おかげさまで執筆速度も落ちてます。ゆるして
「くしゅん……!」
「? 兄さん、風邪?」
開脚で足どころか体まで床にぺったりつけたスーが僕を見上げていた。いつ見てもすごいな。僕も最近かなり柔らかくなってきたけどまだまだだ。
「あーいや、そういうことじゃない。うん、大丈夫だと思う」
「そう? まだ朝冷えるんだから気をつけてよ」
「分かってるよ。ありがとう」
母さんに似てきたな……。柔軟に戻ったスーに、僕は、内心そう思った。
膝の上のドミネーターに視線を戻す。汚れを拭き取る。機構を確かめる。問題はない。
「誰か噂でもしてたかな」
呟いてからつい自嘲気味に笑ってしまう。誰が僕なんかの噂をするんだか。ここにはもっと強そうな人たちばかりなのに。
さり気なく、周囲の様子を伺って視線を配る。スーや僕のように皆準備をしている。もしくはリラックスするためか雑談をしたり各々過ごしてる。
……誰を見ても強そうに見える。今日の参加者は、僕たちと等級的にそんなに変わらないと聞いてるけど、本当だろうか。確かに新人研修で見たことのある顔はあるけど……。
溜息が口をつく。
「兄さん、溜息何回してるのよ」
「……そんなにしてたかな」
「幸せが逃げていくわ。控えたほうが良い」
「そうする」
言って早々溜息が出そうになる。集中しよう……。でもドミネーターの整備は終わった。なら僕も準備運動をしようか。ドミネーターを椅子に置き、立ち上がる。
いつも訓練前、仕事の前にしている動作を思い起こすこと無く、体が始める。
「……別に、兄さんは弱くないと思うわ」
始めようとした時、スーがそんな事を言った。
「そうかな」
「そうよ。ハオが及第点を出したんでしょ。私だって最近は負けそうになることもある。だから兄さんは弱くない」
「慰めようとしてるのかまだまだだって言いたいのかちょっと分からないな……」
片足立ちで、もう片足を頭につけるほど上げて、スーは言う。いや、すごいなそれ。
「どっちもよ。兄さんがまだまだってのは変わらないわ」
「それはそうだな……」
認識してるし、努力がまだまだ必要なのは分かってるけど直接言われると凹むな……。
「兄さんがそんなに気になるなら試してみればいいじゃない。今日はそういう日でもあるんだから」
「間違いない」
「でしょ」
胸を張るスーが微笑ましい。時計を見れば、そろそろ第4試合の予定時間だった。
「まもなく第3回戦が終了いたします! 第4回戦参加の方は、準備の上、入場口に起こしください!」
丁度、係員が呼びに来た。ドミネーターを腰のホルスターに。杖は持ってきていない。これからは、ドミネーターが僕の武器だ。
「それじゃあ、先に行くよ」
「頑張って、兄さん」
「ああ、スーもな」
軽くハイタッチ。何故か不思議そうな表情をスーがする。
「……今気づいたけど兄さん、身長伸びた?」
「それ今言うことか?」
苦笑してから、勝ち誇ったような笑みを僕は、浮かべた。
「これでもう見下ろしはできないな」
「大丈夫よ。転がしたら見下ろせる」
「…………転ばされないようせいぜい頑張るよ」
我が妹の思考が物騒一直線で怖い。
「ええ。試合もその調子で勝ってきて。決勝で会いましょう、兄さん」
「ああ、スーも負けるなよ」
「どの口よ」
スーと軽口を交わし合ってから控室を出た僕は、係員の案内を受けて、入場口までやってきた。闘技場では、まだ前の試合が続いている。
手持ち無沙汰の僕は、とりあえずその試合を眺めることにした。
短弓を持った男のエルフと、槍使いの女性の試合。
闘技場は狭くはないけど広くはない。そこで弓を使おうとするのだからこのエルフは、弓に並ならぬ自信があるんだろう。
実際、適切な距離を保っていて、矢を連射して、相手を絶妙に近づかせていない。
ただ、威力が足りていないのか、相手が悪いのか矢は、空中で槍の穂先と棒で叩き落される。
すごいな……。舌を巻いて、槍使いの方を見る。僕と然程年齢は変わらないように見えた。平然と矢を落とす。でも近づけていないのは、事実。
「隙を伺っている……?」
予想を口にした。それもどうやら的中だったみたいだ。
一瞬。矢の連射が止んだように見えた、その一瞬だった。女が動いた。一足で距離を詰めて、鋭く槍を放った。放っていた。
穂先の先端がエルフの喉元に触れていた。
静まり返る闘技場の中で、エルフは、降参のジェスチャーをした。
打って変わって、観客席が湧いた。拍手と拳を掲げる彼女を称える声が僕の耳を打つ。
『ウィナー、フィオ・ストランド!!』
「……早いな」
僕よりは、確実に早い。スーとなら? スーが早い。ハオさんは? 比べる必要がない。
僕が彼女を相手するならどうする……魔法と弾幕。足を止める。罠を撒く。前から挑まない。そんなところだろうか。
「おっ、やっと終わったか〜〜。耳長とガキの試合にどんだけ時間かけてんだよ。寝ちまうっつーの」
大あくびをして現れたのは、大柄な男。鎧に、背負った長大で厚い剣、無造作に生やされた黒い髭とあらゆる要素が噛み合って、とても威圧感がある。
「俺の相手もなまっちょろいガキときた。くだらねえな」
分かりやすく見下されて、腹が立たなくはなかった。だけど言い返すのも不毛だったので、僕は、とりあえず聞かなかったことにした。
「控室で見たけどよお。お前と話してたの、お前の連れか? 貧相だけど悪くねえじゃねえか。ちょっと味見させろよ」
聞いていない。
「んだよ。自分だけの穴ってか? 尻の穴の狭えやつだなあ、おい」
聞いてないって言ってる。
「おい、無視してんじゃねえよ」
視界に火花が散った。この間隔は覚えがある。頭頂から広がっていく痛み。スーの攻撃を避け損ねた時に感じたのと同種。それよりは、痛くない。
ただ別の感情が湧く。
「……面倒なので、無視しただけですよ」
冒険者のモラルの低さというのは、耳にタコができるほどハオさんに聞いていたけど、まさかこんな風に、見知らぬ人間に無視されたからと拳骨を落としてくる大人がいるとは思わなかった。
あまりにも低レベル。子供じみてる。あまりに馬鹿馬鹿しくて、そのまま受けてしまった。
「生意気なガキだ」
男は、僕の態度に苛立ったのか大げさな舌打ちをする。ぺっと唾を吐く。頬に生暖かい感覚。最悪だ。
「まあいいわ。この後、痛めつけてやれば態度も変わるだろう。楽しみにしとけよ」
答える気力もなくなった。バカな大人だっていう感想だけが浮かぶ。表情に出さないように努力した。
『――続きまして、第4回戦!』
どうやら時間みたいだ。さっきまで干渉してこなかった係員の誘導に応じて、闘技場へと僕は、足を踏み入れた。
天井のない闘技場の中は、光が満ちていた。外から見るよりずっと明るい。
春の陽気と人々の色んな感情が詰まった視線が降り注いでいた。
『シルヴァ・フィルメント VS アガー・サイト!!』
観客の様々な声援を上回る声量は、魔道具による音量の強化か、月属性の大気への干渉だ。どこかにある実況席から声が響き渡る。
その次の言葉までの時間がもどかしい。
僕は、ドミネーターのグリップを握る。対する男、アガーは、背中の鞘から大剣を引き抜いている。
そして、次の瞬間だ。
『バトルスタート!!』
合図。僕は、ドミネーターを引き抜きながら魔法を起動させた。
正直、かなりムカついてた僕は、手加減をやめていた。普段かかってる遠慮とかそういうの無意識なものが取っ払われた。
「
短い呪文がもたらしたのは、非常に局所的で、非常にピンポイントな極低温の吹雪。僕の右側にある空間から具現化したそれを僕は、アガーの顔面に叩きつけた。
水と火の属性。大気の流れの操作と急速冷凍を同時に行うことで発生させた。
この男の顔の、構成要素のすべてを凍りつかせて、目と鼻と口の奥まで凍えさせてやる気分になっていた。
結構ムカついてる。自分でもここまで怒るのは始めてだ。
理由は、分かってる。分かりきっている。
『おおっと!! シルヴァ選手の強烈な魔法がアガー選手を釘付けにする!! これは、痛い! 辛い! アガー選手、呼吸ができているのか!? 私なら難しい! いや、無理だ!!』
アガーの体が僕の魔法に抗うようになんとか動こうとする。体を覆い始めた霜を振り落として、鎧の下の筋肉が駆動する。じりじりと動き出す。
僕の出力では、完全に凍らせることができない。修練不足がこういうところで如実に現れてしまう。
このままだとまた仕事で迷惑をかけてしまう。もっと努力が必要だ。
「死ね」
だから僕は、新たな魔法を紡いだ。
極寒の声がまろびでた。この陽気に、この闘技場にそぐわない、冬の感情。命を凍らせ、止めるための言葉。
――後から思い出すと、魔法を使い始めたこれまでで、一番自然な魔法の行使だった。
即座に発射。全弾命中。当然だ。動けないんだから。
手応えがあった。アガーの足が、体が揺れる。膝は折れない。想定より頑丈だ。
『シルヴァ選手の猛攻!! これは、アガー選手ひとたまりもないか!!』
立っている。まだ動いてる。まだだ。
あまりの浅ましさに、笑みを浮かべてしまいそうになる。さっきまで余裕綽々としていた男が子鹿のように足を震わせる様があまりに心地が良い。
「
無駄だよ。鎧に残った氷と鎖を結びつけた。並の腕力では振り落とせない強度にしている。
「終わりにしよう」
呟いた僕は、ドミネーターの銃口を向け、トリガーを引いた。
『バトルエンド!!』
+++
『ウィナー、シルヴァ・フィルメント!!』
慣れない仕草で観客の声に応えるシルヴァと対戦相手の方がギルド職員に担架で運ばれていく。
無事勝利。完全に圧勝。戦闘時間は、ほとんどなかった。素晴らしいわ。シルヴァ。
準備も片付けもほとんど無いからすぐに4回戦が始まる。
人間の中年男と中年男の試合。始まってすぐ、興味を失うほどぱっとしない試合なので、割愛します。
そんなことよりも気になる所がある。
「私、あの子がキレてるところ初めてみた」
ちょっと呆然としちゃった。だって見たことない顔してるからどういう感情なのか分からなかった。魔法の切れ味の良さを見てから、あまりの容赦の無さを見てから、どういう気持ちなのかが分かった。
しかし、それにしても……。
「なんでまたあんなにキレてるのかしら」
「さあな。相手の方は、見たことはないがあんまり品性のある顔じゃないからなんかやらかしたんだろ」
「なんかねーー……」
「まあ、シルヴァの逆鱗なんて、お前かスーくらいじゃねないか?」
カイムは、呑気に言うとポップコーンをむしゃむしゃと食べた。それから私の方を見ると眉を潜めた。
「それは言い過ぎよ。あの子のモンスター・コレクションとか壊したり捨てたら怒るに違いないわ」
「ああ、例のゴブリン標本とか……。一回見たけど……どうにかならないのか」
「一応、今の所、趣味の範囲だから……」
カイムが微妙な顔で、私を見てくる。実害が無くて、法律を破らなければ個人の自由だからしょうがないでしょ……!!
「それよりもちょっと不安ね」
「? なんか不安になる要素あったか? あの調子で魔法を撃てるならトーナメントでの成績も悪くないぜ」
「そういうことじゃない。シルヴァは、あんたと違って繊細なのよ。我に返ってからが怖いなってね」
「誰が図太くてガサツだよ」
まあ、なんだとポップコーンを口に運ぶのをやめたカイムが言う。
「こういう加減をし損ねることくらい1回や2回あるだろ。それがこういう場所でまだよかったな」
「……ま、それもそうね。仕事中だったら目も当てられなかったわ」
『第6回戦!』
「っと、スーの出番じゃない」
カイムと雑談しているとスーの試合が始まるところだった。
闘技場に視線を戻すと見慣れた銀髪のツインテールが揺れながら闘技場の中に入場してくるのが見えた。
「相手は……オーガ、かしら」
シルヴァの時の体格差もそこそこあったけどこれはもう大人と子供というよりも……、
「巨人と小人だな。無差別級だからこういうこともある」
スーの頭がオーガの方の膝上くらい。3メートル余裕であるんじゃない? 体重もスーの倍以上はありそうな筋骨隆々なオーガの女。すごいわね。
『スー・フィルメント VS オーファ・グリムグラゴ!!』
互いに得物を握った。スーは、背中にマウントしたいつもの大斧。対するオーガのオーファの方は、腰の左右に一本ずつ下げた剣……じゃない。鉈ね。人なら大鉈になるんでしょうけど大柄すぎて草刈り用にしかみえないわ。
『バトルスタート!!』
「……驚いたな」
「タイムアタックしてるわけじゃないわよね? このトーナメント」
カイムも目を丸くするほどだった。呆れるほど早い決着。歓声どころか実況席も言葉に詰まるくらいに早い。
『ば、バトルエンド!』
闘技場の中央では、オーファの後ろに、スーが居る。
正確に言うと、膝をついたオーファの後ろをスーがとっていて、後ろから大斧の刃を突きつけている。
「見えたか?」
「当たり前じゃない」
月属性の私がついていけないなんていうのは、早々ない。
「それでも十分以上に早かったわね」
おそらくスーの動作に、会場のほとんどの人間がついていけなかった。
だから皆、出遅れた。
『ウィナー、スー・フィルメント!!』
遅れに遅れて、観客たちが歓声を上げた。シルヴァと違って応えないのは、なんとなく予想できたわね。興味の欠片もない様子で、闘技場から退場していくスーの姿は、クールビューティーって感じ。将来有望ね、ほんと。
「あっちは、なんか別の怖さを出しつつあるな」
末恐ろしい……。と引き気味なカイム。
「2回戦に無事進めたし、私たちの努力は何一つ無駄じゃないってことも分かって、ほら、いいじゃない?ね?」
無理矢理良い風にしてみようと試みた私であった。
「そういうことにしておく」
「ええ、是非そうして」
2回戦は、残り2戦。2回戦午後からだからその前にお昼ね。2人を連れてきて、試合終わり次第軽くお昼行きましょう。
「2人とも戻ってるでしょうし、連れてくるわ。カイムは、一応試合見てて」
「へいへい」
「目についたのがいたら教えてね!」
「へいへい」
適当な返事だけど、適当な仕事はしないでしょう。まだ残っているポップコーンを片手に、私は、シルヴァとスーの所に向かうことにした。
お昼もあるし、様子も見に行くのもあるけどなにより褒めてあげなきゃね。
+++
『第7試合!』
「……変なの出てきたな」
ハオが去った後、始まった試合を見て、カイムは一人呟いた。
顔から手に足と全身を厚手の古びたローブで覆った怪人物。男か女か。種族が何かも分からない。何が武器かも分からない。
対面している対戦相手の青年もかなり困惑している。カイムには、見覚えのある顔だった。
ギルドでも有望とされている新人の一人で、前衛としての実力は悪くないという情報を仕入れていた。
『イン・フィルメント VS レイガット・デリン!!』
「……フィルメント?」
カイムは、眉を顰めた。聞き覚えのありすぎる名字。ありふれているわけじゃなくて、この街に来て、初めて聞いた名字。
脳裏に浮かぶ、シルヴァとスーの姿。
トーナメント表に、あったか? 無かったはずだが……。飛び入りか? カイムの頭の中で疑問が渦巻く。
青年――レイガットが背中にマウントした剣の柄を握る。対して、ローブ姿のインは、微動だにしない。ただそのローブの裾がそよ風に揺れるだけ。
『バトルスタート――ってはぁ!?』
……早さを競ってるわけじゃねえんだぞ。バカみたいに早い打撃だった。
開始の瞬間、地に伏したレイガットを見て思ったカイムの思考は、一瞬ローブの中に見えた髪の色に、大きく割かれていた。
ポップコーンの残った容器を放置して、カイムは、席を立った。
実況席の判定を待たず、まっすぐ闘技場から退場していくローブの姿をカイムは、視界の隅で、追いかけながら観客席の出入り口を目指す。
「銀色の髪。そうそう見る色じゃない。長い、滑らかだったように見えた。女……母親か?」
シルヴァとスーの家族は、魔王種に出会ってから行方不明だ。人混みをすり抜けるように歩きながらカイムは、考える。
「フィルメントなんていう名字だってそうそうあるもんじゃない」
カイムは、石畳の階段に足音を響かせながら自分の思考を整理する。
確か2人の髪は、母親譲りだ。北国の血だったな。名字からして珍しい。
だが母親だとして、何故2人を探しもせずにトーナメントなんてものに出場しているのか。もしくは、探す過程でやむを得ず参加した? 家族に冒険者が居たというのも凄腕だというのも聞いていない。
「違ってもまあ、その時はその時だな」
ここまで付き合ったんだ。最後まで付きやってやるか。カイムは、とりあえず控室だなと廊下を歩き始めた。
「丁度全員揃うだろう」
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