。なんだか強そうに見える。
まあ、私は強いんですが。
「貴方から来なさい、シルヴァ」
それから、月日は巡り、私は何度もシルヴァを芝生に転がし、投げ飛ばして、そうこうしてたら季節は、桜の頃を迎えていた。
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